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うっかり会長さんの前で醜態を晒した後、私はなぜか別室で服の採寸を受けた。
最初は案内された部屋にたくさんの布ときっちり和服を着こなした女性が2人立っているという状況が理解できず、あれよあれよという間にくるくる身体を回転させられてあちこちサイズを測られた。
そして一通り採寸が終わった後は好きな色や花について尋ねられて、生地を身体のあちこちに当てがわれたり。
正直なところどの生地も魅力的だったのであれこれ褒めていたら、この布地はこっち、これはあっち……と、複数の着物が作成されそうになっていた。
採寸の女の人たちの話によると、会長さんに今日来た女……つまり私の式用の着物や普段使いの着物を仕立てるよう依頼されたらしい。材料費と針子の手間賃に糸目はつけないという大盤振る舞いに、私はだいぶ怖くなった。
「まあ、認められたってことだろ」
お屋敷から三島さんのマンションに帰る途中にそのことを話すと、半ば諦めたようにため息をついた。
「橙子が俺相手で承諾してくれてなかったらと思うとゾッとするな」
「ど、どうしてですか?」
「親父はわかってるはずだ。着物の手配に式の用意、そんな特別扱いされる女の結婚相手が未定なんてことになれば、間違いなく争いが起こる。藤倉橙子って女を巡る身内同士の争いだ」
既に昨日の夜、私はその一端を垣間見ている。
実力行使、騙し合い、暴力……自分の背中に氷の板を押し当てられたような錯覚に襲われた。
「まあ、親父には伝えた。だからわざわざ手を出してくるやつはいないはずだが……念のためしばらくは外に出るな」
「でも、仕事……」
「職場じゃどうなのか知らねぇが、橙子の代えになる人間はいねぇ。念のためしばらく休め。馬鹿なやつが職場に乗り込んだら困るのはお前だろ」
うーん、私は何故か巻き込まれただけなのに。
でも職場は知られちゃってるから、帰り際に私だけ狙われるならまだしも、関係のない人を巻き込むわけにはいかない。
私は渋々頷いた。休む理由はこれからなんとか考え出すとして、これからの生活をどうするのか。
「えっと、結婚するということは、三島さんと一緒に住むことになりますよね」
「そうなるな」
「一緒に住むということは同棲ですか」
「……そうなるな」
当たり前のことを聞いてしまっているな。でも、それくらい頭が混乱していた。
マンションに帰ってくるまでの間も、伊崎さんではないけれど屈強な男の人が護衛として助手席に座っていて、尋常じゃない雰囲気が漂っている。
ようやく三島さんの部屋に戻ってきたとき、私はパタリとソファーに倒れ込んだ。
「え、どうしてこうなったの……?」
私は人よりほんの少し運が悪いだけ。そういう星の下に生まれてしまったから仕方ないな、とちょっとした不幸たちとはこれまで仲良く?やって生きていたつもりだった。
副産物的な幸運も知ってはいたけど、偶然レベルのものばかりだったから、たまたまそういうタイミングだったんだろうとか、うすらぼんやり思っていたものが突然定義付けられて、求められてしまった。
副社長、テレビ、そしてヤクザ。
そして最終的には、ヤクザさんのところで落ち着いてしまった。
……まあそのヤクザさんが、それらから助けてくれた三島さんでよかったかもしれない。
私はのろのろとソファーから顔を上げる。
疲れているだろうからと、三島さんは温かいお茶を用意してくれていた。
「ありがとうございます」
「今日はゆっくり休め。疲れただろ」
そう言って三島さんは私がソファーを占領してしまっているからか、床に座ってテレビの電源を入れた。
天気予報が映って、アナウンサーのお姉さんが今週の天気の解説を始める。どうやら今週は天気が悪いらしい。
「……とりあえず、親父はお前を歓迎してる。それどころか式の手配まで始めてるからな、相当乗り気だ」
「まさかもう日取りまで抑えられてるとは思いませんでした。さすが蓮有楽会の会長さんですね」
認められるも何も、既に外堀が相当埋められていた。あの仕立て屋さんも、私が来るからわざわざ呼んだんだよね。
やれやれと息を吐いて私は起き上がった。
それに気付いた三島さんは私の隣に腰掛ける。
「そうだな。親父は一度決めたことは曲げねぇ。橙子のことを知った時から決めてたんだろうな」
不運の副産物の幸運なんて、そんな大したものはないのに。
それに、私は……
ちらりと三島さんの顔を見上げる。ほんの数日前なら普通に見られたはずの顔を見るのがなぜか恥ずかしい。
「……橙子」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて、声が勝手にうわずってしまう。この呼ばれ方も、慣れない。
「最終確認だ。本当に俺でいいんだな?」
三島さんは真っ直ぐに私を見つめて真剣な声音で尋ねる。
私は間髪入れずに返事をした。
「三島さんがいいです」
付き合うとかそういう恋愛的な過程をすっ飛ばしてしまってるけど、それでもいい。私は三島さんのことが好きだから。
「それなら、よかった」
三島さんはそう言って私の身体を抱き寄せて、首筋に口付けを落とした。
反射的に身体が少し震えてしまったけど、私はそのまま三島さんに身体を預けた。
緊張で冷えていた身体に、人の体温が心地良い。
あの時であってしまったヤクザさんが、三島さんでよかった。
三島さんの腕の中で一安心したら、少しお腹が空いたな。
私は三島さんが出してくれたお茶を飲み干した。
「あの、三島さんさえよければ、夕ご飯作りましょうか?」
「大丈夫なのか?」
この三島さんの反応は……料理ができるのかとかそういう話ではなく、安全面で何かとちらないかを心配されている?
