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3章 望まれた王国
47 アーカマクナ
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〇筐艦_指令室
[獏が新型アーカマクナ-G3.G4.BENGALの起動を許可しました。これよりアーカマクナ機構の起動及び展開を開始します]
「東郷閣下」
無機質な空間の壁をすり抜けるようにして、絢爛な軍服に身を包んだキングストン・エドワーズ大尉が入室してきた。
「当初予定されていたアーカマクナ投入に必要とされる電力供給量は安定して要求値に達することができますが、構築地点として用意していた都市層での起動は難しいと思われるとの見解が技術部から上がってきております」
「イージス号が天面で大幅に体力を消耗していることが自明な理由だな。ならば、アーカマクナの展開地点を天面へと変更するまでだ」
「…と私も考えたので、技術部にそのように指示を出しましたが、結果として多少の反発は生じざるを得ませんでした。他方からも、特に技術部改良室主任の我那覇がボイジャーの出力測定のためにも第一圏という序盤での運用開始が望ましいと訴えています」
そこで東郷は顎を指で摩る。
「ボイジャー運用に難色があるわけではない。だが、かつて本格的な海賊王戦を経験したグラトンは精神汚染で潜航許可自体出すことが難しい上に、スカンダは冠域の基本スタンスが身体強化という物量戦には不向きな性質。他のボイジャーにしても獏の支配権がまだ完全に第一圏に浸透していない状態での運用では、肝心の冠域の出力低下によって思わぬ損害を被る可能性もある」
それにアレッシオ・カッターネオが同調する。
「確かに利口な戦略的判断という意味ではアーカマクナを解き放つのが最善手でしょうな。聞くところによれば新型のアーカマクナは一機体につき深度2000相当の負荷に堪えられる耐性があるとか。まず何にも代えてさっさとイージス号とゴフェル号を筐艦内に引き戻すのが先決とあらば、議論してる余地などありますまい」
「無論だ。アーカマクナ、モデルG3、G4、BENGALの同時展開により、海賊王に圧を掛けるぞ」
〇
アーカマクナとは、TD2Pの持つ二つの対悪魔の僕戦略の柱のうち、ボイジャーを主体とした運用計画であるV計画と対を成す性質構造を持つもう一方の兵器戦略的概念であり、この言葉は一般に"人工知能による夢想世界干渉"の事を指す。この一連の運用計画はArcha-Macuna-Projectという呼称からA計画と表現されることも多い。
人間の脳内にのみ存在する夢想世界という極めて概念的な空間に対して獏を中心とするスーパーコンピュータの大規模演算を行うことでアーカマクナは極めて多層的な深層学習を実行し、結果的に得られた出力層の応答を現実の人間の脳を媒体として夢想世界に抽出することで限定的な性能ではあるが、非生命を夢の世界で独立活動させるという非常に混沌とした技術体系を成している。
だが、この技術には人的次元の損耗が前提となるV計画を遥かに凌ぐ圧倒的な非難と誹りの声が歴史的に浴びせ掛けられているため、あくまでもこの技術はV計画の背後の水面下で推進されてきた技術革命だとされていた。非難を受ける理由として最も大きなところは、AI倫理に照らした際の戦略兵器の開発に対する人類側のリスクが非常に懸念されているのだ。
悪魔の僕という人間を遥かに超越した夢想世界の存在を相手にすることを前提とする以上、アーカマクナに求められる兵器としての性能の要求値は高い。仮に悪魔の僕に対して有効な戦略兵器に成り得るアーカマクナを生み出すことに成功したとして、それが飛躍しすぎた科学の暴走に繋がって人工知能が人間より優れた知能を有する到達点である技術的特異点を招く危険性が極めて高いという見解が組織内外の研究者から寄せられることになった。
アーカマクナをプログラム的に完璧に制御することは難しく、仮にアーカマクナ人間を誤って殺害した場合、その責任の所在をTD2Pが担うとしてそのリスクもまた懸念事項だった。アーカマクナの悪魔の僕に対する有用性と危険性を天秤にかけた際、人間が媒体となった戦略兵器であるボイジャーの運用が相対的に保守的な選択に成り得ることもまた、今日まで非人道的なボイジャー化実験が許容されてきた背景にもなっている。
