お客様はヤの付くご職業・裏

古亜

文字の大きさ
上 下
7 / 15

7

しおりを挟む
春斗さんのお屋敷で暮らし始めて3週間が過ぎた。
大学に通うことは色々と条件を提示されはしたけど、意外にもあっさりと許してもらえた。
あの外出以降何かが変わったかと言われればそんなことはなく、そもそも忙しい春斗さんは日中は基本的にどこかに出かけている。夜もこのところは帰ってこない事の方が多い。
今朝は朝食だけ一緒に食べるためにわざわざ帰ってきて、またすぐに出かけていった。
今日は午前の最後に講義があるからそろそろ支度をしなきゃいけない。
パソコンと資料を鞄に入れてぼんやりと待っていると、大学まで送ってくれる春斗さんの部下、中西さんが車の用意ができたと教えてくれた。
お礼を言って、車に乗せてもらう。
まだ新車の匂いが残っている。新しく買ったのだと春斗さんは言っていた。
私はどうしてここまで気に入られてしまったのだろう。春斗さんの事が怖いということは変わらない。けれど、今のこの生活に慣れ始めている自分もいた。
そして同時に、このまま飽きられて捨てられたらどうしようという不安も募る。
もし春斗さんが普通の人だったら別れて終わりにできるだろう。でも、春斗さんは世間一般の人じゃない。躊躇なく自分の部下に銃を突き付ける春斗さんの冷たい瞳を思い出す。興味がなくなったら、私は殺されてしまうのかもしれない。
春斗さんはそれができる人だ。
全身に震えが走って、私は思わず持っていた鞄を抱き締めた。

「……様、楓様」
「え……あ、はい」

唐突に名前を呼ばれて私は顔を上げた。
もう大学に着いたのかと思ったけど、窓の外の景色はまだ違う場所だった。

「あの、何か……?」

ここ3週間はこうして送ってもらっていたけど、到着したこと以外で話しかけられたのはこれが初めてだった。
たぶん、私に必要な時以外話しかけるなと春斗さんに言われているんだろうとなんとなく思っていたから、何を言われるのかと思わず身構える。

「楓様は会長のことをどうお思いなんです?」
「それは……どうしてそんなことを聞くんですか?」

春斗さんに伝えるつもりなんだろうか。いや、春斗さんはわざわざ人づてに聞いたりしない。
この人の、中西さんの興味本位の質問なんだろうか。

「いつも浮かない顔ですから」

確かに春斗さんはともかく、私の春斗さんに対する態度はとても良いとは言えない。
不思議に思うのも無理はないと思う。私も中西さんと同じ立場だったら気になったと思う。

「実感が湧かないんです。それだけです」

嘘はついていない。もしも春斗さんに伝えられるのだとしたらと思うと、こう答える以外の回答が浮かばなかった。
それに対して中西さんがそうですかと言ったきり、再び車内は静かになった。
私は後ろへ流れていく景色をぼんやりと眺めながら、大学に到着するのを待った。私が本音を隠していることに中西さんは気付いているんだろうと思うと、この沈黙は余計に苦しかった。
やがて大学の建物が見えてきて、私はほっと肩を撫で下ろす。
いつも降ろしてもらう駐車場に入り、ドアに手をかけたところで再び名前を呼ばれた。

「もし逃げたいんでしたら、協力しますよ」

独り言のように発せられたその言葉に、自分の体の動きがぴたりと止まる。
私は恐る恐る中西さんの方を見た。

「会長が無理矢理引き止めてるのは誰が見ても分かりますよ。何をしてあそこまで気に入られたのかは気になりますが、カタギのお嬢さんにあの会長の相手は荷が重い」

中西さんはドアのロックを外して、私に外に出るよう促した。

「帰りの迎えも俺なんで、考えがまとまったらおっしゃってください」

そう言い残して中西さんの運転する車は遠ざかっていく。
呆然とそれを見送る私の頭の中で、「逃げる」の3文字がぐるぐる回っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

可愛い幼馴染はヤンデレでした

下菊みこと
恋愛
幼馴染モノのかなりがっつりなヤンデレ。 いつもの御都合主義のSS。 ヤンデレ君とそのお兄さんが無駄にハイスペックなせいで気付かないうちに逃げ道を潰される主人公ちゃんが可哀想かもしれません。 一応両思いなのが救いでしょうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

内気な貧乏男爵令嬢はヤンデレ殿下の寵妃となる

下菊みこと
恋愛
ヤンデレが愛しい人を搦めとるだけ。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

レンタル彼氏がヤンデレだった件について

名乃坂
恋愛
ネガティブ喪女な女の子がレンタル彼氏をレンタルしたら、相手がヤンデレ男子だったというヤンデレSSです。

【R18】スパダリ幼馴染みは溺愛ストーカー

湊未来
恋愛
大学生の安城美咲には忘れたい人がいる……… 年の離れた幼馴染みと三年ぶりに再会して回り出す恋心。 果たして美咲は過保護なスパダリ幼馴染みの魔の手から逃げる事が出来るのか? それとも囚われてしまうのか? 二人の切なくて甘いジレジレの恋…始まり始まり……… R18の話にはタグを付けます。 2020.7.9 話の内容から読者様の受け取り方によりハッピーエンドにならない可能性が出て参りましたのでタグを変更致します。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

処理中です...