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4章 悪魔の主君たち
63 第三圏
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○ニーズランド第三圏
空間そのものの規模で言えば、おそらくはニーズランド最大となるであろう長大な統治圏域。
海賊王の統治する第一圏。それは無窮なる絶海を臨み、殺意と敵意の表れたる海賊船艦隊にて侵入者を阻むことを望まれた。
怪獣王の統治する第二圏。それは文明社会の破壊を体現する怪獣たちによる人類鏖殺の都。破壊されるためだけに用意された都市の中で、人々がただ無力に蹂躙されることが望まれた。
それでは第三圏とは何を望まれた世界であるのか。
統治者である京美・ワダク、通称"傀儡姫"は片生を思わせるまだ年若い乙女であった。
彼女の統治する広大な領土は、一体如何なる国家であることが求められるのだろう。
〇筐艦_指令室
冠域と冠域を繋ぐという脅威の特殊能力により生み出された十四系の扉。怪獣王/漆原貴紳の支配していた第二圏から第三圏を繋ぐゲートを抜けた筐艦は、いよいよニーズランドの第三圏を眼前に臨むこととなった。
筐艦第一層に位置する指令室に漂う寂寞たる空気。大討伐軍という一世一代の大軍を指揮する大役を背負ったクリルタイの面々の心中は穏やかであるはずもなかった。
大討伐の発起人である事実上の大討伐軍のワンマントップである東郷有正の驚愕たるその正体。
彼が紡いだ言葉の中の名称を借りるならば、東郷有正はこの世界の真理を除いた人類の進化体である"悪魔の主君"の一人。自らの正体を秘匿し、大軍を扇動し、現在進行形で全人類を窮地に立たせている。そんな紛れもない悪魔の僕の一人であるのだ。
多くの者が東郷有正。もとい、悪魔の主君"青い本"の言葉に釘付けだった。
しかし、それも第三圏に入るや否や、誰もがモニターに映し出されるその世界の光景に目を奪われる。
―――
―――
―――
「ゆう、えんち……?」
誰かが口籠ったようにそう呟く。
世界は脊髄を舐められるような不気味さを孕んだ闇に沈んでいる。
しかし、筐艦が遥かに臨んだ空間は反比例的に、目が眩んで脳が揺さぶられるような数多の光源に塗れている。
光の三原色では収まらない華美で数えきれないほどの艶やかな照明。
見れば空間全体を取って至る所に光源が設置されている。焚火、松明、篝火、オイルランプ、蝋燭、灯篭、提灯、行燈、ガス灯、アーク灯、白熱電球、蛍光灯、LEDと時代も文化も統一感の無く、どこか得体のしれない不気味さを演出している。
だが、何よりこの世界を照らしているのは、仰々しく飾り付けられたように天高く浮かんでいる巨大な満月のオブジェクトだった。月面の写真を張り付けた様なハリボテ感のあるそれは、まるで自分が太陽であるとでも言いたげに眼下の町を照らしていた。
何より、誰もがその世界全体のイメージが遊園地だと認識できるほど、誰の眼から見ても分かり易く展開されたアトラクションの数々が色とりどりの照明に彩られて存在感を放っていた。
一見しただけで数十キロメートルは延びていると認識できるローラーコースターのレールが、都市に敷き詰められたハイプ間のように絡み合って中空を支配しているようだった。およそ町一つ分は離れているだろうという距離感で巨大な観覧車が点在しており、それら観覧車の周りにコーヒーカップの遊具や空中ブランコ、メリーゴーランドのようなアトラクションが所狭しと並んでいる。
