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1章 悪霊の饗宴
07 鬼の正体
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「まぁグダグダと前口上ばかり垂れていても時間が勿体ないですし、閑話休題と行きましょうか」
インターネットで繋がった仮想空間。TD2Pが保有するVPNを利用して設けられたその戦略会議の場はTD2Pの支部と思しき場所と唐土たちの居る田舎の小屋を繋いだ。夢の世界とは対照的に果てしなく無機質で手狭な個室のような空間には初期作戦時に指揮を執っていた小隊の隊長を含めた数人の軍人らしき者らと明らかに彼らより位が高そうな人物らが半数を占めていた。位が高そうな者らは仕立ての良い制服にこれでもかと鮮やかな勲章やらバッチやらをぶら下げていて、口に立派な髭を蓄えていたり、異様に太っていたりと見かけだけでもそれなりの身分を想起させた。
そんな軍人らに対して、用意された円卓状の席の反対側にはボイジャーとその担当左官のような人物が並んで座っている。白英淑と唐土も隣に顔を連ねて座しており、その左側にはボイジャーのスカンダ号とその担当左官、反対がキンコル号の組といった具合だった。
このような軍略会議に参加する経験などない唐土だが、少なくとも自分が積極的に何かを口述する必要はないように思われた。上層部らしき人間らの表情は決して柔らかいものではないが、この場を取り仕切ろうと働きかける運びを見せているのが同じボイジャーのキンコル号という存在であることも一因だった。
「良いだろう。実際の戦地を俯瞰したボイジャーととしての忌憚のない意見を述べたまえ」
立派な口髭を蓄えた壮年の官僚が言う。
それに対してボイジャーのスカンダはわかりやすく不服気味な様子だった。会議を開く上での前提の情報を聞いただけの唐土だが、先の戦闘ではほぼ全ての戦闘はスカンダが担っていたという話だった。
「ええ。まずは対象の扱う能力から。
対象:信号鬼は複数の制限術、罰則術を用いる変則的な"支配権行使型"の悪魔の僕です。意図して出現させている車両にはその一つ一つに自身の冠域に幽閉していたと思われる夢の世界の住人の魂を付与しており、神風特攻のような自爆突撃をさせることをメインの攻撃手段として構えています。当初の私の見解としては、事前に夢想世界における奴の固有冠域に侵入してしまった夢見る人間たちを弾数として保有し、戦闘時にそれを弾丸として発射するようなものだと考えていました。しかし、それを実証するには現実における被害と夢の世界において動かされた車両の規模が一致しない。確かに現実世界では夢想世界での戦闘に連動するかのように様々な交通トラブルが生じているが、あくまでも交通事故は放っておいても自然発生するものだ。夢想世界に直接連動して現実に被害が出るとしたら、スカンダの戦闘スタイルからしても現実世界は途轍もない死人が出ていた可能性もある」
「…………」
「しかし、スカンダと信号鬼との大規模な交戦が果たされた時点から今に至るまで、全国的に見て一挙に交通事故の平均数が跳ね上がっているわけではない。ではあの攻撃に実際の人間の魂が付与されていないのかと言えばそうでもない。私が見る限り、やはり攻撃には純度はまちまちではあるが実際の魂が入っている。攻撃そのものをある意味反撃を躊躇うだけの人質にするという意図は信号鬼の発言からも明らかだった」
「くどい、キンコル号。閑話休題っていうならさっさと本題を言いな」
スカンダが悪態をつく。信号鬼による敗北が精神に悪い影響を与えているのか、彼女はどこかそわそわしていた。
「ああ。だが、前提のとなる条件を明らかにしないことには奴の討伐に大きな支障がある。結論から言えば奴を倒すことは可能だが、それには信号鬼の正体について触れる必要があるんだ」
「正体だと?君は信号鬼の現実の個人を特定できたというのかね?一体どうやって!?」
「いやいや、私だって信号鬼を構成する人間について断定するだけの力はありません。しかし、この事例に至ってはそもそも信号鬼が個人であるという想定から転換する必要があると提言します」
