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3章 望まれた王国
55 裂帛せし暴食者
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〇筐艦_第三層
(世界中に鯵ヶ沢露樹の魔法が掛けられているとはいえ、強制的に眠らされた人間たちはニーズランド上空のホールに限定して転送されている。筐艦内部にホールが出現していないことからして、現実世界で療養中だったグラトン号が特別扱いで筐艦内部に送られた可能性は低い。……だとすると考えられるのは)
暴れ狂う竜の頭が七つ。錯雑とした軌跡を描きながら、縦横無尽に周囲の建築物から瓦礫、死体までも無差別に喰い荒らしていく。過去に共闘した経験のあるアンブロシアなら十分に理解できていることだが、対近中距離の制圧力においてグラトン号の持つ制圧性能は脅威だった。それぞれが独立して空間把握から対面戦闘を実行できるグラトンの竜頭は生半可な回避を許してくれるほど優しいものではなく、アンブロシアは夢想解像下の人蜂の回避性能をフルで利用してアクロバティックな回避に徹している。
(どこぞのニーズランド圏域に落されたグラトン号を十四系の扉を通じてあそこのゲート)に直接送り込んで来たな。…クラウンめ、妙に丁寧な嫌がらせをしてくれるじゃないか)
「我流蜂織礼法:媼沙羅」
右手に勇厷、左手に茜皿。尺の不対な二つの名刀が人蜂の独特な身体可動域の中で目いっぱいに振り抜かれる。威力・速度・角度を正確に掌握された二つの刃が真正面から迫りくる竜の猛撃を受け流すと同時に連撃的に斬りつけていく。
「七転抜刀」
自分の中の最良の選択を宣言するように、彼は技から技を繋げていく。反復訓練によって身に付いた体躯の操作は自己宣言と共に更なる速度と精度を得るようになり、思い描く通りの自在な身運びを可能としていた。
回転移動によってグラトン本体との距離を詰め、抜刀による有効打を狙う。だが、文字通りの分厚い動く肉壁に囲まれた本体までは攻撃が届きはしなかった。
(精神疾患に陥ったボイジャーか……。十分な静養を挟めば精神回復が見込めただろうに、こうなっては彼の処罰は免れない。放置すれば俺が殺される危険がある以上はここで制圧した結果死なせてしまっても職責が問われるなんてことはないだろうけど……)
視野角の広くなった人蜂状態のアンブロシアの数少ない死角を突くように竜の顎が食らいついてきた。
(……単純に俺一人で勝てるか……?リスクこそあれ死に戻りができるようなこれまでの戦いと違って、無暗に命を散らせば鯵ヶ沢露樹の魔法のループに巻き込まれて筐艦には戻ってこれない可能性が高い。出来るとしたら高出力の大技で短期決戦を狙うしか)
「暁!」
冠域に浮いていた黒い太陽が急降下してグラトン号に迫る。"暁"はかつての信号鬼戦で開花し、佐呑事件後のアンブロシアが数度経験した悪魔の僕の討伐任務でも好んで愛用していた高威力の範囲攻撃だった。冠域の構築時に出現する黒い太陽を敵対象に向けて発射するという極めてシンプルな技だが、攻撃準備から発動までの効率が良いシンプルながらに強力な位置づけの技だ。
「カンイキ……デン゛かイ」
「へ?」
竜の首が露と消える。
と、同時に現れた双頭の巨大トカゲが迫りくる太陽を真正面から食い破った。
「焱吸醜竜」
「後出しの冠域再展開って……」
アンブロシアが驚嘆すると同時に歯を強く噛みしめた。グラトン号が生み出した双頭の巨大トカゲは口から凄まじい勢いの炎を噴き出しながら先程の竜の頭のように自由自在に伸縮しながら周辺の破壊を再開しだす。燃えた建造物に喜んで食らいつき、死体に至ってもそれは同様だった。
(暴食の夢。何でも喰らうっていう前提から見れば俺の太陽がおやつにされるのも在り得ない話ではないけど……。困ったな、これだといよいよ勝つのが難しくなった)
