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春斗さんのお屋敷で暮らし始めて3週間が過ぎた。
大学に通うことは色々と条件を提示されはしたけど、意外にもあっさりと許してもらえた。
あの外出以降何かが変わったかと言われればそんなことはなく、そもそも忙しい春斗さんは日中は基本的にどこかに出かけている。夜もこのところは帰ってこない事の方が多い。
今朝は朝食だけ一緒に食べるためにわざわざ帰ってきて、またすぐに出かけていった。
今日は午前の最後に講義があるからそろそろ支度をしなきゃいけない。
パソコンと資料を鞄に入れてぼんやりと待っていると、大学まで送ってくれる春斗さんの部下、中西さんが車の用意ができたと教えてくれた。
お礼を言って、車に乗せてもらう。
まだ新車の匂いが残っている。新しく買ったのだと春斗さんは言っていた。
私はどうしてここまで気に入られてしまったのだろう。春斗さんの事が怖いということは変わらない。けれど、今のこの生活に慣れ始めている自分もいた。
そして同時に、このまま飽きられて捨てられたらどうしようという不安も募る。
もし春斗さんが普通の人だったら別れて終わりにできるだろう。でも、春斗さんは世間一般の人じゃない。躊躇なく自分の部下に銃を突き付ける春斗さんの冷たい瞳を思い出す。興味がなくなったら、私は殺されてしまうのかもしれない。
春斗さんはそれができる人だ。
全身に震えが走って、私は思わず持っていた鞄を抱き締めた。
「……様、楓様」
「え……あ、はい」
唐突に名前を呼ばれて私は顔を上げた。
もう大学に着いたのかと思ったけど、窓の外の景色はまだ違う場所だった。
「あの、何か……?」
ここ3週間はこうして送ってもらっていたけど、到着したこと以外で話しかけられたのはこれが初めてだった。
たぶん、私に必要な時以外話しかけるなと春斗さんに言われているんだろうとなんとなく思っていたから、何を言われるのかと思わず身構える。
「楓様は会長のことをどうお思いなんです?」
「それは……どうしてそんなことを聞くんですか?」
春斗さんに伝えるつもりなんだろうか。いや、春斗さんはわざわざ人づてに聞いたりしない。
この人の、中西さんの興味本位の質問なんだろうか。
「いつも浮かない顔ですから」
確かに春斗さんはともかく、私の春斗さんに対する態度はとても良いとは言えない。
不思議に思うのも無理はないと思う。私も中西さんと同じ立場だったら気になったと思う。
「実感が湧かないんです。それだけです」
嘘はついていない。もしも春斗さんに伝えられるのだとしたらと思うと、こう答える以外の回答が浮かばなかった。
それに対して中西さんがそうですかと言ったきり、再び車内は静かになった。
私は後ろへ流れていく景色をぼんやりと眺めながら、大学に到着するのを待った。私が本音を隠していることに中西さんは気付いているんだろうと思うと、この沈黙は余計に苦しかった。
やがて大学の建物が見えてきて、私はほっと肩を撫で下ろす。
いつも降ろしてもらう駐車場に入り、ドアに手をかけたところで再び名前を呼ばれた。
「もし逃げたいんでしたら、協力しますよ」
独り言のように発せられたその言葉に、自分の体の動きがぴたりと止まる。
私は恐る恐る中西さんの方を見た。
「会長が無理矢理引き止めてるのは誰が見ても分かりますよ。何をしてあそこまで気に入られたのかは気になりますが、カタギのお嬢さんにあの会長の相手は荷が重い」
中西さんはドアのロックを外して、私に外に出るよう促した。
「帰りの迎えも俺なんで、考えがまとまったらおっしゃってください」
そう言い残して中西さんの運転する車は遠ざかっていく。
呆然とそれを見送る私の頭の中で、「逃げる」の3文字がぐるぐる回っていた。
大学に通うことは色々と条件を提示されはしたけど、意外にもあっさりと許してもらえた。
あの外出以降何かが変わったかと言われればそんなことはなく、そもそも忙しい春斗さんは日中は基本的にどこかに出かけている。夜もこのところは帰ってこない事の方が多い。
今朝は朝食だけ一緒に食べるためにわざわざ帰ってきて、またすぐに出かけていった。
今日は午前の最後に講義があるからそろそろ支度をしなきゃいけない。
パソコンと資料を鞄に入れてぼんやりと待っていると、大学まで送ってくれる春斗さんの部下、中西さんが車の用意ができたと教えてくれた。
お礼を言って、車に乗せてもらう。
まだ新車の匂いが残っている。新しく買ったのだと春斗さんは言っていた。
私はどうしてここまで気に入られてしまったのだろう。春斗さんの事が怖いということは変わらない。けれど、今のこの生活に慣れ始めている自分もいた。
そして同時に、このまま飽きられて捨てられたらどうしようという不安も募る。
もし春斗さんが普通の人だったら別れて終わりにできるだろう。でも、春斗さんは世間一般の人じゃない。躊躇なく自分の部下に銃を突き付ける春斗さんの冷たい瞳を思い出す。興味がなくなったら、私は殺されてしまうのかもしれない。
春斗さんはそれができる人だ。
全身に震えが走って、私は思わず持っていた鞄を抱き締めた。
「……様、楓様」
「え……あ、はい」
唐突に名前を呼ばれて私は顔を上げた。
もう大学に着いたのかと思ったけど、窓の外の景色はまだ違う場所だった。
「あの、何か……?」
ここ3週間はこうして送ってもらっていたけど、到着したこと以外で話しかけられたのはこれが初めてだった。
たぶん、私に必要な時以外話しかけるなと春斗さんに言われているんだろうとなんとなく思っていたから、何を言われるのかと思わず身構える。
「楓様は会長のことをどうお思いなんです?」
「それは……どうしてそんなことを聞くんですか?」
春斗さんに伝えるつもりなんだろうか。いや、春斗さんはわざわざ人づてに聞いたりしない。
この人の、中西さんの興味本位の質問なんだろうか。
「いつも浮かない顔ですから」
確かに春斗さんはともかく、私の春斗さんに対する態度はとても良いとは言えない。
不思議に思うのも無理はないと思う。私も中西さんと同じ立場だったら気になったと思う。
「実感が湧かないんです。それだけです」
嘘はついていない。もしも春斗さんに伝えられるのだとしたらと思うと、こう答える以外の回答が浮かばなかった。
それに対して中西さんがそうですかと言ったきり、再び車内は静かになった。
私は後ろへ流れていく景色をぼんやりと眺めながら、大学に到着するのを待った。私が本音を隠していることに中西さんは気付いているんだろうと思うと、この沈黙は余計に苦しかった。
やがて大学の建物が見えてきて、私はほっと肩を撫で下ろす。
いつも降ろしてもらう駐車場に入り、ドアに手をかけたところで再び名前を呼ばれた。
「もし逃げたいんでしたら、協力しますよ」
独り言のように発せられたその言葉に、自分の体の動きがぴたりと止まる。
私は恐る恐る中西さんの方を見た。
「会長が無理矢理引き止めてるのは誰が見ても分かりますよ。何をしてあそこまで気に入られたのかは気になりますが、カタギのお嬢さんにあの会長の相手は荷が重い」
中西さんはドアのロックを外して、私に外に出るよう促した。
「帰りの迎えも俺なんで、考えがまとまったらおっしゃってください」
そう言い残して中西さんの運転する車は遠ざかっていく。
呆然とそれを見送る私の頭の中で、「逃げる」の3文字がぐるぐる回っていた。
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