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2章 巌窟の悪魔
30 三位一体
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アメリカ出身、小太りで身長も低く、性格は攻撃的で惰性的。10代の若さでありながら、その性格は大の大人を唸らせるレベルでの卑屈さでいて、さらに度を超えた天邪鬼。人の不幸をこよなく愛する社会不適合者でありながら、自身が歩む将来のことなど微塵も考慮したことなどなく、目の前の弱者を甚振ることを何よりの生きがいとする捻くれ者だった。
名はワイアット・キャンプベル。趣味は戦争。強者に諂うことを忘れない小心者でありながら、自己より弱い存在を認めない完全なる排斥主義者の少年だ。
ワイアットはその日、太陽がすっかりと日本海の果てに沈んだ夜半に目が覚めた。甲板にてだらしなく膨らんだ腹を出しながら大の字で寝ていたところ、頬を撫でるような雨粒の応酬にて不快さを感じながら覚醒を果たす。目を擦る合間にも、自身が身を置く駆逐艦が照準を定めた佐呑島へ向けて火を噴いていた。
「ふわぁぁぁあ……うるっせぇな」
夜であるというのに佐呑島は遊園地のような光に溢れていた。至る所で砲撃に起因する火災が発生していることもあるが、それ以上に駆逐艦と共に佐呑沿岸へと襲撃したタンカー船からのゲリラたちが残虐非道を働いている末の放火も多い。近年のTD2P主導の開拓事業が盛んであった佐呑島も、元々は木々の専有面積の多い自然の溢れた土地であったため、森林を巻き込んだ火災が佐呑の全体を煌々と照らす要因となっている。
それでも今さっき降り始めたと思われる雨のこともあり、しばらくすれば事態はある程度の収拾を見せるだろうとワイアットは思った、砲撃の轟音には不快さを見せる彼も、火災によるイルミネーションには心奪われつつあったためにそれが残念だった。
「腹減ったなぁ」
彼が自分のだらしない腹を摩りながら、もの欲しそうに辺りを見回した。
その時、何やら甲板の奥の方からずぶ濡れの青年が自分に向けて歩いてきているのが見え、ワイアットはじっとその姿を見つめる。歩み寄ってきた青年はお菓子の袋のようなものをワイアットに投げ渡すと、疲れを見せるようにして彼の横に腰を落とした。
「お腹が空いているだろうと思ってね。どうだろう、この国のスナックが口に合うかな?」
「おいおい、デブが全員スナック好きだと思うなよ。ふざけた野郎だ、ここが夢の中なら百回殺してやるところだぜ」
そう言いつつ、ワイアットはスナックを貪り喰う。その間、青年は水に濡れて絡まった海藻のような状態になっている髪の毛をせっせと直していた。
「おお、そのアフロ。お前クレプスリーかよ。濡れてると誰かわかんねぇな……うまうま」
「友達の顔くらい覚えとけっての」
「寝起きなんだよ。許してくれや」
恐ろしい勢いで菓子袋を空にしたワイアットはどてっと寝ころんだ。
「……つーか、遅かったじゃねぇか。俺様をわざわざこんなジャップ共の国まで呼び寄せたんだ。ちゃんとやりてぇことはできたんだろうな?」
「いいや。そりゃこれからだよ。……そもそもあっしの動き出しが遅かったのは君の到着がちょっと遅かった所為でもあるんだけど。まぁいいや。てか、Eメールちゃんと読んだ?」
「中身までちゃんと見るわけねぇだろ。こっちもこっちで取り込み中だったんだ。メール一つでわざわざ来てやる俺様に感謝しやがれ」
「あー。まぁ、そうだな。ありがとさん」
「で、わざわざこんなとこに呼び寄せて何のつもりだよ。TD2Pのことは良く知らねぇけど、なんかボイジャーがいっぱいいるんだろ?」