竜の首とは違ってトカゲには鋭利な爪の備わった腕が生えている。火炎放射や食らいつきだけでなく、こちらの爪の方も考慮しなくてはいけないだけに、アンブロシアはより一層の集中が求められた。
トカゲの攻撃は想定よりも苛烈だった。物量とコンビネーションで攻めてくる竜首の方が空間把握に難儀する点から手強いと考えていたが、新たな形態のグラトン号はこれまでの竜首による攻撃と比較して見劣りするポイントがないように思えた。
特に人蜂状態では熱せられた空気の揺らぎによって満足な速度での移動が出来なかった。速力が失われた分、至近距離での剣術による応戦がメインになるが、正面からぶつかる分にはどうにも押されてしまう。
(死なないという点にだけ絞れば防御は成り立つ。その場合はグラトンの対処は一旦諦めてクリルタイに判断を仰ぐ形になると思うけど、その間は十四系の扉の方をフリーにしてしまうことになる。…とはいっても流石に許容範囲か?今のグラトン号を適切に潰すだけの力がない以上は隙を見て逃げるくらいしか…)
そこでアンブロシアは周囲の様子を確認する。
グラトン号への復讐を息巻いて訴えていた鳳少年の姿が見えなかった。あれだけ強気だったくせにもう喰われてしまったのかと彼は若干憤慨する気分も湧いてきたが、そもそも鳳少年が大して強くないことは知っていたため、すぐに切り替えることが出来た。
相も変わらず狂人っぷりを発揮しながら宙を跳ねているクレイジー・ナップは、双頭のトカゲの一方の襲撃を受けながらも未だに生き永らえていた。この状況下でも撤退せずにグラトン号と戯れるほどの余裕があることを考慮すれば、先程本気で戦うようなことをしなくて正解だったと彼は確信する。
流石のアンブロシアもこの状況には苦慮せずにはいられなかった。
クリルタイが援軍の派遣に難渋している以上、この場を制するには独力による解決が求められる。しかし、フルパワーで対抗した時であるならばまだしも、筐艦内部でアンブロシアが全力を解放するにはそれなりの損害が付きまとう。強引に突破しようとして攻め手の一辺倒になってしまえば、まだ隠した力を持っている可能性のあるグラトンの反撃を受けて思わぬ大打撃を喰らう可能性が捨てきれない。
(……だいたいなんでクリルタイは第三層を放置する?ニーズランド大討伐全体を考慮するならば、筐艦内部の損害を許容する道理なんてない。室長の話では何らかの脅威に備えているって見解だったけど、それっていったい……)
そこで、アンブロシアの中で一つの明瞭な解答が見つかった。
それを証明するように、次の瞬間に彼らの冠域の内側に新たな勢力が出現した。
―――
―――
―――
突如として空間を埋め尽くすような弾丸の雨が吹き抜ける。
無骨な銃口から放たれる虫の羽音のような駆動音は、巨大なトカゲが凶弾により地面に散らばる肉塊へと変貌するまで続いた。
「あれが……アーカマクナ」
アンブロシアは体勢を立て直し、息を整えながら事態を直視する。
冠域内部に現れた武装集団。だが、それを構成するのは大討伐用に編成されたTD2P軍部の正規部隊ではない。
ボイジャーと対を成す夢想世界戦略兵器。高度に発達した人工知能制御技術によって自立制御と集団運用を可能とした移動型火力砲とも言える殺戮兵器・アーカマクナの隊列だった。
(ざっと見て50機は固い。大隊を超える規模の同時戦略運用なんて馬鹿げた火力じゃないか。あの群体に比べたら海賊王戦なんてまるでデモンストレーションじゃないか)
「ご苦労。ボイジャー:アンブロシア号。貴機は実に優秀なボイジャーだな、空恐ろしく思うほどだ」
アーカマクナの隊列の最前線に立つ壮年の軍人はそう告げる。
曲がりなりにもTD2Pの軍部と捜査部を経験しているアンブロシアがその人物を知らぬはずはなかった。
今回の大討伐軍を指揮するTD2Pの三羽烏の一角、かの鬼才東郷有正に比肩する中将という肩書を持つ戦略塔軍部所属クリルタイ副議長にして、大討伐参謀事務次官の肩書を務める列記とした大討伐のトップ。コンスタンティン・ジュガシヴィリ中将その人だった。
