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8章 星芒の血路
95 痼疾の号宜
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〇第六圏_昏山羊の大聖堂
「固有冠域展開:焔叢雨」
鎖が鳴る音。五体を封じていた束縛を解かれた一人の男が、地球の未来すらも掛けられたこの大舞台公演の幕開けを飾った。
「焔叢雨:柳瓶神威」
叢雨の会の指導者であり、大司卿の立場にある鐘笑。宙に吊るされた椅子とテーブルの間を器用に跳ね飛びながら複雑な空間拡張である冠域延長を実行し、冠域効果によって生み出された焔雲から膨大な量の緑色の雷を放出した。
意志持つ竜のような雷撃は何本もの軌跡を瞬時に描きながら周囲に散開し、やがてある一点に向けて目まぐるしく飛び掛かっていく。壮絶な光の明滅と轟音によって周囲を震わせた雷は、叢雨の会の象徴でもある雷撃による攻撃の火力の高さをここでも物語っているようだった。
攻撃の対象はクラウンことイェンドル・ラーテン・クレプスリー。ラーテンは鐘笑を倣うように顔面全体に張り付けたような笑みを浮かべながら、迫り来る雷柱の何本かを動体視力のみで避けて見せる。
前後左右から目まぐるしく往来する雷の明滅を受けて全身が燦燦と照りつけられ、フラッシュを八方から浴びせられたレッドカーテンを過ぎていくような堂々とした身の躱しで大聖堂の中を飛び回る。
「十四系の扉:イオ」
雷の速度によりラーテンの行く手が阻まれようとした時、彼もまた能力を発現させることを躊躇わなかった。
クラウンの権能"十四系の扉"。複雑な夢想世界における潜航地点指定をこの能力により彼は誰にも真似のできない精度で移動可能とする術を持っており、一般にはこの力は夢想世界上の固有冠域と固有冠域の間にワープゾーンを設置する能力であると考察されてきた。
能力の発現の前兆として、大小様々で重厚な木製・金属製・粘土製の扉や門のような構造体を構築し、対となる出入口を別地点に設置することで、距離を問わずにゲートの存在する2点間の往来を可能とするものだった。
ゲートの接地箇所は本人の前に形成されることが多いが、ラーテンが現実世界で活動している時間帯においても十四系の扉が発見記憶があることから、TD2Pはこれを冠域同様に夢想世界に常在可能な一種の建造体であると指摘している。ラーテンを追う捜査部がやっとの思いで追い詰めたものの、後出しで生成されたゲートによって取り逃がすことや、既に構築済みのゲートを利用されて逃げられるというシチュエーションは枚挙に暇がなかった。
後出し・事前設置が可能であり、遠隔起動から複数の同時作成が出来る固有の移動手段。当然のように十四系の扉の厄介さを嫌煙していたとはいえ、実際に戦いの中で行使された際に鐘笑が感じた手強さは想像以上だった。
何しろ、今回の彼が使用する十四系の扉の力には前兆となる門や扉が発現しなかった。
鐘笑が感知できる範囲では、ラーテンの周囲に深度圧の急激な変化が起こった次の瞬間に彼の身体が別の場所にワープしているということくらいだった。それも、雷撃を躱すに足る絶妙な位置関係をキープしながら高頻度で瞬間移動し続けているため、ランダムに場所を入れ替えているのではなく、意図して狙った場所に移動を行っている。
「まさかアンタがいの一番に突っ込んで来るとは思わなかったなァ。元気にしてたかい?しょうしょ~」
「焔叢雨:蛟蛇」
自身の背後にワープしたラーテンに向け、指で拳銃のジャスチャーを作り、振り向き際に技を放つ鐘笑。
指の先端に強力なエネルギー凝縮が起こり、間髪置かずの強力な照射が行われる。威力で言えば同系統の技としてボイジャー:スカンダ号の女神捧脚が比較してやや劣るが、エネルギーの凝縮から発射までの速度で言えば威力を差し引いても非常に強力な一撃だった。
ラーテンの眉間に飛び込むレーザーは一見、瞬く間に彼の脳を穿ち抜かんばかりのクリーンヒットしていた。
しかし、実際には被弾したのは彼の眉間ではなく、彼の額にぽっかりと空いた黒い穴だった。それは第三の目のように黒い穴の奥深くにぎょろりと動く瞳を持っており、先程放たれたレーザーがその穴に吸い込まれてしまったということが鐘笑には直感で認識できた。
「……」
「澐仙を失い……姉も完全にこの世から消えた~。心酔してる神様と悪の組織から救い出したかった肉親の悪霊をどっちも失ってさ。今のアンタが必死になってあっしを殺しに来る心理の裏には何があるのカナ」
そこで鐘笑の貌から張り付けたような笑みが失われた。
「相変わらず、変わりませんね。カズラ」
「いつの名前で呼ぶのさ、老害」
「別に貴方を恨んでなんかいませんよ。……澐仙様も姉も、それぞれ自分の人生を全うしただけ。そこに私が口を挟むことも、まかり違っても復讐しようだなんて考えていません」
「それはそれは結構なことで。他人に振り回されたばかりの人生がお似合いだと思ってたけど、人並に自分の夢でも語ってくれるのかな」
「いえいえ。私の夢などとうの昔に断たれておりますとも。それもまた、この無情な世界においては仕方のないこと。……どれだけ自分本位に生きることを望んだとて、自分自身に興味がなければそれも栓なきこと。己に夢がなくば、誰かが思い描いた壮大な理想に付き合うというのもそれはそれで悪くない。私にとってこの身を捧げて尽くす相手が澐仙様であったというだけのこと」
「だから、もうあのオバさんいないじゃん」
「……私は貴方と長々とお喋りする気などありませんよ」
鐘笑の手には彼の想像力により生み出された一本の槍が握られる。
「冠域固定:脾禮神」
槍を握りしめる力を強めれば、想いに呼応したようにその槍に莫大な量のエネルギーが凝縮される。鐘笑の背の辺りを漂う焔雲から緑色の雷が刃に降り注ぎ、鐘笑を含めた槍の周囲一帯に人を寄せ付けない強烈な雷の嵐が巻き起こる。
「冠域の中心を槍として設定することで深度を爆発的に上げてなんやかや……
禁断の惑星が使える人間ならやらないことだね。
……やっぱりアンタはこのステージに上がれる器じゃあない。
でも、大成する舞台には偉大な脇役が必要不可欠。せめて主役であるあっしを際立たせて逝ってもうらよ」
ーーー
ーーー
ーーー
貴方の言う通りです。
私はこの舞台に上がるには相応しくない。引き立て役、脇役、それも仕方がないのでしょう。
この身を捧げ、澐仙様に忠を尽くしてきた。
親友である我が姉が邪道に落ち、そんな姉を救うために澐仙様が大討伐に叢雨の会を交えると耳にした時には、この胸にも熱い想いが込み上げてきた。
