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4章 悪魔の主君たち
70 かくて郷遠き永訣の跪坐
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◯第三圏_荒廃した土地
闇魔を裂く雷が荒廃した遊園地を抉る。
純白の閃光が闇を纏い、闇に濡れた黒騎士を宙へと退かせた。
「固有冠域展開:巧甜神社」
土地を侵食する真っ白で真っ新な石畳。
児戯のように練り上げられていく絢爛華美で幽玄たる社の象は、邪道に落ちたかつての英雄の脳裏に久しく見ぬ友の姿を想起させた。
「今更、何だって言うのさ……仙ちゃん。
すっかりご無沙汰してた訳だけど、大討伐軍に混じってまで会いにきてくれた理由は私を斃すため、とかなのかな?」
「私は私なりのやり方で貴方の帰る場所を作ってきたつもりです。私がこうして歩み寄らねばならない程、貴方は自ずから手の届かない程の遠くまで離れて行ってしまった」
白い石畳の上を裸足で立つ澐仙。羽衣のように叢雲を纏った彼女はどこか悲しそうな表情を浮かべながら、境内に整然と生え揃ている桜の木の花を撫でた。
「私の中に後悔があるとするならば、貴方の抱える痛みと隠された傷に気付くことが出来なかった事。友人として接してくれた貴方を心から受けれいることが出来なかった事です」
「やめてよ、馬鹿馬鹿しい。こんな形で再開はしたけど私と仙ちゃんは今でも友達だよ?私のアドバイス通り、めちゃめちゃ綺麗な言葉使いになったね。思ってたより似合ってないけど、そっちの方が神様っぽいかも」
反英雄が腕に握られた剣を真横に薙ぐ。空を滑る不可視の斬撃が境内の桜並木を切り崩した。
「で、さっきの返事を聞こうか。今の叢雨禍神としては何。私を殺したいのん?それとも私と一緒に人類滅ぼしてくれる?」
「私は貴方と闘いたくない。私はただ、貴方に帰ってきて欲しいだけです」
「帰る。何処に?……まさか私に正義の味方の真似事をまたさせるつもりなの?二度も過労死したくないんだけど」
「正義も悪も関係ない。ただ一人の友人として、私の傍にいて欲しい」
「…………」
紫電が舞う。剣先から放たれた凄まじい本数の雷電が周囲に連鎖的な破壊を巻き起こし、神社が炎上を始める。剣を握る手にもう片方の手を添え、さらにエネルギーを注入するようにして再度大量の雷の束を周囲に振り撒いた。
反英雄の冑が部分的に剥がれ落ち、スカンダが元となった人間の貌が悲壮に歪んだ苦悩の表情を覗かせた。
「寂しがり屋だね。仙ちゃんは」
高熱を帯びた紫電はやがて空間すらも歪ませ、展開された澐仙の固有冠域に風穴を穿った。丐甜神社を内包している周囲の空間が焼け落ち、白く拡がった空間が元々の第三圏の照明に照らされる。
「私を拒絶した自覚があるなら結構。……私があそこから去る前に仙ちゃんの口から昏山羊の正体やら、人類の進化の話なんかを聞くことが出来ていたなら、私だってもう少しまともな死に方したのかもしれないなァ」
「英雄として生きる貴方に昏山羊の正体を告げることが、必ずしも救済になるとは限らないと判断しただけです」
「どうだろ。物は言いようだね」
反英雄の鎧が形を歪ませ、赤黒く無骨なドレス姿へと変化した。相変わらず禍禍しい黒い靄を纏っているが、どこか素体となっている葛原梨沙の表情はどこか晴れ晴れとしており、それを見た澐仙の貌は対称的に曇っていった。
「私の帰る場所をくれるって?
