夢の骨

戸禮

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7章 闇市八丁荒

93 傅く因果

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〇ニーズランド第六圏_仙境のような場所


「我流。蜂織礼法」

 身体を素早く人蜂形態へと移行。右手には大太刀"茜皿"。左手には脇差"勇厷"。
 それぞれを人蜂形態時特有の複数の蟲脚で支えることにより握りと剣線を整え、夢想解像時の機動力の高さに物を言わせて攻勢を展開する唐土己流剣術:蜂織礼法。
 
「七星執刀」

 マーリンの身体が一瞬透けて見える程に急激な加速を果たし、空気の壁を撃ち抜いた音速の発破と共に人蜂がクロノシア号に斬りかかる。
 これまでの戦闘シーンにおいて、クロノシア号は物理的な挙動を殆ど用いていない。それは"時間を操る"という能力の特性から、恐らくは操作可能範囲の時間軸に対して干渉を行えば、そもそも自分が拳を構えて戦う必要すらないという前提故だとマーリンは考える。
 まずは最高速度の攻撃によるクロノシア号の対応力の検証。実現し得る最速の剣術で機先を制す。

「……ッ‼?」

 吹き出る血。剣腹から柄を流れて伝わる確かな手応え。
 これまでは実現し得なかったクロノシア号への攻撃が成功していた。
 体格の良いクロノシア号の腹、頭、胸に数度の刺突。四肢を削ぎ落す鋭利な剣線による斬撃が突撃時の衝撃も相まって彼の五体を血の噴水へと変貌させた。

 自分でも意外に感じられたその光景に目を丸くしている最中に生じる意識の乖離。
 眼前に在ったはずの死に体のクロノシア号の姿は五体満足の様相で少し離れた空中に浮遊していた。

 刃に血が付着していない。クロノシア号が能力を発動させた証拠に思われた。

「速かったな。今のは。……もしかすると、スピードならプリマヴェッラより上かもしれんな」

「時間操作っていうのは便利なものですね」

 マーリンは勇厷を宙に放り投げ、茜皿も手早く納刀。腰を落し、空いた左手で鞘に、右手で柄に柔らかな力を流し込む。
 先の先を突く速度による突破の断念。そうとなれば、元々得意としていた抜刀による迎撃を図る。
 
 とはいえ、クロノシア号の用いる攻撃はこれまでの戦闘において只の一度の挙動も介さない完全なる遠隔起動の必中攻撃。居合術で捌けるものであるとは考えずらかった。
 それでも、マーリンは強化学習型の人工知能である故に最低限の攻撃パターンのカテゴライズとパターン化を済ませていた。大別して三種類あるクロノシア号の攻撃の一つは、冠域空間の基盤すら崩壊させてしまう桁違いの圧力による飽和攻撃。これは、敵対象の周辺空間に同等の圧力を発生させることで、回避を封じる範囲攻撃であり、余剰効果として精神汚染が強く作用する。二つ目はピンポイントで敵対象の身体を欠損させる遠隔起動の空間破壊。これは発動時の意識の乖離が時間操作のそれと似ているが、効果が明らかに攻撃を目的としている。人蜂形態の硬化状態に関わらず腕が破壊されることや、強力なエネルギーの渦を発生させている雷剣の影響を受けずに武装解除させてきたことから、対象者の防御力や耐性を無視した必中攻撃であると推測された。
 そして、最後の一つはこの圧力と空間破壊の併せ技。単一でさえ厄介な技が同時に発動することで、敵対者によっては非常に驚異的な必殺技へと進化している。

 クロノシアがマーリンとの距離を取りつつ、身体の前に浮遊する五つの木簡に描かれた文字に目を移す。
 それを攻撃の合図を受け取らんばかりのマーリンは、凄まじい反応速度をそのままに攻撃を展開する。