あわよくば、全てがうまくいけばと願った。
怨霊と化した我が姉の魂を解放し、世界を脅かすニーズランドの野望を叢雨の会の名の元に打ち砕く。
世界は澐仙様への信仰を深め、澐仙様から告げられる破滅の予言を受け入れ、約束の日を迎える。
澐仙様に背を押された人類が自らの活路を見出さんと進化を享受し、生まれ変わった地球にて世界は新たなる夜明けを迎える。
ああ。
でも。
知っていましたとも。
既に姉の魂は引き返せぬまでに穢れ、邪悪に満ちていた。
澐仙様であっても、私であっても、姉の道を阻むことも引き帰させることもできやしなかった。
ニーズランドの役割だって、必ずしも澐仙様と相反するものではない。むしろ、この目で見たニーズランドのシステムは、澐仙様や真航海者のような強大な存在の元で行われる人類の進化を狙う一発仕掛けの大勝負と遜色ない程に、計算され効率的に人類の進化を促す試練の箱庭だった。
その気になればニーズランドの全てを即座に破壊し尽くすことが出来た澐仙様は、ニーズランドの価値を理解してそれを実行しなかったのだ。
それであるならば、私が今ここでクラウンと戦うことに一体何の意義があるというのだろうか。
救うべき大切な人間はもういない。
追従すべき神はお隠れになった。
ニーズランドを打破したとして、この先の未来が何か変わるわけでもない。
むしろ、この世の理を重んじるならば、クラウンと共に技術的特異点たるボイジャー:アンブロシア号を討つことにこそ大儀が宿るのではなかろうか。
ーーー
ーーー
ーーー
「いや。それは違う」
エネルギーを溜めに溜め込んだ雷槍。それを握る腕から半身にかけて、鐘笑の身体が緑色のプラズマに変化していた。
貼り付けたような顔面の笑みがあまりにも印象的である彼に、朗らかに緩んだ表情が浮かぶ。
「捧げ続けたからこそ辿り着いたもの。
憂い続けたからこそ手に入れたもの。
永訣したからこそ見えてきたもの。
人の運命は配られたカードでは決まらない。
人の心は三文芝居の役に縛られない。
私は1人の今を生きる人間として、僅かばかりに疼いた渇きに弱々しくも諍う必要がある」
迸る雷光と空を爆ぜる雷鳴。
手に通じた槍にて生じたエネルギーの循環は、彼の高鳴る鼓動に応じるように規模を増幅させていく。
「役に縛られないと意気軒昂ぶるのは勝手……。
持たざる物に舞台が与えられるってことがどれほどの僥倖であるかわかんない馬鹿は、自分が脇役として死ねる脚本にケチをつけ出す」
ラーテンは、鐘笑とは対照的に冷えきった表情で愚痴を溢す。
「当てれば殺せる、程度の技は誰でも持ってんだよ
試してみなよ、脇役野郎」
鐘笑の姿勢が変化する。既に体全体が雷そのもののようにプラズマ化しているが、その上で五体を捻り、姿勢を屈め、手にした雷槍を投擲する構えをとった。
「今だ‼︎‼︎」
爆ぜ散る乱光の合間を突き抜ける鐘笑からの合図。
クラウンの貌に歪みが奔った。
ーーー
ーーー
ーーー
◯ニーズランド_第五圏
数分前。或いは、数時間前の出来事。
彼が目の当たりにしたのは、親しき者の死。親しき者たちの永訣。
反英雄が禍禍しき顎の裡に食い破られ、叢雨禍神が魔弾により蜂の巣にされた。
目まぐるしき凄惨な死の残滓が辺りいっぱいに弾け飛んだ。
過密し、飽和していた空間の不和が無理やりに解きほぐされ、荒波のような風圧に乗って煌めく礫が辺りに散らばっていった。
そこに乱入者の姿はなく、食い入るように行く末を見守った姉と神の姿もない。
夢の世界の景色の続きであるはずなのに、夢が覚めた後の空虚な喪失感を味わっているようだった。
鐘笑は脂汗で乱れた前髪を掻き揚げる。頬を伝う涙は腕で隠すように拭った。
背後に歩み寄る青年が、丁寧にも煙草とライターを生み出してから火を点けるまでの音をわざと聞かせてきていることに気が付いた。
「無茶苦茶だ。…君もそう思いませんか、ガブナー雨宮」
「まぁな。澐仙と一緒に戦ってた俺としては意外な結末だが……。にしても、アンタ居たんだな第五圏に」
「……。ボイジャー:アンブロシア号と共に第四圏から来ました。やはり……そうですよね。彼は叢雨禍神の味方でも、反英雄の理解者でもない。ただそこに在るものとして、超えるべき障壁として淘汰した。私はあんな血も涙もない兵器を愛する者たちの前に突き出して……狩られる獣の行く末を見届けることを選んだ」
「…ったく、叢雨の会の連中の腹の中はどうも見えねぇ。
アンタは何がしてぇんだよ。アンブロシアも澐仙も爆散しちまったみたいだし、反英雄が死んだってことは次は第六圏への十四系の扉が出てくるはずだ。最低でもクラウン、鯵ヶ沢露樹が確定しているニーズランドのラスボスたちに喧嘩売りにいくか?」
「そのつもりです。クラウンを討ち亡ぼすことが……亡き者たちへの餞となるのなら、私には戦う責務がある」
「へぇ。そうかい」
ガブナー雨宮は煙草を半分も吸わぬうちに捨てた。
「俺はさ。今割と気分が良いんだ。結果はどうあれキンコルさんの死を侮辱し弄んだ反英雄がこの世から消えた。
アンタは何故だかノーサイドで食傷気味だが、この先の闘いに臨む気があるなら上々だ。正直、叢雨禍神なしでニーズランドの最終戦力にどこまでやれるかは自身が無いが、この勢いで憎たらしいクラウンと鯵ヶ沢露樹をぶち殺そう。それが俺の夢の終わりだ」
擦れて赤く腫れた目元を無理やり釣り上げ、鐘笑は貌に笑みを張り付ける。
「ふふっ。やはり頼もしい若者ですね。ここにきて、闘志が尽きていないとは」
「どうだろうな。俺は元から厭世主義でね。この世界の行く末なんてぶっちゃけどうでも良いんだ。
俺は人類の為とか、平和な明日の為とか、想うことはできても実現する力はない。だからこそ、真に人類の為を想い夢に生きた人に仕えたんだが、ふざけた道化に命を奪われた。
だから、俺は自分の復讐と落とし前の為に組織に属し、クラウンに挑む。鯵ヶ沢露樹は元から自然悪の化け物だが、アレを中途半端に人造悪魔にしちまった責任もあるしな。諸々の生きる理由が対ニーズランドに集約した結果、俺は今ここに在るだけなんだよな」
「……ふっ」
「なんだよ?」
「いや、気を悪くしないでくれ。つい、思わず君と私がどこか似ているなと、そう感じてしまったんだ」
「俺とアンタがねぇ」
鐘笑は張り付けた笑みを自然と崩していった。
「…ありがとう。どこか私にも勇気のようなものが湧いてきた気がします。
どうでしょう。ガブナー雨宮、いや、イージス号。対ニーズランド最終戦局にて、一つ試したい戦術があるのですが?」
「……………」
―――
―――
―――
〇第六圏_昏山羊の大聖堂
「究極冠域展開:乱神鏡顕現」
四方八方に瞬時に展開された人の背丈程の氷の結晶。
