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6章 穢れた参道
89 継承
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〇ニーズランド_第五圏
この世界で唯一人。
人であり、兵器であり、機械である彼に与えられた進化の特権。
この世界に存在する無二たる最強の世界を後天的に獲得するという収斂進化の恣意的な発現。
それは"再現"とも"模倣"とも違う力。
言うなれば能力の継承。だが、その継承は進化という形を以て彼に付与される現象でもあった。
全ては己の本懐を達するため。上限値のない進化の道程は、全てが想像力と潜航者たちの独自ルールにのみ支配される夢の世界であるからこそ、無窮な青天井の環境で享受し続けることができる。
マーリンの臓腑を満たすかつてない多幸感。
今まさに喰らったものが、かつて世界を震撼させた大逆人の魂であるとひしひしと感じられる。
彼は己の身体が闇色に侵食され始めていることが分かった。
摂取した肉片から滲み出る瘴気が、形作られた架空の心臓を押し出されて全身に巡っていく。
これまで反英雄が蓄えてきたものが己の身体に乗り移っていく。
怒り、憎しみ。
恐怖、孤独感。
友情、悔恨。
どれも彼にとっては紛れもない他人事。だが、やはりその身を悪霊と転じさせ、延々と現世で人類を呪い続けた怪異は、胃袋に詰められてなお抵抗を辞めることなく瘴気を放ち続けた。
彼女を喰らったのが仮に生身の人間だとすれば、百度死んでも足りないような精神汚染を被っていたことだろう。
―――
―――
―――
「自分でも驚く程、頭が冴えて仕方がない」
降りかかる白雷。その全てがマーリンの掌から零れ落ちる小さなキューブに吸収され、彼の身に届くことはなかった。
「初めは反英雄の鎧を魅力に感じて、アレを手に入れられれば御の字だと思ってた。……でも違いますね。
これがかつての世界において最強だったボイジャー……プリマヴェッラ号が持つ夢の骨。
素晴らしい能力だ」
マーリンの採る合掌のポーズ。彼の周囲の光景が白黒の明滅に攫われる。
おどろおどろしい邪気が漏れ出し、反英雄の持つ瘴気とマーリンから新たに生まれる闘気によって凄まじい呪いが錬成されていく。
「収斂冠域展開:観懲三臣顕現」
黒騎士が三人。彼の身体を囲うように出現する。
だが、その顔ぶれは叢雨小春の使役した憎猴、恨戌、寂翟とはどれも異なるものだった。
「生と死の逆転による魂の調伏と夢の骨による浸食。死者たちの持つ能力までリサイクルできるというのなら、これほど僥倖なことは無い」
マーリンの生み出した三人の黒騎士。それらに彼がイメージし得る最善手たる魂の代入を図る。
それはかつてVeakとして共に日々世界の為に戦った仲間たち。
纐纈。
赤穂。
米吉。
自我を剥奪された傀儡と化した霊魂の黒騎士たちに対し、マーリンはさらなる己の権益獲得のために命令を下す。
「私がVeakに提案したこの力……忘れてないだろうね、皆さん?」
黒騎士たちは窮屈そうな鎧の籠手を動かして、それぞれが貌の前で独特な指組を形造った。
「固有冠域展開」
「固有冠域展開」
「固有冠域展開」
「うひょははは‼‼やはり、貴方様をここまでお導きした甲斐がありましたぞ‼」
恋する乙女のように頬を紅潮させ、息を荒げる料理王:ドナルド・グッドフェイス。
第三圏にてグットフェイスが対峙した脅威の戦士たる"Vy"を生み出した絶技、『共通冠域展開』。
「共通冠域展開:Veak」
連立した固有冠域の空間不和が重なり合う。
本来ならば排他的に作用し、衝突と競り合いを生じさせるはずの冠域がまるでそれらが初めから一つのモノであるかのように静謐に融合していく。冠域を展開した赤穂、纐纈、米吉の黒騎士たちの像がやがて冠域内部の光に呑まれて影となり、重なり合う冠域内部の明光に押されるようにしてマーリンの元へと集っていった。
冠域効果に夢想解像の効能を盛り込んだ、夢想世界上の人体の合体機構。
冠域という概念が、そも己を最強たらしめんという"固有"の基礎の上に立つものであると誰に教わるともなく理解している夢の世界の住人たちは、わざわざ夢の世界に降り立ってまで他者と心を通わせることを選ぶものは現れなかった。