その規模感も大きさもデザインをとっても同一なものは一つとして存在せず、場所ごとにそれらを照らす照明にも差がある。同じような性質の構造物が差異を以て乱立している様は、子供が無作為に設置した玩具で形造られた町のような趣があった。
たが、遊園地という外観を超えたテーマパーク的な要素が一つ。
一目でそれが第三圏の心臓部的な役割を担っていることを感じさせる荘厳な巨城が、色とりどりのアトラクションに飾り立てられるようにして聳え立っている。
やや水色を帯びた白銀に染まっている城は美しいシンメトリーを描いており、中世ヨーロッパテイストな城の尖った屋根は天を穿たんばかりに延びていた。
ある程度のファンタジー的な作品を見たことがあるものなら、その城に抱く印象はおそらく、華やかな舞踏会で舞う麗らかな姫の居城か、大いなる宿敵の待つ根城、といったところだろう。
○
ザシュ。
何かが斬り裂かれた。そんな風に思わせる鈍い音が鳴った。
見れば、それは東郷有正、もとい悪魔の主君:青い本の首が頭と胴を亡き別れにして斬り裂かれた音だということが誰の目からも理解できた。
青い本の頭が歪な軌跡を描いて転がる。
それを見下ろす犯人。
総毛立つような白銀の光を放つ剣を手にした男は、新生テンプル騎士団大幹部を務めるクリルタイの頭脳役、アレッシオ・カッターネオその人だった。
「なっ」
アンブロシアが呆けたように漏らす。他のクリルタイの面々も同じような反応をした。
「何をッ」
騎士団団長を務めるスオトリーペが子供の悪戯を目撃した親のような剣幕で彼に詰め寄った。
そして、再び同じ音が響く。
スオトリーペの頭が宙に僅かに浮かんだ後、霧散した。夢の世界で負った外傷は程度が深ければ深いほど、早急に夢想世界から退去するべく肉体の消滅が早い。
「……やはり、カテゴリー5ともなると頸を斬った程度では退去させることすら期待薄……。まぁ、斃せるなどと期待したわけではないのでそれはそれで結構」
すでに夢想世界から退去させられたスオトリーペと明確に比較するように、彼はあっけらかんと言ってのけた。
「なに、聞き得る情報を知り及んだ末に、悪魔の主君などという人類の仇の頸を落としただけのこと。私がやらんでも、そこのお嬢さんがやっていたことでしょう」
アレッシオ・カッターネオは司令室の入り口を顎でしゃくる。それを合図に待ってましたと言わんばかりに堂々と司令室に入って来たのは、クリルタイに参加権を持たないボイジャー:スカンダ号だった。
スカンダはクリルタイ全体を凄んで仰ぐと、床に転がる東郷の頭に歩み寄る。
「まぁね。さっきの話は全部聞いてた。全部を信じてるわけじゃないけどね。
私たちが付き合わされて来たのがこんなしょうもない茶番だって知らされたらさ、そりゃあ諸悪の根源の頭くらい跳ねたくなるもんだよね」
スカンダは道端の小石をするような軽快な足捌きで蹴りつけた。韋駄天の化身たる彼女の神脚を持ってすれば、東郷の東部を粉微塵に粉砕することは容易いようだった。
「なんだろうね、この気持ち。
怒りとかじゃない。
なんというか、こう。
屈辱感?
命を犠牲にしてボイジャーになり、命を賭して戦って来た。その実、昏山羊は人類を救おうとし、悪魔の僕から人類を守らんとする私たちは、人類を脅威に晒す新たな技術の極致ときた。
卵が先か、鶏が先か。
そんな糞くだらない問答が思わず降って湧いてくるみたい。
結局抱いた感想なんてのは、元も子もないなぁっていうどこか当事者意識の欠いた戯言。
……まぁ。いいや、今は私のお気持ち表明するターンじゃないよね」
スカンダはどこか気だるげに自身の頸を揉み、部屋の隅にはけていった。
「……で、盛大に内紛かましてくれている所で水を差すようで悪いけど。こっからどうするつもりだ?