「……?」
信号鬼が個人でない。
その発言によって唐土の頭は少し意識が動いた。
「どういうことでしょう?私も実際に奴と対峙しましたが、存在を複数感知したわけではありません」
英淑が言う。
「奴の能力と発言、そこに私なりの考察を交えた結果と申しましょうか……
まず、この仮説を言うにあたって一度皆様方の反対意見を我慢して頂く必要があります。……いいですか?信号鬼の正体はおそらく"悪霊"です。土地神や精霊のような自縛的な精神体と言い換えても良い。彼らは実際に存在するある町で交通事故に遭って亡くなった人間の無念の集合体であり、おそらくは交通制度や運転者、果ては歩行者から町の民家までの全てを呪いの対象とする強大な恩讐の念を固有冠域に昇華させた空想上の意識体。
この考察の元となるのは、先程述べた時間帯での日本全体の交通事故の件数において、唯一局所的に事故件数が跳ね上がっている地域が存在する点にあります。この町は元々数十年という長いスパンに渡って交通事故による死傷者の件数、構造物の破壊であったり危険運転による様々なトラブルの未遂だったり検挙数は全国的に高いことで有名でした。交通事故の被害で子供から老人まで様々な人間が悲惨な死を迎えており、歴史を繰り返す人間の愚かさを証明するかのように、ある通りでは死者に手向ける献花が葬列のように立ち並ぶ場所もあるとか」
「ちょいちょいちょい……何言ってんのアンタ?」
「夢想世界というのはそもそもが人間の意識の裡に秘める特殊な空間だ。悪魔の仕業と全てを投げやるのも問題があるが、その悪魔のなんらかの影響で膨れ上がった無念ある霊にも一つの存在が与えられたとみることも出来ない話じゃない。
奴の能力。町に信号機を出現させて点灯した色に応じたデバフ或いはペナルティを敵対者に課す技もまた、強く土地に根付いた魂魄が由来の呪いの一部であるという考え方も出来なくはない」
「いや、できないでしょ。死んだ人間が夢想世界で暴れるなんて聞いたことないよ。その上、今生きてる土地にも影響が与えて殺す可能性があるなんて机上論にも程がある」
「じゃあお前は戦っていて何か違和感は感じなかったのか?信号機の上と限定はしていたもののお前の固有冠域延長:晴舞台に対応できるだけの瞬間移動は固有冠域同士の競り合いが行われる中でも可能な芸当なのか?」
「自信のある技だけど、それでも手こずった経験はある。悪霊だから対応されたとは思ってないよ」
「女神捧脚の直撃を受けても奴は身体の再構築が起こった。あれだけの火力を食らってなお"天蓋"という大技まですぐに成立させるに足る深度は少なくとも5000は要するはずだ。スカンダの固有冠域の空間深度は4400だから、3000を上回らないような深度出力の信号鬼があの技を食らってなお存在核を保つのは理論上不可能とも言える。今までに女神捧脚の直撃でなお臨戦を可能とした敵はいないだろう?」
「……まぁ、直撃して堪えられたのは初めてだけど。それが死んだ人間だから可能だっていうのはいくらなんでも」
そこでスカンダは少し声を沈める。聞き取れる程度の重々しい口調につられるように、その瞼も少し下がって細目になったようだった。
「奴が吐き捨てるように漏らした自分の夢。それは"復讐"だそうだ。人間としてはひどく根源的でチープとさえいえる些末な夢。どこまでも個人に依存した感情由来の単純な復讐心というものが固有冠域を成立させ得るだけの重みをもつだろうか。魔に魅入られた夢の奴隷、そんな悪魔の僕に成り果てるだけの復讐への渇望とはどんなものか。それを実現させたあの鬼は本当に生身の人間なのだろうか。
私はこれに無理やり答えを出した。
信号鬼とは同系統の復讐心を抱いた亡霊の集合体。共振する復讐心を絶対不変の夢へと昇華させ、それを叶える力を与えられた悪魔の僕だ。土地に由来した強力な呪いの行使や本来ではありえない耐久力、そして先ほど私が述べた現実の被害に見合わないレベルの魂の操作は奴自身を構成する魂魄を弾丸へと昇華させることによる攻撃だと推察することができる。現実で共振するように激増する特定地域での被害増加は、夢での能力行使が夢想世界と現実世界をその土地限定で繋ぎ合わせることによる呪いの派生と見ることだって可能だ。そしてその復讐の夢はその町を起点として様々な土地に根付いた悪霊への共振も巻き起こす恐れもある」
