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しおりを挟む……と、取材の様子を三島さんに報告したら、なんだかとても渋い顔をされた。
「あんた、マジで本物なんだな」
そう言って三島さんは飲んでいたお水のグラスを置く。
私と三島さんは中華料理店に来ていた。
電話した手前、一応どうなったかお伝えしておこうかなとメッセージを送ったら、会って話すかという流れになって今に至る。
話をしているうちに酢豚、麻婆豆腐、野菜炒め、天津飯、小籠包などがテーブルの上に並んだので、各々好きなものを取った。
「……美味いな」
「そうなんですよ。美味しいし個室もあるので女子会でもたまに使うんです」
そしてお値段も町中華より少しいいお店、という感じでお手頃だ。この前三島さんと行ったあの和食屋さん、家に帰って改めて調べたらとてもいいお値段のお店だった。
お見合いの時はお世話になったし、今回も私から相談してしまったので、せめてものお礼に。ここならどれだけ飲み食いいただいても私のお財布の中身で足りる……はず。フカヒレの姿煮とかアワビとかドシドシ注文されない限り……
今更だけどもっといいお店の方がよかったんだろうか。小洒落たレストランとかもあったけど、「大切な人とのデートに」とか説明に書いてあってやめたんだよね……ただの三島さんの親切だから。そういうのじゃないから!
「……食わねぇのか?」
ひとりで勝手に動揺してたら三島さんが怪訝な顔で見てくる。
三島さんは小籠包をお気に召したのか2つ目を取っていた。
「た、食べますよ。お腹空いてますし」
お皿に乗せた酢豚を箸で摘む。艶のあるタレをまとった豚肉はからりと揚がっていて、しっかり角が立っている。
口に入れると酢の効いた甘いタレが口の中に広がって、噛めば香ばしい豚肉の中から肉汁が溢れた。
うん、美味しい。人参や筍も食感がしっかりしてて、味の濃いタレとよく合う。
続いて三島さんに倣って小籠包を取る……と、気を付けたはずなのに皮が破れて中の肉汁が蒸篭の下に消えていった。
い、一番美味しいところが……
それを見ていた三島さんがフッと笑う。
ちょっと悲しい気分になりながら気を取り直してスープを取ろうとすると、お玉部分が柄からスポッと抜けた。
そのまま硬直する私と、若干口を開けて呆れる三島さん。
10秒ほどの沈黙の後、三島さんがぽつりと言った。
「……悪化してねぇか?」
「た、偶々ですよ」
柄をはめ込んでみる。うまくはまった……よし、店員さんにお願いして別のお玉を持ってきてもらおう。その間に、この麻婆豆腐を……って、辛っ!
なにこれ口の中が痛い。触れてた部分が熱い!吐き出さなかった私、偉いっ!
豆腐よりタレ部分多めに食べたのもまずかったね。
唇もヒリヒリする。
「どうした?」
不思議そうに私をみる三島さん。
私は水を飲見ながら麻婆豆腐を指差した。
三島さんは怪訝そうに自分の分をお皿に取って豆腐をひとかけら口に含み……手で口元を抑える。
そのまま無言で豆腐を飲み込み、水を飲む。
「……どういうことだ?」
私と違って豆腐部分メインだった三島さんにはあまり大きな被害は無さそうだった。それでも水を飲んで辛さを誤魔化そうとしているのがわかる。
「わかりません。めちゃくちゃ辛い……ゴホッ!」
「普通の麻婆豆腐だよな?」
そのはずですけど……念のためメニューを確認する。少し辛いという表示はあるけど、これは「少し」のレベルじゃない。
そこで何かに気付いた三島さんは、メニュー立ての中を探して、一枚の赤色の紙を取り出した。
「もしかしてこれか……?」
上に期間限定チャレンジメニューと書かれたそれは『辛さ1000倍龍神麻婆豆腐』で、制限時間内に食べ切った猛者には次回以降に利用できる千円分のお食事券がプレゼントされて、今回の食事代も無料という商品らしい。
私と三島さんは無言でその危険そうなメニューの写真とテーブルの上のものを見比べる。
写真の方は熱々の鉄鍋に盛られているけど、こっちは白い陶器。けど中身は似ている……色合いとか、よく見ると丸々入ってる唐辛子の形状とか。
