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エドワルド・ウィシュカム編

秘密

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 私エドワルド・ウィシュカムは子爵家嫡男だ。

 私の血筋には、秘密がある。それは女性なら『魅了』男性なら『支配』を使えるものが時々現れるというものだ。これは一族のものしか知らない。ずいぶん前の時代になるが、この『魅了』という能力を使った女性がいた。この女性は、一人で国家を転覆させるほどのことをやってのけた。我が国の隣国である今の王族であるが。
 だからこの秘密は絶対に公にしてはいけないものなのだ。と言ってもそんな能力を持つものがいつも生まれてくるわけではない。現に今の隣国の王族にもその女性以外生まれていないし、別の国に渡った『支配』という能力を持つ男性の一族でもその男性以外に生まれていない。その男性の一族は、今その国で高位貴族となっているが。
 
 わが子爵家もそんな血筋の末端に属する一族だ。だからか聞いて知ってはいたものの、まさか自分の息子がそんな能力を持って生まれてきたとは思わなかったのだろう。
 私にそんな能力が備わっていると知った時には、倒れんばかりにびっくりしたそうだ。ではどうしてそんな能力を持っていると分かったのか。
 
 それは私が赤ちゃんの時に遡る。当時産後の肥立ちが悪く、乳母に私の育児を見てもらっていた母がまず気が付いた。その乳母は、育児にたけたベテランの評判のよい乳母だった。子爵家とはいえ、潤沢な資産がある我が家では雇うことができた。
 そんな乳母に大切に育てられた私だったが、ある時母はおかしなことに気が付いた。乳母とはいえ、四六時中私を見ているわけではない。ベテランの乳母だからこそ気を抜けるときは他のものにまかせて、自分も必ず休みを取る。でないと体が疲弊するし、うまく育児ができなくなる。それがバランスよくできるからこその評判の良い乳母だった。
 
 その乳母が片時も私から離れようとしなくなった。寝る間も自分の食事すら惜しんで、私の世話をするようになってしまった。はじめこそ仕事熱心とみられていたが、日ごとやつれていく乳母を見て、これはさすがにと使用人たちがその乳母に休みを取るように声をかけた。
 しかしその乳母は、ほかのものが見れば引いてしまうほど鬼気迫る勢いで、私のそばから決して離れようとしなかった。そのことを使用人から聞いた母が、乳母のもとに行った。しかしその母にさえ私の世話をさせようとしなかったのだ。
 
 さすがにこれは何かおかしいと思った母が、父に相談した。父も尋常でない乳母の様子に気が付いた。父はもしかしたらと思い、すぐさま隣国や別の国の一族に連絡をとった。そして一族の話から、私が無意識のうちに乳母に『支配』を使っているということがわかった。たぶん赤ちゃんの本能なのだろう。自分が快適に過ごすため、世話をさせ続けるという『支配』を乳母にかけていたらしい。
 その頃には、母の体調も良くなっていたので、その乳母の代わりに母が私を育てることになった。貴族としては少し変わってはいるが、子爵家という低い身分ならおかしくない。
 
 その乳母は私から引き離される時には、ものすごく暴れたそうだが、一度離されて別の場所に行くとつきものが落ちたように、今までの態度が一転したらしい。この時ほどこの能力の怖さを実感したことはなかったと、のちに両親から聞いた。その乳母はもう少し遅かったら、衰弱して死んでしまったかもしれないほどだったという。
 
 不思議なことに私を生んだ母には、この『支配』は効かない。しかも一族である父にもこの能力は効かないのだ。私は小さい頃から、父と一族の中でこの能力を研究している隣国の教師役となった人から、この能力についていろいろ学んだ。
 
 この能力は効かないものがいる。それは、この血を引いている一族のものと成人していない子供だ。

 そのおかげで私は、隣の領地に住んでいるペートン伯爵家の、令嬢であるモリッシュと出会う事が出来た。モリッシュは私より一つ下で、いつもよく遊んでいた。やはりというべきか私のそばにいるものは、ひそかに詳しく調査されて眼鏡にかなうものしか置かれない。基準は、野心家でない者たちだ。その点ではペートン伯爵家は、代々実直・真面目な性格で、堅実な領地経営をしている者たちだった。そんな彼らに育てられたモリッシュは、伯爵令嬢としてはあるまじき性格をしていた。よく言えば天真爛漫、悪く言えばおてんばまたは野生児とも言う。
  
 「エド、今日も魚釣りに行こう」

 「エド、今日は木登りしよう」

 「エド、今日はブランコで遊ぼう」

 毎日のようにモリッシュは私の元へ遊びに来た。しかも貴族らしからぬ遊びが大好きで、私はそれに振り回される毎日だった。それでもそんな毎日が楽しかった。私の事はエド、私もモリッシュの事をモリーと愛称で呼んでいた。
 
 「お誕生日おめでとう。これお揃いだよ。モリーつけてくれる?」

 「ありがとう。とってもきれいね」

 彼女の誕生日には私とおそろいをといって、イヤリングの片方を贈った。これは普通のイヤリングではない。それをつけると、私の能力である『支配』を無効化することが出来る。石に力を込めて作るのだが、これを作るのは、能力のある私にしかできない。この作り方も教師役だった方から教えてもらった。モリーはとても喜んでくれた。さっそくその場でつけてくれ、「おそろい、おそろい」とはしゃいでいた。青い石がはめ込まれたイヤリングは私の瞳の色と同じで、そんな色をつけたモリーはとてもかわいらしかった。

 イヤリングを贈ったのには訳がある。モリーは、そろそろ子どもから少女になるお年頃になってきた。その頃には私は、力の使い方を完全にマスターしていが、モリーが好きすぎて無意識に能力を使ってしまうかもしれない。やはりモリーには今のままでいてほしいのだ。今は私の事をなんとも思っていなくても、ゆくゆくは私のことを好きになってほしい。能力に関係なく。
 私は巷では騒がれる容姿をしているらしい。貴族としては末端である爵位も裕福な家ということもあり、邪魔になるどころか女性たちから手に入れやすいと思われているようだ。力を使わなくても、そばに来られてうるさい。
 
 私にはモリーさえいればいいのだ。モリーは、能力でなく私の努力で手に入れたい。その時まではそう思っていた。

 
 
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