右を見ても左を見ても、獅子身中の虫しかいねぇようなお遊戯会にも目的ってのが必要だろうに」
片手間で煙草に火を点けながら、準ボイジャー部隊隊長のガブナー雨宮が言う。平静を装っているのか、態度に反してどこか言葉尻は浮ついて、視線もふらふらと彷徨っている。
「結局、東郷と叢雨の会の繋がり、叢雨の会とクラウンの関係も聞けず仕舞いだったわけだ。カテゴリー5の化け物の頸をすっ飛ばす程の腕前を隠してたのは恐れ入ったが、何もバチバチに敵対する姿勢でもなかった東郷に叛することもなかったんじゃねぇの?」
「はっ。そんな些細なことに興味津々だったのは団長とそこで呆けてる技師君だけだろう?偉大な昏山羊の正体を知ることが出来た。それだけで私からすれば有り余る収穫と言える。クラウンの生い立ちだの、クラウンの力の正体なんぞ聞いているうちは寧ろ虫唾が奔る思いだったとも」
「アンタの騎士団のトップの頭を落としたのはノリかなんかかい?」
「何、神輿は軽い方が良いというだけのことだ。
スオトリーペの貫いてきた人道主義は組織の長として対外的な印象の向上には寄与していた。…だが、こと夢想世界において大討伐軍の一翼を担う総大将を手放しに任せるほど私は彼を評価していない。我ら新生テンプル騎士団の理念は"悪魔の僕の排斥"と"昏山羊という神秘の追求"の二本柱で成り立っているが、彼は前者に傾倒した思想が強い。大陸軍へのアンチテーゼとして誕生した騎士団の成り立ちを踏まえれば、彼の徹底的な悪魔の僕への対立姿勢と遂行な人類保護の理念は大道に即しているのだろう。
だが、残念ながら新生テンプル騎士団の結成時から在籍している唯一の生き残りとして、私の抱く感想は後者に依る。寧ろ、世界の真実たる昏山羊に対して知識欲を欠いた今の騎士団の実態など、形骸化した単なる軍事組織の成れの果てとしか感じらない」
アレッシオ・カッターネオはスラリと延びる剣の刀身を見つめる。
やがてその剣には朱色の炎がどこからともなく宿る。
「あの頃共に戦った儕は私と同じ志の元で世界の深淵に思いを馳せた。大陸軍戦の中で初期の団員の殆どが死に、その後に入ってきた者らは殆どが悪魔の僕の駆逐にしか興味がない戦闘狂共か被害者面した復讐者ばかり。……そういえば、初期団員の中でもバゼット・エヴァーコールはAD2Pに別解犯罪者扱いされた後、TD2Pに入ってまで悪魔の僕の排斥に注力していたな。佐呑で反英雄に討たれたらしいが、彼は自分なりの神を見つけらたんだろうか」
彼は顔を曇らせ、クリルタイの面々に向き直る。
「大討伐軍の指揮は東郷とジュガシヴィリ中将の二羽烏がほぼ全てと言っていい。東郷が離れた分は御離籍中のジュガシヴィリ中将に勤めてもらうなり、君らが引き継ぐなりすればいい。私にこの場で君らを殲滅するだけの力量も理由も存在しないからな」
「へぇ~。まぁ、第三圏まで来て何もしてない騎士団様方は一体何のためにここまで来てるんだろうって思ってたとこだよ。クラウンは騎士団に任せて良いのかな?」
スカンダが壁に凭れ、腕を組む。
「いいや。クラウンの対処は対悪霊の勝績のあるアンブロシアにやって貰うことになるだろう。まぁ、東郷の口ぶりからするにクラウンは甘く見積もってもカテゴリー5二体分といったところか。ボイジャー一機体がどうこうできるとは思わないが……まぁ、ここはこちらも考えがある。とりあえずはそういった方針で行こう。
時に、スカンダ号は反英雄に只ならぬ因縁があるようじゃないか。どうにも、私の勘ではそろそろ奴が出てくるころ合いだ。艦内のトラブルこそあれど、大討伐軍自体の消耗はまだまだ少ない。健在の部隊を率いて反英雄を対処してもらおうか」