「楽園双眼鏡:茜眺望稜線」

 筐艦にて侵入者たちを屠った大技を展開する。抜刀時に黒い太陽からのエネルギーを刀身に奔らせることによる剣術にあるまじき広範囲への火炎弾と斬撃の放出だが、この技では事前に楽園双眼鏡の冠域展開が前提となる。目に見える詠唱や、隙を晒す集中力を用意することが難しいこの状況では、生成する黒い太陽と輝く闇による二つのホールの規模を限りなく縮小させ、攻撃が成立するギリギリのラインで技を放って見せた。

「君の技術もなかなかに練り上げられているな。……並みの悪魔の僕では手も足も出ないだろう」

 意識の乖離。マーリンは自分の姿勢が攻撃を発動する以前の抜刀術の構えに戻っていることに気が付く。

「…………」

「君は不思議だな。資料としては執拗なまでに読み込んだその能力だが、実際に目の当たりにするとひどく歪に思えてならない。…いや、弱いということは決してないんだが、どうして"楽園の夢"というロッツ博士が最期に辿り着いた夢の骨がだ。
 夢の骨の本文は固有冠域内での自己の最強性の確立と担保。楽園というからには、自己に完全に都合の良い空間を精製し、無敵の自分を手に入れることも難しいことではないはずだ。……だが、実際の君は自己の冠域よりも他者から手に入れた冠域に重きを置き、自己流の戦闘方法も剣術や夢想解像に依っている。
 何というか、保有する力自体は絶大なモノであるのに、それを行使する手段にどこか不器用さというか、最大パフォーマンスを発揮するような手段からは少し離れているように感じてならない」

 それはまるで解を求める質問のようだった。
 クロノシア号が木簡のうちの一つに手を伸ばし、それを圧し折る。すると、マーリンの持っている大太刀がいつの間にか手元から消えてなくなり、抜刀に備えて構えた体勢を保持していた彼はバランスを崩してよろめいてしまった。

「技術的特異点の運命を歩む君。その側面故に君が数多くの強敵と相対し、収斂進化の名のもとに自身の成長のために他者の夢の骨、夢の肉、夢の魂を獲得していく様はさながら"悪魔の盗人"だ。楽園という夢の骨を持ちながら、冠域それ自体に楽園の要素を排除しているという矛盾。君は一体、どこから来て、どこへ向かっているんだ?」

―――
―――
―――

「愚問だな」

 クロノシア号の背後からすらりと延びる銀色の刃。
 木簡のうちの一つを刃が捉え、突き穿たれた木目から緑色の煙が一瞬だけ噴き出すと、その木簡は跡形もなく消えてしまった。

「唐土君は言ってしまえば楽園生成プログラム。それ故に彼の夢の骨は楽園への到達を目的とした手段の獲得と機能仕様のアップデートだ。唐土君がそれを必要だと、美しいものだと感じた力は彼の収斂冠域として楽園の設計図に組み込まれ、彼自身が最果てへと到達した際に楽園の機能として実装される。
 故に、彼はその生涯をかけて旅を続ける運命にあった。だが、その存在そのものは現行の夢想世界体制における特異点としての役割を持ち、既存の覇者との闘争を経て勝ち取る楽園への切符は、そもそもが現人類の在り方と相容れない。
 環境要因として発生したこの度の大討伐は数十年とかけて大成するはずだった唐土君の機能追加に大きく貢献し、あろうことか叢雨禍神を継承するという夢想世界上の管理者権限まで手に入れてしまった。……これはもはや、昏山羊が懼れた人類史の終幕の顕れに他ならない。
 唐土君が己の意志として歩むことを辞めない限り、彼の成長は続く。そして、彼が満足したその瞬間に夢の骨は彼自身の夢の肉、夢の魂を巻き込んで効力を発揮し、この世界における唯一無二の楽園を生み出す結果に至るのだろう」