否、無数に同時展開されたガブナー雨宮の権能たる紺碧の盾。
遍く攻撃の一切を遮断する無法の防御手段を何故、今このタイミングで大量に宙に顕現させたのか。
そんな疑問をクラウンは己の持つバトルIQの高さ故に自ずと理解した。
これは盾ではない、と。
「脾禮神:春澐雷桜」
刹那、投擲された雷槍から放たれる幾千幾万もの雷の軌跡が空間を緑色の地獄と変えた。
槍本体の壮絶なるエネルギー投射だけでなく、周囲に四散する叢雨の雷による無差別攻撃。その効果範囲を絶大なレベルに引き上げているのはガブナー雨宮の生み出した位置や角度を無作為に設定した膨大な量の鏡だった。
鐘笑が目を付けたのはガブナー雨宮の防御壁が持つ耐久性能だけはなかった。
無敵を信じる自負と敵を越えんとする精神性により無限の性能拡張を可能とする彼の盾は、叢雨の雷の理外の火力を余裕をもって凌ぐ防御力を獲得していた。
留まることを知らない成長と性能強化の兆候は、受けるを軸とした防御の概念から、跳ね返すを軸とした攻撃への転向が可能なのではないか。そんな鐘笑の考えが的を射ていたことがここに証明される。
脾禮神により高次元の加圧凝縮を実現させた叢雨の雷の放出。攻撃対象の指向性を投擲に依存し、速度もまた雷ではなく膂力に左右される乾坤一擲の大技であると見ていたクラウンの余裕が裏目に出た。無論、攻撃そのものが雷槍による投擲であることに揺るぎはないが、春澐雷桜により花開いたのは百花繚乱の雷の花畑だった。周囲一帯の全てを掻っ攫うような雷の嵐の中において、ガブナーの生み出した反射鏡の持つ戦略的意義は大きい。
約二分半に及ぶ雷の放出は、昏山羊の大聖堂を成す冠域の裡の悉くを焼き払った。
自身を冠域効果と夢想解像により半プラズマ化した鐘笑と神の盾を持つガブナーは自爆に等しいこの大規模攻撃の影響を受けず、確かな手応えを心に刻みつつ、崩落する聖堂の行く末を見守った。
―――
―――
―――
○昏山羊の大聖堂_火炎の墓壙
緑色の激雷が聖堂に舞う少し前。
鐘笑がラーテンを撃つべく宙を駆けるとほぼ同時のタイミングで、聖堂の中を直下に過ぎる人影が二つ。
宙に吊るされた絢爛華美な卓の崩壊に合わせて飛び出した一方が、宙に浮遊するもう一方の体躯を攫うように覆い被さり、分厚い煙が立ち上る聖堂の奈落へ己の体諸共と飛び込んでいった。
纏わりついてくる黒煙の合間を過ぎるほどに身体は熱を帯びる。大聖堂の下層は人類を薪にくべてもお釣りが来るほどの業火に包まれた火葬場となっており、山と積まれた骸の中に彼らは数十秒に及ぶ落下の果てに到達した。
(よりによってこいつか……)
業火に包まれ燃え上がる我が身よりも、目の前で薄ら笑いを浮かべる敵の存在に辟易するボイジャー:クロノシア号。
「んん。ぼちぼちといったところですかな。流石は現代最強のボイジャー、なかなかに硬い」
“料理王”ドナルド・グッドフェイスは砕けた自身の腕を振る。
落下の最中にクロノシアに対して振り抜いた拳は確かに彼の頬を凹ませるほどにクリーンヒットしたが、攻撃の反動によりドナルド・グッドフェイスの拳は強烈な空間断裂によるカウンターを被った。
ひしゃげた腕の先からは骨の一部が露出しているが、薄ら笑いを浮かべたドナルド・グッドフェイスが腕を数度振る合間に肉体がみるみる裡に修復された。
「さぞ、お熱いことでしょう。どうです?仕切り直しと洒落込むというのは?」
ドナルド・グッドフェイスの言葉に乗じて、クロノシア号の全身を包む炎の勢いが増す。常に全身に向けて油を振り撒かれているような感覚が彼は感じていた。引火している炎も現実世界の現象としての炎というよりは、どこか人間に対して殺傷性を担保しつつも、焼かれる、炙られる、揚げられるといった経験を押し付けてくるようなサディスティックさが滲み出ている。
(この態度は明らかに俺の権能を知った上で挑んでいる。…目的はクラウンの保護か?
俺と相性が悪いクラウンとの戦闘を引き剥がしつつ、鯵ヶ沢露樹と共に対抗勢力を制圧するだけの時間を稼ぐつもりだろうか。とはいえ、鯵ヶ沢露樹は明確に因果を観測できる昏山羊の眼がある分、あの女との闘いを強制されるよりはドナルド・グッドフェイスの方が勝算はある。
一対一に専念できるなら、この対面は寧ろ好都合か?……となると、白英淑の立ち回りも少し気になってはくる)
そこで、炎の勢いが一層強まる。
(……深く考える時間はなさそうだな)
ドナルド・グッドフェイスに起こる意識の乖離。
高速で落下する最中に振り抜いた拳はクロノシア号の的確な姿勢制御によって回避され、空振りした腕は強烈な圧力を空間から与えられることであらぬ方向へと引き千切られた。
「むぅッ‼?」
宙で姿勢を整えたクロノシア号の前面に彼と同じ速度で降下する五つの木簡が生成され、そのうちの一つが緑色の光を纏う炎によって焼け崩れる。
「さっきのお礼だ」
腕がなくなったことにより少なからず動揺するドナルド・グッドフェイスに対し、クロノシア号は空間断裂による猛攻を展開した。しなやかなドナルド・グッドフェイスの身体が空間に引っ張られる形で肉体を損傷させ、手足が躍るように捥げていく。
(……美食帝が武器を用いるという情報は耳にしたことがない。とはいえ、観測できるのは五体を用いた肉弾攻撃。強力な固有冠域の高速展開が可能な手前、わざわざ近づいて攻撃してくるのには違和感があるが…)
「ッ‼?」
ドナルド・グッドフェイスから放たれた蹴り。つい今の今まで骨を見せびらかした損傷部には既に健脚への再生が完了しており、頼るものが無い空中から自身の体重操作のみで重みを付けた蹴りによって、クロノシア号の顔面を潰して見せたのだ。
下に押し出す形の一撃により再び火炎の墓壙まで撃墜されたクロノシア号。潰れた鼻柱から垂れる血が炎に包まれる中、喉を片手で手籠めにされた彼の大柄な身体がドナルド・グッドフェイスに持ち上げられる。
「使いましたな。時間遡行の権能とはやはり侮れない。……貴方様をラーテンにぶつけるわけにはいきませんなぁ」
「……ガフッ……やはり目的はクラウンの援護か。かの大悪党"美食帝グッドフェイス"の名が泣いているぞ」
「そういう貴方こそ。最強のボイジャーと囃し立てられておきながらこんな所でようやく拙と邂逅するなど、夢想世界闇市全盛の時代での怠慢が伺えますな」
「俺はこう見えて最近のボイジャーなんだよ」
クロノシア号は再び時間操作を発動。
辿る時点は開戦の直前。今まさに鐘笑がクラウンに向けて飛び掛からんと力むその瞬間まで時を戻した。
そこで観測者としての権能を最大限解放する。
ドナルド・グッドフェイスとの戦闘を避け、より優位な戦況へ運ぶにはどうしたら良いかと。