また、A計画にとっての致命的な逆風となったのは、反英雄の登場と同時期に存在感を増した凶悪な悪魔の僕であり、カテゴリー5に名を連ねる最強格の怪物として怖れられる"挑戦者"の台頭だった。挑戦者は反英雄、叢雨禍神、真航海者と同じく究極反転を可能とするX個体として世界中から注目を集め、一時期は反英雄と苛烈な抗争を繰り広げたことで戦場を中心とした広域な土地が草木の育たぬ焦土へと変貌してしまった。
挑戦者は現実世界でも夢想世界でも頻繁に反英雄との衝突を引き起こし、その度に両世界で甚大な被害が生じた。反英雄に対する大討伐が大敗に終わった後のTD2Pはこの縄張り争いを止めるために実用化途中であるアーカマクナの投入を議決し、旧型を言われる当時のアーカマクナを大量に運用した挑戦者に対する大討伐を敢行した。
これが挑戦者の琴線に触れ、夢想世界での自身の冠域内部をアーカマクナに荒らされたことでとうとう激怒。投入された全てのアーカマクナを徹底的に破壊した後、大討伐軍の拠点を襲撃して人員の九割以上を虐殺。殺された者らの殆どは現実世界で再起不能の脳内ダメージを受けたり、精神汚染により危行に走る結果から逃れられなかった。
挑戦者は大討伐後もTD2Pに対する対決姿勢を緩めず、世界各地のTD2P支部を現実世界で攻撃した。幸い、反転個体の中では最も通常兵器での対処が容易だったこともあり、対挑戦者同盟という国家間の軍事同盟によって彼の暴挙への対処が今日まで続いている。
挑戦者がアーカマクナの研究施設を積極的に破壊して回ったことで旧型のアーカマクナの悉くが失われ、A計画は技術そのものに内在するリスクと挑戦者を不用意に刺激する大きな懸念から、事実上の凍結を甘んじて受けれ入れてきた。
しかし、A計画はTD2Pの鬼才である東郷有正が中将に昇任したことを期に彼はA計画を再開。佐呑島の被害を受け、混乱に塗れた世情を背景に、異常な執念で加速度的にA計画を完遂まで漕ぎつけたと言われている。
〇筐艦_天面
[筐艦天面にて新型アーカマクナ-G3.G4.BENGALを立体投影にて展開します。制限火力は設定されておりません。部分最適化にて火力行使が許容されますので半径10キロメートル以内の潜航者は直ちに筐艦内部へ退避してください]
無機質なアナウンスが激しい砲撃の雨に晒されるガブナーの脳に流れる。
「アーカマクナ。……東郷め、虎の子をこんな所で出すとはな」
「カッコつけてる場合じゃないでしょうがぁ隊長!あのロボットたちが何とかしてくれる間に筐艦に戻らなきゃ!」
「本当になんとかしてくれると良いが……」
筐艦天面が仄かに明るくなり、魔法陣を成すような光の線から徐々に宙を舞う黒い粒子が吹き上がっていく。気流に呑まれる黒煙のようにそれらは魔法陣のような天面の模様を中心に寄り集まっていき、湿った土のように部分的な塊になっていく。
黒い塊が徐々に複数体の人型の物体に形造られていく。
〇
[G3五騎構築完了。G4十七騎構築完了。BENGAL二機構築完了]
黒い煙により生み出された計二十四体のアーカマクナ。
悪魔の僕に並ぶ人類の脅威に成り得る戦略兵器としての性質上、その駆動原理や精密な機構背景はTD2Pのトップシークレット設定されている。運用における最上位権限は今回の大討伐の発起人である東郷有正中将が有しており、彼と懇意にしている特務機関であるBENGAL社のメンテナンスによって運用を可能としている。BENGAL社はそもそもが夢想世界における技術革新を目的とした非政府系の研究機関であり、この大討伐で用いている"獏"の性質を本来の夢想世界での力を制御するための排他的システムという特質から夢想世界での力を最適化するためのオペレーティングシステムという形へと改革を行ったのもこのBENGAL社だった。
アーカマクナが貌の無い黒色の人形と成る。大きさは人の身の丈に準じているサイズ感だが、これは新型であるG3.G4モデルの顕著な特性であり、過去の運用では固定砲台のような役割が強かったアーカマクナの自律志向に基づく各個移動を可能としている。
G3やG4モデルのようなアーカマクナのGナンバリングシリーズと呼ばれる機体にはBENGAL社が夢想世界専用の仕様として独自設計を行った"ベンガル砲"という機関砲を標準搭載している。ベンガル砲は一門につき毎分7000発という発射速度を持ちながら、45mmの大口から対冠域弾という夢想世界上の様々な特殊効果を無力化して対戦車ライフル並みの攻撃力を持った弾丸を装弾数を無限として撃ち続けることが可能であった。強力な物量を誇る突破力を持つ反面、夢想世界の特殊な空間構成の都合上から射撃制度を完全に放棄している。狙っても当たらない砲弾を用いることからアーカマクナには敵を正確に捕捉する機能は備わっておらず、基本的には獏から提供された敵の基本データに則った判断に基づいて攻撃を行うだけの単調な兵器だった。
