夢の骨

戸禮

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3章 望まれた王国

60 望み

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○筐艦_第三層

 グラトン号の襲撃と逃亡を受け、彼の暴挙により多大なる損害を被った第三層の被害確認のため、ボイジャー:アンブロシア号は暫くの調査任務に臨んでいた。無論、前提として大討伐という厳戒態勢にあることに変わりはなく、いつ何時でも最高出力の戦闘を可能とするだけの緊迫感は自ずと求められてくる。
 グラトン号の生み出した冠域効果の延長として炎上する第三圏の事態鎮圧には、アンブロシアを始めとした筐艦内部の都市設計に関わる準ボイジャーの活躍により何とか終わりの目途が立っていた。アーカマクナの持つ無頼な破壊性能により一部では修復不可能な部分も存在したが、第二圏突入からの叢雨禍神の早急な怪獣王撃破による時間的余裕感が被害の印象をどこか緩和していた。

 そんな時、アンブロシア号の直接の上官にあたるVeak室長の纐纈より通信が入り、次なる指令が言い渡される。
 それは今回の大討伐における最高意思決定機関であるクリルタイへの迅速なる合流だった。

 五層に隔てられている巨大な構造物である筐艦内部を大きく移動するには、順ボイジャーの設計した移動システムを利用する必要があり、彼はともに作業していた準ボイジャーに道を尋ねるようにしてクリルタイの集合場所までの道行の目途を立てた。だが、この大討伐の心臓とも言えるクリルタイの指令室はボイジャーと言えどもクロノシア号でさえも発言権を持つ程度といった、各組織の上澄みを集めたような機能であるために、その正確な配置は厳重に秘匿されている。彼は度々纐纈に件の指令室の場所についての指示を仰ぐが、第一圏で暫く彷徨っているうちにクリルタイ参加権を持つ纐纈自らが迎えに来た始末だった。

 錯雑とした通路を進む間、纐纈の面持ちは決して柔らかなものではなかった。
 大討伐という佳境の最中にある故にそれはそれとして当然のことではあるのだが、自分より一回り上の齢で一つの戦闘集団をまとめ上げるまでの役を与えられる人間にはそれ相応の懊悩があるものなのだろうとアンブロシアは気にしないように努めた。


〇筐艦_指令室

「これで全員か」

 アンブロシアと纐纈がクリルタイの指令室に到着して開口一番にそう呟いたのは、軍の実質的な最高権力者である大討伐発起人である東郷中将だった。

「ボイジャー:アンブロシア号、遅ればせながら参上いたしました」
 アンブロシアはキビキビとした敬礼を見せる。視線が泳がない程度に辺りの面々を確認してみれば、TD2Pの軍部の名だたる重鎮たちに加え、管理塔の重役たち、捜査部で貌を利かせていた上役の顔ぶれが当たり前のように並び立っている。さらに、技術者を統括する主任たちやら科学者も混じっており、その中に彼以外のボイジャーの姿は見受けられなかった。
 だが、佐呑島の一件の中で度々の接触を果たしていた元捜査部のガブナー雨宮の姿があり、今では準ボイジャー部隊の隊長という地位にある彼もこの指令室に顔を並べていることに彼は意外という感想を抱いた。


の傾奇者に加えて、不死者殺しのボイジャーまで呼びつけるとは。……一体全体、閣下はどれほどの峻烈な情報を与えてくださるおつもりなのか。期待で胸が膨らむ心地でございますよ」
 
 そう声高に言い放った人物とはアンブロシアも面識があった。佐呑の一件の後、かつてのアンブロシアの御付の技術者で逢ったセノフォンテ・コルデロから彼に纏わるデータを引き受け、一人の技術者として度々アンブロシアへの技術的な助言を与えてくれていたTD2P本部管理塔技術部改良室の主任である我那覇翠がなはすいだ。
 そんな我那覇の妙な扇動的なテンションとは裏腹に彼の両手には枷が嵌められていた。その状況だけでもかなり奇妙な風体を感じてはいるが、無暗に言及するだけの必要性はアンブロシアには感じられなかった。ただ我那覇が何らかの理由で東郷に対して反発的な姿勢を採っていることだけは口にするまでもなく明瞭なことだった。

 東郷の貌はどこか悲壮感すら漂うほどに英俊なものであったが、彼は沈黙を嫌うように早々に言葉を編み出す。

「イージス、アンブロシアを呼び寄せた理由までここで述べるにはいささか時期尚早だ」
「この期に及んでまだお得意の出し惜しみですか⁉貴方の持つ全てを語るという言葉すらもはや信用に足るものではありませんねッ」
「何事にも順序というものがあるだろう。事を急いては本質を見逃すことになるだろう」
「何を今更。貴方のそういう……」