「そりゃあ。最初からそのつもりではあったけどさ。……いろいろと懸念事項はあるんだよね。正直、私単騎じゃあ反英雄を斃せない。少なくともクロノシア号と組めればって感じだけど、あの筋肉達磨の気配がとんと無い。彼の事だから呑気に風呂に浸かってる可能性はあるけど……底の知れない彼だ。もしかしたら既にニーズランド陣営に単騎で攻勢を仕掛けている可能性も十分にあるし、敗北している可能性だって…」
「反英雄が無理というならば他の圏域の王でも良い。君の実力は評価している。こんな筐艦内で待機させておくには余りに勿体ない逸材だ」
「そりゃどうも。でもさ、さっきの東郷の話の中で私の中で気になっている部分がある。それは反英雄に関することでもあって……」
「…………」
「東郷は意図的に悪魔の主君の紹介の中で反英雄を省いていた。いや、省いていたというより、最初から東郷の中で反英雄は悪魔の主君に認定されていないような感じだった。カテゴリー5の悪魔の僕たちが反英雄という例外を除いてその全てが悪魔の主君に該当するのなら……反英雄が悪魔の主君でない理由をどうしたって想像しちゃってさ」
「私は気が付かなかった。そうか。東郷はそんな風に」
「私の中で一つの仮説が立った。でもそれって…」
―――
―――
―――
「おやおや。少し目を離していただけだというのに、もう革命の真似事ですか」
「澐仙ッ」
指令室に悠々と現れた澐仙。第二圏の怪獣王を撃破した後、彼女は自身の飛行能力で十四系の扉を潜って第三圏の筐艦に合流したのだ。
「有正もあれはあれでカリスマ性があった。彼を欠いた今、私の眼から見える貴方たちは烏合の衆のようです」
「流石、カルトの御神体は口ぶりが豪快だねぇ」
「なんです?スカンダ号。そんな親の仇のような眼で私を見ないでください」
「…アンタの所為で鴇田君に精神汚染が起こった。仇も仇。反英雄の次に殺してやりたい糞野郎がアンタだよ」
「あぁ…。なるほど。グラトン号の事でしたか。言い訳染みた物言いになるかもしれませんが、私は存在するだけで周囲の人間の精神状態に少なからずの影響を与えています。軽い手合わせをした結果、彼の中にある精神の箍を外すきっかけを与えてしまったのは確かですが、それは人間性の欠落した暴走状態を招く直接の原因ではない。
彼の出自には興味はありませんが、やはりああなるにはああなるだけの理由が他にあるはずです。現に彼より長い時間私と戦っていた貴方の精神性は少しの色褪せも見せないではありませんか」
「黙れッ。お前の戯言に付き合う気はない」
「有正の戯言は気に入ったみたいですね」
「ハァ?」
「反英雄は私が倒します。反英雄が何者であるかもわからない生娘に倒せるほど、アレは甘くありませんから」
「どいつもこいつも勿体ぶった言い方ばっかしやがってッ……秘密主義は美徳じゃないんだよ。知ってることがあればさっさと言ってくれないかなァ」
「貴方がそれを知る必要はない。私はそう判断します」
スカンダの額に血管が浮き出る。目を剥いて澐仙を睨む彼女は、今にも飛び掛からんばかりの気魄に包まれている。
それを見かねてか、叢雨の会の重鎮でありクリルタイの参加権を持つ鐘笑が穏やかに割って入る。
「僭越ながら、主よ。彼らが反英雄に挑むのはこれが初めてではない。既に勉強代としてどれほどの代償を味わっているのかは彼ら自身が身に染みて理解していることでしょう。ここは彼らの飛躍に期待し、反英雄を一度任せてみてはいかがです?
