幸薄女神は狙われる

古亜

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突然、三島さんに呼び出された。
理由の説明もされないまま、とにかく話があるからと仕事が終わってすぐに指定された場所、1番最初にご飯を食べた高級懐石に行くと、疲れた顔の三島さんがいた。

「あの、どうされたんです?」
「狙われてる、俺じゃなくてあんたが」
「……え?」

狙われてる?私が?
三島さんは脇に置いていた鞄から3枚のクリアファイルを取り出して、それを卓に並べた。
履歴書みたいな、誰かの顔と名前、経歴が書かれている書類だった。

「できるだけ信頼できるやつを選んだ。ヤクザには変わりねぇが、まあ、いいやつだ。好きなやつを選べ」

はい?
この方々と私が狙われているということにどのような関係が?
目を白黒させている私に、三島さんは続けた。

「結婚する相手選ぶのにこれだけじゃ不安か。一回全員会っとくか?」
「は?」

結婚?誰と誰が?
圧倒的に説明が足りない。いつもの三島さんらしくないですよ?相当お疲れなのか、三島さんは出されたばかりのお茶を飲もうと湯呑みを思いっきり掴む。

「熱っ!」

当然熱かったのか、弾みで湯呑みが倒れて中のほうじ茶が溢れる。
咄嗟に書類が濡れないように取ろうとしたけれど、間に合わず3枚中2枚がほとんど読めなくなってしまった。
とりあえずお店の人にお願いして片付けてもらったけど、濡れた書類は元に戻らない。

「あの、本当にどうしたんですか?」

私は残った1枚の書類を見る。
クリップで留められた写真の中の男性は、どうやら三島さんの組の若頭らしい。若干強面ながら、有名大学を卒業して経済面で組を支えているそうだ。
……いや、正直言ってそれが何?という話なんですが。

「結婚すんならどいつがいいか聞こうと思ったんだが、コピー取っときゃよかったな」
「いや、そうじゃなくて、え?結婚って私が?なんで急にそんなことを?」

結婚。全く考えてないわけじゃないですよ?大学や高校の友人の結婚報告を聞きながら内心穏やかじゃないですからね私だって。
そして三島さんにもお見合いについての相談、しましたよ確かに。男作っとけよというアドバイスもいただきました。
でも、だからってヤクザさんとの結婚の仲介を依頼した覚えは無いですよ?

「親父が……いや、蓮有楽会があんたを狙ってる」
「え?あの、なんのことか……」

さっぱりわからない。そう言いかけて気付いた。「狙われてる」と「結婚」って、全く同じようなことが前にあった。そしてそれを、三島さんに相談して助けてもらった。

「まさか、信じてるんですか?私の不運は……」
「親父が神職3人使って調べさせた。守護霊がどうとか、俺はオカルトには興味ねぇが、3人が3人とも同じようなことを言ったんだとさ」

私は言葉を失った。そこまでされるなんて思わなかったから。いや、普通思わない。ヤクザの親玉はやることが違う……のか?
というかそもそもどうして私のことを?三島さんが、話した?それを本気にして調べたとか?
いや、それはどうでもいい。三島さんは蓮実組の組長だ。誰かが私のことをその上の人に伝えたりしたのかもしれない。三島さんの親切に甘えていたのは私だ。三島さんががヤクザと知りながら。

「私、どうなるんですか?」

狙われている、というのは私を組の誰かと結婚させるつもりということなんだろう。
そうすれば運が舞い込むと、蓮有楽会の会長が信じている。

「……多少は自覚があります。でも、それはただの会社員としてと言うか、一般的な不運です。期待されても、困ります」

蓮有楽会の会長が私に何を求めているのか、単に幸運を招く招き猫としての役割なら、普通に招き猫を買って欲しい。
それにヤクザの中で起こる「不幸」って、想像がつかない。今の私に降り注いでいる不運が極めて一般的な不運だから耐えられるだけだ。

「どうにか、なりませんか」
「……今回ばかりは、俺も親父には逆らえねぇ。だからせめてまともなやつを、と思ったんだが、いきなり結婚相手選べなんざ言われてもそうなるよな」