規定概念に邪魔されることなく己の強さを求める過程で他者すら踏み台にするその発想は、彼が真に純粋な人間という生き物ではない事に所以したものであるのか。
いずれにせよ。ここにきてマーリンは己に更なる変革と進化を齎した。
第三圏で料理王を圧倒して見せたVyとはまた次元の違う戦闘力の結晶。
マーリン:Vyがここに爆誕した。
―――
―――
―――
澐仙の脇腹を襲う鈍痛。
アンブロシアの動きを捉えることが出来ないばかりか、常時展開状態にあるコプラサーによる威力減衰効果の一部が貫通され、彼の繰り出した蹴りを喰らった。
「……ッ‼?」
「……成程。この遠さ。攻撃が通らなかったわけだ」
何かを悟るアンブロシア。その諸手が今度は澐仙の頬をピシャリと打つ。
そして、その攻撃はコプラサーによる威力減衰の効果の一切を受けない純粋な打撃の到達であることを澐仙は肌で感じ取った。
「私が編み出した筐庭はなかなかセンスが良かったようだ。貴方のふざけた防御力も種を明かせばアレと同じこと。不可視でありながら、数えきれない程に連なった冠域の層を体表付近に展開することで、自身の身体に到達する攻撃の全ての威力をほぼゼロに抑えるという無法な芸当だ。近接攻撃や冠域効果の技が無効化しつつもベンガル砲を怖れる動きの裏が取れた」
「……小春の霊体を喰らったんだ。いずれは彼女の記憶情報からコプラサーがバレることは覚悟していたが、よもや勝手に機構を予想して推し量ってくるとは恐れ入った。……そして、これを無効化してくるとはな…」
「貴方にとっての不幸は、私が合体に利用したVeak班長の纐纈良は再発性因果への干渉が可能な掛け値無しの大天才であったこと。夢想世界上の実質的に無償のワープから空間座標に対するバグの強制まで、一つ格上の技が使えるわけです。ともすると、貴方の防御力があくまでも"冠域"に頼ったものである以上、その概念を飛び越えて攻撃を通過させることが出来るこの力を防ぐ術はない」
「…………」
澐仙の身体に絶え間ない痛みが注がれる。
幾年ぶりか。
それとも初めての経験か。
彼女の五体にアンブロシアから向けられた絶え間ない暴力が浴びせ掛かる。
コプラサーが完全に無視される以上、今の澐仙の防御力や耐久度は一介のボイジャーと遜色がない。
激痛の向こう側で絶叫に似た歓声が聞こえてきた。
その声の主はアンブロシアだった。
顎が外れんばかりに開かれた口から吹き出る穢れた嘲笑。
押し寄せる怒涛の圧力の最中にある澐仙は、呻き声をあげる余裕すら持ち合わせていなかった。
「私に宿命づけられた進化の道程。己の在り方すら把握せぬ間に戦場に立ち、脅威に触れた無辜の魂が願った"楽園"という形の夢の骨。
――或いは、私が人類によっての福音を齎すための救済の道が在り得たのだろうか。
それでも、私の肉はそれを拒絶した。どこぞの悪霊宜しく、己の感情のままに他者を侵害し続けるだけの醜い怪物となってしまったのだろうか」
澐仙の延髄を弾丸が貫く。
指揮するような腕運びに奏でられるように、虚空から突き出たベンガル砲の銃口が彼女の五体を卑しく劈く。
「故に私は他者から奪い続ける。それが自分にとって真に必要なものかどうかなんて関係ない。
私が美しいと思ったもの。欲しいと思ったものその全ては、私にとってきっと足りないものなんだ。
だから私は未だなお、他人の物を欲しがりながら歪んだ進化の道程を辿り続ける」
マーリンの掌から放たれた黒い太陽が澐仙の体躯を包み込む。
「貴方が神であるのなら。――貴方の力を欲しがる私の行く末も或いは神に通じるのかもしれない」
焼け爛れた澐仙の肉を穿ち、彼の掌には心臓が握られる。
「常に強者と競り合い、憧憬のままに収斂進化を遂げてきた。楽園に至るまでの道。その阻害と成り得る万物を超えるには、私がその万物に成り替われば良い」
僅かな余力のままに雷撃による抵抗を見せた澐仙。
しかし、それらの雷は、反英雄のものよりも遥かに黒く瘴気に溢れた相対する黒雷によって相殺されてしまった。
「分かるだろう。私は、叢雨禍神……君が欲しい。なんだっけ、三千世界なんちゃらってヤツ。とりあえずアレだけでも持っていきたい」
