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86 ぐったりです
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「どこまででも行けそう、だったっけ」
「そうそう」
覚えていたようですね。あの頃はまだ、私の事はちよちゃん、彼の事はまさくんと呼びあっていた気がします。その時の会話も覚えていたんですね。確かあの後、清徳さんのご両親がお詫びにって、私にあのケーキ屋さんのフルーツタルトを持ってきてくれた気がします。フルーツいっぱいで本当においしかった覚えがあります。
今になってあの頃の様に、再び彼と自転車で一緒に走ることになるなんて人生不思議ですね。彼もそう思っているのでしょうか。走りながらも景色を楽しむ余裕が出てきたように感じました。私たちは会話するわけでもなく、暫くの間のんびりと自転車を走らせていました。
ただいくら走ってもなかなか前を走る皆さんを見つけられません。もしかしてもう皆さんはホテルに着いているのでしょうか。そう考えたとたん、どっと疲れが出てきました。
「どこまででも行けそうだったのは、うそですね」
「そうだな。現実を知ってしまったからな...」
確かにそうですね。私たちは、自動車という便利な乗り物があるということを知ってしまいましたもんね。それからは私と清徳さんは、周りから見れば亀のような歩みで自転車を走らせました。
目的地のホテルが見えてきたときには、もう死ぬかと思いました。清徳さんはホテルに着くなり倒れ込んでいました。まるでマラソンの選手がゴールに飛び込んだかのような有様です。
「やっと着いたね」
お兄様と押村さんがロビーで待ってくれていました。押村さんは、自転車の横で座り込んでいる清徳さんのところに駆け寄っています。
「ほかの皆さんは?」
「先にラウンジで喉を潤しているよ」
そうですか。さあ私も喉を潤しに行きましょうか。私は、痛い足を引きずるようにしてお兄様の後ろについてラウンジに向かいました。後ろを見れば、清徳さんが押村さんの肩を借りて歩いています。
ラウンジの入り口で久子さん達と会いました。
「大丈夫?」
「はい。でもちょっと足が痛いです」
久子さんが心配そうな顔をしています。もう足を引きずっているので、隠しおおせないですしね。
「今からビッフェに行こうかと思っていたのよ。先ほど係りの方が予約の時間になったのでって言われたの」
「大丈夫だった? 行けるようなら一緒に行かないかい?」
久子さんが私の足を気にしながら言ってきました。青木さんも後ろの清徳さん達を見ながら、「僕も肩を貸すよ」と言ってくれます。
「大丈夫ですよ。ただ今は疲れすぎて食欲がわかないので、ラウンジで水分補給してからそちらに合流しますね」
「わかった。じゃあ待っているよ」
「すみません」
私が青木さん達に詫びると、ほかの皆さんも私と清徳さん達を気にしながらも予約してしまっているので、ビッフェ会場の方に行きました。
私はやっとのことでラウンジの椅子に座りました。飲み物を注文します。私の前に押村さんの肩を借りて歩いてきた清徳さんが座ります。清徳さんは声も出ないようでしたので、代わりに押村さんが飲み物を注文しました。
「お兄様と押村さんはお食事に行ってきてくださいな。清徳さんも多分まだ食事ができないようですから。私が見ていますわ」
「そんな悪いよ」
「いや。そうさせてもらおう。押村君もお腹空いただろう?」
「そうですが..」
「いいよ。行ってきてくれ。頃合いを見計らって私たちも行くから」
押村さんは恐縮していますが、お兄様が押村さんを誘っています。清徳さんも座って少し元気が出たのか、押村さんを促しています。
「じゃあそうさせてもらいます」
「ああ」
押村さんはお兄様と行ってしまいました。後には私と清徳さんだけが残されました。私も清徳さんもアイスコーヒーを注文していました。疲れすぎたせいでしょう。目の前に置かれたグラスを手に取った時には、足だけではなく手が震えてしまいました。手まで疲れていたんでしょう。必死でハンドルを握っていたからでしょうね。
「おいしい!」
あまりのおいしさについ声が出ました。横の清徳さんを見ると、清徳さんはものすごい勢いで飲んでいます。もう終わってしまいそうな勢いですよ。