「ああ。ここ来る前にTD2Pの援軍全滅させる必要があったから戦ったけど、割と強かったしね。それ以外にもわんさかいるみたいだ。わざわざ首を突っ込む気はないけど、美味しいところはちゃんと掻っ攫うつもりさ。
……佐呑のパスの回収と監獄の座標にバックドアを仕掛けるって目的は完了、できれば獏の破壊までしたいところだけど、もうどうでもいい。それどころじゃなくなった」
「おん。何を見たってんでぇ」
「女は怖いよねぇ」
「は?」
「ま、いろいろ見たけど、とにかく一番のビックニュースは鯵ヶ沢露樹だ。島の底の四畳半に居た間に聞こえてきたキンコルの野望は達成してもらうだけの価値がある」
そこでワイアットは小首を傾げつつ、興味なさそうに背を向けて寝ころんだ。
「なぁんか、面倒な話になりそうだな」
「この島には原初のV計画に纏わる最後の研究施設が眠ってた。それを掘り起こしたキンコルの計画の行きつく先は知れてるさ。これからこの島に、神と悪魔、あるいは両方が生み出されるかもしれないよ?」
「……まー、困ったら起こしてくれや。一応、いつでも夢想世界に船は出せるけどよ。俺本人がいた方が強いからな。ってか、なんとなく船越しに伝わってきた感じだけど、多分俺の船たちがいた場所が今一番ホットだと思うぜ」
「はー。カテゴリー4の海賊王とも呼ばれる無限艦隊の主がこんな引きこもりイキリ陰キャだと知れたら威厳も糞もないだろうに。…気の毒なことだ。奴らはあの船の中に海賊王の本体がいると信じ、必死こいて抵抗する。……知らないんだろうなぁ、自分以外のものを起点に冠域を成立させることができる悪魔の僕もいるってことをさ」
「なァに言ってんだ。俺が行ったら瞬殺しちまって面白くねぇからだろ。雑魚は雑魚なりに必死に抵抗してもらって、最期の最後に本気出してすり潰すのが一番面白れぇんだからよ」
「ははっ!!君のそのコメディセンスはやっぱり傑作だ。君と友達になれて本当に良かったよ‼」
―――
―――
―――
「時の研究者たちの中にも原初V計画への賛否両論は存在した。一つに繋がってしまった夢の世界、横行する別解犯罪や悪魔の僕の傍若無人な大暴れ……法の制約が働かない中、設立を急かされた対悪魔の僕の組織であるTD2Pには、世界各地から実に様々な人材が集ったという。そして動き出した【Vanquish計画】、原初V計画の名でも知られるこの事業はいわば、世界の秩序を取り戻すため、世界そのものを維持していくための戦いだった。
だが、その過程は先程のロッツ博士が述べた通り。熟成され、厳選され、秘匿され、没頭を強いられた選りすぐりのエリートである学者たちの多大なる精神汚染の現実。禁忌に触れんとする者は、その禁忌により口を閉ざされる。悪魔という不可逆的な対人類概念と真っ向から対峙するには、人類側の人手が決定的に不足していた。
副産物として生み出された、偶然にも夢想世界における高深度の空間に堪えうる性能を持った改造人間。憂いに塗れた人類が、宇宙に等しい夢想世界の闇と謎に挑むために与えられた名こそが"航海者"だった。僅かでも保身を試みたり、人類に貢献する時間を確保せんとする研究者はこのボイジャーをより強く、より硬く、することに執着した。悪魔の真理ではなく、ボイジャーを鍛錬しようという思想もそれはそれで様々な弊害を招いた。実験に投じられる人間の損失や精神障害の発生、制御の利かなくなったボイジャーによるTD2P内部の暴走や叛乱による職員の殉職も枚挙に暇がない。
では、そんな副産物として生み出され、不条理にも戦うことを強いられることとなった人造兵器は果たして何を以て職務に邁進するのか。答えは単純。自らの夢のためだ。そして、俺の夢は人類の救済と恒久なる安寧の確立。どうしても、どうしてもこの望みを叶えたいと願った僕が選んだ道は皮肉にも原初V計画への回帰を果たした」