……なら、その豊満な神様ボディを頂戴な。そうすればスカンダは解放されるし、仙ちゃんに受肉した私は正真正銘最強の存在として心置きなく人類を蹂躙してあげることが出来るわけ。心も身体も一緒になれるし、末永く共に歩むことが出来るなんて素敵じゃない?」
「断ります。そんなことをしても貴方の心を救うことは出来ない」
「そもそもその"救う"って何なの、神様。成仏させてくれるならありがたいけど、私を祓うってのは今の私をぶち殺す事と変わらないと思うんだよね」
「必要があればそのように。それでも私は貴方との対話を諦めたくない」
「お喋りして情に絆されるのを待ってるのかな。それとも精神汚染で私を手玉に取ってみる?」
「必要なら、闘います」
「必要だよ。私たちにはね」
反英雄の姿が第三圏の中高度まで上昇する。
これまでの無骨で人間性の低い挙動の所作からは考えられないほど、今の叢雨小春の動きは感情的であり、それ以上に情熱的だった。
反英雄は満面の笑みを浮かべ、優雅に揺れるドレスを両手でなぞる。
「でもね、仙ちゃん。君は強い。強すぎるんだ。
スカンダに受肉した私でも正面からの戦闘は勝ち目がないって確信してる。でも、私だってタダで死んでやるわけにはいかないんだよ」
反英雄は剣を握る右腕を高らかと掲げた。切先から迸る紫電が第三圏の月に達し、熱と光に満ちた月はやがてその姿を巨大な扉へと変化させていった。
クラウンしか扱えない超技術であるはずの十四系の扉の生成能力だが、彼と同等レベルの霊的なエネルギーを内在させている反英雄にはそれが実現できるようだった。
「挑戦者のちゃちゃさえなければ、ここで仙ちゃんとことを構えても良かったんだ。でもせっかくなら、私が好きに使える世界で思いっきりヤリたい。
クレプスリーから第五圏は貰ってあるんだ。私に挑むのならついてくるといい」
「逃げるのですか?そうやって先延ばしにしていても何の解決にもなりませんよ」
「安心しなよ。どうせ放っておいても終末はすぐそこまで来てる。私が消えようが消えまいが、どのみち人類は滅ぶ。せっかくなら恨めしい人類と仙ちゃんに引導を渡すのは私の方が良いってだけだよ」
「………」
「改めて名乗ろう。第五圏の王、”戴冠”反英雄
人類滅亡を止めたければ私を止めろ。
死をも厭わぬ英雄を騙りたくば、せいぜい派手な徒花を抱え門を潜ることだな」
ーーー
ーーー
ーーー
◯第三圏_傀儡姫の城
「ハァ☆素ン晴しィッッ‼‼
そのスピード‼その豪快さ‼
その凛淑たる強者の背に屍山血河が浮かぶようだ‼」
祈るように手を合わせ感涙に咽びながらも奇声を発するのは料理王:ドナルド・グットフェイス。強い若者に異常な執着のような感情を垣間見せる彼は、自身を容赦なく蹂躙したVeakの隊員たちに遜るようにしてニーズランド陣営から離反した。その後、第三圏の統治者である"傀儡姫"京美・ワダクが待つ冠域中央の巨城へと纐纈を招き入れた。
クラウンが構築したニーズランドの大討伐に対する迎撃布陣の中において、最も手厚い配置が施されていると言っても過言でない統治圏こそがこの第三圏だった。
広大な冠域に敷き詰められたような無数の独立したアトラクションによって第三圏全体で固有冠域の新規展開には負荷が強いられ、唯一自由に冠域展開が赦されている圏域中央の巨城にはクラウンが最も怖れている敵である叢雨禍神を打倒するための戦力が集約されている。
第三圏の統治者である"傀儡姫"は無論の事、クラウンの名が闇社会に知れ渡る前から彼と極めて有効的な関係を築いていた影の実力者である"大富豪"ペン・イスファハーンが城には常駐している。大富豪の名前を冠するだけあって、ペン・イスファハーンは自身が所有する莫大な財産と知名度、そしてクラウンと共に構築した絶大な規模のコミュニティに物を言わせた大量の傭兵が城の常駐戦力として配置されている。
ペンの威光によって搔き集められた戦力は千名を超え、玉石金剛の傭兵でありながらもその上澄みである百名近くの者たちは世界的に名を売るカテゴリー3に位列する列記とした強豪たちだった。悪魔の僕、別解犯罪者、現実世界での軍人など、その所属や正体は様々だが、これらの猛者たちは各々が固有冠域を生成できるレベルの戦闘能力が担保されていた。
特に肝いりの傭兵が"残虐公"の異名を持つカテゴリー4の悪魔の僕であり、九罪の系譜にあたる中華系の反社会的組織の首魁として知られる強豪もまた城で叢雨禍神への闘争心を燃やしていた。
