幸薄女神は狙われる

古亜

文字の大きさ
上 下
19 / 28

4-1

しおりを挟む
「着いたぞ」

そう言われて顔を上げると、見知らぬ駐車場にいた。
どこだろうとあちこち見回しているうちに、三島さんはバイクを端に停めると、ヘルメットを外してバイクを降りた。
私もそれに続いてバイクを降りようとして、ふらりと倒れそうになる。

「大丈夫か?」
「えっと、たぶん……」

風が強かったから目がショボショボする。あと夜風に当たりすぎて身体が冷え切っていた。
ふらついたときに腕を掴んだ三島さんはそれに気付いたらしい。慌てた様子で上着を脱いで私の肩にかけた。

「この状況で遠慮してる場合か。嫌だろうがすぐ風呂入れ。用意はしてやるから」
「お風呂は嫌じゃないですけど……お風呂?」

私の家には戻れないだろう。だとしたらここは……と、そこでようやくここがどこなのか察した。

「俺の住んでるマンションの地下駐車場だ。一時的に隠れるだけならビジホでもよかったんだが、怪しまれても厄介だからな。あんたには悪いが、我慢してくれ」
「いえ、むしろすみません。ありがとうございます……」

本当に三島さんには助けられてばかりだ。
助けてもらっていなかったら、今頃どうなっていたんだろう。
想像しようとするだけで、身体が震える。
私は咄嗟に三島さんの腕を掴んだ。

「俺の考えも甘かった。まさかここまですぐ大事になるとはな。何があった?」
「えっと、私を手に入れたら蓮有楽会の次期会長って勘違いが広がってるみたいで……」

エレベーターを待つ間に、私は山本さんが言っていた事を伝えた。
それを聞いた三島さんは降りてきたエレベーターに乗り込みながら短く唸る。

「たかが女ひとりのために……と言いたいとこだが、そのたかがひとりをものにすれば次期組長なんて話になれば、目の色変えて狙ってくるのも当然か」

面倒なことになったな、と三島さんは呟く。

「親父は外堀を埋めにきてるんだろうな。本気であんたを取りにきてる。大方、わざと勘違いさせるような言い方をしたんだろ」
「わざと、ですか?」
「ああ。こうやって狙われりゃ、あんたが折れると考えたんだろ」

……悔しいけど、その通りだ。
気まぐれか何かだと思いたかったけど、実際に行動に移されてしまった。
さっきのは勘違いした一部の人たちの暴走だ。ただの勘違いで、あそこまでのことが起こる。
蓮有楽会の会長が「藤倉橙子を捕まえろ」とひと言命じれば、たかが小娘ひとり、容易く世の中から切り離せるのだろう。
それを見せつけられた。

「あんたには悪いが、早めに折れてくれ。長引かせるのはむしろ逆効果だ」
「わかりました」
「俺にできるのは時間稼ぎくらいで……は?」

私があっさり承諾を示したからか、三島さんは油が切れた機械みたいに固まった。
エレベーターが停止して扉が開いたけど、気付いていないようだった。

「本気で言ってるのか?」
「……折れてほしいのかどっちなんですか。いいんです、これは私の意志ですから」

とは言ったものの、自分の肩は震えていた。
ただ不運なだけの私が三島さんたちの世界に飛び込んで、無事でいられるだろうか。そんな不安と同じくらい、それ以上にこれから自分が口にしようとしている言葉が怖かった。

「でも、その……」

三島さんがいい。
私は三島さんのことが好きだ。恋愛的な意味かどうかはわからないけど、少なくとも人としては好きだし、三島さんと結婚するのはいいかもな、なんて思わなかったと言えば嘘になる。
好きな人と結婚できるのは幸運なことだ。そんな幸運を受け入れてしまって大丈夫だろうか。
私がよくても、三島さんはよくないかもしれない。私の不幸に三島さんを巻き込むかもしれない。
そう思うと言葉に出してはいけない気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

社長から逃げろっ

鳴宮鶉子
恋愛
社長から逃げろっ

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

処理中です...