お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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ヤクザさんの夕ご飯2

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「お、美味しそう……」

思わずゴクリと唾を飲む。反則的なまでに美味しそうな水炊きだ。
黄金色のスープの中でメインの鶏肉がぷりぷりに煮えている。そこで青々とした水菜と白菜、しゃっきりした食感の残ったネギ、可愛らしくお花型にカットされたニンジンといった、たっぷりの野菜が彩りを添えていた。

「このままでもいけるが、ポン酢とゴマだれも用意した」
「おお……」

用意されていたのは、ビンに入ったポン酢とゴマだれ。ラベルとかがないから、おそらく自家製。
鍋の中は具材ごとに分けられ、盛り付けまで完璧だ。
あまりの完成度に、私はふらふらっとこたつの前の膝をついた。寒くなってきた今日この頃、ちょうど鍋が恋しくなっていたのだ。
お隣さん、実はヤクザじゃなくてどっかの料亭の人か……?
しばらく壁やらお金やらのことをすっかり忘れて水炊きに見入っていたけど、お隣さんが箸を持ったあたりでハッと我に返った。

「そう、壁!あとこの鍋とお金っ!」
「ちゃんと説明する。とりあえず食え」
「うう……」

色々言いたいことがあるんだけど、がっつり視界に水炊きが入ってきて……この状況だけど、人間三大欲求には逆らえないっぽい。
朝からほとんど何も食べてないし、これから話し合いならまず腹ごしらえだよね?お隣さんに屈したんじゃない。水炊きに負けたんだ。うん。

「いただきます」

ネギに白菜、ニンジン、鶏肉をとる。
レンジでチンとか、お湯を入れたりして得られるのとは違う、できたての温かさが器越しにじんわり伝わってきた。
これは、ずるい。
香りでわかる。これ絶対美味しいやつだ。
さすがに熱いので、ふーふーして気持ち冷ましてから白菜を口へ。

「んんーっ」

じわっと汁が溢れて、だしと鶏の風味が口いっぱいに広がる。まだちょっとしゃっきりした食感が残っていて、もう一口と箸が進む。
メインの鶏肉も、大きめのぶつ切りなところがまたいい。大きいからちゃんと鶏肉感が残っていて、その風味の溶け込んだだしと見事に口の中で調和する。
だめだ、箸が止まらない。
けっこう食べてるけどいいかな、と思ってちらっとお隣さんを見たら、お隣さんもひたすら無言で食べていた。
そうだ、せっかくだしポン酢使ってみよう。なにもつけなくても十分美味しいけど。

「……めちゃくちゃ合う」

ポン酢の味にだしが負けるかなと思ったけど、そんなことなかった。たしかに最初は柑橘の香りが強いけど、後にはちゃんとだしの風味が残る。
これはゴマだれも期待できる……って、あれ?さっきあんなにいっぱいあった水菜がなくなってる……?鶏肉もあと2つ?え、えっ?
なぜか最後はなにかの競争みたいに、ぷかぷか浮いていた白菜とネギを同時に取ってフィニッシュ。
からっぽだった胃袋が満たされて、体もぽかぽか温まってきた。

「〆は雑炊かうどんか、どっちがいい」
「……雑炊で!」

気付けば即答していた。
いや、だって絶対これで作る雑炊って美味しいじゃないですか。美味しいものに炭水化物は美味しい。

「待ってろ」

そう言ってお隣さんは鍋を持ってコンロへ。土鍋を火にかけると、壁紙をめくって姿を消した。
雑炊楽しみだなぁ……って!なに満喫してるんだ私!
こたつの端に置かれた分厚い封筒。ひらひら揺れる壁紙に、私の胃に収まった美味しい水炊き。
突っ込むことしかないはずなのに、水炊きの破壊力にすっかり圧倒されてしまった。
これじゃダメだから、お隣さんが戻ってきたらちゃんと話し合いをしなければ……と思っていたのに、再び当たり前のように壁から出てきたお隣さんが、ごはんをざるに入れて持ってきたので思わず関係ないことを聞いてしまった。

「なんでざるにごはんを……?」
「雑炊作るとき、米は洗ってから入れる方が旨い」
「はぁ……?」
「そのまま入れると米の表面がベタベタしてるから仕上がりがドロッとする。まあ、そっちの方が好きって奴もいるが」

え、ごはんって洗うものなの?というかそもそもどうやって洗うの?でも見た感じはざるに入れて流水で洗ったっぽい。
炊いた後の米は洗えるという新事実に驚いているうちにお隣さんは鍋に米を放り込み、さくさくとネギを切ったり玉子を溶いて入れ、蓋をして火を止めた。

「できたぞ」

お隣さんが土鍋を再び鍋敷きに置いた。
蓋を開けた瞬間は立ち上った湯気で中身が見えなかったけど、湯気が散ってその姿が明らかになる。
ふつふつと煮えている上に回しかけられ、柔らかく固まった玉子を仕上げにおたまで軽く混ぜる。
あの水炊きのお出汁で炊かれた雑炊が不味いわけがない。

「沁みるぅ……」

なんとも優しいお味。お米の一粒一粒がだしを吸ってほろほろほどける。なるほど、お米を洗うってこのためか。
偏見甚だしいけど、ヤクザさんが作ったとは思えない。
こんな美味しくごはんを食べたのいつ以来だろう。
言いたいことは色々あるのに、その言葉が口に出す前にゆるゆる溶けていく。

「……そういえば、お名前まだ伺ってませんでした」

お隣さんの名前以上に気になることが多すぎて聞くの忘れてた。
そうか私は昨晩、名前も知らないヤクザさんと夜中2時まで飲んでたのか。チャンス有り余ってたのになぜ一度も尋ねなかったんだ。
飲んでたからなぁ……お隣さんもしくは小原さんに合わせて頭って冗談交じりに呼んでたなぁ。酔った勢いとはいえ、何してるんだ。

吉崎仁よしざきじんだ」
「……へぇ」
「なんだその反応」
「いや、てっきりザ・極道な名前かと」
「嬢ちゃんは何を期待してるんだ」

うーん、龍とか鬼が入ってたりとか?龍ヶ崎とか鬼塚とか。だって見た目がいかにもそっちの人だから。

「そもそもそこまで多くねぇだろその名前自体」
「それもそうですね。あ、私は佐伯梓です」
「……嬢ちゃん、ヤクザの前であっさり本名名乗るなよ。まあ、そこに名刺置きっぱなしだから知ってたが」
「あ……」

よっぽど間抜けな顔をしていたんだろう。お隣さん兼ヤクザさんこと吉崎さんは吹き出し、その後必死に笑いをこらえていた。
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