しかし、それも機能を絞っている分、夢想世界においての複製や連続投入がしやすいという特性がある。一機体でもそれなりの制圧力を持つこの兵器をニ十騎以上の規模で並列運用することが可能であるのだ。
さらに、今回同時投入されたのは社名にも付けられているBENGALモデルという旧式よりさらに概念的には前置にあるとされるアーキタイプ型のアーカマクナであった。BENGALにはボイジャーを参考にした夢想世界耐性が疑似的に付与されており、純粋な冠域内での移動性能という面は新型よりも秀でた特性を持っている。BENGALモデルはベンガル砲の開発の遥か以前の機体であるため、こちらの攻撃手段は高速移動からの徒手空拳という極めて人間チックなものとなっている。一説にはこのアーキタイプの開発のためには類人猿や人間をモデルケースとした骨格と筋肉の動きをトレース処理しており、現実には在り得ないような挙動をしつつもしっかりと四肢を活かした有効打撃を可能とするのがコンセプトであった。
〇筐艦_天面
それは無骨な銃口から放たれる銃声というよりは、象ほどの巨躯を持つ虫の羽音を想起させるような駆動音だった。
ガブナーの眼前で広がる息が詰まるような弾幕の往来。海賊王が空中に無尽蔵に出現させる木造帆船からの砲撃とアーカマクナシリーズによる斉射により、肉眼で把握することなどとても困難な量の射撃が絶えず繰り広げられている。
一見すれば物的規模とポンド数の勝る砲撃を無制限に開放できる海賊王に有利が付きそうな対面だが、アーカマクナ側はBENGALの運用によって周囲に冠域による攻撃の中和性質を付与していることもあり、アーカマクナ側が砲撃により受けるダメージが軽微なものに済んでいる。無論、どんなにダメージカットをしたところでガブナー雨宮が身動き取れなくレベルの弾幕を長期的に受けきることは不可能だが、それでも短時間の間では決して海賊王相手に不利を取っているとは言えない活躍だった。
「やっちまってくださいよー‼糞不気味ですけどないよかマシです!」
準ボイジャー:ゴフェル号こと、バレンティアナ・ベネットが興奮気味に頬を赤らめている。
「精神汚染を考慮しなくていい分、冠域内の取り回しはボイジャーよりアーカマクナの方が上だな。実証実験のつもりなんだろうが、ありがたいことに奴らのバカみたいな弾幕の所為で余計に身動き取れなくなるってのがお偉いさんにはわかんねぇかな」
「なんにせよ、このままぶっちめてくれれば一番でしょう!」
「カテゴリー4の悪魔の僕だぞ。上位個体がそんな簡単にやられてくれるとは……」
そこで難破船のオブジェに埋もれる海賊王が動き見せる。胎動するように船が盛り上がり、木屑の粉塵をまき散らしながらガブナーの展開する多面バリアの上に派手に着地してみせた。
「わかってんじゃねぇか。んー?でもオメェら、あの玩具よりよっぽど役立たずだぜ?」
新近距離で見る海賊王の姿はやはり幼さがまだ感じられるような十代の少年だった。肉付きの良いだらしない体格をダボダボのTシャツで覆い、ステテコのような丈の短い大きなパンツを履いている。
ガブナーは目の色を変えてバレンティアナに向き直るとすぐに大声で合図を出す。
「やれッ‼」
「あいよ!」
バレンティアナは掌から小さなキューブを生み出してそれを海賊王に投げつける。宙で飛ぶキューブは高速に巨大化を果たすことで周辺の空間を一挙に押し退けていく。
「馬鹿かよ」
不敵な海賊王の笑みは空から降り注ぐ難破船の破片に隠れて見えなくなり、押し寄せてきた難破船の群れをまるで一つの大きな触手のように流れを持って操作してみせる彼は、意図も容易くバレンティアナのキューブを押し流して見せた。
「佐呑に居たバリア野郎。ちゃんと見た事ねぇけど、お前がそうだろ?」
「ほっとけ」
「いやいや、ほっとかねぇよ。あの時は随分と楽しそうにイキリ散らかしてたじゃんかよ。ちょっとガードが堅いからって無敵気取りか天狗野郎!あの時の威勢はどこ行ったんだァ?」
「殺すぞ糞ガキが」
「おぉ。そうだよ。殺してみろよ。ほら。ほらほら……さぁさぁさぁさぁ!