「は、戦況をご報告いたします‼」
アンブロシアは直ちに敬礼し毅然とした態度に徹する。
「構わん。直れ。説明の必要はない。全ては想定内だ」
「承知いたしました。当機の次なる指令を承りたくございます」
アンブロシアは鉄面皮の裏で、事態の全容を把握したことによる中将への憎しみを燃やしていた。
(クリルタイの参謀がわざわざ自分から戦場に降りて来たんだ。想定内って口ぶりからしてやはりクリルタイは夢想世界に落されたグラトン号の暴走を予期して不用意な援軍支援を固辞していたわけだ。援軍を出して戦力を十分に充てれば十四系の扉の破壊そのものは簡単でも、その後に再びゲートが筐艦のどこかに繋がれた場合の捜索に時間を要することを嫌っての判断だったか。第三層に対する戦局ナビゲーションが全然発生しなかったのも、あのアーカマクナ軍団へのリソース集中のためと考えれば納得できる。
いや、そんなことはどうでもいい。クラウンによってグラトン号が送り込まれてくる可能性なんて机上論でしかないのに、その机上論に賭けて第三圏を傍観するなんて常人の思考じゃない。流石は"V計画廃止論"を訴えるほどのボイジャーアンチのジジイってことか。対抗勢力になったグラトン号をこれ以上にない脅威と認識するところまでは良しとして、その対処のために俺をダシに使うなんてTD2Pのドクトリンがひっくり返るほどの糞待遇じゃないか)
「貴機は冠域の展開を維持したまま待機。今この瞬間より旧ボイジャー:グラトン号をカテゴリー4の別解犯罪者に指定し、筐艦内の軍事指揮系統をこれの討伐に優先させる」
「了解致しました。…僭越ながら申し上げるならば、旧グラトン号の冠域は非常に強力な対人・対軍性能が認められます。当機もアーカマクナ部隊の援護に付くことで討伐の角度を上げることに微力ながら貢献できると存じます」
中将の表情は冷徹を体現したように硬かった。
「不要だ。貴機が破壊しかねていた十四系の扉は既に我が部隊が撤去を完了させた。現状は貴機に期待することなどさほど存在しない。…ああ、だが待機と言ったが、先程のあれは撤回する。冠域を維持したまま退避していろ」
「退避、でありますか?」
「左様。このアーカマクナG3はボイジャー反応を敵信号に置き換えて照準を向けさせる。自分に降りかかる弾雨は己で回避するのだ」
「なっ…‼」
「ァアァァァアアァァァァァァァァァアアアア ゛゛゛‼‼‼‼」
肉塊の散らばる血だまりからグラトン号の発狂が届く。
「こゆ、コユウかぁんイキ‼ffffぅーるベヘモとォオオオオオオオオ‼‼‼‼」
裂帛するようなグラトン号の詠唱が各人の耳を劈く。どれだけ精神汚染を来しても固有冠域という強力な空間生成が行えるその姿を前にして、アンブロシアから見てもボイジャーという戦略兵器の危うさというものが肌で感じとることとなった。
「G3展開。無制限火力解放。哀れな人造兵器を蹂躙せよ」
七つの頭を持つ竜と心を持たぬ人工知能兵器が激突する。空間そのものを打ち鳴らすように竜の頭は勢いよく地面や建物を抉りながら猛進し、53機に上るG3に襲い掛かる。G3も中隊規模、小隊規模へと分散しながら移動砲撃を実行し、ベンガル砲による絶大な弾幕火力によって巨大なグラトンの体躯を細かな肉片へと変えていった。
グラトンは冠域展開によって強大な制圧能力を獲得しているが、竜の動きは精確な狙いを欠いたような大振りへと変わっていた。的確な狙いのずれを速度と手数で補えるほどのパワーを持っているが、指揮官であるジュガシヴィリ中将は器用なポジション変化で竜の頭を回避している。
一見すれば体格と速度の差でグラトンが有利に見えるマッチアップだが、状況は確実に中将のG3部隊に傾いてる。それを可能とするのはBENGAL社が開発したBENGAL砲を搭載したG3の誇る圧倒的な火力にあると言って間違いなかった。