「―――――――。…‼」
刹那の判断。
クロノシア号は鯵ヶ沢露樹に飛び掛かる。
それはほぼ鐘笑がクラウンに向けて迫るタイミングと同じだった。
「おやおや」
鯵ヶ沢露樹が莞爾する。
その姿が悪魔を思わせる獣人のそれに変貌し、禍禍しい爪を持った腕でクロノシアを奈落へと叩き堕とす。
数度目の奈落への落下。これまでと違うのは、ニーズランドのラスボスである人造悪魔とかつての大悪党ドナルド・グッドフェイスが嬉々として宙を滑って己に迫ってきていることだった。
「なんでまた私に喧嘩売ったのー?」
「んん‼拙も混ぜてくだされい‼」
鯵ヶ沢露樹の放つ拳とドナルド・グッドフェイスの放つ蹴りが空中に炸裂し、これまでにない勢いでクロノシア号の身体は火炎の墓壙の奥底に叩きつけられた。粉塵と煙、火炎に混じって床材の骸が舞い踊り、その中にドナルド・グッドフェイスと鯵ヶ沢露樹が順に突っ込んできた。
「……悪いが俺の手の上で踊ってもらうぞ化け物共」
「なぁに、それ強がり?」
「せいぜい数分。その程度の未来視ではあるが……これが最善だった。鯵ヶ沢露樹とドナルド・グッドフェイスを抑えることで得られる成果は約束されている」
「えー。何それ。クラウンってあんなカルトとグラサン糞野郎にやられちゃうの?……まぁ、いいよ。グラサンは私が殺す予定だから、残しておいてくれるのは結構嬉しいかも」
「ラーテンがそんなに容易く葬られてしまうとは考えられませんが、もしそれが本当ならばここは岩窟嬢に任せて拙は上に戻りましょうかね」
ドナルド・グッドフェイスはこれまでと違い、冷ややかな貌でクロノシア号を見つめた。
「やめなよグッド。それこそ掌の上で踊らされてる感じしない?」
「しかし……」
「一緒に甚振って殺そう。ダイジョブだよ、私もいるし」
「では、のらりくらりと料理と致しますか」
クロノシア号の前面に生まれる五つの木簡。
彼の重瞳が紫色の光を放つ。
先程と同様にクロノシア号の身体は業火に包まれているが、相対する両名には炎の影響がない。
そもそもこの昏山羊の大聖堂は両名のうちのどちらかの冠域であると推察されるが、どちらにせよ既に展開済みの冠域に対する対抗手段を持たないクロノシア号の不利は揺るがない。
嬉々として殺意を振り撒く二つの怪物と正面から戦うにはあまりに無謀。しかし、運命の観測者は自己犠牲の対価をその眼で見てきた。
爆ぜ散る爆雷に焼き穿たれたクラウンの確かな瀕死の姿を。
(捨てたも同然の命。天秤に掛けるなら優先すべきはクラウンへのダメージだ)
遥か頭上で燦めく幾重もの雷光。
騒々しい明滅の中、悪魔と帝王が飛び込んでくる。
無論、クロノシア号もただ受け身になって死ぬ気はない。己の持つ現代最強の権能を用いて、迫り来る脅威を退けるべく因果に干渉する。
鯵ヶ沢露樹の腕を弾き、ドナルド・グッドフェイスの脚を折る。重瞳の輝きを見通したならば即座にその眼を空間ごと断裂させ、さらなる冠域の展開を抑止する。
その命に死が迫れば、この三者の対面を崩さない程の範疇で時間を遡行する。致命傷は被弾より以前にロールバックすることで存在しない過去と未来に切り離し、次なる一手を命をすり減らして観測し続ける。
一対一の奇襲において無類の強さを誇るクロノシア号。現代最強のボイジャーたる彼は、自身の性能では極めて不利な対面の中でも確かな健闘を見せた。
しかし、やはり相手も一筋縄ではいかない怪物たち。彼女らはクロノシア号の空間断裂や時間遡行を加味した形で、やり直しや急な方針転換に対応可能な形で攻撃を繰り出してきている。
その精度もコツを掴むように次第に向上し、現実世界ではあり得ないような時間遡行に対応できる身体の動かし方に変化していった。
反してクロノシア号の能力は着実に確度を落としている。未来を観測する行為、時間軸に干渉する行為は単一でさえ世界の理を超えた暴挙である。一度行えば彼の脳は大きな負担を受け、まして数秒刻みで乱用している現在の戦闘で受けるダメージは壮絶だった。
仮に時間を戻すことで夢想世界上のアバターである肉体の損傷を無かったことにきても、その度に仮想の肉体を維持するための脳のリソースは貧し続けてしまう。
ある瞬間、彼の時間遡行の発動とほぼ同時に鯵ヶ沢露樹が攻撃を繰り出した。
クロノシアの腹を半人半獣の山羊の頭を持つ人造悪魔の腕が貫く。
深く差し込まれた腕が勢いよく上体を掻き回し、彼の心臓を手籠にし、そのまま捥ぎ取ってしまった。
「ははっ」
幾手先もの動きを観ていた彼が被る攻撃。
既に彼の能力は限界を迎えつつあった。
「冠域展開:おかしな家」
頑なに徒手空拳に拘っていたドナルド・グッドフェイスがここに来て切ってきた冠域展開という手札。
周囲の空間の深度が変調し、たちまちに辺り一帯をカラフルなお菓子に埋め尽くされた建造物の内部に変化させる。
本来であれば得意とする対面後出しでの冠域展開。彼自身が時間遡行を実現するための冠域展開をさらに後出しにすることで、冠域展開の効果を確認した後でその影響を無かったことに改変できる。クロノシア号のボイジャーとしての強さの根幹を担う技術なだけに、彼は瀕死の目に在る現在の重体でも反射的にその技を発動させてしまった。
しかし、今の彼に自分の能力を適切に制御し得るだけの精度は既に残っていなかった。
朦朧とする意識の中で血飛沫が舞い、鮮烈な痛みと共に数多もの内臓が弾け飛ぶ。
肉体は業火に焼かれて崩れ落ち、人の体躯を成すだけの支えは当に朽ちていた。
無理な冠域展開の使用に伴う能力のバグにより、彼の肉体は鯵ヶ沢露樹から受けた攻撃を反芻して多大なる負荷を強いられた。
「こうなってしまうと哀れなもの……。懸命に戦う姿ばかりは賛辞に値しましょうとも、結果は虚しきかな」
「………」
燃え尽きようとするクロノシア号の姿をわざとらしく憐れむドナルド・グッドフェイス。
対して、鯵ヶ沢露樹は彼とは異なる心境にあった。
そこで差し込む緑の雷光。遥か彼方の戦場で解き放たれた何らかの攻撃が大聖堂全体を吹き鳴らす轟雷の波濤となって押し寄せてきた。
「私の冠域が……壊れそうだね。なるほど、これを邪魔させないために私たちを一人で引き受けたってわけね」
「おお‼なんと鮮烈な輝きか‼‼クラウンは無事でしょうな‼?」
既に空間の崩落は始まっており、高純度のエネルギーの放射に伴う冠域の押し合いによって綻んだ空間が崩されたパズルのピースのように零れ落ちて行く。
「でも、当の本人はこの有様。最強のボイジャーがこんな興ざめな最期とはねぇ…」
鯵ヶ沢露樹とドナルド・グッドフェイスは押し寄せる雷に対して準備した。
空間が極端に壊れる場合、固有冠域を張り直すよりも概括空間である第六圏に出る方が賢明だった。