キンコルの金魚の糞野郎。弱者はいつまでたっても群れて遜って長ぇモンに巻かれる。あれだけ独走してたキンコルが死んだときたら、今度は敵陣の真ん中で玩具に囲まれてなぁんもできねぇ置物君。いっや~。マジでキンコル死んで残念だったなァ⁉あいつさえいれば少なくともTD2Pの全滅なんてオチ、無かったろうによォ‼」
「隊長!耳を貸しちゃだめです!」
「いいや。貸してくれよ。なァ?……隊長だかなんだか知らねぇけど、オメェは最後に取っておいてやるよ。どうせ放置してもなぁんも出来ねぇお飾り野郎なんだからなァ‼」
「テメェっ……‼」
そこでアーカマクナの弾丸が海賊王の胸部を後ろから撃ち抜いた。
「いいねぇ。ちゃんと戦場に立って戦うのは久しぶりだぜ。こういうのもしっかり楽しまなきゃなァ」
海賊王の眼が青く燃えた。
『冠域延長:彷徨える幽霊船』
[獏が新型アーカマクナ-G3.G4.BENGALの起動を許可しました。これよりアーカマクナ機構の起動及び展開を開始します]
「東郷閣下」
無機質な空間の壁をすり抜けるようにして、絢爛な軍服に身を包んだキングストン・エドワーズ大尉が入室してきた。
「当初予定されていたアーカマクナ投入に必要とされる電力供給量は安定して要求値に達することができますが、構築地点として用意していた都市層での起動は難しいと思われるとの見解が技術部から上がってきております」
「イージス号が天面で大幅に体力を消耗していることが自明な理由だな。ならば、アーカマクナの展開地点を天面へと変更するまでだ」
「…と私も考えたので、技術部にそのように指示を出しましたが、結果として多少の反発は生じざるを得ませんでした。他方からも、特に技術部改良室主任の我那覇がボイジャーの出力測定のためにも第一圏という序盤での運用開始が望ましいと訴えています」
そこで東郷は顎を指で摩る。
「ボイジャー運用に難色があるわけではない。だが、かつて本格的な海賊王戦を経験したグラトンは精神汚染で潜航許可自体出すことが難しい上に、スカンダは冠域の基本スタンスが身体強化という物量戦には不向きな性質。他のボイジャーにしても獏の支配権がまだ完全に第一圏に浸透していない状態での運用では、肝心の冠域の出力低下によって思わぬ損害を被る可能性もある」
それにアレッシオ・カッターネオが同調する。
「確かに利口な戦略的判断という意味ではアーカマクナを解き放つのが最善手でしょうな。聞くところによれば新型のアーカマクナは一機体につき深度2000相当の負荷に堪えられる耐性があるとか。まず何にも代えてさっさとイージス号とゴフェル号を筐艦内に引き戻すのが先決とあらば、議論してる余地などありますまい」
「無論だ。アーカマクナ、モデルG3、G4、BENGALの同時展開により、海賊王に圧を掛けるぞ」
〇
アーカマクナとは、TD2Pの持つ二つの対悪魔の僕戦略の柱のうち、ボイジャーを主体とした運用計画であるV計画と対を成す性質構造を持つもう一方の兵器戦略的概念であり、この言葉は一般に"人工知能による夢想世界干渉"の事を指す。この一連の運用計画はArcha-Macuna-Projectという呼称からA計画と表現されることも多い。
人間の脳内にのみ存在する夢想世界という極めて概念的な空間に対して獏を中心とするスーパーコンピュータの大規模演算を行うことでアーカマクナは極めて多層的な深層学習を実行し、結果的に得られた出力層の応答を現実の人間の脳を媒体として夢想世界に抽出することで限定的な性能ではあるが、非生命を夢の世界で独立活動させるという非常に混沌とした技術体系を成している。