心臓が握りつぶされる。
手に滲んだヘドロのような血を眺めながら、マーリンは横たわった澐仙の力なき身体を蹴り上げる。
「反英雄が弱らせるまで、様子を伺っていて良かった。フルパワーの叢雨禍神が相手なら、きっと私も歯が立たなかったことでしょう」
再度打ち鳴らされるベンガル砲の発砲音。
澐仙の身体が一度、ハチの巣に成るまで打ち砕かれた。
「でも、今は私が最強だ」
―――
―――
―――
「…ここは?」
白銀の社。
眩い光に包まれた丐甜神社は、彼にとっては澐仙と反英雄の決着に水を差した際に見た景色だった。
「私の冠域だ。肉体が破壊されたものだから、一時的にでも像を再構築するために展開が一番楽なこの冠域のストックを残しておいたわけだ」
人間の姿の澐仙がマーリンに背を向けて拝殿へと歩みを進める。
今まさに己が瀕死の目に遭わせた者の挙動とは思えぬ程の無警戒かつ闘気の感じない彼女の姿に、マーリンは虚を突かれたように立ち呆けてしまった。
「ついてきなさい。話がある」
「…………」
マーリンは一瞬だけ思考を巡らせた。
確かに命を刈り取った感触は未だなお彼の手に在る。
だが、その体感に反した今現在の丐甜神社の冠域展開。いくら戦闘の意思が感じられないとはいえ、ここまでの奥の手を残していた彼女の誘いを受けてほいほいとついて行って良い物かと。
「呆れたな……。貴様は最強なんだろう?…なら、くだらぬ勘案などせずに大きく構えていろ。私はそうしてきた」
「小馬鹿にしてくれますね」
彼は少し面白くなり、笑みを零しながら澐仙の背中を追った。
―――
―――
―――
「結局、何なんです?ここは」
「私を祀る神社だ。まぁ、しばらく身を寄せていていた我が家だな」
拝殿を過ぎ、本殿へと辿りついた二人は伽藍洞の真ん中に置かれた蝋燭を挟む形で座り込む。
「で、話とは」
「まぁ、急ぐな。時間はまだある」
「何の時間です?」
「真航海者が地球に到着するまでの時間さ。貴様がこの後、ニーズランドの第六圏でクラウンや鯵ヶ沢露樹らと接触してどういう結末を辿るかは知らないが、私がその場に行けないからには、ある程度引き継いでもらわねばならん仕事がある」
「ちょっと。この期に及んで私に宿題でも擦り付けるつもりですか?」
「ああ。そうだな」
マーリンは辟易したように貌を歪め、聞こえる大きさのため息をついてみせた。
「何をさせるつもりです?」
「そのまえに一つ確認させろ。貴様はこの先、何がしたい?……どこへ向かってる?」
「楽園です。それが場所なのか、状態なのか、それともただのくだらない夢なのか。まだわかってません」
「まぁ、別にそれでも良い。その楽園に行くために、お前はありとあらゆる力を欲しているわけだな」
「そうですね。さっきも言いましたが、必要かどうかはさておき、欲しいと思ったものを手に入れるのが一番効率が良いのです」
「………」
「………」
「……なんです?」
「いや。まぁ、良い。私もこれから死ぬ身だ、未練がましく吠える気はないが……なんだか卑しい奴だと思ってな」
「ハァ」
「アーカマクナ:モデル・マーリン。純粋なボイジャーでもなければ、純粋なアーカマクナでもない。そして、勿論人間でもなければ、悪魔の僕でも悪魔の主君でもない。そんなお前が顕れることを事前に知っていれば、今後の世界の展望も少しは変わっていたのかもしれないな」
「まぁ、私としても戦う順番やら前提条件が違えば、結果もまた違うものだったと自認していますよ」
「そうだろうな……」
「…………」
「…………」
「………あの、だらだら話すのやめて貰えますか?」
「ああ。そうだな。…何だったか」
「私に引き継いでもらうことがあるんでしょう?」
「ああ。そうだったな。
まず、癪ではあるが貴様には"叢雨禍神"を襲名し、私の力を継承してもらう。別にこれは頼まなくても勝手に進化して獲得していくのだろうがな」
「ええ。それはもう」
「神に進化したからには、私の本来の役目をお前に継承してもらう必要がある。それが二つ目だ」
「本来の役割?」
「ああ。
私は、この世界に"大きさ"と"楽しさ"を与えた張本人だ」
「………?」