なぁに、彼らは必ず負けます。この佳境において、彼らは余りある戦力を勉強代として支払ってでも、学びを与えて差し上げるのも悪くはないのかと」
「……。………。…………。
では、そこの革命児。貴方を含めた現状の最高戦力で反英雄と立ち合いなさい。アーカマクナの使用は…任意です。全滅はしないでしょうが、それなりに善戦して経験を積むというのは悪くない」
「はぁ。私もですか。では、そのように。……我々が反英雄と相対している時に貴方は何をしているつもりです?」
「京美・ワダク。第三圏の支配者でも落としましょうか」
「そりゃあ良い!仕事はサクサク進めてなんぼですからねぇ」
「では、そのように」
空間そのものの規模で言えば、おそらくはニーズランド最大となるであろう長大な統治圏域。
海賊王の統治する第一圏。それは無窮なる絶海を臨み、殺意と敵意の表れたる海賊船艦隊にて侵入者を阻むことを望まれた。
怪獣王の統治する第二圏。それは文明社会の破壊を体現する怪獣たちによる人類鏖殺の都。破壊されるためだけに用意された都市の中で、人々がただ無力に蹂躙されることが望まれた。
それでは第三圏とは何を望まれた世界であるのか。
統治者である京美・ワダク、通称"傀儡姫"は片生を思わせるまだ年若い乙女であった。
彼女の統治する広大な領土は、一体如何なる国家であることが求められるのだろう。
〇筐艦_指令室
冠域と冠域を繋ぐという脅威の特殊能力により生み出された十四系の扉。怪獣王/漆原貴紳の支配していた第二圏から第三圏を繋ぐゲートを抜けた筐艦は、いよいよニーズランドの第三圏を眼前に臨むこととなった。
筐艦第一層に位置する指令室に漂う寂寞たる空気。大討伐軍という一世一代の大軍を指揮する大役を背負ったクリルタイの面々の心中は穏やかであるはずもなかった。
大討伐の発起人である事実上の大討伐軍のワンマントップである東郷有正の驚愕たるその正体。
彼が紡いだ言葉の中の名称を借りるならば、東郷有正はこの世界の真理を除いた人類の進化体である"悪魔の主君"の一人。自らの正体を秘匿し、大軍を扇動し、現在進行形で全人類を窮地に立たせている。そんな紛れもない悪魔の僕の一人であるのだ。
多くの者が東郷有正。もとい、悪魔の主君"青い本"の言葉に釘付けだった。
しかし、それも第三圏に入るや否や、誰もがモニターに映し出されるその世界の光景に目を奪われる。
―――
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「ゆう、えんち……?」
誰かが口籠ったようにそう呟く。
世界は脊髄を舐められるような不気味さを孕んだ闇に沈んでいる。
しかし、筐艦が遥かに臨んだ空間は反比例的に、目が眩んで脳が揺さぶられるような数多の光源に塗れている。
光の三原色では収まらない華美で数えきれないほどの艶やかな照明。
見れば空間全体を取って至る所に光源が設置されている。焚火、松明、篝火、オイルランプ、蝋燭、灯篭、提灯、行燈、ガス灯、アーク灯、白熱電球、蛍光灯、LEDと時代も文化も統一感の無く、どこか得体のしれない不気味さを演出している。
だが、何よりこの世界を照らしているのは、仰々しく飾り付けられたように天高く浮かんでいる巨大な満月のオブジェクトだった。月面の写真を張り付けた様なハリボテ感のあるそれは、まるで自分が太陽であるとでも言いたげに眼下の町を照らしていた。
何より、誰もがその世界全体のイメージが遊園地だと認識できるほど、誰の眼から見ても分かり易く展開されたアトラクションの数々が色とりどりの照明に彩られて存在感を放っていた。
一見しただけで数十キロメートルは延びていると認識できるローラーコースターのレールが、都市に敷き詰められたハイプ間のように絡み合って中空を支配しているようだった。およそ町一つ分は離れているだろうという距離感で巨大な観覧車が点在しており、それら観覧車の周りにコーヒーカップの遊具や空中ブランコ、メリーゴーランドのようなアトラクションが所狭しと並んでいる。