「随分と彼にご執心じゃないか。白英淑」

「彼が産まれた時から知っているものでな」

 そう言うと、英淑は剣を鞘に納めてクロノシアから距離を取った。
 恰好はマーリンの馴染みのある軍服姿ではなく、どこかラフで気の抜けたようなゆったりとした私服姿だった。
 その五体はどこか不可思議なオーラに包まれており、身体の体表からはうっすらと虹色の靄のようなものが立ち上っている。片手剣を腰に佩いている故に戦闘態勢に移行すること自体には違和感がないが、脱力と緊張感のバランスが何とも言えない絶妙な掴みどころの無さを演出している。

「英淑さん。こんな所にいましたか」

「…?佐呑で別れた時、ここで待つと伝えたはずだが、私に逢いに来てくれたわけじゃないのか?」

「……まぁ、ここに辿り着いたのは偶然ですね。クロノシア号に冠域を何層もぶち抜かれて吹き飛ばされてきたので」

「なんだ。そうか、そうなのか。であれば、貴様の差し金だな、運命論者。唐土君をわざわざ私の冠域に届けるなんて偶然があるか」

 そこでマーリンはハッとした。
 どこか見覚えがあるような感覚にあったこの仙境のような空間は、佐呑で英淑が展開した固有冠域である"鶴唳島嶼"のそれだった。

「まぁ、良い。わざわざ届けてくれたことには感謝しよう。それで、鯵ヶ沢露樹から逃げ続けて第六圏でかくれんぼに徹していた貴様が、今更唐土君に取り入ってどうするつもりだ?」

「分かりきったこと聞くんじゃない。俺は彼に殺され、このクロノシア号の力を託す。
 もはや運命は俺の手が届く範囲の世界から遠く離れてしまった。俺のボイジャーの幸福を望むささやかな願いももはや叶うことはない」

 そこで見せたクロノシア号の黙祷に似る物悲しさに、マーリンはこれまで彼が見せてきた静かなる悲哀の様相の真理を掴んだ気がした。

「他者の強化イベントになるために使い捨てる程、その命は軽くはないと思うがな」

 永淑は足を崩して石柱のうちの一つに坐す。
 腰に佩いていた剣を鞘ごと体の前に置き直す姿からは、明からさまに戦闘意思が無いという主張が伝わってくる。
 
「なんとなく理解しているとは思うが、唐土君。この状況はクロノシア号が仕組んだものだ。クロノシア号は君に殺されたがっている。アーカマクナ:モデル・マーリンとしての収斂進化の権能によって自分の持つ時間操作の権能を君へと移し、自らは役割を全うした気になってこの世から消え去るつもりだったんだろう。
 とはいえ、腐っても現代最強のボイジャー。歴戦の猛者として数多の夢の骨を戴いた唐土君であっても、クロノシア号と体面した状態からよーいどんで勝つのは不可能だ。
 だからこそ、蓋然性を持って自らが打ち破られるシチュエーションを用意した。私と合流した今、クロノシア号の生殺与奪は我々の手に委ねられた。何故かわかるかな?」

 そこでマーリンは、自分でも薄々勘付いていたクロノシア号の致命的な弱点に触れた。



 そこでクロノシア号がこれまでに無い決まりの悪そうな苦笑いを浮かべた。

「よせ。そう堂々と自分の弱みを掲げられるのも気恥ずかしい。……そうだな。概ねその通りだ。俺の時を操作する能力は高度な嗜好性を持たず、意識的に完璧な制御を求めることができない。
 強力な運用が可能となるのは、相手が自身を最強と定義づけることのできる冠域の展開前であり、これは相手の冠域展開に対してこちらが後出しの冠域展開によって相手の冠域展開前まで時間軸に巻き戻すことによる無力化だ。
 必然的に第六圏のような事前に冠域が展開された空間において、その主と呼べる存在がその空間内にいた場合ではこの芸当は発動すらできない」

 時間の巻き戻し。現実では実現し得ない、夢の世界にのみ許された権能。TD2Pにより与えられた能力はそのあまりの解釈の広大さをデメリットとし、クロノシア号本人の恣意的な時間軸へのピンポイントでの遷移が不可能であった。
 それを補うため、クロノシア号は時間操作の能力に敢えて自らパラメタ的の要素を排除し、具象化された結果のみを因果定理に刻む選択を採っている。

