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6章 穢れた参道
87 泥黎の濫觴
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〇ニーズランド_第五圏
大気を割く一撃。
世界最強の存在たる澐仙が手にした神の剣から放たれた一閃が、防御姿勢を採る暇すら与えずに反英雄の人中線に撃ち込まれる。反英雄の無敵鎧さえ破壊さしめたアレッシオ・カッターネオの珠玉の"禁断の惑星"により聖剣の生成に加え、上乗せするようにして自身の"禁断の惑星"により火力を乗算させた澐仙の攻撃。
単発における含有火力では史上最高を優に叩き出したであろう規格外の攻撃を受け、自身の冠域効果による強化に次ぐ強化の恩恵を受けた反英雄でさえ、致命傷は避けられなかった。
受肉したボイジャー:スカンダ号たる葛原梨沙の屈強な肉体は、攻撃を期に爆散。多少の損壊や欠損であれば自己補完の範疇で再生できる夢の世界においても、概念レベルの破壊を生み出す禁断の惑星から受けたダメージは魂の核を穿つようにして、葛原梨沙の夢想世界上の肉体が死亡するに至った。
強力な精神汚染により梨沙に憑依し、肉体の主導権を意のままにしていた反英雄はまつろわぬ霊体として引き剥がされ、攻撃の余韻による凄まじい痛みと消耗を受けて人の形を成すこともままならずに、ヘドロのように滞留する瘴気の集合体と化した。
「…ぁ……あ…ぁ」
「もう終わりだ」
「や……ぁ……ま……ぁ」
「お前の呪われた人生は……最期まで誰もが救うことが出来ないものだった。…私にもお前は救えない。ならば、せめて私の身勝手を引き受けてくれ。この手で引導を渡す。…それが私にできる最期の贐だ」
「や…だ……まだ…まだ…まだまだまだまだ…おわらない………おわれない」
「小春ッ‼‼」
「こんなんで終われるわけないじゃんかッ‼‼
私は何度死んだって戻ってくるッ‼
この悪霊の魂が真に朽ちることはない‼‼」
反英雄を取り巻く空気の色が変わる。肉体を成すことを諦めた反英雄は、魂そのものを赤黒い稲妻へと変化させ、澐仙に向けて迸った。
「私は反英雄‼人類を亡ぼす最強の呪いが私だ‼‼‼」
コプラサーによる自動的な攻撃の無力化により、澐仙には実質的な稲妻の被弾による影響はない。
しかし、人の姿すら脱ぎ去った剥き出しの魂の稲妻となった反英雄の持つ凄まじい負のエネルギーは、たとえ威力やダメージが成立せずとも、その勢いにより澐仙の身をじりじりと後退させる程の圧力を有していた。
「究極冠域展開ッ」
反英雄の発したその言葉に澐仙は衝撃を受けた。
既に瀕死どころか肉体的な死を被った反英雄が、未だなお冠域展開を可能とするまでに自我を保ち、精神力を高く保っていることは衝撃的だった。それも単なる固有冠域ではなく、冠域の中でも磨き上げられた精神性と一貫した目的意識により冠域の機能としての能力を極限まで高めた究極冠域を成立させているのだ。
そして、その究極冠域は第五圏を最初に塗り替えた際の"相対する煉獄"でないことは、冠域宣言からすぐに察することが出来た。コプラサーによる固有冠域は数えきれない程に保有している澐仙でさえ、安易に成立させ得る究極冠域は怪獣王戦で使用した"相対する氷獄"一つだけであり、他の究極冠域は高度な集中力や十分な体力が担保されていてでさえ展開が困難な技術だった。
「大陸軍顕現ッ‼‼」
刹那、澐仙の胸を満たす嫌悪感。
反英雄という爆ぜる瘴気から放出される何千何万何億という黒騎士を前に、絶望感よりも悲壮感が先行した。
ボイジャー:プリマヴェッラ号の持つ観懲三臣の能力の雛形からして、彼女にとって大陸軍の悪夢を再現する技術は根本的には不可能ではない。
しかし、いくら可能であるからとはいえ、叢雨小春という一個人がその切り札に頼ることは天地が引っ繰り返っても在り得ないことだと澐仙は確信していた。如何に大陸軍戦という仮定を通じて培った呪いが人類に向けられたものであるとはいえ、反英雄自身が大陸軍を手段として利用するはずがないと。