その規模感も大きさもデザインをとっても同一なものは一つとして存在せず、場所ごとにそれらを照らす照明にも差がある。同じような性質の構造物が差異を以て乱立している様は、子供が無作為に設置した玩具で形造られた町のような趣があった。
たが、遊園地という外観を超えたテーマパーク的な要素が一つ。
一目でそれが第三圏の心臓部的な役割を担っていることを感じさせる荘厳な巨城が、色とりどりのアトラクションに飾り立てられるようにして聳え立っている。
やや水色を帯びた白銀に染まっている城は美しいシンメトリーを描いており、中世ヨーロッパテイストな城の尖った屋根は天を穿たんばかりに延びていた。
ある程度のファンタジー的な作品を見たことがあるものなら、その城に抱く印象はおそらく、華やかな舞踏会で舞う麗らかな姫の居城か、大いなる宿敵の待つ根城、といったところだろう。
○
ザシュ。
何かが斬り裂かれた。そんな風に思わせる鈍い音が鳴った。
見れば、それは東郷有正、もとい悪魔の主君:青い本の首が頭と胴を亡き別れにして斬り裂かれた音だということが誰の目からも理解できた。
青い本の頭が歪な軌跡を描いて転がる。
それを見下ろす犯人。
総毛立つような白銀の光を放つ剣を手にした男は、新生テンプル騎士団大幹部を務めるクリルタイの頭脳役、アレッシオ・カッターネオその人だった。
「なっ」
アンブロシアが呆けたように漏らす。他のクリルタイの面々も同じような反応をした。
「何をッ」
騎士団団長を務めるスオトリーペが子供の悪戯を目撃した親のような剣幕で彼に詰め寄った。
そして、再び同じ音が響く。
スオトリーペの頭が宙に僅かに浮かんだ後、霧散した。夢の世界で負った外傷は程度が深ければ深いほど、早急に夢想世界から退去するべく肉体の消滅が早い。
「……やはり、カテゴリー5ともなると頸を斬った程度では退去させることすら期待薄……。まぁ、斃せるなどと期待したわけではないのでそれはそれで結構」
すでに夢想世界から退去させられたスオトリーペと明確に比較するように、彼はあっけらかんと言ってのけた。
「なに、聞き得る情報を知り及んだ末に、悪魔の主君などという人類の仇の頸を落としただけのこと。私がやらんでも、そこのお嬢さんがやっていたことでしょう」
アレッシオ・カッターネオは司令室の入り口を顎でしゃくる。それを合図に待ってましたと言わんばかりに堂々と司令室に入って来たのは、クリルタイに参加権を持たないボイジャー:スカンダ号だった。
スカンダはクリルタイ全体を凄んで仰ぐと、床に転がる東郷の頭に歩み寄る。
「まぁね。さっきの話は全部聞いてた。全部を信じてるわけじゃないけどね。
私たちが付き合わされて来たのがこんなしょうもない茶番だって知らされたらさ、そりゃあ諸悪の根源の頭くらい跳ねたくなるもんだよね」
スカンダは道端の小石をするような軽快な足捌きで蹴りつけた。韋駄天の化身たる彼女の神脚を持ってすれば、東郷の東部を粉微塵に粉砕することは容易いようだった。
「なんだろうね、この気持ち。
怒りとかじゃない。
なんというか、こう。
屈辱感?
命を犠牲にしてボイジャーになり、命を賭して戦って来た。その実、昏山羊は人類を救おうとし、悪魔の僕から人類を守らんとする私たちは、人類を脅威に晒す新たな技術の極致ときた。
卵が先か、鶏が先か。
そんな糞くだらない問答が思わず降って湧いてくるみたい。
結局抱いた感想なんてのは、元も子もないなぁっていうどこか当事者意識の欠いた戯言。
……まぁ。いいや、今は私のお気持ち表明するターンじゃないよね」
スカンダはどこか気だるげに自身の頸を揉み、部屋の隅にはけていった。
「……で、盛大に内紛かましてくれている所で水を差すようで悪いけど。こっからどうするつもりだ?