「ん…?」
「…え?」
人造悪魔と美食帝の頸が飛ぶ。
「真善美叛位」
「茜眺望稜線」
「固有冠域展開:焔叢雨」
鎖が鳴る音。五体を封じていた束縛を解かれた一人の男が、地球の未来すらも掛けられたこの大舞台公演の幕開けを飾った。
「焔叢雨:柳瓶神威」
叢雨の会の指導者であり、大司卿の立場にある鐘笑。宙に吊るされた椅子とテーブルの間を器用に跳ね飛びながら複雑な空間拡張である冠域延長を実行し、冠域効果によって生み出された焔雲から膨大な量の緑色の雷を放出した。
意志持つ竜のような雷撃は何本もの軌跡を瞬時に描きながら周囲に散開し、やがてある一点に向けて目まぐるしく飛び掛かっていく。壮絶な光の明滅と轟音によって周囲を震わせた雷は、叢雨の会の象徴でもある雷撃による攻撃の火力の高さをここでも物語っているようだった。
攻撃の対象はクラウンことイェンドル・ラーテン・クレプスリー。ラーテンは鐘笑を倣うように顔面全体に張り付けたような笑みを浮かべながら、迫り来る雷柱の何本かを動体視力のみで避けて見せる。
前後左右から目まぐるしく往来する雷の明滅を受けて全身が燦燦と照りつけられ、フラッシュを八方から浴びせられたレッドカーテンを過ぎていくような堂々とした身の躱しで大聖堂の中を飛び回る。
「十四系の扉:イオ」
雷の速度によりラーテンの行く手が阻まれようとした時、彼もまた能力を発現させることを躊躇わなかった。
クラウンの権能"十四系の扉"。複雑な夢想世界における潜航地点指定をこの能力により彼は誰にも真似のできない精度で移動可能とする術を持っており、一般にはこの力は夢想世界上の固有冠域と固有冠域の間にワープゾーンを設置する能力であると考察されてきた。
能力の発現の前兆として、大小様々で重厚な木製・金属製・粘土製の扉や門のような構造体を構築し、対となる出入口を別地点に設置することで、距離を問わずにゲートの存在する2点間の往来を可能とするものだった。
ゲートの接地箇所は本人の前に形成されることが多いが、ラーテンが現実世界で活動している時間帯においても十四系の扉が発見記憶があることから、TD2Pはこれを冠域同様に夢想世界に常在可能な一種の建造体であると指摘している。ラーテンを追う捜査部がやっとの思いで追い詰めたものの、後出しで生成されたゲートによって取り逃がすことや、既に構築済みのゲートを利用されて逃げられるというシチュエーションは枚挙に暇がなかった。
後出し・事前設置が可能であり、遠隔起動から複数の同時作成が出来る固有の移動手段。当然のように十四系の扉の厄介さを嫌煙していたとはいえ、実際に戦いの中で行使された際に鐘笑が感じた手強さは想像以上だった。
何しろ、今回の彼が使用する十四系の扉の力には前兆となる門や扉が発現しなかった。
鐘笑が感知できる範囲では、ラーテンの周囲に深度圧の急激な変化が起こった次の瞬間に彼の身体が別の場所にワープしているということくらいだった。それも、雷撃を躱すに足る絶妙な位置関係をキープしながら高頻度で瞬間移動し続けているため、ランダムに場所を入れ替えているのではなく、意図して狙った場所に移動を行っている。
「まさかアンタがいの一番に突っ込んで来るとは思わなかったなァ。元気にしてたかい?しょうしょ~」
「焔叢雨:蛟蛇」
自身の背後にワープしたラーテンに向け、指で拳銃のジャスチャーを作り、振り向き際に技を放つ鐘笑。
指の先端に強力なエネルギー凝縮が起こり、間髪置かずの強力な照射が行われる。威力で言えば同系統の技としてボイジャー:スカンダ号の女神捧脚が比較してやや劣るが、エネルギーの凝縮から発射までの速度で言えば威力を差し引いても非常に強力な一撃だった。
ラーテンの眉間に飛び込むレーザーは一見、瞬く間に彼の脳を穿ち抜かんばかりのクリーンヒットしていた。
しかし、実際には被弾したのは彼の眉間ではなく、彼の額にぽっかりと空いた黒い穴だった。それは第三の目のように黒い穴の奥深くにぎょろりと動く瞳を持っており、先程放たれたレーザーがその穴に吸い込まれてしまったということが鐘笑には直感で認識できた。
「……」
「澐仙を失い……姉も完全にこの世から消えた~。心酔してる神様と悪の組織から救い出したかった肉親の悪霊をどっちも失ってさ。今のアンタが必死になってあっしを殺しに来る心理の裏には何があるのカナ」
そこで鐘笑の貌から張り付けたような笑みが失われた。
「相変わらず、変わりませんね。カズラ」
「いつの名前で呼ぶのさ、老害」
「別に貴方を恨んでなんかいませんよ。……澐仙様も姉も、それぞれ自分の人生を全うしただけ。そこに私が口を挟むことも、まかり違っても復讐しようだなんて考えていません」
「それはそれは結構なことで。他人に振り回されたばかりの人生がお似合いだと思ってたけど、人並に自分の夢でも語ってくれるのかな」
「いえいえ。私の夢などとうの昔に断たれておりますとも。それもまた、この無情な世界においては仕方のないこと。……どれだけ自分本位に生きることを望んだとて、自分自身に興味がなければそれも栓なきこと。己に夢がなくば、誰かが思い描いた壮大な理想に付き合うというのもそれはそれで悪くない。私にとってこの身を捧げて尽くす相手が澐仙様であったというだけのこと」
「だから、もうあのオバさんいないじゃん」
「……私は貴方と長々とお喋りする気などありませんよ」
鐘笑の手には彼の想像力により生み出された一本の槍が握られる。
「冠域固定:脾禮神」
槍を握りしめる力を強めれば、想いに呼応したようにその槍に莫大な量のエネルギーが凝縮される。鐘笑の背の辺りを漂う焔雲から緑色の雷が刃に降り注ぎ、鐘笑を含めた槍の周囲一帯に人を寄せ付けない強烈な雷の嵐が巻き起こる。
「冠域の中心を槍として設定することで深度を爆発的に上げてなんやかや……
禁断の惑星が使える人間ならやらないことだね。
……やっぱりアンタはこのステージに上がれる器じゃあない。
でも、大成する舞台には偉大な脇役が必要不可欠。せめて主役であるあっしを際立たせて逝ってもうらよ」
ーーー
ーーー
ーーー
貴方の言う通りです。
私はこの舞台に上がるには相応しくない。引き立て役、脇役、それも仕方がないのでしょう。
この身を捧げ、澐仙様に忠を尽くしてきた。
親友である我が姉が邪道に落ち、そんな姉を救うために澐仙様が大討伐に叢雨の会を交えると耳にした時には、この胸にも熱い想いが込み上げてきた。
あわよくば、全てがうまくいけばと願った。
怨霊と化した我が姉の魂を解放し、世界を脅かすニーズランドの野望を叢雨の会の名の元に打ち砕く。
世界は澐仙様への信仰を深め、澐仙様から告げられる破滅の予言を受け入れ、約束の日を迎える。
