お客様はヤの付くご職業・裏

古亜

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電話がかかってきて車で拉致られた際に、助けが間に合わず屋敷に連れ込まれた世界線です。

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気付けば車が止まって、私は春斗さんに抱き起こされていた。
ぼんやりとしか働かない頭は、周囲の景色をより現実離れして私に見せてくる。
薄暗い中にぼんやりと浮かび上がる重厚なお屋敷は、まるで時代劇のセットの中にそのまま出てきそうな佇まいだ。

「いかにもって感じやろ?安心しい。見た目ほど中は古ない。むしろ新しい部屋のが多いくらいや」

春斗さんは私の反応を見て苦笑すると、私の手を掴んで引いた。
見ると、吉井さんが車のドアを開けて出るように促している。

「ほな、行こか」

手を引かれて、私は抵抗することもできず片足を地面に下ろした。硬い、石畳だ。
そして、そこでようやく私は逃れられない場所に来てしまったんだと悟った。もしかすると助けが来るかもしれないという甘い考えは、屋敷を囲う高い塀と屋敷の人らしきいかにもな方々、そして私の手を掴んでいる春斗さんを前にしてぼろぼろと崩れていく。
もう片方の足を下すことができない。掴まれた自分の手が震えているのがわかった。

「……嫌」

この状況でそんなことを言っても無意味なのに、言うべきじゃない言葉なのに、口をついて出てくる。

「嫌、できない。嫌……」

けど、春斗さんの手を振りほどくことすらできない。
春斗さんは今、どんな顔をしているんだろう。
車の中でのことが脳裏をよぎる。有無を言わせぬ声と熱を帯びた瞳が、私を支配していた。
そしてそれは今も変わらない。
そんな春斗さんを、私は怒らせた。私が昌治さんと、岩峰組と関係があるのは事実で、それを知られてしまった。一条会の会長である春斗さんに。
私は、これからどうなるんだろう。
何を聞かれて、何をされるんだろう。酷い目に合わされて、殺されたりしてしまうんだろうか。

「……そらそうやな。いきなりヤクザの屋敷に連れて来られたらビビるわ。そこは考えが足りんかったな」

そう言って春斗さんは私と視線を合わせるようにしてゆっくりとしゃがんだ。

「俺も楓に怖い思いさせたいわけやない。大丈夫や。あいつらには楓に指一本触れさせん」

そこでようやく私は春斗さんの顔を見ることができた。
申し訳なさそうな、どこか不安そうな表情だ。
一条会の会長だとわかる前に見せてくれていた、私が知っている春斗さんの顔。
そしてこれは、春斗さんの持つ顔のほんの一部。
その瞬間、急に心が静かになって、落ち着きを取り戻したのを感じた。

「私は、どうなるんですか」

岩峰組とのことを聞かれるんだろうか。といっても、私が知っているのはネットで調べればわかる程度のことだ。それ以上のことは昌治さんたちも教えようとしなかったし、私も知ろうと思わなかった。
春斗さんは私が少し落ち着いたのを見て安心したのか、軽く息を吐いて微笑んだ。

「そうやな、色々聞きたいことはあるけど、まあ俺のこと全く知らんかったちゅうのは本当っぽいし、俺が欲しい岩峰組の情報なんて持っとらんやろ」

その問いに、私はゆっくり頷いた。私が知っている岩峰組の内部情報なんて、昌治さんの好物くらいだ。
ああ、昌治さんに一言くらい言いたかったな。

「……今、何考えとるん?」

刹那、春斗さんの瞳が怪しく輝いた。獲物に気付いた鷹のような、全てを見透かしている目だ。
私は慌てて心に浮かんだ言葉を消した。問い詰められて奪われるくらいなら、全てまとめて消してしまう方がいい。
この人に、誤魔化しは通じない。

「安心しぃ。思考までは支配できひんのはわかっとる。だからな、楓」

春斗さんは私の腕を引く力を強める。そのまま私は車の外に引き出されて、気付けば春斗さんの腕の中にいた。

「俺はお前を俺のモンにする……まずは身体を」

そう言って春斗さんは私の身体を強く抱いた。そして車の中で噛まれた方とは逆の首筋に緩く歯を立てる。

「順番や」

春斗さんは首筋に添えていた手をゆっくりと下に下ろした。胸元まで下りて一瞬止まったその手は、さらに下へと移っていく。
お腹の辺りで止まったそれは、すぐに離された。

「考えるのは自由や。でもな、楓は俺のことだけ考えとり?いずれそうなるようにしたるし、楓はそれでええんや」

くしゃりと私の頭を撫でて、指先に髪を絡める春斗さんを、蜘蛛みたいだって思った。すっかりその網に絡まって、もがけばもがくほどよりその糸で縛られる。
動かないことが、正解。
でも、動かなかったところで、それは蜘蛛にとっては好都合なだけ。蜘蛛の巣に囚われた時点で、もう逃れる術はない。
そう思ったら、強張っていた体から自然と力が抜けていく。
私は春斗さんの胸に抱かれながら、勝手に溢れ始めた涙を拭うことさえできずにいた。

「会長」

春斗さんを呼んだ誰かが近付いてきて、低い声で春斗さんに何かを耳打ちする。
その瞬間、私を抱く春斗さんの腕の力が僅かに強くなった。

「……邪魔やな」

囁くように言ったそれは、何に向けたものなのか。
考えるより先に、私は春斗さんに腰の辺りを持ち上げられる。突然のことだったので、私は春斗さんの首に抱き付くような格好になった。
春斗さんはそのまま無言で私を持ち上げたまま玄関に向かう。
驚いた顔の人が玄関を開けると、春斗さんは中に入ってすぐに立ち止まって私を下ろした。

「すまんなぁ楓、来客や。ここで待っとり」

春斗さんはそう言い残すと、すぐに扉を閉めて外に出て行った。
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