明日は明日の夢がある

にいるず

文字の大きさ
上 下
56 / 58

56 父の言葉の意味

しおりを挟む
 それから一気にあわただしくなった。おじいちゃんは普通の葬儀で行われた。といっても家族だけの密葬だったが。
 火葬場では、白木の棺に入れられたおじいちゃんと並んで、同じ白木の空の棺が置かれ焼かれた。

 おじいちゃんが焼かれるのを待つ間、私たち家族は、火葬場の隣にある式場の控室で昼食をとっていた。

 「お母さん、二つのうちの一つはおばあちゃんのだよね」

 「そうよ」

 空の棺には前もっておばあちゃんが好きだったお洋服をいくつか入れてあげた。後一冊の本も。昔おじいちゃんが研究者だったころに出した本だ。
 さすがに誰が聞いてるかわからないこの場では、あまり話せなかった。食べ終わったころ、焼きあがったと報告があり、私たちは骨を拾いに向かった。お母さんは、骨をお父さんとつまみながらまた涙を流していて、あまりに手が震えて骨が拾えなくなってしまった。途中から私とお父さんですべての骨を拾い上げた。

 おばあちゃんの骨はないので、不審に思うはずが火葬場の人も誰もそのことには触れなかった。その日は朝から空一面真っ青で太陽がさんさんと輝いていたが、骨壺を持って家に帰るときには、もう日が西に傾き始めていた。 
 あらかじめ祭壇がしつらえられていて、そこにおじいちゃんの遺影とおばあちゃんの遺影が飾られていた。
 その下に骨壺が一つだけぽつんと置かれた。
 
 「ねえ、お母さん。どうしておじいちゃんこんなに早く死んじゃったの?」

 私は隣でぼーと二人の遺影を眺めている母に聞いた。

 「昔からかぐや姫が死ぬと、その伴侶の魂も持っていくといわれているのよ。だからかぐや姫が死ぬと、そのあとを追ってすぐ伴侶も亡くなっていたらしいわ」

 「そうなんだ」

 私はあの裏山での金色の人型を思い出した。もしかしたらあの時にもう半分おじいちゃんの魂は、一緒に月に昇って行ってしまっていたのかもしれない。

 「お父さん、もうお母さんが亡くなるのがわかっていたのね。部屋もすべてきれいにしてあったわ。必要なものもきちんと私たちにわかるように、メモまで残していて」

 母は、そういうとまた目頭を押さえた。私も部屋を見渡すと確かに整然としている。ついこの間まで生活感が漂っていたのに、今では殺風景な感じがする。

 「お父さんは?」

 「ちょっと会社にいったわ」

 「そうだよね。おじいちゃん会長さんだったもんね」

 「そうね」

 「私、前にお父さんが言ったこと、今日はじめてわかった」

 「何が?」

 「前に私が言ったこと覚えている?お嬢様なのにお嬢様らしくないって。うちは普通の家だって。そしたらお父さん言ったよね。ことちゃんたちが、ごく普通に暮らしていけるようにお金を使ってるんだって」

 「ああ、確かに言ったわね」

 「今日実感した」

 「そう~」

 「うん、だってからの棺を焼いたから骨が出ないのに、火葬場の人誰も何も言わなかった。それにおばあちゃんやおじいちゃん死んだのに、どこからか死亡診断書出てるでしょ?お医者さんに診てもらっていないのに。おばあちゃんなんか遺体も亡くなっちゃったもんね。きっと多くの人がかかわっているんだろうね」

 「そんな事、よくことちゃん知ってるわね」

 母は、感心して私を見た。なぜ私がそんなことに詳しいのか。それは漫画のおかげだ。私の好きな社会派漫画にそういう描写がいろいろあった。今日ほど漫画を読んでいてよかったと思ったことはない。おかげで、いろいろ知れたのだから。

 「ことちゃん、どう?」

 「うん。今はまだ実感がない」

 「そうよね。実はお母さんもないわ。あまりにばたばたしすぎて」

 「私ね、金曜日の夕方庭の隅で泣いているおじいちゃんを見たの。こらえていても声が聞こえてきた」

 「そうなの。おじいちゃんおばあちゃんには笑顔しか見せていなかったものね」

 「おばあちゃんが変身したままになった時、どんなにつらかっただろうね。ひどい孫だね私。おばあちゃんにあんなひどい態度とってたし」

 「そんなことないわよ。おばあちゃんが、ことちゃんに黙っていてくれって言ったんだから」

 私は急に涙が出てきた。どんどん涙があふれてきて止まらない。母は、また私の肩を抱きしめてくれた。ただお母さんも震えていたので、きっと泣いているのだろう。その日私たちは、泣いて泣いて泣きまくった。

 昨日一日学校を休んで、今日は学校へ行くことにした。母はもう一日休めばといってくれたのだが、おばあちゃんも喜んでいてくれた高校だ。一日も休みたくなかった。

 「おはよう」

 玄関を出ると、俊介が待っていてくれた。今日は朝部活を休んだらしい。

 「おはよう」

 私が言うと、俊介はじっと私を見た。

 「おじいちゃんまで。大変だったな」

 「うん、ありがとう」

 密葬とはいえお通夜のように夜、俊介たち家族や会社の方々、美香ちゃんや岡本君が弔問に来てくれた。美香ちゃんたちには俊介が言ってくれたのだろう。
 あの時には、しっかりとお礼が言えなかったので、今言うことにした。

 「俊介、本当にありがとう。あの裏山でのことも」

 「いや」

 さすがの俊介も言葉が出ないようだった。まだ私たちは、若い分人の死というものに慣れていない。私も俊介も戸惑うのは当たり前だ。
 学校へ行くと美香ちゃんもすぐにやってきた。

 「ことちゃん大変だったね」

 「うん、お通夜に来てくれてありがとう」

 美香ちゃんは私の手を握ってきた。何も言わなかったけれど、その手の温かさが伝わってきたのだった。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

揺れる想い

古紫汐桜
恋愛
田上優里は、17歳の春。 友達の亀ちゃんの好きな人「田川」君と同じクラスになって隣の席になる。 最初は亀ちゃんの好きな人だから……と、恋愛のキューピットになるつもりで田川君と仲良くなった。でも、一緒に時間を過ごすうちに、段々と田川君の明るくて優しい人柄に惹かれ始めてしまう。 でも、優里には密かに付き合っていた彼氏がいた。何を考えているのか分からない彼に疲れていた優里は、段々と田川君の優しさと明るさに救いを求めるようになってしまう。そんな優里に、田川君が「悩みがあるなら聞くよ」と、声を掛けてきた。「田上は、なんでも一人で背負い込もうとするからな」優里の気持ちを掬い上げてくれる田川君。でも、田川君は亀ちゃんの想い人で……。 タイプの違う二人の間で揺れ動く優里。 彼女が選ぶのは…… 。 イラストは、高宮ロココ様に描いて頂きました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

処理中です...