 反抗的な我那覇の態度はどこか異質な気迫を感じさせるほどの勢いを感じさせたが、そんな彼を黙らせるが如く、東郷が一つ柏手を打った。喧騒的な勢いを見せていた我那覇もこれには少し居竦んだように言葉を途切れさせ、一瞬だけ身構えた。

 そして、次にとった東郷の行動に一同は言葉を失う。
 いや、東郷は特に何かのアクションを起こしたというわけでは決してなかった。端的に言えば東郷に顕れたのは外見上の大きな変化であり、それを誰もが見逃すことなく、それでいて一瞬の合間に釘付けになってしまう異常事態とでも言えるものであったのだ。

「…………」

 東郷の眼が燃えている。
 深く、青く、溢れるように。

 それはTD2Pという組織に属する人間であれば誰もが認知し、恐怖し、敵対し、淘汰せんと欲する存在の象徴。
 人類の敵”悪魔の僕”の重瞳だった。

 外見だけでない。これまで実際に悪魔の僕と対峙した者ならば誰もが感じ取ることが出来る独特のプレッシャーを誰もが知覚した。何を隠すでもなく、東郷はこれ見よがしに自身の気魄を解き放ち、指令室の人間たちの認識を混乱の淵へと突き落としていく。
 ある者は呆けたように口を開け、ある者は眼を剥いて刮目する。中には涙を流している者すら存在した。



「改めて名乗ろう。
 私の名は東郷有正。そして同時に私は別の名を持つ悪魔の僕としてこの世界に存在している」

 東郷の姿が変質する。両の眼から溢れ出た青い靄が全身を包み、それがやがて光り輝く繊維のように新たな装いを創出する。これまでは厳格な軍人然とした姿をしていた彼は、今では小洒落の利いたタキシードに身を包んだ異国の紳士のような見かけへと変貌していた。

青い本ブルーブック……」

 誰かが神の名を零すかのように言葉を漏らした。
 次いでとある技術者が勢いよく仮想コンピュータを走らせ、血の気の引いた貌を見せながら周囲の者らに訴える。

「認識された波長から算出される識別個体確定……類似度…99%………カテゴリー5:"青い本ブルーブック"です‼‼」

 紛れもなくその空間には戦慄が奔った。誰もが恐怖に駆られ、認識の誤差に頭を抱える。

「おいおい、何の冗談だい?」
 狼狽える面々の中でただ一人行動を起こした人物が一人。持ち前の豪胆さと独特な飄々さを持ち合わせたガブナー雨宮は、火を見るよりも明らかなその異常事態の最中にあって、正体を現した東郷の間合いに詰め寄って腕を突き出していた。

「わざわざクリルタイに呼び出し喰らって、何を叱られるのかとヒヤヒヤしてりゃあ何つー展開だよ。TD2Pの、それもあろうことか大討伐の大ボスであるアンタが"青い本"だァ?……俺はどうした良いんだろうね。攻撃するべきなんだろうか、それとも尻尾巻いて逃げるべきなんだろうか」
 ガブナー雨宮の掌の先に回転する半透明のキューブが構築される。彼の意思に応じて起動可能な特別な攻撃能力であり、佐呑の獏の効力によって悪魔の僕の力を模倣出力することができる"抜錨"と呼ばれるアクションの準備だった。

「私はこれから大事な話をするつもりなんだがな。まぁ、貴様以外が挑んでこないこの状況は逆に不自然とも言える、悪魔の僕を前にこうも分かり易く居竦む連中ばかりでは、TD2Pの行く末も決して楽観できたものではなかったのかもしれないな」

「何をごちゃごちゃと…」
「流石に佐呑の獏を使われるのは面倒だ。だが、貴様を呼びつけておいておめおめと攻撃させるほど私は甘くはないぞ」

 東郷が掌をクラップする。と、同時に彼の胸の辺りに一筋の光が産み落とされ、焚きつけられたようにして瞬時に激しく音を立てて炎上する。揺らぎ立つ炎がやがて激しくページを捲り動かす大きな一冊の本のような形を成し、次々と捲り行く本のうちの一ページが勢いよく千切れてガブナーの眼前へと舞い踊った。
 その紙片は再度強めの炎上を見せると、青色の炎の中から一人の人間のようなものを生み出した。

「あれは……」
 紙片が転じて成った人間の姿にアンブロシアは見覚えがあった。というのも、先程のグラトン号の悶着が起こる直前まで彼が相手にしていた厄介な侵入者の姿に酷似していたのだ。
「クレイジー・ナップ‼」