だが、この技術には人的次元の損耗が前提となるV計画を遥かに凌ぐ圧倒的な非難と誹りの声が歴史的に浴びせ掛けられているため、あくまでもこの技術はV計画の背後の水面下で推進されてきた技術革命だとされていた。非難を受ける理由として最も大きなところは、AI倫理に照らした際の戦略兵器の開発に対する人類側のリスクが非常に懸念されているのだ。
悪魔の僕という人間を遥かに超越した夢想世界の存在を相手にすることを前提とする以上、アーカマクナに求められる兵器としての性能の要求値は高い。仮に悪魔の僕に対して有効な戦略兵器に成り得るアーカマクナを生み出すことに成功したとして、それが飛躍しすぎた科学の暴走に繋がって人工知能が人間より優れた知能を有する到達点である技術的特異点を招く危険性が極めて高いという見解が組織内外の研究者から寄せられることになった。
アーカマクナをプログラム的に完璧に制御することは難しく、仮にアーカマクナ人間を誤って殺害した場合、その責任の所在をTD2Pが担うとしてそのリスクもまた懸念事項だった。アーカマクナの悪魔の僕に対する有用性と危険性を天秤にかけた際、人間が媒体となった戦略兵器であるボイジャーの運用が相対的に保守的な選択に成り得ることもまた、今日まで非人道的なボイジャー化実験が許容されてきた背景にもなっている。
また、A計画にとっての致命的な逆風となったのは、反英雄の登場と同時期に存在感を増した凶悪な悪魔の僕であり、カテゴリー5に名を連ねる最強格の怪物として怖れられる"挑戦者"の台頭だった。挑戦者は反英雄、叢雨禍神、真航海者と同じく究極反転を可能とするX個体として世界中から注目を集め、一時期は反英雄と苛烈な抗争を繰り広げたことで戦場を中心とした広域な土地が草木の育たぬ焦土へと変貌してしまった。
挑戦者は現実世界でも夢想世界でも頻繁に反英雄との衝突を引き起こし、その度に両世界で甚大な被害が生じた。反英雄に対する大討伐が大敗に終わった後のTD2Pはこの縄張り争いを止めるために実用化途中であるアーカマクナの投入を議決し、旧型を言われる当時のアーカマクナを大量に運用した挑戦者に対する大討伐を敢行した。
これが挑戦者の琴線に触れ、夢想世界での自身の冠域内部をアーカマクナに荒らされたことでとうとう激怒。投入された全てのアーカマクナを徹底的に破壊した後、大討伐軍の拠点を襲撃して人員の九割以上を虐殺。殺された者らの殆どは現実世界で再起不能の脳内ダメージを受けたり、精神汚染により危行に走る結果から逃れられなかった。
挑戦者は大討伐後もTD2Pに対する対決姿勢を緩めず、世界各地のTD2P支部を現実世界で攻撃した。幸い、反転個体の中では最も通常兵器での対処が容易だったこともあり、対挑戦者同盟という国家間の軍事同盟によって彼の暴挙への対処が今日まで続いている。
挑戦者がアーカマクナの研究施設を積極的に破壊して回ったことで旧型のアーカマクナの悉くが失われ、A計画は技術そのものに内在するリスクと挑戦者を不用意に刺激する大きな懸念から、事実上の凍結を甘んじて受けれ入れてきた。
しかし、A計画はTD2Pの鬼才である東郷有正が中将に昇任したことを期に彼はA計画を再開。佐呑島の被害を受け、混乱に塗れた世情を背景に、異常な執念で加速度的にA計画を完遂まで漕ぎつけたと言われている。
〇筐艦_天面
[筐艦天面にて新型アーカマクナ-G3.G4.BENGALを立体投影にて展開します。制限火力は設定されておりません。部分最適化にて火力行使が許容されますので半径10キロメートル以内の潜航者は直ちに筐艦内部へ退避してください]
無機質なアナウンスが激しい砲撃の雨に晒されるガブナーの脳に流れる。
「アーカマクナ。……東郷め、虎の子をこんな所で出すとはな」