本来であればこの面々の中にさらにニーズランド陣営の最強格である反英雄を加えた万全の姿勢で大討伐軍を迎え撃つはずだった。
しかし、この城に巣食う反社集団の脅威となったのは叢雨禍神でもなければ、城に押し寄せる大討伐軍でもなかった。
纐纈良を始めとするVeak隊員たちが実現させた"共通冠域"という離れ業により生成された異形。ドナルド・グットフェイスを一方的にタコ殴りにした纐纈、赤穂、米吉に加え、ブート・ウィートフィールドも合体した四人のVeakの集合体であり、各々の特徴が混在した独特な顔立ちと背格好を持ったこの世に存在しないはずの人間だった。
Vyを名乗るこの合体人間は入城から約ニ十分でニーズランド陣営の約半数に渡る五百名が屠った。それも雑魚を狙うのではなく、瞬時に敵陣営の中から上澄みである冠域展開能力の保有者を選んで速攻攻撃を仕掛け、卓越した練度の体術、ナイフ術、大鎌捌き、蛇腹剣技で縦横無尽に殺戮を繰り広げている。
中にはVyのあまりの恐ろしさに失禁したり、泣いて許しを請う者も存在した。城を満たす阿鼻叫喚を気にも留めず、ただ淡々と大討伐軍としての役割をこなすその様は、どこか感情の欠落した機械のような雰囲気すら醸し出している程だった。
「……大討伐軍にここまでの単騎性能がボイジャー以外で存在したなんて…」
血に彩られた謁見室まで達したVyを待ち受けていたのは、絢爛華美な玉座に腰を据えた第三圏の統治者である傀儡姫だった。まだ年若い少女のような風貌の彼女は、外見に似合わない玉座の元で不快そうに頬杖を付いていた。
「なんで裏切ったの?グットフェイス」
血に濡れた超人の傍らで悶絶している料理王に対し、傀儡姫は心の底から軽蔑するような声音で問いかけた。
「ンん?まぁ、そうですなぁ。……姫よ。拙はかねてより申しておりましたが、若人の輝かしき青春な光というのは拙にとって目が眩むような宝石に等しいのです。姫にこの陽光すら遮らんばかりの眩き宝石をお目に掛けようと気を利かせたつもりでございましたが、若人と言えどもガキはガキ。審美眼のない小娘には理解いただけないご様子ですなァ」
「味方を虫みたいに擂り潰された上でその犯人を宝石扱いしろって言うの?……そりゃあ理解できないよ。この変態爺、汚らわしい裏切り者には相応しい罰を与えてあげるよ」
「いえいえ。結構です。拙は人の腹を満たすのは好きですが、人に何かを与えられるのは癪でして」
「黙れ。……殺してやるよ」
傀儡姫の眼が燃える。カテゴリー4に位列する統治者だけあって、醸し出す気魄は漆原貴紳の発するそれと同等かそれ以上だった。だが、彼女の眼が殺意の光を宿した瞬間にはVyは既に動き出しており、彼女の周囲に冠域が展開されそうになった段階でその華奢な首が大鎌の軌跡に沿って斬り落とされていた。
「速い。本当にどこのどいつなんだろう。貴方、本当に人間?」
傀儡姫の冠域展開が間に合い、落とされた首が本体の元に戻っていく。身体の最適化作用によりダメージの上書きが出来てはいるが、傀儡姫はこの一瞬の攻撃の中に自分の勝機が皆無であることを悟った。Vyの持つ瞬間移動能力は根本的に対処が不可能であり、仮に勘で避けたとしてもおそらくは周辺空間の因果律の乱れによって次の攻撃を避けることが叶わない。防御も同様の理由で成立し得ないことが察せられ、今の傀儡姫の脳内ではどうやってこの鬼人から逃げ延びるかが焦点となっていた。
「ッ……‼」
傀儡姫は自身の身体にいつの間にか何十本にも及ぶナイフが突き刺さっていることに気が付いた。困惑と同時に痛みを感じる頃には、不気味なVyの姿が肉迫する程の距離まで瞬間移動しており、徐にナイフの柄を握ったVyは上下左右に肉を掻っ捌くようにしてナイフを振り抜いていった。
「あ…が……」
四肢が解けるようにして斬り落とされていた。全身の感覚がまるで電源を落としたように急に感じられなくなり、再度冠域を展開しようにもそれが叶わない程に自分が瀕死の状態にあることを気付かせられた。
「この城の中に第四圏に続く十四系の扉があるんだったな?」
「えぇ。えぇ。さようでございます。さっさとそのガキを嬲り殺し、ニーズランド制圧への一歩を踏み出そうではありませぬか‼」
「そうだな」
「……裏…り…者……まだ……三圏には……ペンが…いる」
「ん~。虫けらが何か申しておりますなぁ???