竜の首が複数破壊された時点で形勢は中将側が完全に掴んだ。無限の弾数を誇るG3の特出した弾幕性能は周囲の空間を弾丸の雨で覆い尽くしてしまっている。撃てば撃つほど確実にグラトンの竜の肉壁はダメージを受ける。脆くなった肉質に追い打ちをかけるのはグラトンの動きが止まるまで撃ち続けられる凶弾の嵐だ。
これまで戦いの中で苦慮を強いられてきたアンブロシアはその信仰すら芽生えかねない圧倒的火力に心を震わせていた。彼は中将の命じた退避の指揮を実行して弾丸の雨の回避を試みたが、中将の伝達のミスか、はたまた勘違いか、アンブロシアにも向けられると宣ったG3の火砲は彼に照準を合わせる様子はなかった。
(誤認か、バグか。何にせよ俺にアレの攻撃が向けられないならラッキーだ。ビビらせやがってあの爺…)
既に勝敗は決しているように見えた。海賊王の操る無限の帆船に対してたったの十機そこらで対応出来てしまっていたアーカマクナが大隊規模の実動を以てたった一人の対象に砲口を向けている以上、もはや彼我の物量戦としての拮抗などあり得るはずもないことだった。
肉を穿ち、命を擂り潰す轟雷のような弾幕。ボイジャーという立場にあるアンブロシアは言わば戦略兵器としての立ち位置はアーカマクナの対極に位置する存在であるが、そのあまりの殺傷力には芸術鑑賞に似た精神の饗応を受けているような感覚だった。
「……美しい」
それは自分でも意外な一言だった。しかし、紛れもない本心から零れた言葉に違いなかった。
目を奪われるという言葉が相応しい程に、彼の動きは羨望と畏怖により直立しながら硬直している。
グラトンは止まない被弾の中でも懸命に竜首の再生成による肉壁によって防御を試みている。着実に削り取られる限りあるリソースを絞り尽くしてでも生き延びようとする姿は不撓不屈そのものだった。しかし、生憎なことに裂帛するほどの咆哮を奏でているグラトンの魂の叫びは吹き荒ぶ弾丸の音によって掻き消されてしまっている。
「惨めだな‼鴇田裕田ッ‼‼
お前の偽りだらけの人生はここで全部終わりだッ‼‼
固有冠域展開:光喰麗獣」
(世界中に鯵ヶ沢露樹の魔法が掛けられているとはいえ、強制的に眠らされた人間たちはニーズランド上空のホールに限定して転送されている。筐艦内部にホールが出現していないことからして、現実世界で療養中だったグラトン号が特別扱いで筐艦内部に送られた可能性は低い。……だとすると考えられるのは)
暴れ狂う竜の頭が七つ。錯雑とした軌跡を描きながら、縦横無尽に周囲の建築物から瓦礫、死体までも無差別に喰い荒らしていく。過去に共闘した経験のあるアンブロシアなら十分に理解できていることだが、対近中距離の制圧力においてグラトン号の持つ制圧性能は脅威だった。それぞれが独立して空間把握から対面戦闘を実行できるグラトンの竜頭は生半可な回避を許してくれるほど優しいものではなく、アンブロシアは夢想解像下の人蜂の回避性能をフルで利用してアクロバティックな回避に徹している。
(どこぞのニーズランド圏域に落されたグラトン号を十四系の扉を通じてあそこのゲート)に直接送り込んで来たな。…クラウンめ、妙に丁寧な嫌がらせをしてくれるじゃないか)
「我流蜂織礼法:媼沙羅」
右手に勇厷、左手に茜皿。尺の不対な二つの名刀が人蜂の独特な身体可動域の中で目いっぱいに振り抜かれる。威力・速度・角度を正確に掌握された二つの刃が真正面から迫りくる竜の猛撃を受け流すと同時に連撃的に斬りつけていく。
「七転抜刀」
自分の中の最良の選択を宣言するように、彼は技から技を繋げていく。反復訓練によって身に付いた体躯の操作は自己宣言と共に更なる速度と精度を得るようになり、思い描く通りの自在な身運びを可能としていた。
回転移動によってグラトン本体との距離を詰め、抜刀による有効打を狙う。だが、文字通りの分厚い動く肉壁に囲まれた本体までは攻撃が届きはしなかった。