骸骨は立ち上がった。霊的なエネルギーが骨同士を結び付けるように、なにか全身から不可視のオーラを放っているように他の者からは見えた。
「この佐呑は、研究者同士の軋轢によってTD2Pを追われたマッドサイエンティストたちが行きついた最終地点だった。禁忌に迫る研究にこの土地は都合が良かったのか、神をも畏れぬ非凡な胆力を持った者たちがこの島に集い、唯一、原初V計画にある人造悪魔の錬成の解を導き出した。そんな研究チームは表社会にも裏社会にも名を出さない完全なる特命特務啓蒙結社となり、組織名すら定まる前に、自らが生み出した人造悪魔によって一人の残らず滅ぼされた。
曰く、夢の世界において、一つの星に喩えられる悪魔・昏山羊。彼らはその存在に一つの仮の質量を見出した。持ちうる性質までもはわからずとも、そのスケールを抽出するという点にのみ特化し、それによって必要とされる要素の列挙に成功した。簡単な足し算で成せるはずもない計算式だが、彼らは偉大なる先人たちの残した錬金術から星読み、さらには黒魔術など、傍から見れば声を上げて笑いたくなるような手段を用いて、疑似的な悪魔の機構を生み出した。
莫大な夢のエネルギーの凝縮を以てして生み出した人造悪魔。惜しむらくは当時に用意できた夢想世界のエネルギーの不足だった。もし、あの時、この場に集っているような屈強極まりない夢想世界の実力者の力を丸ごと悪魔に捧げることができたのであれば、せっかく生み出した人造悪魔が動力不足で息絶えることもなかっただろうに……」
骸骨が身を包む朱色の死装束が蠢く。
「僕は偉大なる思想を元に研鑽を積み、努力を惜しまず、持てる全てを擲ってこの島に自分が思う侭に動かすことができるTD2P佐呑支部を生み出した。監獄塔も然り、全ては唯一絶対の夢のために。何より必要となったのは星に匹敵するとさえ言われる悪魔を動かすに足る法外な夢のエネルギー。獏という人類史最大の発明品を用いたエネルギー回路を構築してなお、より研ぎ澄まされた効率の良さというものが求められた。
そして、考え付いた方法は一つのオリジナルへと導かれた。この世界において最も適正のある人間を悪魔の依り代となすことで、必要とされる耐用値のフレームを補い、そこへこの手で蒐集した肉・骨・魂を惜しげなく投入する。
肉とは即ち、夢の深度。ここまで色鮮やかに世界を彩る異彩の怪物たちが生み出す夢のエネルギ―を獏へと集中さ せ、豪華絢爛な馳走が如き贅肉までへと昇華させた。
骨とは即ち、冠域を形造る夢の設計図。固有冠域という唯一絶対の最強空間の在り方を分析し、蒐集し、再構築する。どんな筋肉に囲われようとも、それを支え、受け止める骨が脆弱では意味がないのと同じで、より集めた夢のエネルギーを最大限に利用するには、相応の骨格となる冠域の生成が必要不可欠となる。
最後の要素は魂。生み出した強靭な筐体を突き動かすにたる傲岸不遜で何にも後れを取らない強靭無比な魂が必要だった。唯一、計画において不安の残るエッセンスだったが、それも先日の信号鬼戦を経たことで私の中の疑念を確信へと変えた。――死霊でも力を持てる。いいや、違う。死を経ることでしか得られない絶対的な力というものもある。故に、この儀式の完遂にはこの身を即身仏として人界に捧げることを選んだ。
今宵、全ての要素は揃い。悪魔は生誕する」
―――
―――
―――
「残念だが、貴様の計画は徒労に終わるだろう」
その言葉と共に鳴り響いた銃声。白と黒に包まれた球体の空間において不思議な反響を見せた銃声がその場の皆の耳に届く頃には、かつてキンコルであった骸骨の頭蓋には一つのくっきりとした穴が穿たれていた。