ま、確かにまだ城にはそれなりに兵が潜んでおりそうですが、姫が死に目にあっても護りに躍り出ない駒など道化にも劣りましょう」
「それに強そうなやつは先に殺しといたからな。雑魚狩りには適役がいるんだからそっちに任せるさ」
「ほう?まだ何か隠し玉があるのですかな?さすが、Vy殿はここまできてなお計り知れませぬぞ‼」
「なぁに。わざわざここまでゆっくり来てやったのは、座標安定しているこの城のパスを獏に登録するためだったからな。俺だって大討伐軍の小さなピースに過ぎない。ニーズランド制圧は、大討伐軍全体でやらなきゃなぁ」
Vyは感情を見せなかった貌に笑顔を宿した。
見せつけるようにして合掌した彼の周囲に空間の揺らぎが生じ、蜃気楼のようにして立ち込めた不穏な空気の中から大量の軍服姿の者らが隊列を成して歩み出てくる。
「第三圏にあとどれくらいの兵がいるのかは知らねぇが、まぁ大した問題じゃないだろ。
この城と筐艦を固定パスで繋いだ。こっから先は大討伐軍の本隊にも頑張ってもらおうか」
続々と城内に流れ込んでくる軍隊の中に一際目を引くアーカマクナの群れとそれを率いるコンスタンティン・ジュガシヴィリ中将が姿を現した。
「ご苦労。流石はVeakだな。東郷が虎の子として重宝するだけの価値はある」
「もう奴は青い本、ですよ。閣下」
「そうだな。職を辞した彼の分も我らは大討伐軍としてきっちり働こうではないか」
中将はどこか朗らかな貌で合図を送る。
「では、諸君。世界征服の時間だ」
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第4章 悪魔の主君たち 完
闇魔を裂く雷が荒廃した遊園地を抉る。
純白の閃光が闇を纏い、闇に濡れた黒騎士を宙へと退かせた。
「固有冠域展開:巧甜神社」
土地を侵食する真っ白で真っ新な石畳。
児戯のように練り上げられていく絢爛華美で幽玄たる社の象は、邪道に落ちたかつての英雄の脳裏に久しく見ぬ友の姿を想起させた。
「今更、何だって言うのさ……仙ちゃん。
すっかりご無沙汰してた訳だけど、大討伐軍に混じってまで会いにきてくれた理由は私を斃すため、とかなのかな?」
「私は私なりのやり方で貴方の帰る場所を作ってきたつもりです。私がこうして歩み寄らねばならない程、貴方は自ずから手の届かない程の遠くまで離れて行ってしまった」
白い石畳の上を裸足で立つ澐仙。羽衣のように叢雲を纏った彼女はどこか悲しそうな表情を浮かべながら、境内に整然と生え揃ている桜の木の花を撫でた。
「私の中に後悔があるとするならば、貴方の抱える痛みと隠された傷に気付くことが出来なかった事。友人として接してくれた貴方を心から受けれいることが出来なかった事です」
「やめてよ、馬鹿馬鹿しい。こんな形で再開はしたけど私と仙ちゃんは今でも友達だよ?私のアドバイス通り、めちゃめちゃ綺麗な言葉使いになったね。思ってたより似合ってないけど、そっちの方が神様っぽいかも」
反英雄が腕に握られた剣を真横に薙ぐ。空を滑る不可視の斬撃が境内の桜並木を切り崩した。
「で、さっきの返事を聞こうか。今の叢雨禍神としては何。私を殺したいのん?それとも私と一緒に人類滅ぼしてくれる?」
「私は貴方と闘いたくない。私はただ、貴方に帰ってきて欲しいだけです」
「帰る。何処に?……まさか私に正義の味方の真似事をまたさせるつもりなの?二度も過労死したくないんだけど」
「正義も悪も関係ない。ただ一人の友人として、私の傍にいて欲しい」
「…………」
紫電が舞う。剣先から放たれた凄まじい本数の雷電が周囲に連鎖的な破壊を巻き起こし、神社が炎上を始める。剣を握る手にもう片方の手を添え、さらにエネルギーを注入するようにして再度大量の雷の束を周囲に振り撒いた。
反英雄の冑が部分的に剥がれ落ち、スカンダが元となった人間の貌が悲壮に歪んだ苦悩の表情を覗かせた。
「寂しがり屋だね。仙ちゃんは」
高熱を帯びた紫電はやがて空間すらも歪ませ、展開された澐仙の固有冠域に風穴を穿った。丐甜神社を内包している周囲の空間が焼け落ち、白く拡がった空間が元々の第三圏の照明に照らされる。