申し訳なさそうに三島さんは唸る。
どうしてこんなことになってしまったのか。まだホームセンターの副社長とお見合いをしていた方がよかったのか。いや、そんなことはない。
そうなってたら私は今頃猛烈に後悔していたと思う。

「あの、もし知らん顔して普通に生活を続けたら、どうなりますか」

見合い話が来るのか突然知らないヤクザからプロポーズでもされるのかわからないけど、結婚する気はありませんよ、とお伝えしたい場合どうすればいいのか。

「親父が俺に命じたのはあんたの説得だ。拒否させねぇのが俺の役割なんだよ。俺があんたを説得できないとわかれば、攫うなりするだろうな」

味方にはなれない。三島さんはため息をつく。

「元はと言えば俺のせいだ。俺が色々したから、目を付けられた。いや、そもそも俺があん時油断せず、やつに気付いてりゃあんたを巻き込むことはなかった」

あの時、私が偶然三島さんを助けた時のことだろう。三島さんは絞り出すように自分が悪いんだと言った。

「……そんなこと言わないでください」
「いや、一番面倒な時に力になれねぇどころか、敵だ。こんなことならあん時助けねぇ方が……」
「言わないでください!」

気付けば大きな声が出ていた。
私はハッと口を閉じる。
でも、聞きたくなかった。三島さんの口から助けない方がよかったと言われるようで、お互いに助けたことが間違いのように言われて、否定された気分になった。

「でも三島さんがいなかったら私は今頃あの副社長との縁談が進んで、あの醜態を全国で晒す羽目になってました。そんなことを、言わないでください」

私は三島さんに感謝している。それは変わらない。私は、三島さんを恨みたくない。

「考える時間をください。というか、落ち着く時間をください」

もう三島さんに頼ることができない。ただそれだけだ。これまで三島さんに頼っていたツケが回ってきた。これはきっとそういうことだ。

「……なら、俺を選ぶか?」
「え?」
「あんたが嫌じゃなけりゃ、俺を選んでくれ。これはさらに上の組織の意見だ。あんたに手を出そうとするやつを止める力は俺にない。俺が嫌なら、せめてまともそうなやつを組の中から選べ」
「いや、待って、待ってください!」

考える時間をください、の返答になっていない。
それはそれで、いくらなんでもいきなりすぎる。
三島さんが選んだよくわからない人達よりは、三島さんの方が安心なのは確かだ。でも、だから私が三島さんを選んでいい理由にもならない。ヤクザさんと結婚なんてできない。
けど、それとは裏腹に、私の心臓はこれまでになくうるさく鳴っていた。三島さんと私の結婚。
私はまともに三島さんの顔を見ていられなくなってサッと俯いて目を逸らす。

「……そんなに嫌か。いや、そりゃそうだよな」

三島さんはやれやれと諦めたようにため息をつくけど、私の今のこの反応は、おそらく三島さんの想像と少し違う。
無性に恥ずかしいんだ。
突然3人の中から結婚相手選べって言われたときはなんの冗談かと思ったし正直蓮有楽会に対して怒りを覚えた。でも、三島さんの名前を聞いた時、三島さんならいいかもしれないと許容しかけた自分がいた。むしろ悪くないかもしれないとすら思ってしまって、私って三島さんのこと好きなのか?という自問自答に陥っていた。

「やっと自分の不幸を恨む気になれたか?」
「それは結構前からそうです。いや、でもこれはそういうことではなく……」

助けてもらってばかりで本当に感謝している。最初の見合い話も、たぶん今回のテレビの件も、三島さんに相談していなかったらどうなっていたことか。
そもそも、三島さんを嫌いになる要素がない。
けど、三島さんの方はどうか。むしろ迷惑しかかけていない。
蓮有楽会の会長がそういう方針を示したから。その選択を取らされているだけだ。これはきっと三島さんの意思じゃない。

「考えさせてください。なにか妙案が浮かぶかもしれません」
「……そうだといいが」

それっきり三島さんは黙ってしまった。
何か考え込んでいる様子で、そろそろ注文をと現れた女将さんにもしばらく気付いていなかった。
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