右を見ても左を見ても、獅子身中の虫しかいねぇようなお遊戯会にも目的ってのが必要だろうに」
片手間で煙草に火を点けながら、準ボイジャー部隊隊長のガブナー雨宮が言う。平静を装っているのか、態度に反してどこか言葉尻は浮ついて、視線もふらふらと彷徨っている。
「結局、東郷と叢雨の会の繋がり、叢雨の会とクラウンの関係も聞けず仕舞いだったわけだ。カテゴリー5の化け物の頸をすっ飛ばす程の腕前を隠してたのは恐れ入ったが、何もバチバチに敵対する姿勢でもなかった東郷に叛することもなかったんじゃねぇの?」
「はっ。そんな些細なことに興味津々だったのは団長とそこで呆けてる技師君だけだろう?偉大な昏山羊の正体を知ることが出来た。それだけで私からすれば有り余る収穫と言える。クラウンの生い立ちだの、クラウンの力の正体なんぞ聞いているうちは寧ろ虫唾が奔る思いだったとも」
「アンタの騎士団のトップの頭を落としたのはノリかなんかかい?」
「何、神輿は軽い方が良いというだけのことだ。
スオトリーペの貫いてきた人道主義は組織の長として対外的な印象の向上には寄与していた。…だが、こと夢想世界において大討伐軍の一翼を担う総大将を手放しに任せるほど私は彼を評価していない。我ら新生テンプル騎士団の理念は"悪魔の僕の排斥"と"昏山羊という神秘の追求"の二本柱で成り立っているが、彼は前者に傾倒した思想が強い。大陸軍へのアンチテーゼとして誕生した騎士団の成り立ちを踏まえれば、彼の徹底的な悪魔の僕への対立姿勢と遂行な人類保護の理念は大道に即しているのだろう。
だが、残念ながら新生テンプル騎士団の結成時から在籍している唯一の生き残りとして、私の抱く感想は後者に依る。寧ろ、世界の真実たる昏山羊に対して知識欲を欠いた今の騎士団の実態など、形骸化した単なる軍事組織の成れの果てとしか感じらない」
アレッシオ・カッターネオはスラリと延びる剣の刀身を見つめる。
やがてその剣には朱色の炎がどこからともなく宿る。
「あの頃共に戦った儕は私と同じ志の元で世界の深淵に思いを馳せた。大陸軍戦の中で初期の団員の殆どが死に、その後に入ってきた者らは殆どが悪魔の僕の駆逐にしか興味がない戦闘狂共か被害者面した復讐者ばかり。……そういえば、初期団員の中でもバゼット・エヴァーコールはAD2Pに別解犯罪者扱いされた後、TD2Pに入ってまで悪魔の僕の排斥に注力していたな。佐呑で反英雄に討たれたらしいが、彼は自分なりの神を見つけらたんだろうか」
彼は顔を曇らせ、クリルタイの面々に向き直る。
「大討伐軍の指揮は東郷とジュガシヴィリ中将の二羽烏がほぼ全てと言っていい。東郷が離れた分は御離籍中のジュガシヴィリ中将に勤めてもらうなり、君らが引き継ぐなりすればいい。私にこの場で君らを殲滅するだけの力量も理由も存在しないからな」
「へぇ~。まぁ、第三圏まで来て何もしてない騎士団様方は一体何のためにここまで来てるんだろうって思ってたとこだよ。クラウンは騎士団に任せて良いのかな?」
スカンダが壁に凭れ、腕を組む。
「いいや。クラウンの対処は対悪霊の勝績のあるアンブロシアにやって貰うことになるだろう。まぁ、東郷の口ぶりからするにクラウンは甘く見積もってもカテゴリー5二体分といったところか。ボイジャー一機体がどうこうできるとは思わないが……まぁ、ここはこちらも考えがある。とりあえずはそういった方針で行こう。
時に、スカンダ号は反英雄に只ならぬ因縁があるようじゃないか。どうにも、私の勘ではそろそろ奴が出てくるころ合いだ。艦内のトラブルこそあれど、大討伐軍自体の消耗はまだまだ少ない。健在の部隊を率いて反英雄を対処してもらおうか」
「そりゃあ。最初からそのつもりではあったけどさ。……いろいろと懸念事項はあるんだよね。正直、私単騎じゃあ反英雄を斃せない。少なくともクロノシア号と組めればって感じだけど、あの筋肉達磨の気配がとんと無い。彼の事だから呑気に風呂に浸かってる可能性はあるけど……底の知れない彼だ。もしかしたら既にニーズランド陣営に単騎で攻勢を仕掛けている可能性も十分にあるし、敗北している可能性だって…」