「私を拒絶した自覚があるなら結構。……私があそこから去る前に仙ちゃんの口から昏山羊の正体やら、人類の進化の話なんかを聞くことが出来ていたなら、私だってもう少しまともな死に方したのかもしれないなァ」
「英雄として生きる貴方に昏山羊の正体を告げることが、必ずしも救済になるとは限らないと判断しただけです」
「どうだろ。物は言いようだね」
反英雄の鎧が形を歪ませ、赤黒く無骨なドレス姿へと変化した。相変わらず禍禍しい黒い靄を纏っているが、どこか素体となっている葛原梨沙の表情はどこか晴れ晴れとしており、それを見た澐仙の貌は対称的に曇っていった。
「私の帰る場所をくれるって?
……なら、その豊満な神様ボディを頂戴な。そうすればスカンダは解放されるし、仙ちゃんに受肉した私は正真正銘最強の存在として心置きなく人類を蹂躙してあげることが出来るわけ。心も身体も一緒になれるし、末永く共に歩むことが出来るなんて素敵じゃない?」
「断ります。そんなことをしても貴方の心を救うことは出来ない」
「そもそもその"救う"って何なの、神様。成仏させてくれるならありがたいけど、私を祓うってのは今の私をぶち殺す事と変わらないと思うんだよね」
「必要があればそのように。それでも私は貴方との対話を諦めたくない」
「お喋りして情に絆されるのを待ってるのかな。それとも精神汚染で私を手玉に取ってみる?」
「必要なら、闘います」
「必要だよ。私たちにはね」
反英雄の姿が第三圏の中高度まで上昇する。
これまでの無骨で人間性の低い挙動の所作からは考えられないほど、今の叢雨小春の動きは感情的であり、それ以上に情熱的だった。
反英雄は満面の笑みを浮かべ、優雅に揺れるドレスを両手でなぞる。
「でもね、仙ちゃん。君は強い。強すぎるんだ。
スカンダに受肉した私でも正面からの戦闘は勝ち目がないって確信してる。でも、私だってタダで死んでやるわけにはいかないんだよ」
反英雄は剣を握る右腕を高らかと掲げた。切先から迸る紫電が第三圏の月に達し、熱と光に満ちた月はやがてその姿を巨大な扉へと変化させていった。
クラウンしか扱えない超技術であるはずの十四系の扉の生成能力だが、彼と同等レベルの霊的なエネルギーを内在させている反英雄にはそれが実現できるようだった。
「挑戦者のちゃちゃさえなければ、ここで仙ちゃんとことを構えても良かったんだ。でもせっかくなら、私が好きに使える世界で思いっきりヤリたい。
クレプスリーから第五圏は貰ってあるんだ。私に挑むのならついてくるといい」
「逃げるのですか?そうやって先延ばしにしていても何の解決にもなりませんよ」
「安心しなよ。どうせ放っておいても終末はすぐそこまで来てる。私が消えようが消えまいが、どのみち人類は滅ぶ。せっかくなら恨めしい人類と仙ちゃんに引導を渡すのは私の方が良いってだけだよ」
「………」
「改めて名乗ろう。第五圏の王、”戴冠”反英雄
人類滅亡を止めたければ私を止めろ。
死をも厭わぬ英雄を騙りたくば、せいぜい派手な徒花を抱え門を潜ることだな」
ーーー
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◯第三圏_傀儡姫の城
「ハァ☆素ン晴しィッッ‼‼
そのスピード‼その豪快さ‼
その凛淑たる強者の背に屍山血河が浮かぶようだ‼」
祈るように手を合わせ感涙に咽びながらも奇声を発するのは料理王:ドナルド・グットフェイス。強い若者に異常な執着のような感情を垣間見せる彼は、自身を容赦なく蹂躙したVeakの隊員たちに遜るようにしてニーズランド陣営から離反した。その後、第三圏の統治者である"傀儡姫"京美・ワダクが待つ冠域中央の巨城へと纐纈を招き入れた。
クラウンが構築したニーズランドの大討伐に対する迎撃布陣の中において、最も手厚い配置が施されていると言っても過言でない統治圏こそがこの第三圏だった。