澐仙様に背を押された人類が自らの活路を見出さんと進化を享受し、生まれ変わった地球にて世界は新たなる夜明けを迎える。
ああ。
でも。
知っていましたとも。
既に姉の魂は引き返せぬまでに穢れ、邪悪に満ちていた。
澐仙様であっても、私であっても、姉の道を阻むことも引き帰させることもできやしなかった。
ニーズランドの役割だって、必ずしも澐仙様と相反するものではない。むしろ、この目で見たニーズランドのシステムは、澐仙様や真航海者のような強大な存在の元で行われる人類の進化を狙う一発仕掛けの大勝負と遜色ない程に、計算され効率的に人類の進化を促す試練の箱庭だった。
その気になればニーズランドの全てを即座に破壊し尽くすことが出来た澐仙様は、ニーズランドの価値を理解してそれを実行しなかったのだ。
それであるならば、私が今ここでクラウンと戦うことに一体何の意義があるというのだろうか。
救うべき大切な人間はもういない。
追従すべき神はお隠れになった。
ニーズランドを打破したとして、この先の未来が何か変わるわけでもない。
むしろ、この世の理を重んじるならば、クラウンと共に技術的特異点たるボイジャー:アンブロシア号を討つことにこそ大儀が宿るのではなかろうか。
ーーー
ーーー
ーーー
「いや。それは違う」
エネルギーを溜めに溜め込んだ雷槍。それを握る腕から半身にかけて、鐘笑の身体が緑色のプラズマに変化していた。
貼り付けたような顔面の笑みがあまりにも印象的である彼に、朗らかに緩んだ表情が浮かぶ。
「捧げ続けたからこそ辿り着いたもの。
憂い続けたからこそ手に入れたもの。
永訣したからこそ見えてきたもの。
人の運命は配られたカードでは決まらない。
人の心は三文芝居の役に縛られない。
私は1人の今を生きる人間として、僅かばかりに疼いた渇きに弱々しくも諍う必要がある」
迸る雷光と空を爆ぜる雷鳴。
手に通じた槍にて生じたエネルギーの循環は、彼の高鳴る鼓動に応じるように規模を増幅させていく。
「役に縛られないと意気軒昂ぶるのは勝手……。
持たざる物に舞台が与えられるってことがどれほどの僥倖であるかわかんない馬鹿は、自分が脇役として死ねる脚本にケチをつけ出す」
ラーテンは、鐘笑とは対照的に冷えきった表情で愚痴を溢す。
「当てれば殺せる、程度の技は誰でも持ってんだよ
試してみなよ、脇役野郎」
鐘笑の姿勢が変化する。既に体全体が雷そのもののようにプラズマ化しているが、その上で五体を捻り、姿勢を屈め、手にした雷槍を投擲する構えをとった。
「今だ‼︎‼︎」
爆ぜ散る乱光の合間を突き抜ける鐘笑からの合図。
クラウンの貌に歪みが奔った。
ーーー
ーーー
ーーー
◯ニーズランド_第五圏
数分前。或いは、数時間前の出来事。
彼が目の当たりにしたのは、親しき者の死。親しき者たちの永訣。
反英雄が禍禍しき顎の裡に食い破られ、叢雨禍神が魔弾により蜂の巣にされた。
目まぐるしき凄惨な死の残滓が辺りいっぱいに弾け飛んだ。
過密し、飽和していた空間の不和が無理やりに解きほぐされ、荒波のような風圧に乗って煌めく礫が辺りに散らばっていった。
そこに乱入者の姿はなく、食い入るように行く末を見守った姉と神の姿もない。
夢の世界の景色の続きであるはずなのに、夢が覚めた後の空虚な喪失感を味わっているようだった。
鐘笑は脂汗で乱れた前髪を掻き揚げる。頬を伝う涙は腕で隠すように拭った。
背後に歩み寄る青年が、丁寧にも煙草とライターを生み出してから火を点けるまでの音をわざと聞かせてきていることに気が付いた。
「無茶苦茶だ。…君もそう思いませんか、ガブナー雨宮」
「まぁな。澐仙と一緒に戦ってた俺としては意外な結末だが……。にしても、アンタ居たんだな第五圏に」
「……。ボイジャー:アンブロシア号と共に第四圏から来ました。やはり……そうですよね。彼は叢雨禍神の味方でも、反英雄の理解者でもない。ただそこに在るものとして、超えるべき障壁として淘汰した。私はあんな血も涙もない兵器を愛する者たちの前に突き出して……狩られる獣の行く末を見届けることを選んだ」
「…ったく、叢雨の会の連中の腹の中はどうも見えねぇ。
アンタは何がしてぇんだよ。アンブロシアも澐仙も爆散しちまったみたいだし、反英雄が死んだってことは次は第六圏への十四系の扉が出てくるはずだ。最低でもクラウン、鯵ヶ沢露樹が確定しているニーズランドのラスボスたちに喧嘩売りにいくか?」
「そのつもりです。クラウンを討ち亡ぼすことが……亡き者たちへの餞となるのなら、私には戦う責務がある」
「へぇ。そうかい」
ガブナー雨宮は煙草を半分も吸わぬうちに捨てた。
「俺はさ。今割と気分が良いんだ。結果はどうあれキンコルさんの死を侮辱し弄んだ反英雄がこの世から消えた。
アンタは何故だかノーサイドで食傷気味だが、この先の闘いに臨む気があるなら上々だ。正直、叢雨禍神なしでニーズランドの最終戦力にどこまでやれるかは自身が無いが、この勢いで憎たらしいクラウンと鯵ヶ沢露樹をぶち殺そう。それが俺の夢の終わりだ」
擦れて赤く腫れた目元を無理やり釣り上げ、鐘笑は貌に笑みを張り付ける。
「ふふっ。やはり頼もしい若者ですね。ここにきて、闘志が尽きていないとは」
「どうだろうな。俺は元から厭世主義でね。この世界の行く末なんてぶっちゃけどうでも良いんだ。
俺は人類の為とか、平和な明日の為とか、想うことはできても実現する力はない。だからこそ、真に人類の為を想い夢に生きた人に仕えたんだが、ふざけた道化に命を奪われた。
だから、俺は自分の復讐と落とし前の為に組織に属し、クラウンに挑む。鯵ヶ沢露樹は元から自然悪の化け物だが、アレを中途半端に人造悪魔にしちまった責任もあるしな。諸々の生きる理由が対ニーズランドに集約した結果、俺は今ここに在るだけなんだよな」
「……ふっ」
「なんだよ?」
「いや、気を悪くしないでくれ。つい、思わず君と私がどこか似ているなと、そう感じてしまったんだ」
「俺とアンタがねぇ」
鐘笑は張り付けた笑みを自然と崩していった。
「…ありがとう。どこか私にも勇気のようなものが湧いてきた気がします。
どうでしょう。ガブナー雨宮、いや、イージス号。対ニーズランド最終戦局にて、一つ試したい戦術があるのですが?」
「……………」
―――
―――
―――
〇第六圏_昏山羊の大聖堂
「究極冠域展開:乱神鏡顕現」
四方八方に瞬時に展開された人の背丈程の氷の結晶。
否、無数に同時展開されたガブナー雨宮の権能たる紺碧の盾。
遍く攻撃の一切を遮断する無法の防御手段を何故、今このタイミングで大量に宙に顕現させたのか。
そんな疑問をクラウンは己の持つバトルIQの高さ故に自ずと理解した。