私も清徳さんに負けずとごくごく飲みました。気が付けばあっという間にふたりのグラスは空になっていました。椅子に座ってやっと一息ついた私たちですが、食欲は一向にわきません。
「もう歩けないですね」
「そうだな」
「ここで軽く食べてしまいましょうか?」
もう歩きたくなくて清徳さんにそう提案すると、返事より先に手を上げて係りの方を呼んでいます。
「メニューいいかな」
係りの人にメニュー表を持ってきてもらうよう頼んでいます。すぐに持ってきてくれたメニュー表を見て、ふたりでサンドイッチと飲み物を注文しました。清徳さんは、おまけにメニューを聞きに来た人に、ビッフェ会場にいるお兄様たちへの伝言も頼んでいました。よほど歩きたくないようです。
「帰りは車に迎えに来てもらいましょうか?」
「いいなそれ。そうしよう!」
食事を食べながら私と清徳さんは、ホテルから帰るときには車に迎えに来てもらおうと話し合いました。清徳さんもあまりの疲れで、見栄を張る元気も出ないようです。私の提案に一も二もなくうなづきました。
私と清徳さんがラウンジでへたばっている間、ビッフェを食べ終えた皆さんは、歩いて神社にお参りに行ってきたようです。昨日ボートから見たあの赤い鳥居のある神社です。
「あそこの神社、縁結びのご利益があるとお聞きしましたので、買ってきましたの。千代子さんの分も買ってきましたわ」
「私も買いましたのよ」
「「私も」」
「ありがとうございます」
帰るときに久子さんたちがそういって、私に縁結びのお守りをくれました。皆さんも買ったようです。お互いいいご縁があるといいですね。
私はありがたく受け取って、迎えに来てもらった車に清徳さんと乗り込みました。私たちふたり以外は、また自転車で帰るようです。元気ですね。
ちなみに押村さんも清徳さんにお守りを買っていました。見ると、清徳さんが受け取ったお守りは健康守りでした。確かに今の清徳さんにぴったりですね。
帰りの車の中で、私は清徳さんの手の中にあるお守りを見て思わずニヤリとしてしまいました。ただ清徳さんにその様子を見られてしまいました。
「自分だって縁結びのお守りより、今はこっちの方が必要じゃないのか?」
私が足を引きずって車に乗り込んだのを見ていたせいでしょう。私よりぐったりしているあなたにだけは言われたくありません!
「そうそう」
覚えていたようですね。あの頃はまだ、私の事はちよちゃん、彼の事はまさくんと呼びあっていた気がします。その時の会話も覚えていたんですね。確かあの後、清徳さんのご両親がお詫びにって、私にあのケーキ屋さんのフルーツタルトを持ってきてくれた気がします。フルーツいっぱいで本当においしかった覚えがあります。
今になってあの頃の様に、再び彼と自転車で一緒に走ることになるなんて人生不思議ですね。彼もそう思っているのでしょうか。走りながらも景色を楽しむ余裕が出てきたように感じました。私たちは会話するわけでもなく、暫くの間のんびりと自転車を走らせていました。
ただいくら走ってもなかなか前を走る皆さんを見つけられません。もしかしてもう皆さんはホテルに着いているのでしょうか。そう考えたとたん、どっと疲れが出てきました。
「どこまででも行けそうだったのは、うそですね」
「そうだな。現実を知ってしまったからな...」
確かにそうですね。私たちは、自動車という便利な乗り物があるということを知ってしまいましたもんね。それからは私と清徳さんは、周りから見れば亀のような歩みで自転車を走らせました。
目的地のホテルが見えてきたときには、もう死ぬかと思いました。清徳さんはホテルに着くなり倒れ込んでいました。まるでマラソンの選手がゴールに飛び込んだかのような有様です。
「やっと着いたね」
お兄様と押村さんがロビーで待ってくれていました。押村さんは、自転車の横で座り込んでいる清徳さんのところに駆け寄っています。
「ほかの皆さんは?」
「先にラウンジで喉を潤しているよ」
そうですか。さあ私も喉を潤しに行きましょうか。私は、痛い足を引きずるようにしてお兄様の後ろについてラウンジに向かいました。後ろを見れば、清徳さんが押村さんの肩を借りて歩いています。
ラウンジの入り口で久子さん達と会いました。
「大丈夫?」
「はい。でもちょっと足が痛いです」
久子さんが心配そうな顔をしています。もう足を引きずっているので、隠しおおせないですしね。