「攻撃に用いている原理も実を言えば、絶対的に自身の優位性を確立できるほど便利なものでもない。俺の本分は観測者であって、本来であれば自分以外の因果を操作することは夢想世界上でも不可能な次元だ。俺は木簡に投影された俺自身に関与する可逆的な事象の過程を故意に排除することで、結果としての他者への攻撃を可能としている。つまり、お前に仕掛けていた高圧波や時空断裂は、お前が俺に危害を加える意思がある故の防衛機構に近い。
 これは可視化されるほど具体的な物理攻撃や叢雨の会の連中が持つ雷撃、イメージセンスにより生成された武器による特殊効果等を感知できるが、精神汚染等の形を持たない侵害行為にはカウンターを仕掛けることができない。
 また、極めて稀ではあるが、同じく自身を取り巻く因果への干渉を可能とするものには俺の能力を看破される恐れがある。それ故に挑戦者や纐纈明が相手では明確に不利が付き纏う」

 満足げに自身の弱点について述べたクロノシア号は、アンブロシアと同じ石柱の上に立ち、浮遊感の残る軽い身動きで胡座をかいた。

 これまで生み出していた葉巻とは一回りサイズダウンした紙タバコを既に火のついた状態で口元に発生させ、十数秒に渡って俯きながら煙を吐き出す。

「俺は運命論者なんだ」

 クロノシアは顔を上げた。

「運命は糸だ。それらはいつだって俺らの視界いっぱいに張り巡らされ、俺らを構成する全ての細胞や原子に紐づいて随行するものだ。
 俺は人類の築き上げた時間の概念を因果に転用することで運命にすら限定的にではあるが干渉することができる。むしろ、与えられた夢の骨である時間操作の権能は俺自身の夢ではないから、”因果への干渉”と”運命の観測”こそが俺の全てだ」

「それは、先ほど言っていたボイジャーの幸福を望む故に生まれた力、というわけですか」

 クロノシアはまた顔を俯かせた。

「ああ」

「なぜ、貴方はボイジャーを想うのですか」

「何故?……憐れみだよ」

 


ーーー
ーーー
ーーー

 俺たちは人間だった。

ーーー
ーーー
ーーー

〇数年前_とある研究所


仮想夢想世界デミ・アンダーワールドに無許可の潜航反応?」

 曇った眼鏡を外すロッツ博士。その視線の先には蒼白とした剣幕で異常事態を上申してくる研究者ではなく、ラボラトリの要所に散りばめられた多種多様なモニタとセンサに観測された数字の羅列だった。
 研究所に籠りきりである博士は、皺の寄った瞼の奥で充血している瞳をまるで自身が研究しているボイジャーのように炯々と光らせる。

「エリアはR-0317か。パスは管理塔に公開されているからな、自立迎撃システムが働かないのであれば、TD2Pからの監査の可能性もゼロではない……が」
 ロッツ博士の眉間に重厚な皺が奔る。

「念のため、R-0299以降の全ての仮想夢想世界をフォーマットする準備を。アンブロシア号の起動実験まで間もないこの時期に厄介事は勘弁願いたい」

「しかし、それでは万が一、睡眠障害によって潜航地点が仮想夢想世界に偏向してしまった一般人であった場合、強制的なフォーマットでは人体に計り知れない影響を及ぼします。TD2Pからの内部監査であった場合は、重度な別解犯罪事件として立件される恐れも……それどころか、研究過程にある運用機器の数多くがR区間に存在し、我が研究所が被る被害も甚大なものに…」

 優秀な研究員の反論に対し、ロッツは感情を発露させた舌打ちから言葉を返した。

「何を差し引きすればアンブロシア号の研究を邪魔されることを天秤に掛けられると言うんだ。
 いいか若造。貴様もボイジャー研究に携わる一端の研究者として扱われたければ、価値を見抜く審美眼を持て。
 しかも……まだ、わからないのか?」