「お客様!申し訳ありません、お出しした麻婆豆腐なんですが……あ」
慌ててやって来た店員さんは全てを察したような顔で私を見た。
ーーーーー
「結果的にはよかったんじゃねぇか?」
店を出た三島さんは笑うしかないという顔で私を見ていた。
あの麻婆豆腐はやはりチャレンジメニューだったようで、チャレンジメニュー用の鉄鍋を温めて忘れたけど次の注文を捌くのに調理用の中華鍋が空いておらず、鉄鍋が温まるまで一旦別の器に入れておいたら、普通の麻婆豆腐と思い込んだ新人のバイトの子が私たちの席に運んでしまったらしい。
お詫びにちゃんとした麻婆豆腐とデザートがサービスで出てきたけど、激辛麻婆豆腐の刺激が強すぎてその後の料理が全部辛いというか痛かった。
あんなもの制限時間内に食べ切れる人、本当にいるんだろうか。
「あんたが先に食ってくれたおかげで俺は最低限で済んだ。杏仁豆腐もついて来たしな」
「それは、よかったです……」
店員さんにはめちゃくちゃ謝られた。あの麻婆豆腐を運んできた新人のバイトの子は、三島さんを見て若干泣きそうになってたな。見慣れてきてあんまり気にならなくなってたけど、三島さんってめちゃくちゃ強面だもんね。
街中歩いてたらそっちの人にしか見えない。実際ヤクザだけど。中華屋さんが背景だと余計にそうみえるよね
「まあでもあれ注文するやつの気が知れねぇな」
「ですね。あんなの食べたら間違いなくお腹壊しますよ」
テレビとかで激辛チャレンジとかたまに見るけど、見てるだけで辛そうだもんあれ。
あ、そうだ。テレビ……思い出してため息が漏れる。
三島さんはそんな私を憐れむように見ていた。
「お祓いでもしたらどうだ?」
「あー、色々と試したんですけど……」
実家の近くにあった神社でお祓いをしていたので試したり、友人の知り合いの神主さんに相談したり、怪しげな開運セミナーに参加してみたり。
しかしどれも効果があったとは思えない。現状がこれだから。
「……そういや、縁切りに強いとかいう神社があるな」
「へぇ、どこですか?」
京都とかかな。放送後に臨時ボーナス出すかもって言われてるし、旅行の計画でも立てようか。
「こっから車で1~2時間くらいのとこだな」
「それくらいなら日帰りで行けそうですね。来週末くらいに……」
「あんたさえよけりゃ連れてってやろうか?」
「え?」
今、なんと?
いやいや、それはいくらなんでも甘えすぎだ。確かに車は色んな意味で怖いから、電車とバス乗り継いで行くしかない身には非常にありがたい話だけど、三島さんにそこまでしてもらう理由が……
「山ん中だから麓から2時間くらい歩くぞ」
「え」
ちょっと心が揺れた。電車バス乗り継いでプラス徒歩2時間の往復。日帰りどころか、日頃の運動不足で細くなった筋肉の休息も含めたら3日は必要。あと宿泊費と飲食費等の諸々の出費。
けどそれくらいしないとこの悪運とは縁が切れないんだろうか。三島さんが勧める神社だし非常に興味もあるんだけど……悩ましい。
「まあ、気が向いたら言え」
そう言って三島さんは道の端に寄ると、スマホを手に取ってメールを打ち始める。
迎えを呼ぶらしい。
「そういや放送日はいつなんだ?」
スマホの画面を見たまま、話題を変えるように三島さんは尋ねる。
「来月ですね。取材はほとんど1日かかりましたけど、実際は5分もないらしいですし、全国の人がうっかり居眠りする事を祈ってます」
「今時録画かネット配信だろ」
「うっ……三島さんはそんなことしないと信じてます」
「あんまりヤクザを信じねぇ方がいいぞ」
三島さんは顔を上げて悪戯っぽく笑う。これは、私をからかっている。
「いいんです。あれがどう面白おかしく編集されて全国に晒されるのか、もはや楽しみになってきました」
「話ならまた聞いてやるから、いつでも呼べよ」
強がらなくていい。三島さんはそう言って軽く私の肩を叩くと、迎えの車が来るからと夜の中に消えていった
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