澐仙の抱く嫌悪感の正体。
彼女が史上最も苦戦した最悪の好敵手を再現されたことによるものではない。
同じく大陸軍に立ち向かった勇気ある一人の人間が、過酷な運命に翻弄された末路がこの究極冠域という、言ってしまえば自身の神格化にすら匹敵する最強の概念の享受であるということが何より屈辱的だった。
「やめろ……小春……。…それ以上……捨てるな」
「終わらせるんだ。どのみち世界は終わる。なら、私が終わらせたいッ‼‼
お前が死ねば世界も死ぬんだ澐仙ッ‼‼私の夢を叶えてくれよォォォォオオオッ‼‼」
―――
―――
―――
肉の壁。肉の渦が空間全てを埋め尽くす。
かつて大陸に地響きを引き起こした大陸軍のように、統制の採れた行軍では決してない。
反英雄の凶悪な魂が世界中の霊魂に強制反応を引き起こし、この世の全てを黒く塗り替える黒騎士の群れを生み出し続ける。
神の盾としてありとあらゆる攻撃を跳ね除けてきたガブナーでさえ、その光景には息を飲んだ。
もはや己ではどうにもならない悪霊の群れを前にして、彼はバリアを解除せずに立ち尽くすことしかできなかった。
「私の夢は、そう‼人類を亡ぼす事ッ‼‼世界で一番人を殺したのは?史上最も人類滅亡に王手をかけたのは⁉」
黒い稲妻が澐仙を圧し続ける。
「大陸軍だよねぇッ‼‼?……なら、私の行く末は当の昔に決まってたッ‼?穢れた産道の経た末に辿り着く真の宿痾こそが反英雄ッ。反英雄の目指す理想と真実こそが大陸軍なんだッ‼‼‼‼」
澐仙は最大出力の白雷を以て大陸軍を焼き尽す。
大陸軍相手に精神汚染が通用しないことを承知している澐仙にとって、もはや全身全霊を以て臨むことを強制される程に、反英雄という存在は強大なものとなっている。
「究極冠域展開:相対する氷獄」
極大寒波が世界を覆う。
万物を永久凍土に封印する澐仙の究極冠域が満を持して発動した。
大陸軍が氷柱のオブジェクトと化し、時が止まるようにして大陸軍の放出に歯止めがかかる。
ロシアでの大陸軍との激戦を経て獲得したこの究極冠域。彼女がこの力に頼らざるを得ない場面などまずもって存在しないが、此度の反英雄に対する回答として、これ以上の選択肢は持ち合わせていなかった。
大陸軍の進撃を止める唯一の最適解。それは空間の全てを氷獄に包み込み、生きとし生きる万物を凍土に鎮めることだった。
しかし、この究極の寒獄の中でなお、赫赫と爆ぜる黒瞬の稲妻がなおも澐仙に飛び掛かる。
「おォぉオおオぉォおオおォぉオおオおオおオっ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
肉、骨を持たない有るがままの悪霊の魂が、己の全てを捧げて燃え盛る。
凄まじいエネルギーが澐仙と正面から押し合う。
子供同士の取っ組み合いのようでありながら、なかなかどうして相撲の攻防に似た一瞬も気が抜けない集中力と精神力を必要とさせる取組だった。
荒ぶる魂から放たれる瘴気を諸に浴び、澐仙の心にも影が差す。
稲妻の出力に併せて澐仙が持ちうるエネルギーを放出すればするほど、歪んだ空間に響き渡る衝撃によって氷極に閉ざされた黒騎士たちを瓦解させていく。その死を感知し、さらに出力を上げる稲妻は、反英雄の持つ観懲三臣の強化付与効果の恩恵をなおも受けているようだった。
そのリスクを考慮したうえでの大陸軍の氷漬けによる仮死状態の強制であったが、もはやこの段階においては、澐仙と稲妻の衝突だけでさえ世界を破壊し得るエネルギーを生じさせていることもあり、空間を伝わる衝撃によって氷漬けにされた黒騎士たちはたちまちに死に果ててしまっていた。
お互いが一歩も引かない完全な真っ向勝負。
持ちうる全力を捧げたこの闘いの決着の時は近かった。