「ぷろぴらどっちゃんこ☆」
 クレイジー・ナップの細長い腕が器用にガブナーの頸を掴む。
「なッ‼?」
 東郷の持つ本からさらにページが抜け落ち、それらがまたもやクレイジー・ナップに似た姿の人間へと成り替わっていく。纏わりつく肉の檻のように折り重なったクレイジー・ナップらはあっという間にガブナーを取り囲み、特徴的な奇声をまき散らした。

「TD2Pの教育体制にも問題があるな。青い本を相手に自分の能力が通じるとでも思っていたのか?」
「そぉだった、そぉーだった。天地開闢の夢…青い本ブルーブックのやることは全部が全部"例外処理"として万物への無償干渉権を持つらしいな。どんな攻撃も青い本には通じず、青い本側からのあらゆる接触は如何なる手段を用いても拒絶することが出来ない……だったか?」
「そうだ。無駄に体力を使わせてくれるな」
「降参。……降参だよ。てか、俺だけがわざわざ青い本を相手に喧嘩吹っ掛ける理由もないわな。どーにも他の御仁方々は縮こまって声の一つも上げられねぇ体たらくと来た。…それとも、どいつもこいつもTD2Pの看板が悪魔の僕だって知ってたってわけかい?」

 それに対して、我那覇が打ちひしがれたように否定する。

「そんなわけがないだろう……ッ‼‼…これはとんでもないことだ!…大討伐軍のトップが悪魔の僕であるなんて、誰が予想できる‼誰が看破できる⁉…これは我々が背負っている全人類の命運そのものを嘲るかのような大いなる裏切りだ‼‼」
 我那覇は腕に嵌めた枷を震わせる。
「一体どういうつもりで……何が目的でこの大討伐を嗾けた‼どんな心づもりで軍を率い、世界を背負い、正体を隠して戦おうなどという蒙昧をしてなお平然としていられるんだ‼」
 手を動かせない分、我那覇は怒りを体現すべく地団太を踏んで見せた。
「新生テンプル騎士団の皆さんはこの告白を前にして何の感想も抱かれないのですかッ‼それとも先程のイージス号の言った通り、初めから知っておられたわけではありませんなッ‼?」

 我那覇の視線がアレッシオ・カッターネオとスオトリーペに向いた。
 団長であるスオトリーペは頬に脂汗をかいているいる様子からそれなりに気が動転しているようにも伺えたが、対照的にアレッシオ・カッターネオの態度はこれまでと大きく変わる様子はなかった。
 そして、次に口を開いたのはこの男であった。

「…んん。この場を納めたいと思っているんだが、君はまだ子供のように不平不満を金切声に乗せて吐露し続けるつもりかな?」

「なんですって?」

「君を含めた我々クリルタイの構成員は……少なくともこの世界の真実に少しでも近づかんが為に閣下に対し不調法な態度を示し、結果として閣下はその問いかけに応える形で真の姿をここに顕せられた。その正体がカテゴリー5に位列する悪魔の僕であったからといって、どうしてこの期に及んで畜生の如き喧騒で叱責することができようか。……今我々のこの命があるのは、閣下が未だなお寛容な精神であらせられるからに他ならない。
 かつての夢想世界の無法の時代。夢の力を私利私欲に走った別解犯罪者が蔓延った世界において、"恐怖"にも"希望"の象徴にも成り得た一人の怪人。
 皆様方におかれても、"青い本"が築き上げた人間たちの死屍累々の山を知らないわけではありますまい」
 
 アレッシオ・カッターネオはやや饒舌に言って見せた。その余裕は死期を悟った動物の自暴自棄に見えなくもなかった。

「その意見こそが真理だろうな。諸君らをこの場で皆殺しにすることは元来造作もない芸当ではある。だがしかし、それは私の本意に反する。わざわざ私が一から培ってきた努力と計画が泡沫と化しては成仏もできんだろうよ」

 その言葉を受けて、我那覇は唇を噛み締めた。

「その言葉に嘘偽りがないのは大前提。その上でこれからアンタが垂れるご高説がもし単なる悪魔の僕の戯言や壮大な茶番であれば、その腐った命なんざ何の躊躇もなく殺してやるッ‼︎」

「ふん、それができるものならやってみるがいい。
 なんとも無駄に待たせてしまったな。わざわざ呼びつけた諸君らには私から詫びさせてもらう」

 そう言うと東郷はアンブロシアに視線を送った。

「改めて、私の真名は”青い本ブルー・ブック”。悪魔の僕と2度に渡る契約を行い、とある大義のために人類を窮地に立たせることを本懐とした究極存在だ。
 これより諸君らには、この世界の真実。及び、原初の時より紡がれてきたについて、この青い本の口から語ろう」
 

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第三章 望まれた王国 完
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