これは盾ではない、と。
「脾禮神:春澐雷桜」
刹那、投擲された雷槍から放たれる幾千幾万もの雷の軌跡が空間を緑色の地獄と変えた。
槍本体の壮絶なるエネルギー投射だけでなく、周囲に四散する叢雨の雷による無差別攻撃。その効果範囲を絶大なレベルに引き上げているのはガブナー雨宮の生み出した位置や角度を無作為に設定した膨大な量の鏡だった。
鐘笑が目を付けたのはガブナー雨宮の防御壁が持つ耐久性能だけはなかった。
無敵を信じる自負と敵を越えんとする精神性により無限の性能拡張を可能とする彼の盾は、叢雨の雷の理外の火力を余裕をもって凌ぐ防御力を獲得していた。
留まることを知らない成長と性能強化の兆候は、受けるを軸とした防御の概念から、跳ね返すを軸とした攻撃への転向が可能なのではないか。そんな鐘笑の考えが的を射ていたことがここに証明される。
脾禮神により高次元の加圧凝縮を実現させた叢雨の雷の放出。攻撃対象の指向性を投擲に依存し、速度もまた雷ではなく膂力に左右される乾坤一擲の大技であると見ていたクラウンの余裕が裏目に出た。無論、攻撃そのものが雷槍による投擲であることに揺るぎはないが、春澐雷桜により花開いたのは百花繚乱の雷の花畑だった。周囲一帯の全てを掻っ攫うような雷の嵐の中において、ガブナーの生み出した反射鏡の持つ戦略的意義は大きい。
約二分半に及ぶ雷の放出は、昏山羊の大聖堂を成す冠域の裡の悉くを焼き払った。
自身を冠域効果と夢想解像により半プラズマ化した鐘笑と神の盾を持つガブナーは自爆に等しいこの大規模攻撃の影響を受けず、確かな手応えを心に刻みつつ、崩落する聖堂の行く末を見守った。
―――
―――
―――
○昏山羊の大聖堂_火炎の墓壙
緑色の激雷が聖堂に舞う少し前。
鐘笑がラーテンを撃つべく宙を駆けるとほぼ同時のタイミングで、聖堂の中を直下に過ぎる人影が二つ。
宙に吊るされた絢爛華美な卓の崩壊に合わせて飛び出した一方が、宙に浮遊するもう一方の体躯を攫うように覆い被さり、分厚い煙が立ち上る聖堂の奈落へ己の体諸共と飛び込んでいった。
纏わりついてくる黒煙の合間を過ぎるほどに身体は熱を帯びる。大聖堂の下層は人類を薪にくべてもお釣りが来るほどの業火に包まれた火葬場となっており、山と積まれた骸の中に彼らは数十秒に及ぶ落下の果てに到達した。
(よりによってこいつか……)
業火に包まれ燃え上がる我が身よりも、目の前で薄ら笑いを浮かべる敵の存在に辟易するボイジャー:クロノシア号。
「んん。ぼちぼちといったところですかな。流石は現代最強のボイジャー、なかなかに硬い」
“料理王”ドナルド・グッドフェイスは砕けた自身の腕を振る。
落下の最中にクロノシアに対して振り抜いた拳は確かに彼の頬を凹ませるほどにクリーンヒットしたが、攻撃の反動によりドナルド・グッドフェイスの拳は強烈な空間断裂によるカウンターを被った。
ひしゃげた腕の先からは骨の一部が露出しているが、薄ら笑いを浮かべたドナルド・グッドフェイスが腕を数度振る合間に肉体がみるみる裡に修復された。
「さぞ、お熱いことでしょう。どうです?仕切り直しと洒落込むというのは?」
ドナルド・グッドフェイスの言葉に乗じて、クロノシア号の全身を包む炎の勢いが増す。常に全身に向けて油を振り撒かれているような感覚が彼は感じていた。引火している炎も現実世界の現象としての炎というよりは、どこか人間に対して殺傷性を担保しつつも、焼かれる、炙られる、揚げられるといった経験を押し付けてくるようなサディスティックさが滲み出ている。
(この態度は明らかに俺の権能を知った上で挑んでいる。…目的はクラウンの保護か?
俺と相性が悪いクラウンとの戦闘を引き剥がしつつ、鯵ヶ沢露樹と共に対抗勢力を制圧するだけの時間を稼ぐつもりだろうか。とはいえ、鯵ヶ沢露樹は明確に因果を観測できる昏山羊の眼がある分、あの女との闘いを強制されるよりはドナルド・グッドフェイスの方が勝算はある。
一対一に専念できるなら、この対面は寧ろ好都合か?……となると、白英淑の立ち回りも少し気になってはくる)
そこで、炎の勢いが一層強まる。
(……深く考える時間はなさそうだな)
ドナルド・グッドフェイスに起こる意識の乖離。
高速で落下する最中に振り抜いた拳はクロノシア号の的確な姿勢制御によって回避され、空振りした腕は強烈な圧力を空間から与えられることであらぬ方向へと引き千切られた。
「むぅッ‼?」
宙で姿勢を整えたクロノシア号の前面に彼と同じ速度で降下する五つの木簡が生成され、そのうちの一つが緑色の光を纏う炎によって焼け崩れる。
「さっきのお礼だ」
腕がなくなったことにより少なからず動揺するドナルド・グッドフェイスに対し、クロノシア号は空間断裂による猛攻を展開した。しなやかなドナルド・グッドフェイスの身体が空間に引っ張られる形で肉体を損傷させ、手足が躍るように捥げていく。
(……美食帝が武器を用いるという情報は耳にしたことがない。とはいえ、観測できるのは五体を用いた肉弾攻撃。強力な固有冠域の高速展開が可能な手前、わざわざ近づいて攻撃してくるのには違和感があるが…)
「ッ‼?」
ドナルド・グッドフェイスから放たれた蹴り。つい今の今まで骨を見せびらかした損傷部には既に健脚への再生が完了しており、頼るものが無い空中から自身の体重操作のみで重みを付けた蹴りによって、クロノシア号の顔面を潰して見せたのだ。
下に押し出す形の一撃により再び火炎の墓壙まで撃墜されたクロノシア号。潰れた鼻柱から垂れる血が炎に包まれる中、喉を片手で手籠めにされた彼の大柄な身体がドナルド・グッドフェイスに持ち上げられる。
「使いましたな。時間遡行の権能とはやはり侮れない。……貴方様をラーテンにぶつけるわけにはいきませんなぁ」
「……ガフッ……やはり目的はクラウンの援護か。かの大悪党"美食帝グッドフェイス"の名が泣いているぞ」
「そういう貴方こそ。最強のボイジャーと囃し立てられておきながらこんな所でようやく拙と邂逅するなど、夢想世界闇市全盛の時代での怠慢が伺えますな」
「俺はこう見えて最近のボイジャーなんだよ」
クロノシア号は再び時間操作を発動。
辿る時点は開戦の直前。今まさに鐘笑がクラウンに向けて飛び掛からんと力むその瞬間まで時を戻した。
そこで観測者としての権能を最大限解放する。
ドナルド・グッドフェイスとの戦闘を避け、より優位な戦況へ運ぶにはどうしたら良いかと。
「―――――――。…‼」
刹那の判断。
クロノシア号は鯵ヶ沢露樹に飛び掛かる。
それはほぼ鐘笑がクラウンに向けて迫るタイミングと同じだった。
「おやおや」
鯵ヶ沢露樹が莞爾する。