技術をかなぐり捨てた全身全霊の激突。彼女らを取り巻くエネルギーは衝突の接点から空間の不和を生み出し、両者が互いの出力に併せて自身の出力ギアを何段階も釣り上げていくことで、周囲一切に余分なエネルギーが漏れ出さない一種の特殊な閉鎖空間が成立した。
均衡した全力の衝突が数分間に渡って生じるが、それでもなお両者の気魄は留まることを知らなかった。
この世に存在しない亡霊であるはずの叢雨小春。
彼女が遺した死して尚人類に仇成さんとする強い執着は、神の称号を冠した澐仙の全力に劣るものではなかった。
だからこそ、澐仙にはそれが辛くて辛くて堪らなかった。
反英雄の強さは、そのまま彼女が受けた悲しみと痛みの大きさなのだから。
肉体が、魂が、骨が悪意によって汚染され。穢れを纏う程に美しさを増す悪霊の黒騎士。
反英雄が世界に出現して以来、その正体に勘づいていながらも澐仙は彼女を放置した。
この世に残した恨みを晴らすことで、反英雄という災厄は人類にとって一時的な脅威となったあと、自然消滅するものと考えていたのだ。
しかし、待てど暮らせど、反英雄は社会の舞台から姿を消すことは無かった。それどころか、反転個体として現実世界、夢想世界の二つの世界で暴れ続けた。その末に差し向けられた大討伐軍すらも余裕をもって返り討ちにし、この世界における悪魔の僕の中で最高位列とされるカテゴリー5の怪物として登録されるに至った。
大討伐軍すら撃退する反英雄を止められる存在。それは同じくカテゴリー5に登録される程の同格の存在に限られる。
澐仙は悔いた。かつての友人が己の憎悪に呑まれた悪霊と化し、もはや身を引くことを忘れた悲しき殺人鬼となってしまったことを。そして、それを知ったうえで、長期に渡ってその悪霊に自らの手で引導を渡すことを躊躇い続けてきたこと。
堕ちてしまったかつての友人を討つ覚悟が、自分に無かったことを。
「大丈夫だ。小春」
だからこそ、澐仙は動いた。
"青い本":東郷有正が企てたニーズランド大討伐に協賛し、クラウンの元で人類に仇を成す反英雄を打破するために戦場に赴いた。
澐仙にとって、この大討伐軍における唯一の望み。成就すべき本懐は、叢雨小春の打倒であったのだ。
「私はお前の味方だ」
澐仙にとっても反英雄によってもここが最大の正念場。
ニーズランド陣営において、もはや反英雄を超える戦力は存在しない。
ならば、ここで己の全てを曝け出し、乾坤一擲の奥の手すら出し切ったとしても澐仙は構わなかった。
『解承』
―――
―――
―――
反英雄の出力が一瞬だけ、ゼロになった。
完全なる拮抗を見せていた両者の衝突がその刹那を境に一方通行のエネルギーの波濤となり、赤黒い雷迅となった反英雄の魂を溶かしていった。
水面を揺蕩うような夢見心地から目覚めた叢雨小春は、眼を覆わんばかりに眩い白い光に包まれた境内の中でかつての友と顔を見合わせた。
「………」
「もう終わりだ。小春」
「………」
小春は、雷と化していたはずの己の魂が、生前の肉体を成してその場に存在することに気が付く。
彼女は座して黙した跡、己の手を握って開く動きを繰り返した。
「……結局、私は何がしたかったんだろう」
「お前が納得するかはわからないが……。お前はこの世の誰よりも強くなった。それは感情の発露という面でも、望みを叶えんとする執着という面でも、目的の為に成長し続ける進化という面でも明らかだった」
「でも、負けちゃった。……私はここで、終わり」
「ああ。終わりだ。何事にも終わりは来る。ゆっくり休め」
「うん。でも、やっぱり地獄行きだよね、こんな極悪人は」
「地獄もそう悪くない。これまでの現世の方がお前にとってはよっぽど地獄だったはずだ」
「…そうなのかな。…でも、まぁ、仕方ないよね」
「罪も罰も、全ては自分のおこ……な゛ッ‼?‼‼?」
澐仙の五体を弾丸が貫いた。
無機質で鋭利。死を振りまくような弾丸の雨が澐仙の体躯を襲撃し、事態を把握するよりも先に彼女の首が鋭利な剣線により胴体から撥ね飛ばされた。