「今からビッフェに行こうかと思っていたのよ。先ほど係りの方が予約の時間になったのでって言われたの」
「大丈夫だった? 行けるようなら一緒に行かないかい?」
久子さんが私の足を気にしながら言ってきました。青木さんも後ろの清徳さん達を見ながら、「僕も肩を貸すよ」と言ってくれます。
「大丈夫ですよ。ただ今は疲れすぎて食欲がわかないので、ラウンジで水分補給してからそちらに合流しますね」
「わかった。じゃあ待っているよ」
「すみません」
私が青木さん達に詫びると、ほかの皆さんも私と清徳さん達を気にしながらも予約してしまっているので、ビッフェ会場の方に行きました。
私はやっとのことでラウンジの椅子に座りました。飲み物を注文します。私の前に押村さんの肩を借りて歩いてきた清徳さんが座ります。清徳さんは声も出ないようでしたので、代わりに押村さんが飲み物を注文しました。
「お兄様と押村さんはお食事に行ってきてくださいな。清徳さんも多分まだ食事ができないようですから。私が見ていますわ」
「そんな悪いよ」
「いや。そうさせてもらおう。押村君もお腹空いただろう?」
「そうですが..」
「いいよ。行ってきてくれ。頃合いを見計らって私たちも行くから」
押村さんは恐縮していますが、お兄様が押村さんを誘っています。清徳さんも座って少し元気が出たのか、押村さんを促しています。
「じゃあそうさせてもらいます」
「ああ」
押村さんはお兄様と行ってしまいました。後には私と清徳さんだけが残されました。私も清徳さんもアイスコーヒーを注文していました。疲れすぎたせいでしょう。目の前に置かれたグラスを手に取った時には、足だけではなく手が震えてしまいました。手まで疲れていたんでしょう。必死でハンドルを握っていたからでしょうね。
「おいしい!」
あまりのおいしさについ声が出ました。横の清徳さんを見ると、清徳さんはものすごい勢いで飲んでいます。もう終わってしまいそうな勢いですよ。
私も清徳さんに負けずとごくごく飲みました。気が付けばあっという間にふたりのグラスは空になっていました。椅子に座ってやっと一息ついた私たちですが、食欲は一向にわきません。
「もう歩けないですね」
「そうだな」
「ここで軽く食べてしまいましょうか?」
もう歩きたくなくて清徳さんにそう提案すると、返事より先に手を上げて係りの方を呼んでいます。
「メニューいいかな」
係りの人にメニュー表を持ってきてもらうよう頼んでいます。すぐに持ってきてくれたメニュー表を見て、ふたりでサンドイッチと飲み物を注文しました。清徳さんは、おまけにメニューを聞きに来た人に、ビッフェ会場にいるお兄様たちへの伝言も頼んでいました。よほど歩きたくないようです。
「帰りは車に迎えに来てもらいましょうか?」
「いいなそれ。そうしよう!」
食事を食べながら私と清徳さんは、ホテルから帰るときには車に迎えに来てもらおうと話し合いました。清徳さんもあまりの疲れで、見栄を張る元気も出ないようです。私の提案に一も二もなくうなづきました。
私と清徳さんがラウンジでへたばっている間、ビッフェを食べ終えた皆さんは、歩いて神社にお参りに行ってきたようです。昨日ボートから見たあの赤い鳥居のある神社です。
「あそこの神社、縁結びのご利益があるとお聞きしましたので、買ってきましたの。千代子さんの分も買ってきましたわ」
「私も買いましたのよ」
「「私も」」
「ありがとうございます」
帰るときに久子さんたちがそういって、私に縁結びのお守りをくれました。皆さんも買ったようです。お互いいいご縁があるといいですね。
私はありがたく受け取って、迎えに来てもらった車に清徳さんと乗り込みました。私たちふたり以外は、また自転車で帰るようです。元気ですね。
ちなみに押村さんも清徳さんにお守りを買っていました。見ると、清徳さんが受け取ったお守りは健康守りでした。確かに今の清徳さんにぴったりですね。
帰りの車の中で、私は清徳さんの手の中にあるお守りを見て思わずニヤリとしてしまいました。ただ清徳さんにその様子を見られてしまいました。
「自分だって縁結びのお守りより、今はこっちの方が必要じゃないのか?」
私が足を引きずって車に乗り込んだのを見ていたせいでしょう。私よりぐったりしているあなたにだけは言われたくありません!
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