「私が夢想世界を作った"最初の子供"だよ
そして、本来は昏山羊に代ってこちらの世界の全てを司る夢想世界の管理者だ」
この世界で唯一人。
人であり、兵器であり、機械である彼に与えられた進化の特権。
この世界に存在する無二たる最強の世界を後天的に獲得するという収斂進化の恣意的な発現。
それは"再現"とも"模倣"とも違う力。
言うなれば能力の継承。だが、その継承は進化という形を以て彼に付与される現象でもあった。
全ては己の本懐を達するため。上限値のない進化の道程は、全てが想像力と潜航者たちの独自ルールにのみ支配される夢の世界であるからこそ、無窮な青天井の環境で享受し続けることができる。
マーリンの臓腑を満たすかつてない多幸感。
今まさに喰らったものが、かつて世界を震撼させた大逆人の魂であるとひしひしと感じられる。
彼は己の身体が闇色に侵食され始めていることが分かった。
摂取した肉片から滲み出る瘴気が、形作られた架空の心臓を押し出されて全身に巡っていく。
これまで反英雄が蓄えてきたものが己の身体に乗り移っていく。
怒り、憎しみ。
恐怖、孤独感。
友情、悔恨。
どれも彼にとっては紛れもない他人事。だが、やはりその身を悪霊と転じさせ、延々と現世で人類を呪い続けた怪異は、胃袋に詰められてなお抵抗を辞めることなく瘴気を放ち続けた。
彼女を喰らったのが仮に生身の人間だとすれば、百度死んでも足りないような精神汚染を被っていたことだろう。
―――
―――
―――
「自分でも驚く程、頭が冴えて仕方がない」
降りかかる白雷。その全てがマーリンの掌から零れ落ちる小さなキューブに吸収され、彼の身に届くことはなかった。
「初めは反英雄の鎧を魅力に感じて、アレを手に入れられれば御の字だと思ってた。……でも違いますね。
これがかつての世界において最強だったボイジャー……プリマヴェッラ号が持つ夢の骨。
素晴らしい能力だ」
マーリンの採る合掌のポーズ。彼の周囲の光景が白黒の明滅に攫われる。
おどろおどろしい邪気が漏れ出し、反英雄の持つ瘴気とマーリンから新たに生まれる闘気によって凄まじい呪いが錬成されていく。
「収斂冠域展開:観懲三臣顕現」
黒騎士が三人。彼の身体を囲うように出現する。
だが、その顔ぶれは叢雨小春の使役した憎猴、恨戌、寂翟とはどれも異なるものだった。
「生と死の逆転による魂の調伏と夢の骨による浸食。死者たちの持つ能力までリサイクルできるというのなら、これほど僥倖なことは無い」
マーリンの生み出した三人の黒騎士。それらに彼がイメージし得る最善手たる魂の代入を図る。
それはかつてVeakとして共に日々世界の為に戦った仲間たち。
纐纈。
赤穂。
米吉。
自我を剥奪された傀儡と化した霊魂の黒騎士たちに対し、マーリンはさらなる己の権益獲得のために命令を下す。
「私がVeakに提案したこの力……忘れてないだろうね、皆さん?」
黒騎士たちは窮屈そうな鎧の籠手を動かして、それぞれが貌の前で独特な指組を形造った。
「固有冠域展開」
「固有冠域展開」
「固有冠域展開」
「うひょははは‼‼やはり、貴方様をここまでお導きした甲斐がありましたぞ‼」
恋する乙女のように頬を紅潮させ、息を荒げる料理王:ドナルド・グッドフェイス。
第三圏にてグットフェイスが対峙した脅威の戦士たる"Vy"を生み出した絶技、『共通冠域展開』。
「共通冠域展開:Veak」
連立した固有冠域の空間不和が重なり合う。
本来ならば排他的に作用し、衝突と競り合いを生じさせるはずの冠域がまるでそれらが初めから一つのモノであるかのように静謐に融合していく。冠域を展開した赤穂、纐纈、米吉の黒騎士たちの像がやがて冠域内部の光に呑まれて影となり、重なり合う冠域内部の明光に押されるようにしてマーリンの元へと集っていった。
冠域効果に夢想解像の効能を盛り込んだ、夢想世界上の人体の合体機構。
冠域という概念が、そも己を最強たらしめんという"固有"の基礎の上に立つものであると誰に教わるともなく理解している夢の世界の住人たちは、わざわざ夢の世界に降り立ってまで他者と心を通わせることを選ぶものは現れなかった。