「反英雄が無理というならば他の圏域の王でも良い。君の実力は評価している。こんな筐艦内で待機させておくには余りに勿体ない逸材だ」
「そりゃどうも。でもさ、さっきの東郷の話の中で私の中で気になっている部分がある。それは反英雄に関することでもあって……」
「…………」
「東郷は意図的に悪魔の主君の紹介の中で反英雄を省いていた。いや、省いていたというより、最初から東郷の中で反英雄は悪魔の主君に認定されていないような感じだった。カテゴリー5の悪魔の僕たちが反英雄という例外を除いてその全てが悪魔の主君に該当するのなら……反英雄が悪魔の主君でない理由をどうしたって想像しちゃってさ」
「私は気が付かなかった。そうか。東郷はそんな風に」
「私の中で一つの仮説が立った。でもそれって…」
―――
―――
―――
「おやおや。少し目を離していただけだというのに、もう革命の真似事ですか」
「澐仙ッ」
指令室に悠々と現れた澐仙。第二圏の怪獣王を撃破した後、彼女は自身の飛行能力で十四系の扉を潜って第三圏の筐艦に合流したのだ。
「有正もあれはあれでカリスマ性があった。彼を欠いた今、私の眼から見える貴方たちは烏合の衆のようです」
「流石、カルトの御神体は口ぶりが豪快だねぇ」
「なんです?スカンダ号。そんな親の仇のような眼で私を見ないでください」
「…アンタの所為で鴇田君に精神汚染が起こった。仇も仇。反英雄の次に殺してやりたい糞野郎がアンタだよ」
「あぁ…。なるほど。グラトン号の事でしたか。言い訳染みた物言いになるかもしれませんが、私は存在するだけで周囲の人間の精神状態に少なからずの影響を与えています。軽い手合わせをした結果、彼の中にある精神の箍を外すきっかけを与えてしまったのは確かですが、それは人間性の欠落した暴走状態を招く直接の原因ではない。
彼の出自には興味はありませんが、やはりああなるにはああなるだけの理由が他にあるはずです。現に彼より長い時間私と戦っていた貴方の精神性は少しの色褪せも見せないではありませんか」
「黙れッ。お前の戯言に付き合う気はない」
「有正の戯言は気に入ったみたいですね」
「ハァ?」
「反英雄は私が倒します。反英雄が何者であるかもわからない生娘に倒せるほど、アレは甘くありませんから」
「どいつもこいつも勿体ぶった言い方ばっかしやがってッ……秘密主義は美徳じゃないんだよ。知ってることがあればさっさと言ってくれないかなァ」
「貴方がそれを知る必要はない。私はそう判断します」
スカンダの額に血管が浮き出る。目を剥いて澐仙を睨む彼女は、今にも飛び掛からんばかりの気魄に包まれている。
それを見かねてか、叢雨の会の重鎮でありクリルタイの参加権を持つ鐘笑が穏やかに割って入る。
「僭越ながら、主よ。彼らが反英雄に挑むのはこれが初めてではない。既に勉強代としてどれほどの代償を味わっているのかは彼ら自身が身に染みて理解していることでしょう。ここは彼らの飛躍に期待し、反英雄を一度任せてみてはいかがです?
なぁに、彼らは必ず負けます。この佳境において、彼らは余りある戦力を勉強代として支払ってでも、学びを与えて差し上げるのも悪くはないのかと」
「……。………。…………。
では、そこの革命児。貴方を含めた現状の最高戦力で反英雄と立ち合いなさい。アーカマクナの使用は…任意です。全滅はしないでしょうが、それなりに善戦して経験を積むというのは悪くない」
「はぁ。私もですか。では、そのように。……我々が反英雄と相対している時に貴方は何をしているつもりです?」
「京美・ワダク。第三圏の支配者でも落としましょうか」
「そりゃあ良い!仕事はサクサク進めてなんぼですからねぇ」
「では、そのように」
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
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