(精神疾患に陥ったボイジャーか……。十分な静養を挟めば精神回復が見込めただろうに、こうなっては彼の処罰は免れない。放置すれば俺が殺される危険がある以上はここで制圧した結果死なせてしまっても職責が問われるなんてことはないだろうけど……)
視野角の広くなった人蜂状態のアンブロシアの数少ない死角を突くように竜の顎が食らいついてきた。
(……単純に俺一人で勝てるか……?リスクこそあれ死に戻りができるようなこれまでの戦いと違って、無暗に命を散らせば鯵ヶ沢露樹の魔法のループに巻き込まれて筐艦には戻ってこれない可能性が高い。出来るとしたら高出力の大技で短期決戦を狙うしか)
「暁!」
冠域に浮いていた黒い太陽が急降下してグラトン号に迫る。"暁"はかつての信号鬼戦で開花し、佐呑事件後のアンブロシアが数度経験した悪魔の僕の討伐任務でも好んで愛用していた高威力の範囲攻撃だった。冠域の構築時に出現する黒い太陽を敵対象に向けて発射するという極めてシンプルな技だが、攻撃準備から発動までの効率が良いシンプルながらに強力な位置づけの技だ。
「カンイキ……デン゛かイ」
「へ?」
竜の首が露と消える。
と、同時に現れた双頭の巨大トカゲが迫りくる太陽を真正面から食い破った。
「焱吸醜竜」
「後出しの冠域再展開って……」
アンブロシアが驚嘆すると同時に歯を強く噛みしめた。グラトン号が生み出した双頭の巨大トカゲは口から凄まじい勢いの炎を噴き出しながら先程の竜の頭のように自由自在に伸縮しながら周辺の破壊を再開しだす。燃えた建造物に喜んで食らいつき、死体に至ってもそれは同様だった。
(暴食の夢。何でも喰らうっていう前提から見れば俺の太陽がおやつにされるのも在り得ない話ではないけど……。困ったな、これだといよいよ勝つのが難しくなった)
竜の首とは違ってトカゲには鋭利な爪の備わった腕が生えている。火炎放射や食らいつきだけでなく、こちらの爪の方も考慮しなくてはいけないだけに、アンブロシアはより一層の集中が求められた。
トカゲの攻撃は想定よりも苛烈だった。物量とコンビネーションで攻めてくる竜首の方が空間把握に難儀する点から手強いと考えていたが、新たな形態のグラトン号はこれまでの竜首による攻撃と比較して見劣りするポイントがないように思えた。
特に人蜂状態では熱せられた空気の揺らぎによって満足な速度での移動が出来なかった。速力が失われた分、至近距離での剣術による応戦がメインになるが、正面からぶつかる分にはどうにも押されてしまう。
(死なないという点にだけ絞れば防御は成り立つ。その場合はグラトンの対処は一旦諦めてクリルタイに判断を仰ぐ形になると思うけど、その間は十四系の扉の方をフリーにしてしまうことになる。…とはいっても流石に許容範囲か?今のグラトン号を適切に潰すだけの力がない以上は隙を見て逃げるくらいしか…)
そこでアンブロシアは周囲の様子を確認する。
グラトン号への復讐を息巻いて訴えていた鳳少年の姿が見えなかった。あれだけ強気だったくせにもう喰われてしまったのかと彼は若干憤慨する気分も湧いてきたが、そもそも鳳少年が大して強くないことは知っていたため、すぐに切り替えることが出来た。
相も変わらず狂人っぷりを発揮しながら宙を跳ねているクレイジー・ナップは、双頭のトカゲの一方の襲撃を受けながらも未だに生き永らえていた。この状況下でも撤退せずにグラトン号と戯れるほどの余裕があることを考慮すれば、先程本気で戦うようなことをしなくて正解だったと彼は確信する。
流石のアンブロシアもこの状況には苦慮せずにはいられなかった。
クリルタイが援軍の派遣に難渋している以上、この場を制するには独力による解決が求められる。しかし、フルパワーで対抗した時であるならばまだしも、筐艦内部でアンブロシアが全力を解放するにはそれなりの損害が付きまとう。強引に突破しようとして攻め手の一辺倒になってしまえば、まだ隠した力を持っている可能性のあるグラトンの反撃を受けて思わぬ大打撃を喰らう可能性が捨てきれない。