「ホラー映画の中だって骸骨に拳銃ぶっ放すヒーローはいないだろうよ。ねぇ?孟中尉」
宙を舞う骸骨。朱色の装束が舞い、一本の布のように宙を滑り銃を構えた孟中尉の元へと肉迫した。奇襲が成功するとは思っていない孟中尉だったが、不気味な骸骨と化したことで怪物へとなり果てたキンコルの姿を見て彼は怯んだ。
孟中尉の四肢が骸骨によって押さえられる。彼がイメージにより生み出した拳銃も骨ばった手に絡め取られてその手からは零れ落ち、カチカチとしきりに歯をかみ合わせていた骸骨の口に吸い込まれていった。
「今更、ただの人間が出しゃばってくるんじゃないよ。今から世界を救わなきゃいけなくてね、悪いけど君に構ってる暇はない」
「それが無駄だと言っているんだ。……襲来したゲリラ軍団によって既に佐呑支部は陥落した‼間もなく、秘匿され続けた獏の筐体へと蛮族の手が及び、破壊されるだろう。佐呑の軍部はゲリラと艦砲射撃の手により、善戦も報われずに大敗。管理塔、監獄塔を問わず、ゲリラの手によって殆どの職員が殺されまくっている」
孟中尉が骸骨の頭を両の手で掴んだ。
「この地獄を生み出したお前を決して許さないッ‼お前の計画はこの佐呑と共に沈んでいく。全てを道ずれに、盛大なお遊戯を繰り広げた気分はどうだ‼糞野郎ッ」
「んーん」
骸骨は自身の頭を掴んだ腕を骨だけの手指で絡め取り、そのまま孟中尉の両腕を握りつぶした。
「……ッ‼?」
「わかってないなぁ。…君は聞いていないだろうが、他の皆には確かに言ったぜ?
期は熟したってね」
骸骨の装束がなおも揺れる。
暴風を背に抱えたように、何もない空間から嵐が立ち上る。
「君らが獏の範囲に入った瞬間から儀式は始まっている。そして、名の在る実力者が往々に本気を出し始めた最高の瞬間において、獏から彼女に対する全ての供給は停止している。……残る儀式はこの五体を神霊たらしめる生入定の過程のみ」
表情筋などもちろん存在しない骸骨だが、その表情はどこか笑んでいるように見えた。
「さぁ、獏がなくなった今。彼女はここに顕れる。一緒に迎え入れようじゃないか。我が夢を叶える唯一絶対の悪魔の登場をねッ」
名はワイアット・キャンプベル。趣味は戦争。強者に諂うことを忘れない小心者でありながら、自己より弱い存在を認めない完全なる排斥主義者の少年だ。
ワイアットはその日、太陽がすっかりと日本海の果てに沈んだ夜半に目が覚めた。甲板にてだらしなく膨らんだ腹を出しながら大の字で寝ていたところ、頬を撫でるような雨粒の応酬にて不快さを感じながら覚醒を果たす。目を擦る合間にも、自身が身を置く駆逐艦が照準を定めた佐呑島へ向けて火を噴いていた。
「ふわぁぁぁあ……うるっせぇな」
夜であるというのに佐呑島は遊園地のような光に溢れていた。至る所で砲撃に起因する火災が発生していることもあるが、それ以上に駆逐艦と共に佐呑沿岸へと襲撃したタンカー船からのゲリラたちが残虐非道を働いている末の放火も多い。近年のTD2P主導の開拓事業が盛んであった佐呑島も、元々は木々の専有面積の多い自然の溢れた土地であったため、森林を巻き込んだ火災が佐呑の全体を煌々と照らす要因となっている。
それでも今さっき降り始めたと思われる雨のこともあり、しばらくすれば事態はある程度の収拾を見せるだろうとワイアットは思った、砲撃の轟音には不快さを見せる彼も、火災によるイルミネーションには心奪われつつあったためにそれが残念だった。
「腹減ったなぁ」
彼が自分のだらしない腹を摩りながら、もの欲しそうに辺りを見回した。
その時、何やら甲板の奥の方からずぶ濡れの青年が自分に向けて歩いてきているのが見え、ワイアットはじっとその姿を見つめる。歩み寄ってきた青年はお菓子の袋のようなものをワイアットに投げ渡すと、疲れを見せるようにして彼の横に腰を落とした。