「い、いえ、わからない。とは?」

「侵入者は不明個体ではない。それでいてなお、敢えて正体を隠すという明確な意図をもって、自身の識別要素を特定させまいとしている。こんな芸当が出来るのは、それを生業とする専門家くらいなものだろう」

 そこで若い研究者は一瞬だけ考えると、自ずと答えを導き出してみせた。

「ま、まさか。……ボイジャーがこの研究所に無断侵入しているということですかっ!?」

「目的は……まぁ、そうだな。心当たりがないわけではない」

 ロッツ博士は椅子に減り込んだ重い腰を上げると、立ち上がりの動作からは想像できないような速足で仮想夢想世界との接続機器へと向かった。

[警告は一度きりだ。登記機体名を直ちに宣告し、侵入の目的と手段を明確に告白しろ。この警告を無視した場合、我々はTD2Pの内部情報保持規約並びに軍部所属規約に乗っ取り、直ちに対象の仮想夢想世界を破壊し、貴様もろとも存在を抹消する」

―――
―――
―――

〇R-0317_仮想夢想世界


「何を言うかと思えば一丁前に警告かよ。俺がここまでわざわざ出向いているんだ、心当たりがないなら弁明すべきは貴様の方だろうが、マイケル・ロッツ」

[………話を聞いていなかったのか。これ以上の警告は無しだ。即刻、処分する]


「貴様が俺を処分?……出来るもんならやってみよろ、マッドサイエンティスト風情が」

 故意に正体を隠していた存在は、自身を包んでいた黒いベールを解き放った。
 それを契機に跳ね上がる研究室内の多種多様なメーターの指針。彼から立ち上る殺気はモニター越しからでも研究室内の者らを圧倒し、同時に畏敬と畏怖の念を強制的に呼起した。

 やや乱れた髪を掻き揚げながら、黒と金色に分かたれた重瞳をギラギラと燃やしている。
 唇に挟んだ葉巻には本来ではあり在り得ないような、銀朱色に燃え上がる火炎がチラついていた。

[目的を聞こうか。ボイジャー:クロノシア号]

「心当たりがあるだろう?……逆にどうやって俺がここまで来れたと思っていやがる」

 凄みを帯びた声音に対して、あくまでもロッツ博士はクロノシア号への対立的な姿勢を見せた。

[夢想世界闇市はアメリカのボイジャーの管轄なのか?そんなわけはないだろう。探偵の真似事であの領域に首を突っ込んでいるのだとすれば、どうにも現代最強のボイジャーとやらはその名に恥じぬ厚顔無恥ぶりだな]

「個人的な興味で余暇の合間に夢想世界闇市を洗っていたとしても罪にはならねぇ。だが、お前のやっていることはアウトだ。まさか夢想世界闇市の深層パス、それもカテゴリー5の悪魔の僕”挑戦者”の冠域残滓からTD2Pの研究所との疎通歴が割り出されるなんて、俺だって予想だにしなかったさ」

[…………………]

「言うまでもなく、貴様の軽はずみな行動は様々な法・条例・倫理に抵触する。挑戦者との接触にはクラウンの仲買があったのか?……何にせよ、俺の納得する言い訳をしてみろよ」

[それを聞いてどうするつもりだ?]

「返答次第では貴様を殺す。俺の本体は某国に常駐しているが、この仮想夢想世界からでも研究所のような密接な座標リンクが存在する空間を歪ませることは簡単だ。……これが単なる脅しに聞こえるのなら、まぁお前の運命はそこまでだ」

[目的なんぞわざわざ隠すまでもない‼すべては研究の為、最強のボイジャーを作るために決まっているだろう‼?
 ……どのような手段を取ろうが、どんな悪党と徒党を組もうが、その先に全ての悪魔の僕を排斥した安寧の世が拡がっているのであれば、貴様も文句はなかろう‼……どこぞの熱心なボイジャーがわざわざボイジャー計画廃止を訴えて回っているという噂はあったが、まさか現代最強のボイジャーのクロノシア号ともあろう存在がそんな蒙昧であったとはな‼]