「カッコつけてる場合じゃないでしょうがぁ隊長!あのロボットたちが何とかしてくれる間に筐艦に戻らなきゃ!」
「本当になんとかしてくれると良いが……」
筐艦天面が仄かに明るくなり、魔法陣を成すような光の線から徐々に宙を舞う黒い粒子が吹き上がっていく。気流に呑まれる黒煙のようにそれらは魔法陣のような天面の模様を中心に寄り集まっていき、湿った土のように部分的な塊になっていく。
黒い塊が徐々に複数体の人型の物体に形造られていく。
〇
[G3五騎構築完了。G4十七騎構築完了。BENGAL二機構築完了]
黒い煙により生み出された計二十四体のアーカマクナ。
悪魔の僕に並ぶ人類の脅威に成り得る戦略兵器としての性質上、その駆動原理や精密な機構背景はTD2Pのトップシークレット設定されている。運用における最上位権限は今回の大討伐の発起人である東郷有正中将が有しており、彼と懇意にしている特務機関であるBENGAL社のメンテナンスによって運用を可能としている。BENGAL社はそもそもが夢想世界における技術革新を目的とした非政府系の研究機関であり、この大討伐で用いている"獏"の性質を本来の夢想世界での力を制御するための排他的システムという特質から夢想世界での力を最適化するためのオペレーティングシステムという形へと改革を行ったのもこのBENGAL社だった。
アーカマクナが貌の無い黒色の人形と成る。大きさは人の身の丈に準じているサイズ感だが、これは新型であるG3.G4モデルの顕著な特性であり、過去の運用では固定砲台のような役割が強かったアーカマクナの自律志向に基づく各個移動を可能としている。
G3やG4モデルのようなアーカマクナのGナンバリングシリーズと呼ばれる機体にはBENGAL社が夢想世界専用の仕様として独自設計を行った"ベンガル砲"という機関砲を標準搭載している。ベンガル砲は一門につき毎分7000発という発射速度を持ちながら、45mmの大口から対冠域弾という夢想世界上の様々な特殊効果を無力化して対戦車ライフル並みの攻撃力を持った弾丸を装弾数を無限として撃ち続けることが可能であった。強力な物量を誇る突破力を持つ反面、夢想世界の特殊な空間構成の都合上から射撃制度を完全に放棄している。狙っても当たらない砲弾を用いることからアーカマクナには敵を正確に捕捉する機能は備わっておらず、基本的には獏から提供された敵の基本データに則った判断に基づいて攻撃を行うだけの単調な兵器だった。
しかし、それも機能を絞っている分、夢想世界においての複製や連続投入がしやすいという特性がある。一機体でもそれなりの制圧力を持つこの兵器をニ十騎以上の規模で並列運用することが可能であるのだ。
さらに、今回同時投入されたのは社名にも付けられているBENGALモデルという旧式よりさらに概念的には前置にあるとされるアーキタイプ型のアーカマクナであった。BENGALにはボイジャーを参考にした夢想世界耐性が疑似的に付与されており、純粋な冠域内での移動性能という面は新型よりも秀でた特性を持っている。BENGALモデルはベンガル砲の開発の遥か以前の機体であるため、こちらの攻撃手段は高速移動からの徒手空拳という極めて人間チックなものとなっている。一説にはこのアーキタイプの開発のためには類人猿や人間をモデルケースとした骨格と筋肉の動きをトレース処理しており、現実には在り得ないような挙動をしつつもしっかりと四肢を活かした有効打撃を可能とするのがコンセプトであった。
〇筐艦_天面
それは無骨な銃口から放たれる銃声というよりは、象ほどの巨躯を持つ虫の羽音を想起させるような駆動音だった。
ガブナーの眼前で広がる息が詰まるような弾幕の往来。海賊王が空中に無尽蔵に出現させる木造帆船からの砲撃とアーカマクナシリーズによる斉射により、肉眼で把握することなどとても困難な量の射撃が絶えず繰り広げられている。