「お腹が空いているだろうと思ってね。どうだろう、この国のスナックが口に合うかな?」
「おいおい、デブが全員スナック好きだと思うなよ。ふざけた野郎だ、ここが夢の中なら百回殺してやるところだぜ」
そう言いつつ、ワイアットはスナックを貪り喰う。その間、青年は水に濡れて絡まった海藻のような状態になっている髪の毛をせっせと直していた。
「おお、そのアフロ。お前クレプスリーかよ。濡れてると誰かわかんねぇな……うまうま」
「友達の顔くらい覚えとけっての」
「寝起きなんだよ。許してくれや」
恐ろしい勢いで菓子袋を空にしたワイアットはどてっと寝ころんだ。
「……つーか、遅かったじゃねぇか。俺様をわざわざこんなジャップ共の国まで呼び寄せたんだ。ちゃんとやりてぇことはできたんだろうな?」
「いいや。そりゃこれからだよ。……そもそもあっしの動き出しが遅かったのは君の到着がちょっと遅かった所為でもあるんだけど。まぁいいや。てか、Eメールちゃんと読んだ?」
「中身までちゃんと見るわけねぇだろ。こっちもこっちで取り込み中だったんだ。メール一つでわざわざ来てやる俺様に感謝しやがれ」
「あー。まぁ、そうだな。ありがとさん」
「で、わざわざこんなとこに呼び寄せて何のつもりだよ。TD2Pのことは良く知らねぇけど、なんかボイジャーがいっぱいいるんだろ?」
「ああ。ここ来る前にTD2Pの援軍全滅させる必要があったから戦ったけど、割と強かったしね。それ以外にもわんさかいるみたいだ。わざわざ首を突っ込む気はないけど、美味しいところはちゃんと掻っ攫うつもりさ。
……佐呑のパスの回収と監獄の座標にバックドアを仕掛けるって目的は完了、できれば獏の破壊までしたいところだけど、もうどうでもいい。それどころじゃなくなった」
「おん。何を見たってんでぇ」
「女は怖いよねぇ」
「は?」
「ま、いろいろ見たけど、とにかく一番のビックニュースは鯵ヶ沢露樹だ。島の底の四畳半に居た間に聞こえてきたキンコルの野望は達成してもらうだけの価値がある」
そこでワイアットは小首を傾げつつ、興味なさそうに背を向けて寝ころんだ。
「なぁんか、面倒な話になりそうだな」
「この島には原初のV計画に纏わる最後の研究施設が眠ってた。それを掘り起こしたキンコルの計画の行きつく先は知れてるさ。これからこの島に、神と悪魔、あるいは両方が生み出されるかもしれないよ?」
「……まー、困ったら起こしてくれや。一応、いつでも夢想世界に船は出せるけどよ。俺本人がいた方が強いからな。ってか、なんとなく船越しに伝わってきた感じだけど、多分俺の船たちがいた場所が今一番ホットだと思うぜ」
「はー。カテゴリー4の海賊王とも呼ばれる無限艦隊の主がこんな引きこもりイキリ陰キャだと知れたら威厳も糞もないだろうに。…気の毒なことだ。奴らはあの船の中に海賊王の本体がいると信じ、必死こいて抵抗する。……知らないんだろうなぁ、自分以外のものを起点に冠域を成立させることができる悪魔の僕もいるってことをさ」
「なァに言ってんだ。俺が行ったら瞬殺しちまって面白くねぇからだろ。雑魚は雑魚なりに必死に抵抗してもらって、最期の最後に本気出してすり潰すのが一番面白れぇんだからよ」
「ははっ!!君のそのコメディセンスはやっぱり傑作だ。君と友達になれて本当に良かったよ‼」
―――
