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ヤクザさんの夕ご飯3
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「さっきから思ってたんだが、嬢ちゃん本題忘れてねーか?」
「さすがに忘れてないです。でも美味しかったです」
いっそのことと開き直った。まあ美味しかったのは事実ですので。
「昨日はいきなり酒持ってくるわヤクザ相手に延々と愚痴言うわ……度胸があんだか抜けてんだか」
吉崎さんはククッと低く笑った。
「じゃあお尋ねします。この壁のことを説明してください」
確かに壁の修理はされている。壁の穴が塞がれず通路にされるという意味では改造だけど!
こうして修理されてしまった以上、これをどうにかしようと思ったら私が業者に依頼しなければいけない。説明できるのかこの状況。昨日よりややこしくなってるんですが。
というか修理することを吉崎さんが許さないだろう。わざわざこんなことしたんだから。
「さっき言った通りだ。まさかただのアパートの中で横のカタギの部屋と繋がってるとは誰も思わねーだろ」
「当たり前じゃないですか」
「思いついたのは昨日だが、結構いい考えだろ」
……そもそも、そのカタギの許可取ってないですよね。許可って大事だと思うんですよ。
まあ、隠れるならちょうどいいっていうのは理解できますけど。
「というかどうしてここにヤクザさんが住んでるんですか。しかも吉崎さん、頭って呼ばれてますし……」
「ああ。一応俺は遠野組の組長だからな」
「は?組長!?」
「声がデカい」
「す、すみません?」
ひと睨みされて慌てて謝った。
組長って、組で一番偉い人のことだよね。ますます謎なんですが。なぜそんな方がこんな壁のうっすいアパートに住んでるの!?
「あれ?でも遠野組なのに吉崎さん……?」
「それが俺がここに隠れてる理由だよ。遠野の親父……先代組長が死んで、若頭の俺がその座に就くことになった。だがまあ、それを望まないやつらに殺されかけてな。どさくさで組の金を持ち逃げされた。今は身を隠している」
「ヤ、ヤクザさんも大変ですね……」
なんかさらっと恐ろしいワードが!それは身を隠しますよ。殺されかけるって、こんなちょっとした昔話みたいなノリで言えますか?後ろ暗いお金の持ち逃げも、よくこんな人から盗ろうと思いましたね。
そしてそれに私は現在進行形で巻き込まれてるんですかっ!?
「嬢ちゃんに話せるのはこれくらいだ。だいたいわかったろ」
「あ、はい……」
吉崎さんの目が、これ以上深く詮索するなと言っていた。
お互いにいいことないですからね。あれ?でも私にとってこれ巻き込まれ損じゃない?だから100万円?安いのか高いのか正直わかんないんですけど。
「私が引っ越すという選択肢は……」
「ここまで言わせといて、それはねぇだろ」
ですよね。
仮に私が引っ越しできたとして、同じ内容を新しく越してきた人が納得するかわからないし、吉崎さん的にはリスクが増えるだけだ。
それに吉崎さんを狙ってるって人に居場所がバレても、前から住んでる一般人である私の部屋なら疑われにくいけど、引っ越してすぐの人が住んでるんだったらまた話が変わってしまう。
「まあマジでヤバくなったら俺のことを全部話せ。カタギの嬢ちゃんにそこまで背負わせる気はねぇからな。そんときに深く知りすぎてるとまずいだろ」
そんな状況になることはないと信じたいけど、私は頷いておいた。これ以上裏社会の闇は知りたくない。吉崎さんなりに心配してくれているから、こう言ってくれているんだろう。
「……わかりました。でも、これはいらないです」
私は端に置いてあった封筒を吉崎さんに差し出した。
吉崎さんは驚いた顔で封筒と私と交互に見る。
「非常時以外はあの穴使わないんですよね。ですからその時は転がり込むなりしてください。使うとしてもその一度だけですよね。さすがにバレたら引っ越すんでしょう」
「そのつもりだが……組の内輪揉めに嬢ちゃんを巻き込むんだ。それはその詫びと礼だ」
「見合わないお金頂いても持て余すだけです。でも全て終わった時に、この壁を元に戻す費用をください」
プラス大家さんに渡すお詫び分があれば完璧だ。
100万円は確かに魅力的だけど、受け取ってしまったら今のこの状況が生々しく無機質な違うものに変わってしまう気がした。
昨晩の飲み会は奇妙だったけど、楽しかった。そして今日のこの鍋は温かくて、優しい。
私の勝手な想像だけど、吉崎さんが水炊きを選んだは、昨晩の私の不摂生を見かねたからじゃないだろうか。野菜がたくさん入っていて、二日酔いで疲れていても食べやすいもの。
たった2度、同じものを一緒に食べただけ。それだけだけど、それだけじゃない。
社会の歯車として働いているうちにすっかり忘れていた、温かい食事の美味しさを思い出すには十分だった。
お金を受け取ってしまったら、この心地いい記憶が急に現実の重みを帯びて、固く冷たくなってしまう気がしたのだ。
「……美味しいごはんのお礼です」
「さすがに忘れてないです。でも美味しかったです」
いっそのことと開き直った。まあ美味しかったのは事実ですので。
「昨日はいきなり酒持ってくるわヤクザ相手に延々と愚痴言うわ……度胸があんだか抜けてんだか」
吉崎さんはククッと低く笑った。
「じゃあお尋ねします。この壁のことを説明してください」
確かに壁の修理はされている。壁の穴が塞がれず通路にされるという意味では改造だけど!