その姿が悪魔を思わせる獣人のそれに変貌し、禍禍しい爪を持った腕でクロノシアを奈落へと叩き堕とす。
数度目の奈落への落下。これまでと違うのは、ニーズランドのラスボスである人造悪魔とかつての大悪党ドナルド・グッドフェイスが嬉々として宙を滑って己に迫ってきていることだった。
「なんでまた私に喧嘩売ったのー?」
「んん‼拙も混ぜてくだされい‼」
鯵ヶ沢露樹の放つ拳とドナルド・グッドフェイスの放つ蹴りが空中に炸裂し、これまでにない勢いでクロノシア号の身体は火炎の墓壙の奥底に叩きつけられた。粉塵と煙、火炎に混じって床材の骸が舞い踊り、その中にドナルド・グッドフェイスと鯵ヶ沢露樹が順に突っ込んできた。
「……悪いが俺の手の上で踊ってもらうぞ化け物共」
「なぁに、それ強がり?」
「せいぜい数分。その程度の未来視ではあるが……これが最善だった。鯵ヶ沢露樹とドナルド・グッドフェイスを抑えることで得られる成果は約束されている」
「えー。何それ。クラウンってあんなカルトとグラサン糞野郎にやられちゃうの?……まぁ、いいよ。グラサンは私が殺す予定だから、残しておいてくれるのは結構嬉しいかも」
「ラーテンがそんなに容易く葬られてしまうとは考えられませんが、もしそれが本当ならばここは岩窟嬢に任せて拙は上に戻りましょうかね」
ドナルド・グッドフェイスはこれまでと違い、冷ややかな貌でクロノシア号を見つめた。
「やめなよグッド。それこそ掌の上で踊らされてる感じしない?」
「しかし……」
「一緒に甚振って殺そう。ダイジョブだよ、私もいるし」
「では、のらりくらりと料理と致しますか」
クロノシア号の前面に生まれる五つの木簡。
彼の重瞳が紫色の光を放つ。
先程と同様にクロノシア号の身体は業火に包まれているが、相対する両名には炎の影響がない。
そもそもこの昏山羊の大聖堂は両名のうちのどちらかの冠域であると推察されるが、どちらにせよ既に展開済みの冠域に対する対抗手段を持たないクロノシア号の不利は揺るがない。
嬉々として殺意を振り撒く二つの怪物と正面から戦うにはあまりに無謀。しかし、運命の観測者は自己犠牲の対価をその眼で見てきた。
爆ぜ散る爆雷に焼き穿たれたクラウンの確かな瀕死の姿を。
(捨てたも同然の命。天秤に掛けるなら優先すべきはクラウンへのダメージだ)
遥か頭上で燦めく幾重もの雷光。
騒々しい明滅の中、悪魔と帝王が飛び込んでくる。
無論、クロノシア号もただ受け身になって死ぬ気はない。己の持つ現代最強の権能を用いて、迫り来る脅威を退けるべく因果に干渉する。
鯵ヶ沢露樹の腕を弾き、ドナルド・グッドフェイスの脚を折る。重瞳の輝きを見通したならば即座にその眼を空間ごと断裂させ、さらなる冠域の展開を抑止する。
その命に死が迫れば、この三者の対面を崩さない程の範疇で時間を遡行する。致命傷は被弾より以前にロールバックすることで存在しない過去と未来に切り離し、次なる一手を命をすり減らして観測し続ける。
一対一の奇襲において無類の強さを誇るクロノシア号。現代最強のボイジャーたる彼は、自身の性能では極めて不利な対面の中でも確かな健闘を見せた。
しかし、やはり相手も一筋縄ではいかない怪物たち。彼女らはクロノシア号の空間断裂や時間遡行を加味した形で、やり直しや急な方針転換に対応可能な形で攻撃を繰り出してきている。
その精度もコツを掴むように次第に向上し、現実世界ではあり得ないような時間遡行に対応できる身体の動かし方に変化していった。
反してクロノシア号の能力は着実に確度を落としている。未来を観測する行為、時間軸に干渉する行為は単一でさえ世界の理を超えた暴挙である。一度行えば彼の脳は大きな負担を受け、まして数秒刻みで乱用している現在の戦闘で受けるダメージは壮絶だった。
仮に時間を戻すことで夢想世界上のアバターである肉体の損傷を無かったことにきても、その度に仮想の肉体を維持するための脳のリソースは貧し続けてしまう。
ある瞬間、彼の時間遡行の発動とほぼ同時に鯵ヶ沢露樹が攻撃を繰り出した。
クロノシアの腹を半人半獣の山羊の頭を持つ人造悪魔の腕が貫く。
深く差し込まれた腕が勢いよく上体を掻き回し、彼の心臓を手籠にし、そのまま捥ぎ取ってしまった。
「ははっ」
幾手先もの動きを観ていた彼が被る攻撃。
既に彼の能力は限界を迎えつつあった。
「冠域展開:おかしな家」
頑なに徒手空拳に拘っていたドナルド・グッドフェイスがここに来て切ってきた冠域展開という手札。
周囲の空間の深度が変調し、たちまちに辺り一帯をカラフルなお菓子に埋め尽くされた建造物の内部に変化させる。
本来であれば得意とする対面後出しでの冠域展開。彼自身が時間遡行を実現するための冠域展開をさらに後出しにすることで、冠域展開の効果を確認した後でその影響を無かったことに改変できる。クロノシア号のボイジャーとしての強さの根幹を担う技術なだけに、彼は瀕死の目に在る現在の重体でも反射的にその技を発動させてしまった。
しかし、今の彼に自分の能力を適切に制御し得るだけの精度は既に残っていなかった。
朦朧とする意識の中で血飛沫が舞い、鮮烈な痛みと共に数多もの内臓が弾け飛ぶ。
肉体は業火に焼かれて崩れ落ち、人の体躯を成すだけの支えは当に朽ちていた。
無理な冠域展開の使用に伴う能力のバグにより、彼の肉体は鯵ヶ沢露樹から受けた攻撃を反芻して多大なる負荷を強いられた。
「こうなってしまうと哀れなもの……。懸命に戦う姿ばかりは賛辞に値しましょうとも、結果は虚しきかな」
「………」
燃え尽きようとするクロノシア号の姿をわざとらしく憐れむドナルド・グッドフェイス。
対して、鯵ヶ沢露樹は彼とは異なる心境にあった。
そこで差し込む緑の雷光。遥か彼方の戦場で解き放たれた何らかの攻撃が大聖堂全体を吹き鳴らす轟雷の波濤となって押し寄せてきた。
「私の冠域が……壊れそうだね。なるほど、これを邪魔させないために私たちを一人で引き受けたってわけね」
「おお‼なんと鮮烈な輝きか‼‼クラウンは無事でしょうな‼?」
既に空間の崩落は始まっており、高純度のエネルギーの放射に伴う冠域の押し合いによって綻んだ空間が崩されたパズルのピースのように零れ落ちて行く。
「でも、当の本人はこの有様。最強のボイジャーがこんな興ざめな最期とはねぇ…」
鯵ヶ沢露樹とドナルド・グッドフェイスは押し寄せる雷に対して準備した。
空間が極端に壊れる場合、固有冠域を張り直すよりも概括空間である第六圏に出る方が賢明だった。
「ん…?」
「…え?」
人造悪魔と美食帝の頸が飛ぶ。
「真善美叛位」
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