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「時の研究者たちの中にも原初V計画への賛否両論は存在した。一つに繋がってしまった夢の世界、横行する別解犯罪や悪魔の僕の傍若無人な大暴れ……法の制約が働かない中、設立を急かされた対悪魔の僕の組織であるTD2Pには、世界各地から実に様々な人材が集ったという。そして動き出した【Vanquish計画】、原初V計画の名でも知られるこの事業はいわば、世界の秩序を取り戻すため、世界そのものを維持していくための戦いだった。
だが、その過程は先程のロッツ博士が述べた通り。熟成され、厳選され、秘匿され、没頭を強いられた選りすぐりのエリートである学者たちの多大なる精神汚染の現実。禁忌に触れんとする者は、その禁忌により口を閉ざされる。悪魔という不可逆的な対人類概念と真っ向から対峙するには、人類側の人手が決定的に不足していた。
副産物として生み出された、偶然にも夢想世界における高深度の空間に堪えうる性能を持った改造人間。憂いに塗れた人類が、宇宙に等しい夢想世界の闇と謎に挑むために与えられた名こそが"航海者"だった。僅かでも保身を試みたり、人類に貢献する時間を確保せんとする研究者はこのボイジャーをより強く、より硬く、することに執着した。悪魔の真理ではなく、ボイジャーを鍛錬しようという思想もそれはそれで様々な弊害を招いた。実験に投じられる人間の損失や精神障害の発生、制御の利かなくなったボイジャーによるTD2P内部の暴走や叛乱による職員の殉職も枚挙に暇がない。
では、そんな副産物として生み出され、不条理にも戦うことを強いられることとなった人造兵器は果たして何を以て職務に邁進するのか。答えは単純。自らの夢のためだ。そして、俺の夢は人類の救済と恒久なる安寧の確立。どうしても、どうしてもこの望みを叶えたいと願った僕が選んだ道は皮肉にも原初V計画への回帰を果たした」
骸骨は立ち上がった。霊的なエネルギーが骨同士を結び付けるように、なにか全身から不可視のオーラを放っているように他の者からは見えた。
「この佐呑は、研究者同士の軋轢によってTD2Pを追われたマッドサイエンティストたちが行きついた最終地点だった。禁忌に迫る研究にこの土地は都合が良かったのか、神をも畏れぬ非凡な胆力を持った者たちがこの島に集い、唯一、原初V計画にある人造悪魔の錬成の解を導き出した。そんな研究チームは表社会にも裏社会にも名を出さない完全なる特命特務啓蒙結社となり、組織名すら定まる前に、自らが生み出した人造悪魔によって一人の残らず滅ぼされた。
曰く、夢の世界において、一つの星に喩えられる悪魔・昏山羊。彼らはその存在に一つの仮の質量を見出した。持ちうる性質までもはわからずとも、そのスケールを抽出するという点にのみ特化し、それによって必要とされる要素の列挙に成功した。簡単な足し算で成せるはずもない計算式だが、彼らは偉大なる先人たちの残した錬金術から星読み、さらには黒魔術など、傍から見れば声を上げて笑いたくなるような手段を用いて、疑似的な悪魔の機構を生み出した。
莫大な夢のエネルギーの凝縮を以てして生み出した人造悪魔。惜しむらくは当時に用意できた夢想世界のエネルギーの不足だった。もし、あの時、この場に集っているような屈強極まりない夢想世界の実力者の力を丸ごと悪魔に捧げることができたのであれば、せっかく生み出した人造悪魔が動力不足で息絶えることもなかっただろうに……」
骸骨が身を包む朱色の死装束が蠢く。
「僕は偉大なる思想を元に研鑽を積み、努力を惜しまず、持てる全てを擲ってこの島に自分が思う侭に動かすことができるTD2P佐呑支部を生み出した。監獄塔も然り、全ては唯一絶対の夢のために。何より必要となったのは星に匹敵するとさえ言われる悪魔を動かすに足る法外な夢のエネルギー。獏という人類史最大の発明品を用いたエネルギー回路を構築してなお、より研ぎ澄まされた効率の良さというものが求められた。