(……だいたいなんでクリルタイは第三層を放置する?ニーズランド大討伐全体を考慮するならば、筐艦内部の損害を許容する道理なんてない。室長の話では何らかの脅威に備えているって見解だったけど、それっていったい……)
そこで、アンブロシアの中で一つの明瞭な解答が見つかった。
それを証明するように、次の瞬間に彼らの冠域の内側に新たな勢力が出現した。
―――
―――
―――
突如として空間を埋め尽くすような弾丸の雨が吹き抜ける。
無骨な銃口から放たれる虫の羽音のような駆動音は、巨大なトカゲが凶弾により地面に散らばる肉塊へと変貌するまで続いた。
「あれが……アーカマクナ」
アンブロシアは体勢を立て直し、息を整えながら事態を直視する。
冠域内部に現れた武装集団。だが、それを構成するのは大討伐用に編成されたTD2P軍部の正規部隊ではない。
ボイジャーと対を成す夢想世界戦略兵器。高度に発達した人工知能制御技術によって自立制御と集団運用を可能とした移動型火力砲とも言える殺戮兵器・アーカマクナの隊列だった。
(ざっと見て50機は固い。大隊を超える規模の同時戦略運用なんて馬鹿げた火力じゃないか。あの群体に比べたら海賊王戦なんてまるでデモンストレーションじゃないか)
「ご苦労。ボイジャー:アンブロシア号。貴機は実に優秀なボイジャーだな、空恐ろしく思うほどだ」
アーカマクナの隊列の最前線に立つ壮年の軍人はそう告げる。
曲がりなりにもTD2Pの軍部と捜査部を経験しているアンブロシアがその人物を知らぬはずはなかった。
今回の大討伐軍を指揮するTD2Pの三羽烏の一角、かの鬼才東郷有正に比肩する中将という肩書を持つ戦略塔軍部所属クリルタイ副議長にして、大討伐参謀事務次官の肩書を務める列記とした大討伐のトップ。コンスタンティン・ジュガシヴィリ中将その人だった。
「は、戦況をご報告いたします‼」
アンブロシアは直ちに敬礼し毅然とした態度に徹する。
「構わん。直れ。説明の必要はない。全ては想定内だ」
「承知いたしました。当機の次なる指令を承りたくございます」
アンブロシアは鉄面皮の裏で、事態の全容を把握したことによる中将への憎しみを燃やしていた。
(クリルタイの参謀がわざわざ自分から戦場に降りて来たんだ。想定内って口ぶりからしてやはりクリルタイは夢想世界に落されたグラトン号の暴走を予期して不用意な援軍支援を固辞していたわけだ。援軍を出して戦力を十分に充てれば十四系の扉の破壊そのものは簡単でも、その後に再びゲートが筐艦のどこかに繋がれた場合の捜索に時間を要することを嫌っての判断だったか。第三層に対する戦局ナビゲーションが全然発生しなかったのも、あのアーカマクナ軍団へのリソース集中のためと考えれば納得できる。
いや、そんなことはどうでもいい。クラウンによってグラトン号が送り込まれてくる可能性なんて机上論でしかないのに、その机上論に賭けて第三圏を傍観するなんて常人の思考じゃない。流石は"V計画廃止論"を訴えるほどのボイジャーアンチのジジイってことか。対抗勢力になったグラトン号をこれ以上にない脅威と認識するところまでは良しとして、その対処のために俺をダシに使うなんてTD2Pのドクトリンがひっくり返るほどの糞待遇じゃないか)
「貴機は冠域の展開を維持したまま待機。今この瞬間より旧ボイジャー:グラトン号をカテゴリー4の別解犯罪者に指定し、筐艦内の軍事指揮系統をこれの討伐に優先させる」
「了解致しました。…僭越ながら申し上げるならば、旧グラトン号の冠域は非常に強力な対人・対軍性能が認められます。当機もアーカマクナ部隊の援護に付くことで討伐の角度を上げることに微力ながら貢献できると存じます」
中将の表情は冷徹を体現したように硬かった。
「不要だ。貴機が破壊しかねていた十四系の扉は既に我が部隊が撤去を完了させた。現状は貴機に期待することなどさほど存在しない。…ああ、だが待機と言ったが、先程のあれは撤回する。冠域を維持したまま退避していろ」