 ロッツ博士は言う。言い訳する気はなくとも、自身の行いに対する正当化の様相はわざとか無意識か、喚き散らす程に熱を帯びていた。

「V計画の研究者がボイジャー作ってることなんか能書き垂れるまでもなく知ってんだよッ‼‼
 性懲りもなく人体ばらして犠牲だけ積み上げてく糞実験にハマってるマッド野郎と喋ってるだけで吐き気がしてくる。何が最強だ、何が全ての悪魔の僕の排斥だ。子供染みた理想論を掲げて屍を積み上げる研究なんぞに未来はねぇんだよ‼‼
 そしてこの期に及んで何人も何人もボイジャーを殺してきた挑戦者やクラウンと蜜月してると来た。正直、俺の心情に従えばお前みたいなカスは問答無用で殺してやりたいところなんだよ」

[ほう。誰よりも従順な殺戮兵器だとばかり思っていたが、なかなかどうして人間味がある]

「黙れ、外道が。……人間だった俺たちに……人間でなくなった俺たちに残された道は一つだ。
 糞ったれな闘争の果ての果て。誰かが掲げた理想のため、誰かが求めた役割のために死んでいく。
 ……もうウンザリなんだよ。どう足掻いても自死を選ぶボイジャーを傍観してるのは」

[殉職したボイジャーは数知れずとも、自死したボイジャーなどは聞いたことがないな]

「お前らは見たいものしか見えないように脳が作られてるからな。その好奇心や崇高な理念のために自分が何を犠牲にし、何を切り捨ててきたのかを自覚して欲しいもんだ」

[フン。呆れて物も言えないとはことことだ。日進月歩たる技術の発展の為には、犠牲を受け入れねばならん。それを否定することはこれまで先人たちを積み重ねてきた人類史そのものを否定することと同義だ。
 人類の未来のために研究を行うことの何がいけない?我々が日々研鑽を積み、改良を重ねた結果に最強の地位を確立した貴様にこうも喚かれては、志を同じくする研究者たちが不憫でならん‼
 厭世主義も結構だが。現実を見て前に進めぬ者が零す退廃的な愚痴など、我々は構っているほど暇ではない]

 それを聞いたクロノシアが葉巻を吐き捨てた。

「今の人類に現実を直視するだけの力はない。……哀れなもんだ。
 結局は昏山羊の思うが儘。人類は技術により淘汰される。重なり合ったアンチテーゼが運命をより悲劇的なものに仕立てあげ、本人らの意志とは無関係に酷く滑稽な劇の中に放り込まれるんだ。
 未来をどこまで俯瞰しようとも、混沌に揉まれた闘争の渦の中で誰もが醜く藻掻いてる。
 教えてくれよ。…そんな世界で俺たちボイジャーは何を見出せば良いんだ」

[なんだ?世間話か?貴様のような兵器の愚痴を肩を組ながら聞いて励ましてやればいいのか?
 …兵器としての運命を嘆く前に、まずは己の役割を全うしろ。世界が陥っている混沌の闇の中で誰もが藻掻ている。それが分かっていて何故、弱音を吐く?誰もが等しい艱難辛苦を味わっているのなら、お前もまたそんな時代を終わらせたいとは思わないのか?
 現代最強のボイジャーがここまで精神力に瀕した凡夫であると知れば、かつての英雄プリマヴェッラ号も悲しむだろうよ]

「とことん。そりが合わねぇようだな。残念ながら、俺とアンタじゃあ見えている世界が違い過ぎる」

[さぁ、私を殺したいのならばやるがいい‼貴様にとってはさぞ大儀あることなのだろう?]