そして、考え付いた方法は一つのオリジナルへと導かれた。この世界において最も適正のある人間を悪魔の依り代となすことで、必要とされる耐用値のフレームを補い、そこへこの手で蒐集した肉・骨・魂を惜しげなく投入する。
肉とは即ち、夢の深度。ここまで色鮮やかに世界を彩る異彩の怪物たちが生み出す夢のエネルギ―を獏へと集中さ せ、豪華絢爛な馳走が如き贅肉までへと昇華させた。
骨とは即ち、冠域を形造る夢の設計図。固有冠域という唯一絶対の最強空間の在り方を分析し、蒐集し、再構築する。どんな筋肉に囲われようとも、それを支え、受け止める骨が脆弱では意味がないのと同じで、より集めた夢のエネルギーを最大限に利用するには、相応の骨格となる冠域の生成が必要不可欠となる。
最後の要素は魂。生み出した強靭な筐体を突き動かすにたる傲岸不遜で何にも後れを取らない強靭無比な魂が必要だった。唯一、計画において不安の残るエッセンスだったが、それも先日の信号鬼戦を経たことで私の中の疑念を確信へと変えた。――死霊でも力を持てる。いいや、違う。死を経ることでしか得られない絶対的な力というものもある。故に、この儀式の完遂にはこの身を即身仏として人界に捧げることを選んだ。
今宵、全ての要素は揃い。悪魔は生誕する」
―――
―――
―――
「残念だが、貴様の計画は徒労に終わるだろう」
その言葉と共に鳴り響いた銃声。白と黒に包まれた球体の空間において不思議な反響を見せた銃声がその場の皆の耳に届く頃には、かつてキンコルであった骸骨の頭蓋には一つのくっきりとした穴が穿たれていた。
「ホラー映画の中だって骸骨に拳銃ぶっ放すヒーローはいないだろうよ。ねぇ?孟中尉」
宙を舞う骸骨。朱色の装束が舞い、一本の布のように宙を滑り銃を構えた孟中尉の元へと肉迫した。奇襲が成功するとは思っていない孟中尉だったが、不気味な骸骨と化したことで怪物へとなり果てたキンコルの姿を見て彼は怯んだ。
孟中尉の四肢が骸骨によって押さえられる。彼がイメージにより生み出した拳銃も骨ばった手に絡め取られてその手からは零れ落ち、カチカチとしきりに歯をかみ合わせていた骸骨の口に吸い込まれていった。
「今更、ただの人間が出しゃばってくるんじゃないよ。今から世界を救わなきゃいけなくてね、悪いけど君に構ってる暇はない」
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「この地獄を生み出したお前を決して許さないッ‼お前の計画はこの佐呑と共に沈んでいく。全てを道ずれに、盛大なお遊戯を繰り広げた気分はどうだ‼糞野郎ッ」
「んーん」
骸骨は自身の頭を掴んだ腕を骨だけの手指で絡め取り、そのまま孟中尉の両腕を握りつぶした。
「……ッ‼?」
「わかってないなぁ。…君は聞いていないだろうが、他の皆には確かに言ったぜ?
期は熟したってね」
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暴風を背に抱えたように、何もない空間から嵐が立ち上る。
「君らが獏の範囲に入った瞬間から儀式は始まっている。そして、名の在る実力者が往々に本気を出し始めた最高の瞬間において、獏から彼女に対する全ての供給は停止している。……残る儀式はこの五体を神霊たらしめる生入定の過程のみ」
表情筋などもちろん存在しない骸骨だが、その表情はどこか笑んでいるように見えた。
「さぁ、獏がなくなった今。彼女はここに顕れる。一緒に迎え入れようじゃないか。我が夢を叶える唯一絶対の悪魔の登場をねッ」
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