たまにキャベツが虫食いばっかりだったりぶつけてもいないのに卵が割れちゃってたり、目当ての食材が目の前で買われてなくなったりはあるけど、料理はできますよ。
特に誰かのためにする事だったら不幸は起こらない。失敗すれば食べさせる誰かも不幸になってしまうから。
「不思議なことに、誰かに料理作る時は何も起きないんです」
失敗するのは私が私のために料理をするときくらいだ。
だから、誰かのために作るのは好き。
私はソファーから立ち上がった。
「あの、冷蔵庫の中見せていただけますか?」
「好きに使ってくれ。でもなぁ、あんまり入ってねぇかもな」
その言葉通り、冷蔵庫に入っていたのはレタスが少しと、卵とチューブの調味料。冷凍庫の方には、冷凍食品がたくさん入っていた。
三島さんの食生活を垣間見た気がする。
私は冷凍食品の中から炒飯を取り出した。あとは冷凍されていた鶏肉を出す。戸棚にはコンソメやスープの素、塩胡椒など基本的なものはあった。
とりあえず、なんとかなりそうだ。
最初は案内された部屋にたくさんの布ときっちり和服を着こなした女性が2人立っているという状況が理解できず、あれよあれよという間にくるくる身体を回転させられてあちこちサイズを測られた。
そして一通り採寸が終わった後は好きな色や花について尋ねられて、生地を身体のあちこちに当てがわれたり。
正直なところどの生地も魅力的だったのであれこれ褒めていたら、この布地はこっち、これはあっち……と、複数の着物が作成されそうになっていた。
採寸の女の人たちの話によると、会長さんに今日来た女……つまり私の式用の着物や普段使いの着物を仕立てるよう依頼されたらしい。材料費と針子の手間賃に糸目はつけないという大盤振る舞いに、私はだいぶ怖くなった。
「まあ、認められたってことだろ」
お屋敷から三島さんのマンションに帰る途中にそのことを話すと、半ば諦めたようにため息をついた。
「橙子が俺相手で承諾してくれてなかったらと思うとゾッとするな」
「ど、どうしてですか?」
「親父はわかってるはずだ。着物の手配に式の用意、そんな特別扱いされる女の結婚相手が未定なんてことになれば、間違いなく争いが起こる。藤倉橙子って女を巡る身内同士の争いだ」
既に昨日の夜、私はその一端を垣間見ている。
実力行使、騙し合い、暴力……自分の背中に氷の板を押し当てられたような錯覚に襲われた。
「まあ、親父には伝えた。だからわざわざ手を出してくるやつはいないはずだが……念のためしばらくは外に出るな」
「でも、仕事……」
「職場じゃどうなのか知らねぇが、橙子の代えになる人間はいねぇ。念のためしばらく休め。馬鹿なやつが職場に乗り込んだら困るのはお前だろ」
うーん、私は何故か巻き込まれただけなのに。
でも職場は知られちゃってるから、帰り際に私だけ狙われるならまだしも、関係のない人を巻き込むわけにはいかない。
私は渋々頷いた。休む理由はこれからなんとか考え出すとして、これからの生活をどうするのか。
「えっと、結婚するということは、三島さんと一緒に住むことになりますよね」
「そうなるな」
「一緒に住むということは同棲ですか」
「……そうなるな」
当たり前のことを聞いてしまっているな。でも、それくらい頭が混乱していた。
マンションに帰ってくるまでの間も、伊崎さんではないけれど屈強な男の人が護衛として助手席に座っていて、尋常じゃない雰囲気が漂っている。
ようやく三島さんの部屋に戻ってきたとき、私はパタリとソファーに倒れ込んだ。
「え、どうしてこうなったの……?」
私は人よりほんの少し運が悪いだけ。そういう星の下に生まれてしまったから仕方ないな、とちょっとした不幸たちとはこれまで仲良く?やって生きていたつもりだった。