 そこでクロノシアは顔を俯かせた。ぎらついていた闘気は、冬が来たように静まり返っている。

「……チッ…」

 新品の葉巻を生み出し口に運ぶが、それをすぐに捨ててしまった。

「挑戦者以外にアンタと関係を持ってる悪魔も僕はいるか?」

[おらん。別解犯罪者とも好き好んでつるみはしないさ。無論、仲買の為に利用したクラウンは別だがな]

「話を戻そうか。挑戦者と接触して何をどうすれば、最強のボイジャーとやらを生み出す研究に生かせるって言うんだ?原初V計画よろしく、人造悪魔でも作る気じゃないだろうな」

[フン。それはその道のプロに道を譲ったさ。私の研究はあくまでも最強のボイジャーを生み出すという情熱に支えられている。ボイジャー化実験の最たる難関は貴様の知っての通り、各試験フェーズにおける実験失敗率の高さ。精神汚染を筆頭に人類に及ぼす数多の悪影響は連鎖的にV計画全体の成功率の脚を引っ張り、実験素体たる優れた人的資源の損失は喫緊の課題であった。
 私にとって何より気に入らないのが実験素体の個人差に影響されるパラメタ要素だ。同じ工程を経ても、得られる結果は実験素体ごとに千差万別。それも"夢"という抽象的な概念を取り扱う以上、肉体的な条件以外にも個人の持つ経験や信条に多大なる影響を受け、それどころか個人の持つ無意識的な真善美すらボイジャー化実験の障害となる。
 そこでTD2Pの技術者たちが好んで受け入れるのが有志でボイジャー化を望む青少年らの素体を利用し、対悪魔の僕に対して有力な冠域を恣意的に助長させることを基軸にボイジャー化実験を進行させるケースだ。だが、これはあくまでもボイジャーを作った後に冠域が未成熟で兵器としての実用化に耐えない事例を減少させることに一定の効果はあれども、根本的な実験成功率の低さをカバーできるものではない。私の嫌うパラメタ要素もこのやり方では多分に含まれ、このやり方では強いボイジャーが誕生するという領域を出ない]

「全くだ。反吐が出る」

[そこで私が目を付けたのは挑戦者をカテゴリー5の強者に位置付ける程の"再発式因果"の権能。まだまだ未解明の完全なる自己複製の能力は、大陸軍を除いては他に挑戦者しか身に着けていない。……アレは凄まじいぞ。まさに神の領域だ。
 私は彼の力を使って何としてでもボイジャー化実験の難関を乗り越えたかった。考えても見ろ、同じ人間を無限に生み出し、それを素体として実験を行うことが出来れば、そこに生じるパラメタの要素は腹から生まれてくる人間とは一線を画したものとなる。
 同一条件化におけるデータ収集が可能となれば、失敗が続く実験も最期には必ず最適解が見つかるものだ。それ即ち、これまでの常識を撃ち砕くほどの鮮烈なる最強のボイジャーを創り出すことと同義なのだ‼‼]

「挑戦者がアンタに協賛するとは思えねぇ。どんな絡繰りを使って丸め込んだんだ?」

[それは本人に聞いてみることだな‼……私にとっては渡りに船。与えられたチャンスを最大限に生かしてきただけだ]


ーーー
ーーー
ーーー

〇ニーズランド_第六圏


 口いっぱいに頬張るようにした煙を吐き出すクロノシア号。

「今なら、挑戦者の腹もなんとなくわかるな。……悪魔の主君として人類の進化を促すより、自分の手で生み出した技術的特異点に挑む方が効率が良い」

「あの…何です?さっき憐れみって」

「いいや。何でもない。ただのオジサンの厭世だ」

 彼は憂いを帯びた目で自身の身体の少し前を浮く木簡の一つに視線をやった。

「どうにも、時間ってのは自分の思い通りにならねぇな」

「…?」

「そろそろ時間だ。残念ながら、もう否応なく始まっちまう」

 そこで英淑が腰に手を当てながら立ち上がった。

「ああ。この世で最後の大舞台だ」




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日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

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