飛躍してると思われたキンコルの言葉に皆が少しだけ怯む様子を見せた。
死んだ人間の無念のような感情が悪魔の僕として夢想世界に顕現するという前例は存在しない。
夢とは生きている人間が見るもの。生きているからこそ生命に存在する欲に裏付けられた熱量だと誰もが暗黙的に理解をしている。
「ここまで話を荒らしてしまって申し訳ありませんが敵の正体が亡者であれ虫けらであれ、我々の対処法はいたってシンプルです。先の戦闘では信号鬼の想定外の回避性能と呪いによるペナルティ、様々な行動デバフや先手を取られがちな無音暴走車両と決め手となる"天蓋"の直撃によってスカンダは惜しくも敗北を喫しました。ですが、スカンダが放った女神捧脚によって信号鬼の存在核である眼球 の片方を欠落させました。あの大技を二連発しろというのは酷な話ですが、要は相手の体力は残り半分。能力の行使も五体満足の時よりも多少は弱体化しているお見てよいでしょう。従って依然として重要なのは討伐に用いる相対的な火力ですね。簡単な話町の全土を粉砕しうるだけの近代兵器を顕現させ、絨毯爆撃でもしてやればいいのです。念を入れるならばその土地と繋がった現実世界の町も同様に吹き飛ばせばいい。その際は気取られないように住民の退避は行わずに一気に焦土と化してしまうことが求められるでしょうね」
それを聞いて肥え太った官僚が甲高い声を上げる。
「言うに事欠いて何をボイジャーの分際でふざけたことをッ‼民間に対する被害を度外視した強行が許されるほどTD2Pは腐り果てていない‼」
「しかし、ボイジャーのうちで最高峰の火力を持った戦闘特化のスカンダの攻撃で道半ばといった成果です。こちらが奴の能力をある程度把握したのと同じようにあちら側もまたスカンダの持ちうる攻撃力は当然警戒するでしょう。こちらが最も恐れるべきは瞬きの間に生成される信号機の光による拘束力。存在を気取られてから無礼講のようにあれを浴びせ続けられてはこちらは戦闘すら許されずに再び返り討ちに遭う可能性が極めて高い。
夢想世界のでの火器の使用は巻き込まれた一般人を現実世界において殺傷してしまう可能性から御法度とされているが、今回のケースでは町そのものが現実の空間をベースとしていると仮定されるがためにどうしても大規模な攻勢による袋叩きが求められます。まぁ、スカンダが暴れてなお現実の町が破壊されていないという話ならば火器を用いても問題ないとは思いますが、仮に悪霊説が正解だったとして現実の町に根付いた自縛的な呪怨を本体とする精神体が敵であった場合、我々はその土地に縛られた復讐の夢を抱く怪物の"再生"を招く結果になるかもしれない。…であれば、どうでしょう?そんな面倒を繰り返すくらいならばいっそのことその町に根付いた遺恨ごと塵芥に帰すまで破壊しつくしてしまうというのは」
そこでキンコルは微笑む。その笑みにどういう理由があるのかは誰も理解しえなかった。
「まぁ、夢想世界で完璧に倒してしまえるのならそれでもいいと思うんですけどね。どちらにせよ、大規模兵器の構築と夢想世界での火器使用は前提です。ただ、作戦成功のカギとなるのはどうやってあの信号機による我々への呪いを克服するか、その一点に尽きると言えますね」
「どうせその方法だって思案の上だろう!まったく腹の裡が読めん不気味な奴だ!」
「ええ、まぁ。できるかはさて置き、やってもらわねば困ることがあります」
「勿体ぶるな!さっさと言うのだ!」
「信号機打倒に不可欠な要素。私とスカンダを除いた何者かによる固有冠域の展開と信号機の能力への妨害に特化した第三者の仕掛けが必要なのです」
キンコルはどこか不敵な笑みを浮かべながら首を傾げ、唐土に向けてウインクした。
「つまりは君の出番ってわけさ。ボイジャー:アンブロシア号君」
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