副産物的な幸運も知ってはいたけど、偶然レベルのものばかりだったから、たまたまそういうタイミングだったんだろうとか、うすらぼんやり思っていたものが突然定義付けられて、求められてしまった。
副社長、テレビ、そしてヤクザ。
そして最終的には、ヤクザさんのところで落ち着いてしまった。
……まあそのヤクザさんが、それらから助けてくれた三島さんでよかったかもしれない。
私はのろのろとソファーから顔を上げる。
疲れているだろうからと、三島さんは温かいお茶を用意してくれていた。
「ありがとうございます」
「今日はゆっくり休め。疲れただろ」
そう言って三島さんは私がソファーを占領してしまっているからか、床に座ってテレビの電源を入れた。
天気予報が映って、アナウンサーのお姉さんが今週の天気の解説を始める。どうやら今週は天気が悪いらしい。
「……とりあえず、親父はお前を歓迎してる。それどころか式の手配まで始めてるからな、相当乗り気だ」
「まさかもう日取りまで抑えられてるとは思いませんでした。さすが蓮有楽会の会長さんですね」
認められるも何も、既に外堀が相当埋められていた。あの仕立て屋さんも、私が来るからわざわざ呼んだんだよね。
やれやれと息を吐いて私は起き上がった。
それに気付いた三島さんは私の隣に腰掛ける。
「そうだな。親父は一度決めたことは曲げねぇ。橙子のことを知った時から決めてたんだろうな」
不運の副産物の幸運なんて、そんな大したものはないのに。
それに、私は……
ちらりと三島さんの顔を見上げる。ほんの数日前なら普通に見られたはずの顔を見るのがなぜか恥ずかしい。
「……橙子」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて、声が勝手にうわずってしまう。この呼ばれ方も、慣れない。
「最終確認だ。本当に俺でいいんだな?」
三島さんは真っ直ぐに私を見つめて真剣な声音で尋ねる。
私は間髪入れずに返事をした。
「三島さんがいいです」
付き合うとかそういう恋愛的な過程をすっ飛ばしてしまってるけど、それでもいい。私は三島さんのことが好きだから。
「それなら、よかった」
三島さんはそう言って私の身体を抱き寄せて、首筋に口付けを落とした。
反射的に身体が少し震えてしまったけど、私はそのまま三島さんに身体を預けた。
緊張で冷えていた身体に、人の体温が心地良い。
あの時であってしまったヤクザさんが、三島さんでよかった。
三島さんの腕の中で一安心したら、少しお腹が空いたな。
私は三島さんが出してくれたお茶を飲み干した。
「あの、三島さんさえよければ、夕ご飯作りましょうか?」
「大丈夫なのか?」
この三島さんの反応は……料理ができるのかとかそういう話ではなく、安全面で何かとちらないかを心配されている?
たまにキャベツが虫食いばっかりだったりぶつけてもいないのに卵が割れちゃってたり、目当ての食材が目の前で買われてなくなったりはあるけど、料理はできますよ。
特に誰かのためにする事だったら不幸は起こらない。失敗すれば食べさせる誰かも不幸になってしまうから。
「不思議なことに、誰かに料理作る時は何も起きないんです」
失敗するのは私が私のために料理をするときくらいだ。
だから、誰かのために作るのは好き。
私はソファーから立ち上がった。
「あの、冷蔵庫の中見せていただけますか?」
「好きに使ってくれ。でもなぁ、あんまり入ってねぇかもな」
その言葉通り、冷蔵庫に入っていたのはレタスが少しと、卵とチューブの調味料。冷凍庫の方には、冷凍食品がたくさん入っていた。
三島さんの食生活を垣間見た気がする。
私は冷凍食品の中から炒飯を取り出した。あとは冷凍されていた鶏肉を出す。戸棚にはコンソメやスープの素、塩胡椒など基本的なものはあった。
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