「固有冠域展開:暁」
大気を割く一撃。
世界最強の存在たる澐仙が手にした神の剣から放たれた一閃が、防御姿勢を採る暇すら与えずに反英雄の人中線に撃ち込まれる。反英雄の無敵鎧さえ破壊さしめたアレッシオ・カッターネオの珠玉の"禁断の惑星"により聖剣の生成に加え、上乗せするようにして自身の"禁断の惑星"により火力を乗算させた澐仙の攻撃。
単発における含有火力では史上最高を優に叩き出したであろう規格外の攻撃を受け、自身の冠域効果による強化に次ぐ強化の恩恵を受けた反英雄でさえ、致命傷は避けられなかった。
受肉したボイジャー:スカンダ号たる葛原梨沙の屈強な肉体は、攻撃を期に爆散。多少の損壊や欠損であれば自己補完の範疇で再生できる夢の世界においても、概念レベルの破壊を生み出す禁断の惑星から受けたダメージは魂の核を穿つようにして、葛原梨沙の夢想世界上の肉体が死亡するに至った。
強力な精神汚染により梨沙に憑依し、肉体の主導権を意のままにしていた反英雄はまつろわぬ霊体として引き剥がされ、攻撃の余韻による凄まじい痛みと消耗を受けて人の形を成すこともままならずに、ヘドロのように滞留する瘴気の集合体と化した。
「…ぁ……あ…ぁ」
「もう終わりだ」
「や……ぁ……ま……ぁ」
「お前の呪われた人生は……最期まで誰もが救うことが出来ないものだった。…私にもお前は救えない。ならば、せめて私の身勝手を引き受けてくれ。この手で引導を渡す。…それが私にできる最期の贐だ」
「や…だ……まだ…まだ…まだまだまだまだ…おわらない………おわれない」
「小春ッ‼‼」
「こんなんで終われるわけないじゃんかッ‼‼
私は何度死んだって戻ってくるッ‼
この悪霊の魂が真に朽ちることはない‼‼」
反英雄を取り巻く空気の色が変わる。肉体を成すことを諦めた反英雄は、魂そのものを赤黒い稲妻へと変化させ、澐仙に向けて迸った。
「私は反英雄‼人類を亡ぼす最強の呪いが私だ‼‼‼」
コプラサーによる自動的な攻撃の無力化により、澐仙には実質的な稲妻の被弾による影響はない。
しかし、人の姿すら脱ぎ去った剥き出しの魂の稲妻となった反英雄の持つ凄まじい負のエネルギーは、たとえ威力やダメージが成立せずとも、その勢いにより澐仙の身をじりじりと後退させる程の圧力を有していた。
「究極冠域展開ッ」
反英雄の発したその言葉に澐仙は衝撃を受けた。
既に瀕死どころか肉体的な死を被った反英雄が、未だなお冠域展開を可能とするまでに自我を保ち、精神力を高く保っていることは衝撃的だった。それも単なる固有冠域ではなく、冠域の中でも磨き上げられた精神性と一貫した目的意識により冠域の機能としての能力を極限まで高めた究極冠域を成立させているのだ。
そして、その究極冠域は第五圏を最初に塗り替えた際の"相対する煉獄"でないことは、冠域宣言からすぐに察することが出来た。コプラサーによる固有冠域は数えきれない程に保有している澐仙でさえ、安易に成立させ得る究極冠域は怪獣王戦で使用した"相対する氷獄"一つだけであり、他の究極冠域は高度な集中力や十分な体力が担保されていてでさえ展開が困難な技術だった。
「大陸軍顕現ッ‼‼」
刹那、澐仙の胸を満たす嫌悪感。
反英雄という爆ぜる瘴気から放出される何千何万何億という黒騎士を前に、絶望感よりも悲壮感が先行した。
ボイジャー:プリマヴェッラ号の持つ観懲三臣の能力の雛形からして、彼女にとって大陸軍の悪夢を再現する技術は根本的には不可能ではない。
しかし、いくら可能であるからとはいえ、叢雨小春という一個人がその切り札に頼ることは天地が引っ繰り返っても在り得ないことだと澐仙は確信していた。如何に大陸軍戦という仮定を通じて培った呪いが人類に向けられたものであるとはいえ、反英雄自身が大陸軍を手段として利用するはずがないと。
澐仙の抱く嫌悪感の正体。
彼女が史上最も苦戦した最悪の好敵手を再現されたことによるものではない。