広大な冠域に敷き詰められたような無数の独立したアトラクションによって第三圏全体で固有冠域の新規展開には負荷が強いられ、唯一自由に冠域展開が赦されている圏域中央の巨城にはクラウンが最も怖れている敵である叢雨禍神を打倒するための戦力が集約されている。
第三圏の統治者である"傀儡姫"は無論の事、クラウンの名が闇社会に知れ渡る前から彼と極めて有効的な関係を築いていた影の実力者である"大富豪"ペン・イスファハーンが城には常駐している。大富豪の名前を冠するだけあって、ペン・イスファハーンは自身が所有する莫大な財産と知名度、そしてクラウンと共に構築した絶大な規模のコミュニティに物を言わせた大量の傭兵が城の常駐戦力として配置されている。
ペンの威光によって搔き集められた戦力は千名を超え、玉石金剛の傭兵でありながらもその上澄みである百名近くの者たちは世界的に名を売るカテゴリー3に位列する列記とした強豪たちだった。悪魔の僕、別解犯罪者、現実世界での軍人など、その所属や正体は様々だが、これらの猛者たちは各々が固有冠域を生成できるレベルの戦闘能力が担保されていた。
特に肝いりの傭兵が"残虐公"の異名を持つカテゴリー4の悪魔の僕であり、九罪の系譜にあたる中華系の反社会的組織の首魁として知られる強豪もまた城で叢雨禍神への闘争心を燃やしていた。
本来であればこの面々の中にさらにニーズランド陣営の最強格である反英雄を加えた万全の姿勢で大討伐軍を迎え撃つはずだった。
しかし、この城に巣食う反社集団の脅威となったのは叢雨禍神でもなければ、城に押し寄せる大討伐軍でもなかった。
纐纈良を始めとするVeak隊員たちが実現させた"共通冠域"という離れ業により生成された異形。ドナルド・グットフェイスを一方的にタコ殴りにした纐纈、赤穂、米吉に加え、ブート・ウィートフィールドも合体した四人のVeakの集合体であり、各々の特徴が混在した独特な顔立ちと背格好を持ったこの世に存在しないはずの人間だった。
Vyを名乗るこの合体人間は入城から約ニ十分でニーズランド陣営の約半数に渡る五百名が屠った。それも雑魚を狙うのではなく、瞬時に敵陣営の中から上澄みである冠域展開能力の保有者を選んで速攻攻撃を仕掛け、卓越した練度の体術、ナイフ術、大鎌捌き、蛇腹剣技で縦横無尽に殺戮を繰り広げている。
中にはVyのあまりの恐ろしさに失禁したり、泣いて許しを請う者も存在した。城を満たす阿鼻叫喚を気にも留めず、ただ淡々と大討伐軍としての役割をこなすその様は、どこか感情の欠落した機械のような雰囲気すら醸し出している程だった。
「……大討伐軍にここまでの単騎性能がボイジャー以外で存在したなんて…」
血に彩られた謁見室まで達したVyを待ち受けていたのは、絢爛華美な玉座に腰を据えた第三圏の統治者である傀儡姫だった。まだ年若い少女のような風貌の彼女は、外見に似合わない玉座の元で不快そうに頬杖を付いていた。
「なんで裏切ったの?グットフェイス」
血に濡れた超人の傍らで悶絶している料理王に対し、傀儡姫は心の底から軽蔑するような声音で問いかけた。
「ンん?まぁ、そうですなぁ。……姫よ。拙はかねてより申しておりましたが、若人の輝かしき青春な光というのは拙にとって目が眩むような宝石に等しいのです。姫にこの陽光すら遮らんばかりの眩き宝石をお目に掛けようと気を利かせたつもりでございましたが、若人と言えどもガキはガキ。審美眼のない小娘には理解いただけないご様子ですなァ」
「味方を虫みたいに擂り潰された上でその犯人を宝石扱いしろって言うの?……そりゃあ理解できないよ。この変態爺、汚らわしい裏切り者には相応しい罰を与えてあげるよ」
「いえいえ。結構です。拙は人の腹を満たすのは好きですが、人に何かを与えられるのは癪でして」
「黙れ。……殺してやるよ」
傀儡姫の眼が燃える。カテゴリー4に位列する統治者だけあって、醸し出す気魄は漆原貴紳の発するそれと同等かそれ以上だった。だが、彼女の眼が殺意の光を宿した瞬間にはVyは既に動き出しており、彼女の周囲に冠域が展開されそうになった段階でその華奢な首が大鎌の軌跡に沿って斬り落とされていた。
