お客様はヤの付くご職業・裏

古亜

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「み、美香っ!?」
「下がって」

ガラス越しに聞こえる美香の声。
強盗の持っていた銃が玩具に見えるようなゴツい銃を持った美香は私が窓ガラスから距離を取ったのを確認すると、その引き金を引いた。
ガガガッと何かを削るような低い音とガラスが割れる音が響く。
どうして美香がこんなところでこんなことをしているのかはわからないけど、私を助けようとしてくれていることはわかった。
ガラスに丸く穴が開いて美香の手が伸ばされる。
その顔が凍りつくのと、私の腕が強い力で掴まれたのはほとんど同時だった。
私は抵抗する間もなくその手の主、春斗さんの方へと引き寄せられた。

「いくら楓のお友達やからって、こんなことしてええわけないなぁ。せっかく見逃したったのに」

気さくそうな、けれど明らかな怒気を含んだ声がすぐ近くから聞こえてくる。
私の腕を掴む力が強くなって、春斗さんが誰かに指示を出した。

「美香!逃げてっ!」

私は咄嗟に叫んで美香に近づこうとしている春斗さんの部下を止めようとその服を掴もうとした。
でも春斗さんがそれを許すわけがなくて、私の手は空を切った。

「俺以外の男に手ぇ出したらあかんよ?」

耳元で囁かれたのはこの場にあまりにもそぐわない、優しい声。
それだけで私の体は動かなくなって、ただ美香が春斗さんの部下に捕まるのを見ていることしかできなかった。

「倉敷ナンバーに美香か。まさかあの狸爺の孫が楓のお友達やったとはな」

倉敷……って岡山だよね。狸爺?孫……?
なんのことなのかはさっぱりわからない。でも、とにかく今は美香が危ないことはわかってる。
春斗さんが美香を許すはずがない。たとえ私の友達でも……いや、友達だからこそ人質に取って脅すような人だ。
それに私は既に春斗さんの手の中にいる。春斗さんにとって美香はもう人質としての価値を持たない。

「まあ未遂やしええわ。適当に始末しとけ」

始末……
まるで破いた包装紙でも捨てるように春斗さんは言った。部下の人は頷いて、春斗さんは私の手を引く。

「ガラスで楓が怪我するとあかんからな。とりあえず客間に避難しとき?」

そうして全て終わって安心させるように春斗さんは微笑む。
その瞬間、背中に冷たい稲妻が走った。

「い、嫌!待って春斗さん!」

止めないと。このままじゃ美香が「始末」されてしまう。
春斗さんは微笑みを絶やさないまま私を静かに見た。

「美香はただ私を心配して……私からちゃんと話します。そうすればこんなことにはもうなりませんから」
「あのな楓、あの女は柳狐組の組長の孫や。こんな正面からやられて、ただで返すわけないやろ」
「でも!それは私がちゃんと、ちゃんと美香に言わなくて心配させたからです。組とか関係ないんです!」
「関係大有りや。ここまで派手にやられて何もせぇへんなんて、やられ損やろ」

だめだ。春斗さんはこのことについて私の話を聞くつもりがないんだ。聞いても、春斗さんにメリットがないから。

「組同士のことは俺が片付けとくから、楓は……っ」

春斗さんはもう私をここから遠ざけることしか頭にないんだ。
私を春斗さんに見てもらうために今できることは、これしかなかった。
私は春斗さんに向き直って空いている方の手をその肩に回す。そのまま私の方に押して、私は春斗さんの唇に自分の唇を押し付けて離した。
驚いた表情の春斗さんは口を僅かに開けたまま私を見る。私はその隙を逃さず、もう一度春斗さんに口付けて、舌先で誘うように春斗さんの舌に触れた。

「私はもう……春斗さんのものです。でも、美香は私の友達なんです!私のためにやったことなんです!」

春斗さんは口元を押さえて、呆然と私を見下ろしていた。
部下の人たちは信じられないものを見るように、その場で固まって目を見開いている。
春斗さんの視線から目を逸らしたい。けれどそれは許されないことだった。

「……もっぺん言うてみ?」
「え……?美香は、私の友達で……」
「ちゃう。その前や」

春斗さんは私だけを見ていた。
沈黙が苦しい。一挙一動が観察されている気がして居心地が悪かった。

「私はもう、春斗さんの……」

私が最後まで言い終えないうちに、春斗さんは私の唇を塞いだ。
その瞳に熱を帯びさせて、端正な顔をくしゃりと歪めながら。

「そこまで言われたら仕方ないなぁ。今回だけは、見逃したるわ」
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