同じく大陸軍に立ち向かった勇気ある一人の人間が、過酷な運命に翻弄された末路がこの究極冠域という、言ってしまえば自身の神格化にすら匹敵する最強の概念の享受であるということが何より屈辱的だった。
「やめろ……小春……。…それ以上……捨てるな」
「終わらせるんだ。どのみち世界は終わる。なら、私が終わらせたいッ‼‼
お前が死ねば世界も死ぬんだ澐仙ッ‼‼私の夢を叶えてくれよォォォォオオオッ‼‼」
―――
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―――
肉の壁。肉の渦が空間全てを埋め尽くす。
かつて大陸に地響きを引き起こした大陸軍のように、統制の採れた行軍では決してない。
反英雄の凶悪な魂が世界中の霊魂に強制反応を引き起こし、この世の全てを黒く塗り替える黒騎士の群れを生み出し続ける。
神の盾としてありとあらゆる攻撃を跳ね除けてきたガブナーでさえ、その光景には息を飲んだ。
もはや己ではどうにもならない悪霊の群れを前にして、彼はバリアを解除せずに立ち尽くすことしかできなかった。
「私の夢は、そう‼人類を亡ぼす事ッ‼‼世界で一番人を殺したのは?史上最も人類滅亡に王手をかけたのは⁉」
黒い稲妻が澐仙を圧し続ける。
「大陸軍だよねぇッ‼‼?……なら、私の行く末は当の昔に決まってたッ‼?穢れた産道の経た末に辿り着く真の宿痾こそが反英雄ッ。反英雄の目指す理想と真実こそが大陸軍なんだッ‼‼‼‼」
澐仙は最大出力の白雷を以て大陸軍を焼き尽す。
大陸軍相手に精神汚染が通用しないことを承知している澐仙にとって、もはや全身全霊を以て臨むことを強制される程に、反英雄という存在は強大なものとなっている。
「究極冠域展開:相対する氷獄」
極大寒波が世界を覆う。
万物を永久凍土に封印する澐仙の究極冠域が満を持して発動した。
大陸軍が氷柱のオブジェクトと化し、時が止まるようにして大陸軍の放出に歯止めがかかる。
ロシアでの大陸軍との激戦を経て獲得したこの究極冠域。彼女がこの力に頼らざるを得ない場面などまずもって存在しないが、此度の反英雄に対する回答として、これ以上の選択肢は持ち合わせていなかった。
大陸軍の進撃を止める唯一の最適解。それは空間の全てを氷獄に包み込み、生きとし生きる万物を凍土に鎮めることだった。
しかし、この究極の寒獄の中でなお、赫赫と爆ぜる黒瞬の稲妻がなおも澐仙に飛び掛かる。
「おォぉオおオぉォおオおォぉオおオおオおオっ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
肉、骨を持たない有るがままの悪霊の魂が、己の全てを捧げて燃え盛る。
凄まじいエネルギーが澐仙と正面から押し合う。
子供同士の取っ組み合いのようでありながら、なかなかどうして相撲の攻防に似た一瞬も気が抜けない集中力と精神力を必要とさせる取組だった。
荒ぶる魂から放たれる瘴気を諸に浴び、澐仙の心にも影が差す。
稲妻の出力に併せて澐仙が持ちうるエネルギーを放出すればするほど、歪んだ空間に響き渡る衝撃によって氷極に閉ざされた黒騎士たちを瓦解させていく。その死を感知し、さらに出力を上げる稲妻は、反英雄の持つ観懲三臣の強化付与効果の恩恵をなおも受けているようだった。
そのリスクを考慮したうえでの大陸軍の氷漬けによる仮死状態の強制であったが、もはやこの段階においては、澐仙と稲妻の衝突だけでさえ世界を破壊し得るエネルギーを生じさせていることもあり、空間を伝わる衝撃によって氷漬けにされた黒騎士たちはたちまちに死に果ててしまっていた。
お互いが一歩も引かない完全な真っ向勝負。
持ちうる全力を捧げたこの闘いの決着の時は近かった。
技術をかなぐり捨てた全身全霊の激突。彼女らを取り巻くエネルギーは衝突の接点から空間の不和を生み出し、両者が互いの出力に併せて自身の出力ギアを何段階も釣り上げていくことで、周囲一切に余分なエネルギーが漏れ出さない一種の特殊な閉鎖空間が成立した。