規定概念に邪魔されることなく己の強さを求める過程で他者すら踏み台にするその発想は、彼が真に純粋な人間という生き物ではない事に所以したものであるのか。
いずれにせよ。ここにきてマーリンは己に更なる変革と進化を齎した。
第三圏で料理王を圧倒して見せたVyとはまた次元の違う戦闘力の結晶。
マーリン:Vyがここに爆誕した。
―――
―――
―――
澐仙の脇腹を襲う鈍痛。
アンブロシアの動きを捉えることが出来ないばかりか、常時展開状態にあるコプラサーによる威力減衰効果の一部が貫通され、彼の繰り出した蹴りを喰らった。
「……ッ‼?」
「……成程。この遠さ。攻撃が通らなかったわけだ」
何かを悟るアンブロシア。その諸手が今度は澐仙の頬をピシャリと打つ。
そして、その攻撃はコプラサーによる威力減衰の効果の一切を受けない純粋な打撃の到達であることを澐仙は肌で感じ取った。
「私が編み出した筐庭はなかなかセンスが良かったようだ。貴方のふざけた防御力も種を明かせばアレと同じこと。不可視でありながら、数えきれない程に連なった冠域の層を体表付近に展開することで、自身の身体に到達する攻撃の全ての威力をほぼゼロに抑えるという無法な芸当だ。近接攻撃や冠域効果の技が無効化しつつもベンガル砲を怖れる動きの裏が取れた」
「……小春の霊体を喰らったんだ。いずれは彼女の記憶情報からコプラサーがバレることは覚悟していたが、よもや勝手に機構を予想して推し量ってくるとは恐れ入った。……そして、これを無効化してくるとはな…」
「貴方にとっての不幸は、私が合体に利用したVeak班長の纐纈良は再発性因果への干渉が可能な掛け値無しの大天才であったこと。夢想世界上の実質的に無償のワープから空間座標に対するバグの強制まで、一つ格上の技が使えるわけです。ともすると、貴方の防御力があくまでも"冠域"に頼ったものである以上、その概念を飛び越えて攻撃を通過させることが出来るこの力を防ぐ術はない」
「…………」
澐仙の身体に絶え間ない痛みが注がれる。
幾年ぶりか。
それとも初めての経験か。
彼女の五体にアンブロシアから向けられた絶え間ない暴力が浴びせ掛かる。
コプラサーが完全に無視される以上、今の澐仙の防御力や耐久度は一介のボイジャーと遜色がない。
激痛の向こう側で絶叫に似た歓声が聞こえてきた。
その声の主はアンブロシアだった。
顎が外れんばかりに開かれた口から吹き出る穢れた嘲笑。
押し寄せる怒涛の圧力の最中にある澐仙は、呻き声をあげる余裕すら持ち合わせていなかった。
「私に宿命づけられた進化の道程。己の在り方すら把握せぬ間に戦場に立ち、脅威に触れた無辜の魂が願った"楽園"という形の夢の骨。
――或いは、私が人類によっての福音を齎すための救済の道が在り得たのだろうか。
それでも、私の肉はそれを拒絶した。どこぞの悪霊宜しく、己の感情のままに他者を侵害し続けるだけの醜い怪物となってしまったのだろうか」
澐仙の延髄を弾丸が貫く。
指揮するような腕運びに奏でられるように、虚空から突き出たベンガル砲の銃口が彼女の五体を卑しく劈く。
「故に私は他者から奪い続ける。それが自分にとって真に必要なものかどうかなんて関係ない。
私が美しいと思ったもの。欲しいと思ったものその全ては、私にとってきっと足りないものなんだ。
だから私は未だなお、他人の物を欲しがりながら歪んだ進化の道程を辿り続ける」
マーリンの掌から放たれた黒い太陽が澐仙の体躯を包み込む。
「貴方が神であるのなら。――貴方の力を欲しがる私の行く末も或いは神に通じるのかもしれない」
焼け爛れた澐仙の肉を穿ち、彼の掌には心臓が握られる。
「常に強者と競り合い、憧憬のままに収斂進化を遂げてきた。楽園に至るまでの道。その阻害と成り得る万物を超えるには、私がその万物に成り替われば良い」
僅かな余力のままに雷撃による抵抗を見せた澐仙。
しかし、それらの雷は、反英雄のものよりも遥かに黒く瘴気に溢れた相対する黒雷によって相殺されてしまった。
「分かるだろう。私は、叢雨禍神……君が欲しい。なんだっけ、三千世界なんちゃらってヤツ。とりあえずアレだけでも持っていきたい」
心臓が握りつぶされる。
手に滲んだヘドロのような血を眺めながら、マーリンは横たわった澐仙の力なき身体を蹴り上げる。