「退避、でありますか?」
「左様。このアーカマクナG3はボイジャー反応を敵信号に置き換えて照準を向けさせる。自分に降りかかる弾雨は己で回避するのだ」
「なっ…‼」
「ァアァァァアアァァァァァァァァァアアアア ゛゛゛‼‼‼‼」
肉塊の散らばる血だまりからグラトン号の発狂が届く。
「こゆ、コユウかぁんイキ‼ffffぅーるベヘモとォオオオオオオオオ‼‼‼‼」
裂帛するようなグラトン号の詠唱が各人の耳を劈く。どれだけ精神汚染を来しても固有冠域という強力な空間生成が行えるその姿を前にして、アンブロシアから見てもボイジャーという戦略兵器の危うさというものが肌で感じとることとなった。
「G3展開。無制限火力解放。哀れな人造兵器を蹂躙せよ」
七つの頭を持つ竜と心を持たぬ人工知能兵器が激突する。空間そのものを打ち鳴らすように竜の頭は勢いよく地面や建物を抉りながら猛進し、53機に上るG3に襲い掛かる。G3も中隊規模、小隊規模へと分散しながら移動砲撃を実行し、ベンガル砲による絶大な弾幕火力によって巨大なグラトンの体躯を細かな肉片へと変えていった。
グラトンは冠域展開によって強大な制圧能力を獲得しているが、竜の動きは精確な狙いを欠いたような大振りへと変わっていた。的確な狙いのずれを速度と手数で補えるほどのパワーを持っているが、指揮官であるジュガシヴィリ中将は器用なポジション変化で竜の頭を回避している。
一見すれば体格と速度の差でグラトンが有利に見えるマッチアップだが、状況は確実に中将のG3部隊に傾いてる。それを可能とするのはBENGAL社が開発したBENGAL砲を搭載したG3の誇る圧倒的な火力にあると言って間違いなかった。
竜の首が複数破壊された時点で形勢は中将側が完全に掴んだ。無限の弾数を誇るG3の特出した弾幕性能は周囲の空間を弾丸の雨で覆い尽くしてしまっている。撃てば撃つほど確実にグラトンの竜の肉壁はダメージを受ける。脆くなった肉質に追い打ちをかけるのはグラトンの動きが止まるまで撃ち続けられる凶弾の嵐だ。
これまで戦いの中で苦慮を強いられてきたアンブロシアはその信仰すら芽生えかねない圧倒的火力に心を震わせていた。彼は中将の命じた退避の指揮を実行して弾丸の雨の回避を試みたが、中将の伝達のミスか、はたまた勘違いか、アンブロシアにも向けられると宣ったG3の火砲は彼に照準を合わせる様子はなかった。
(誤認か、バグか。何にせよ俺にアレの攻撃が向けられないならラッキーだ。ビビらせやがってあの爺…)
既に勝敗は決しているように見えた。海賊王の操る無限の帆船に対してたったの十機そこらで対応出来てしまっていたアーカマクナが大隊規模の実動を以てたった一人の対象に砲口を向けている以上、もはや彼我の物量戦としての拮抗などあり得るはずもないことだった。
肉を穿ち、命を擂り潰す轟雷のような弾幕。ボイジャーという立場にあるアンブロシアは言わば戦略兵器としての立ち位置はアーカマクナの対極に位置する存在であるが、そのあまりの殺傷力には芸術鑑賞に似た精神の饗応を受けているような感覚だった。
「……美しい」
それは自分でも意外な一言だった。しかし、紛れもない本心から零れた言葉に違いなかった。
目を奪われるという言葉が相応しい程に、彼の動きは羨望と畏怖により直立しながら硬直している。
グラトンは止まない被弾の中でも懸命に竜首の再生成による肉壁によって防御を試みている。着実に削り取られる限りあるリソースを絞り尽くしてでも生き延びようとする姿は不撓不屈そのものだった。しかし、生憎なことに裂帛するほどの咆哮を奏でているグラトンの魂の叫びは吹き荒ぶ弾丸の音によって掻き消されてしまっている。
「惨めだな‼鴇田裕田ッ‼‼
お前の偽りだらけの人生はここで全部終わりだッ‼‼
固有冠域展開:光喰麗獣」
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