お客様はヤの付くご職業・裏

古亜

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お屋敷に着いた私は春斗さんに腕を引かれるまま、春斗さんの部屋に連れてこられた。

「そんなに俺のことが嫌なんか?」

そう問いかける声は少し掠れている。
体の両側には春斗さんの腕。部屋の角に追い込まれた私は耳元で囁かれる低い声に思わず体を震わせた。

「怖いんか、楓」

小さく震える私を春斗さんは見下ろす。その瞳は冷たく、それでいて熱を孕んでいた。

「無理矢理迫ったのが悪かったんか?俺かて優しくしたいんや。でもな、楓が不安になるような事するから、俺のもんやってどうしたらわかってもらえるんや?」

私は小さく首を横に振って、落ち着かせるように息を吸い込んだ。

「春斗さんがわからなくて、怖いんです」

春斗さんは私の返答に驚いたように目を見開いた。

「何か知りたい事でもあるんか?楓になら何でも教えたる。何がわからんのや?」
「……わからないんです。春斗さんが、私をどうしたいのか」

春斗さんは確かに私に優しい。組の人に見せる顔私に見せる顔はあまりに別物だ。
でも春斗さんの持つ二面性はそれだけじゃない。
私に優しい春斗さんと、私に迫ったときのような獰猛な肉食獣の一面。
優しさの裏に隠れて時折見え隠れするそれが、たまらなく怖かった。いつでも私なんて好きにできるのに、そうしない事が。隠れた一面がわからない分、余計にそれが怖い。

「俺は楓が俺のもんになってくれるんやったらそれでええ。楓以外はいらん」

何故そんなことを聞くのかと言いたげに春斗さんは答える。
私は首を小さく横に振った。

「春斗さんのしたいようにしてください」
「……それは、どういう意味や?」

春斗さんの瞳が揺れる。戸惑いと、本当にいいのかと確かめるような光が浮かんでいた。

「春斗さんの思いに応える自信がないから」

隠された春斗さんの獰猛な裏側の一面。いつか隠されなくなるときが訪れるとは思っていたけど、もし望まれた通りの結果にならなかったら?それがわからないのに、私は春斗さんの裏側の面に怯えていつまで過ごせばいいのか。

「……大事にしたりたいのも本心や。でも確かに楓のこと、無茶苦茶にしたりたいとも思っとる。理性も全部無くして、俺だけ見るように。俺無しでいられん身体にして、楓の全部を俺のもんにしたい」

熱を孕んだ瞳は真っ直ぐに私を見据えて、指先は頬をなぞる。

「望む通りの結果?俺はな、楓。お前が俺だけのもんであってくれればそれで十分なんや」

春斗さんは私の腕を掴んでベッドの上に優しく押し倒した。両腕を頭の上で固定されて、私はただ春斗さんを見上げることしかできなかった。
空いている手で首元のネクタイを緩めた春斗さんは、服の上から私の身体を撫でてうっとりと目を細める。

「……もう一つ、言いたいことがあります」
「なんや?」

春斗さんは上機嫌に応える。けれどそれはすぐに不機嫌なものに変わった。
私が岩峰組の事務所に行ったのは、昌治さんに謝るためだったと伝えたからだ。

「どうしてそこであいつの名前が出てくるんや?関係ないやろ」

掴まれている手首に鈍い痛みが走る。
春斗さんは怒っているようだった。

「……ずっと罪悪感でいっぱいだった。あの日、春斗さんと出掛けたのは、昌治さんのことを忘れるためだったから」

春斗さんの瞳が細められて、私の手首を掴む力が強くなった。痛みで思わず表情が歪む。
けれど春斗さんは力を緩めてくれはしなかった。
当然だ。一緒に出かけておきながら他の男の人のことを考えていたなんて、気分の良いものじゃない。

「私は昌治さんのことが好き……だった。でも住む世界が違うから、離れようとした」

そんな時に現れたのが春斗さんだった。昌治さんとはまた違うタイプの、住む世界の違う人だと思った。
でもそんな人だから、もしかすると昌治さんのことを紛らわしてくれるかもしれないと期待した。私は春斗さんにどれだけ失礼なことをしてしまったんだろう。
だから私は今、その報いを受けているのかもしれない。

「報いか。そうかもしれへんなぁ。結局こうやってヤクザに捕まっとるんやから」

その言葉に、私は何も返すことができなかった。
私が春斗さんに感じていた恐怖の一端はこれだったんだろう。罪悪感と、その原因を知られてしまうことへの怯え。
知られてしまったとき、春斗さんはどう反応するだろうか。それが怖かった。

「ごめんなさい。でも言わなきゃと思ったの。私は春斗さんに愛される資格なんてない。許してほしいなんて思わない。私が、耐えられないだけ……」

言わなければ知られる事はなかったはずだ。でもそんな恐怖を抱えたままで春斗さんと向き合い続けるなんてことはできないから、こうして伝えてしまった。

「許さんでもええ、か」

そう言って春斗さんは片手を懐に入れた。
何かを探しているような動作に、私の身体がびくりと震える。
殺されたって文句は言えない。それだけのことをしたという自覚はあった。でも死ぬ覚悟なんてできるわけがなくて、それなのに身体は震えるばかりで動かない。
春斗さんの手が、何かを探し当てたように止まる。私は恐怖のあまり目を閉じて、何かしらの痛みを覚悟した。
左手首に込められた力がより強くなる。引っ張り上げられた手のひらが空を切って、柔らかいものが触れた。
そして指先に硬く冷たいものが触れて、指の付け根に収まる。

「一生許すことなんてできんやろな。それなら、一生かけて忘れさしたるしかないやろ」

左手の薬指の指輪。
私の指に指輪を嵌めた春斗さんの左手にも同じものが握られていた。

「何遍も言うとるけど、楓を手離す気はない。お前以外の女に用はない」

春斗さんは私の左手にもう一つの指輪を載せて、私の拘束を解いた。
嵌めてほしいということなんだろうか。
滑らかな金属の感触が生々しい。

「どうして」

私の思いを知った上でも、私に指輪を渡すのか。
春斗さんは私の指先に挟ませた指輪を自ら嵌めると、指先を絡ませた。

「楓の一生が俺のもんにしたいからや」

その宣言だと春斗さんは微笑んだ。

「楓があそこに行った理由はようわかった。でもな、俺と会った時にはあいつは既に過去の男やった。それは確かなんやろ?」

距離をとって忘れようとしていた。きっとそうなんだろう。そんなこともあったなと時折思い出すくらいの、過去の人にしようとしていた。
私がゆっくり頷いたのを確認した春斗さんは私の頭を撫でた。

「ならええわ。これから俺しか愛せへんように、俺の事しか考えられへんようになるまで、じっくり愛したるだけのことや」

そう言って春斗さんは貪るようなキスを落とす。
何度も舌を絡ませて、呼吸が苦しくなっても解放される事はなかった。
ようやく唇が離れても、私と春斗さんの間は細い糸のようなもので繋がっていた。













ーーーーーーーーーーー

これでビターエンドverは終わりです。
ビターエンドとはなんぞやと私自身書いててわからなくなったので、その辺りはそっとしておいていただけると嬉しいです。
とりあえず気持ちをちゃんと伝えた上で了承した形なのでまあ今後ソフトに洗脳されていくんだろうなー、と。
(そもそも会長ルートな時点で詰んでるも同然な気がしてます)

バッドエンドverは主人公が一方的に愛されてる感しか無いと思われるので、苦手な方はそっと閉じてください。
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