「速い。本当にどこのどいつなんだろう。貴方、本当に人間?」
傀儡姫の冠域展開が間に合い、落とされた首が本体の元に戻っていく。身体の最適化作用によりダメージの上書きが出来てはいるが、傀儡姫はこの一瞬の攻撃の中に自分の勝機が皆無であることを悟った。Vyの持つ瞬間移動能力は根本的に対処が不可能であり、仮に勘で避けたとしてもおそらくは周辺空間の因果律の乱れによって次の攻撃を避けることが叶わない。防御も同様の理由で成立し得ないことが察せられ、今の傀儡姫の脳内ではどうやってこの鬼人から逃げ延びるかが焦点となっていた。
「ッ……‼」
傀儡姫は自身の身体にいつの間にか何十本にも及ぶナイフが突き刺さっていることに気が付いた。困惑と同時に痛みを感じる頃には、不気味なVyの姿が肉迫する程の距離まで瞬間移動しており、徐にナイフの柄を握ったVyは上下左右に肉を掻っ捌くようにしてナイフを振り抜いていった。
「あ…が……」
四肢が解けるようにして斬り落とされていた。全身の感覚がまるで電源を落としたように急に感じられなくなり、再度冠域を展開しようにもそれが叶わない程に自分が瀕死の状態にあることを気付かせられた。
「この城の中に第四圏に続く十四系の扉があるんだったな?」
「えぇ。えぇ。さようでございます。さっさとそのガキを嬲り殺し、ニーズランド制圧への一歩を踏み出そうではありませぬか‼」
「そうだな」
「……裏…り…者……まだ……三圏には……ペンが…いる」
「ん~。虫けらが何か申しておりますなぁ???
ま、確かにまだ城にはそれなりに兵が潜んでおりそうですが、姫が死に目にあっても護りに躍り出ない駒など道化にも劣りましょう」
「それに強そうなやつは先に殺しといたからな。雑魚狩りには適役がいるんだからそっちに任せるさ」
「ほう?まだ何か隠し玉があるのですかな?さすが、Vy殿はここまできてなお計り知れませぬぞ‼」
「なぁに。わざわざここまでゆっくり来てやったのは、座標安定しているこの城のパスを獏に登録するためだったからな。俺だって大討伐軍の小さなピースに過ぎない。ニーズランド制圧は、大討伐軍全体でやらなきゃなぁ」
Vyは感情を見せなかった貌に笑顔を宿した。
見せつけるようにして合掌した彼の周囲に空間の揺らぎが生じ、蜃気楼のようにして立ち込めた不穏な空気の中から大量の軍服姿の者らが隊列を成して歩み出てくる。
「第三圏にあとどれくらいの兵がいるのかは知らねぇが、まぁ大した問題じゃないだろ。
この城と筐艦を固定パスで繋いだ。こっから先は大討伐軍の本隊にも頑張ってもらおうか」
続々と城内に流れ込んでくる軍隊の中に一際目を引くアーカマクナの群れとそれを率いるコンスタンティン・ジュガシヴィリ中将が姿を現した。
「ご苦労。流石はVeakだな。東郷が虎の子として重宝するだけの価値はある」
「もう奴は青い本、ですよ。閣下」
「そうだな。職を辞した彼の分も我らは大討伐軍としてきっちり働こうではないか」
中将はどこか朗らかな貌で合図を送る。
「では、諸君。世界征服の時間だ」
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第4章 悪魔の主君たち 完
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それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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小熊井つん
大衆娯楽
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赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
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