一見すれば物的規模とポンド数の勝る砲撃を無制限に開放できる海賊王に有利が付きそうな対面だが、アーカマクナ側はBENGALの運用によって周囲に冠域による攻撃の中和性質を付与していることもあり、アーカマクナ側が砲撃により受けるダメージが軽微なものに済んでいる。無論、どんなにダメージカットをしたところでガブナー雨宮が身動き取れなくレベルの弾幕を長期的に受けきることは不可能だが、それでも短時間の間では決して海賊王相手に不利を取っているとは言えない活躍だった。
「やっちまってくださいよー‼糞不気味ですけどないよかマシです!」
準ボイジャー:ゴフェル号こと、バレンティアナ・ベネットが興奮気味に頬を赤らめている。
「精神汚染を考慮しなくていい分、冠域内の取り回しはボイジャーよりアーカマクナの方が上だな。実証実験のつもりなんだろうが、ありがたいことに奴らのバカみたいな弾幕の所為で余計に身動き取れなくなるってのがお偉いさんにはわかんねぇかな」
「なんにせよ、このままぶっちめてくれれば一番でしょう!」
「カテゴリー4の悪魔の僕だぞ。上位個体がそんな簡単にやられてくれるとは……」
そこで難破船のオブジェに埋もれる海賊王が動き見せる。胎動するように船が盛り上がり、木屑の粉塵をまき散らしながらガブナーの展開する多面バリアの上に派手に着地してみせた。
「わかってんじゃねぇか。んー?でもオメェら、あの玩具よりよっぽど役立たずだぜ?」
新近距離で見る海賊王の姿はやはり幼さがまだ感じられるような十代の少年だった。肉付きの良いだらしない体格をダボダボのTシャツで覆い、ステテコのような丈の短い大きなパンツを履いている。
ガブナーは目の色を変えてバレンティアナに向き直るとすぐに大声で合図を出す。
「やれッ‼」
「あいよ!」
バレンティアナは掌から小さなキューブを生み出してそれを海賊王に投げつける。宙で飛ぶキューブは高速に巨大化を果たすことで周辺の空間を一挙に押し退けていく。
「馬鹿かよ」
不敵な海賊王の笑みは空から降り注ぐ難破船の破片に隠れて見えなくなり、押し寄せてきた難破船の群れをまるで一つの大きな触手のように流れを持って操作してみせる彼は、意図も容易くバレンティアナのキューブを押し流して見せた。
「佐呑に居たバリア野郎。ちゃんと見た事ねぇけど、お前がそうだろ?」
「ほっとけ」
「いやいや、ほっとかねぇよ。あの時は随分と楽しそうにイキリ散らかしてたじゃんかよ。ちょっとガードが堅いからって無敵気取りか天狗野郎!あの時の威勢はどこ行ったんだァ?」
「殺すぞ糞ガキが」
「おぉ。そうだよ。殺してみろよ。ほら。ほらほら……さぁさぁさぁさぁ!
キンコルの金魚の糞野郎。弱者はいつまでたっても群れて遜って長ぇモンに巻かれる。あれだけ独走してたキンコルが死んだときたら、今度は敵陣の真ん中で玩具に囲まれてなぁんもできねぇ置物君。いっや~。マジでキンコル死んで残念だったなァ⁉あいつさえいれば少なくともTD2Pの全滅なんてオチ、無かったろうによォ‼」
「隊長!耳を貸しちゃだめです!」
「いいや。貸してくれよ。なァ?……隊長だかなんだか知らねぇけど、オメェは最後に取っておいてやるよ。どうせ放置してもなぁんも出来ねぇお飾り野郎なんだからなァ‼」
「テメェっ……‼」
そこでアーカマクナの弾丸が海賊王の胸部を後ろから撃ち抜いた。
「いいねぇ。ちゃんと戦場に立って戦うのは久しぶりだぜ。こういうのもしっかり楽しまなきゃなァ」
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