均衡した全力の衝突が数分間に渡って生じるが、それでもなお両者の気魄は留まることを知らなかった。
この世に存在しない亡霊であるはずの叢雨小春。
彼女が遺した死して尚人類に仇成さんとする強い執着は、神の称号を冠した澐仙の全力に劣るものではなかった。
だからこそ、澐仙にはそれが辛くて辛くて堪らなかった。
反英雄の強さは、そのまま彼女が受けた悲しみと痛みの大きさなのだから。
肉体が、魂が、骨が悪意によって汚染され。穢れを纏う程に美しさを増す悪霊の黒騎士。
反英雄が世界に出現して以来、その正体に勘づいていながらも澐仙は彼女を放置した。
この世に残した恨みを晴らすことで、反英雄という災厄は人類にとって一時的な脅威となったあと、自然消滅するものと考えていたのだ。
しかし、待てど暮らせど、反英雄は社会の舞台から姿を消すことは無かった。それどころか、反転個体として現実世界、夢想世界の二つの世界で暴れ続けた。その末に差し向けられた大討伐軍すらも余裕をもって返り討ちにし、この世界における悪魔の僕の中で最高位列とされるカテゴリー5の怪物として登録されるに至った。
大討伐軍すら撃退する反英雄を止められる存在。それは同じくカテゴリー5に登録される程の同格の存在に限られる。
澐仙は悔いた。かつての友人が己の憎悪に呑まれた悪霊と化し、もはや身を引くことを忘れた悲しき殺人鬼となってしまったことを。そして、それを知ったうえで、長期に渡ってその悪霊に自らの手で引導を渡すことを躊躇い続けてきたこと。
堕ちてしまったかつての友人を討つ覚悟が、自分に無かったことを。
「大丈夫だ。小春」
だからこそ、澐仙は動いた。
"青い本":東郷有正が企てたニーズランド大討伐に協賛し、クラウンの元で人類に仇を成す反英雄を打破するために戦場に赴いた。
澐仙にとって、この大討伐軍における唯一の望み。成就すべき本懐は、叢雨小春の打倒であったのだ。
「私はお前の味方だ」
澐仙にとっても反英雄によってもここが最大の正念場。
ニーズランド陣営において、もはや反英雄を超える戦力は存在しない。
ならば、ここで己の全てを曝け出し、乾坤一擲の奥の手すら出し切ったとしても澐仙は構わなかった。
『解承』
―――
―――
―――
反英雄の出力が一瞬だけ、ゼロになった。
完全なる拮抗を見せていた両者の衝突がその刹那を境に一方通行のエネルギーの波濤となり、赤黒い雷迅となった反英雄の魂を溶かしていった。
水面を揺蕩うような夢見心地から目覚めた叢雨小春は、眼を覆わんばかりに眩い白い光に包まれた境内の中でかつての友と顔を見合わせた。
「………」
「もう終わりだ。小春」
「………」
小春は、雷と化していたはずの己の魂が、生前の肉体を成してその場に存在することに気が付く。
彼女は座して黙した跡、己の手を握って開く動きを繰り返した。
「……結局、私は何がしたかったんだろう」
「お前が納得するかはわからないが……。お前はこの世の誰よりも強くなった。それは感情の発露という面でも、望みを叶えんとする執着という面でも、目的の為に成長し続ける進化という面でも明らかだった」
「でも、負けちゃった。……私はここで、終わり」
「ああ。終わりだ。何事にも終わりは来る。ゆっくり休め」
「うん。でも、やっぱり地獄行きだよね、こんな極悪人は」
「地獄もそう悪くない。これまでの現世の方がお前にとってはよっぽど地獄だったはずだ」
「…そうなのかな。…でも、まぁ、仕方ないよね」
「罪も罰も、全ては自分のおこ……な゛ッ‼?‼‼?」
澐仙の五体を弾丸が貫いた。
無機質で鋭利。死を振りまくような弾丸の雨が澐仙の体躯を襲撃し、事態を把握するよりも先に彼女の首が鋭利な剣線により胴体から撥ね飛ばされた。
「固有冠域展開:暁」
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