こうして修理されてしまった以上、これをどうにかしようと思ったら私が業者に依頼しなければいけない。説明できるのかこの状況。昨日よりややこしくなってるんですが。
というか修理することを吉崎さんが許さないだろう。わざわざこんなことしたんだから。
「さっき言った通りだ。まさかただのアパートの中で横のカタギの部屋と繋がってるとは誰も思わねーだろ」
「当たり前じゃないですか」
「思いついたのは昨日だが、結構いい考えだろ」
……そもそも、そのカタギの許可取ってないですよね。許可って大事だと思うんですよ。
まあ、隠れるならちょうどいいっていうのは理解できますけど。
「というかどうしてここにヤクザさんが住んでるんですか。しかも吉崎さん、頭って呼ばれてますし……」
「ああ。一応俺は遠野組の組長だからな」
「は?組長!?」
「声がデカい」
「す、すみません?」
ひと睨みされて慌てて謝った。
組長って、組で一番偉い人のことだよね。ますます謎なんですが。なぜそんな方がこんな壁のうっすいアパートに住んでるの!?
「あれ?でも遠野組なのに吉崎さん……?」
「それが俺がここに隠れてる理由だよ。遠野の親父……先代組長が死んで、若頭の俺がその座に就くことになった。だがまあ、それを望まないやつらに殺されかけてな。どさくさで組の金を持ち逃げされた。今は身を隠している」
「ヤ、ヤクザさんも大変ですね……」
なんかさらっと恐ろしいワードが!それは身を隠しますよ。殺されかけるって、こんなちょっとした昔話みたいなノリで言えますか?後ろ暗いお金の持ち逃げも、よくこんな人から盗ろうと思いましたね。
そしてそれに私は現在進行形で巻き込まれてるんですかっ!?
「嬢ちゃんに話せるのはこれくらいだ。だいたいわかったろ」
「あ、はい……」
吉崎さんの目が、これ以上深く詮索するなと言っていた。
お互いにいいことないですからね。あれ?でも私にとってこれ巻き込まれ損じゃない?だから100万円?安いのか高いのか正直わかんないんですけど。
「私が引っ越すという選択肢は……」
「ここまで言わせといて、それはねぇだろ」
ですよね。
仮に私が引っ越しできたとして、同じ内容を新しく越してきた人が納得するかわからないし、吉崎さん的にはリスクが増えるだけだ。
それに吉崎さんを狙ってるって人に居場所がバレても、前から住んでる一般人である私の部屋なら疑われにくいけど、引っ越してすぐの人が住んでるんだったらまた話が変わってしまう。
「まあマジでヤバくなったら俺のことを全部話せ。カタギの嬢ちゃんにそこまで背負わせる気はねぇからな。そんときに深く知りすぎてるとまずいだろ」
そんな状況になることはないと信じたいけど、私は頷いておいた。これ以上裏社会の闇は知りたくない。吉崎さんなりに心配してくれているから、こう言ってくれているんだろう。
「……わかりました。でも、これはいらないです」
私は端に置いてあった封筒を吉崎さんに差し出した。
吉崎さんは驚いた顔で封筒と私と交互に見る。
「非常時以外はあの穴使わないんですよね。ですからその時は転がり込むなりしてください。使うとしてもその一度だけですよね。さすがにバレたら引っ越すんでしょう」
「そのつもりだが……組の内輪揉めに嬢ちゃんを巻き込むんだ。それはその詫びと礼だ」
「見合わないお金頂いても持て余すだけです。でも全て終わった時に、この壁を元に戻す費用をください」
プラス大家さんに渡すお詫び分があれば完璧だ。
100万円は確かに魅力的だけど、受け取ってしまったら今のこの状況が生々しく無機質な違うものに変わってしまう気がした。
昨晩の飲み会は奇妙だったけど、楽しかった。そして今日のこの鍋は温かくて、優しい。
私の勝手な想像だけど、吉崎さんが水炊きを選んだは、昨晩の私の不摂生を見かねたからじゃないだろうか。野菜がたくさん入っていて、二日酔いで疲れていても食べやすいもの。
たった2度、同じものを一緒に食べただけ。それだけだけど、それだけじゃない。
社会の歯車として働いているうちにすっかり忘れていた、温かい食事の美味しさを思い出すには十分だった。
お金を受け取ってしまったら、この心地いい記憶が急に現実の重みを帯びて、固く冷たくなってしまう気がしたのだ。
「……美味しいごはんのお礼です」
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