「反英雄が弱らせるまで、様子を伺っていて良かった。フルパワーの叢雨禍神が相手なら、きっと私も歯が立たなかったことでしょう」
再度打ち鳴らされるベンガル砲の発砲音。
澐仙の身体が一度、ハチの巣に成るまで打ち砕かれた。
「でも、今は私が最強だ」
―――
―――
―――
「…ここは?」
白銀の社。
眩い光に包まれた丐甜神社は、彼にとっては澐仙と反英雄の決着に水を差した際に見た景色だった。
「私の冠域だ。肉体が破壊されたものだから、一時的にでも像を再構築するために展開が一番楽なこの冠域のストックを残しておいたわけだ」
人間の姿の澐仙がマーリンに背を向けて拝殿へと歩みを進める。
今まさに己が瀕死の目に遭わせた者の挙動とは思えぬ程の無警戒かつ闘気の感じない彼女の姿に、マーリンは虚を突かれたように立ち呆けてしまった。
「ついてきなさい。話がある」
「…………」
マーリンは一瞬だけ思考を巡らせた。
確かに命を刈り取った感触は未だなお彼の手に在る。
だが、その体感に反した今現在の丐甜神社の冠域展開。いくら戦闘の意思が感じられないとはいえ、ここまでの奥の手を残していた彼女の誘いを受けてほいほいとついて行って良い物かと。
「呆れたな……。貴様は最強なんだろう?…なら、くだらぬ勘案などせずに大きく構えていろ。私はそうしてきた」
「小馬鹿にしてくれますね」
彼は少し面白くなり、笑みを零しながら澐仙の背中を追った。
―――
―――
―――
「結局、何なんです?ここは」
「私を祀る神社だ。まぁ、しばらく身を寄せていていた我が家だな」
拝殿を過ぎ、本殿へと辿りついた二人は伽藍洞の真ん中に置かれた蝋燭を挟む形で座り込む。
「で、話とは」
「まぁ、急ぐな。時間はまだある」
「何の時間です?」
「真航海者が地球に到着するまでの時間さ。貴様がこの後、ニーズランドの第六圏でクラウンや鯵ヶ沢露樹らと接触してどういう結末を辿るかは知らないが、私がその場に行けないからには、ある程度引き継いでもらわねばならん仕事がある」
「ちょっと。この期に及んで私に宿題でも擦り付けるつもりですか?」
「ああ。そうだな」
マーリンは辟易したように貌を歪め、聞こえる大きさのため息をついてみせた。
「何をさせるつもりです?」
「そのまえに一つ確認させろ。貴様はこの先、何がしたい?……どこへ向かってる?」
「楽園です。それが場所なのか、状態なのか、それともただのくだらない夢なのか。まだわかってません」
「まぁ、別にそれでも良い。その楽園に行くために、お前はありとあらゆる力を欲しているわけだな」
「そうですね。さっきも言いましたが、必要かどうかはさておき、欲しいと思ったものを手に入れるのが一番効率が良いのです」
「………」
「………」
「……なんです?」
「いや。まぁ、良い。私もこれから死ぬ身だ、未練がましく吠える気はないが……なんだか卑しい奴だと思ってな」
「ハァ」
「アーカマクナ:モデル・マーリン。純粋なボイジャーでもなければ、純粋なアーカマクナでもない。そして、勿論人間でもなければ、悪魔の僕でも悪魔の主君でもない。そんなお前が顕れることを事前に知っていれば、今後の世界の展望も少しは変わっていたのかもしれないな」
「まぁ、私としても戦う順番やら前提条件が違えば、結果もまた違うものだったと自認していますよ」
「そうだろうな……」
「…………」
「…………」
「………あの、だらだら話すのやめて貰えますか?」
「ああ。そうだな。…何だったか」
「私に引き継いでもらうことがあるんでしょう?」
「ああ。そうだったな。
まず、癪ではあるが貴様には"叢雨禍神"を襲名し、私の力を継承してもらう。別にこれは頼まなくても勝手に進化して獲得していくのだろうがな」
「ええ。それはもう」
「神に進化したからには、私の本来の役目をお前に継承してもらう必要がある。それが二つ目だ」
「本来の役割?」
「ああ。
私は、この世界に"大きさ"と"楽しさ"を与えた張本人だ」
「………?」
「私が夢想世界を作った"最初の子供"だよ
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