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82 気持ちを吐き出す場となりました

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 久子さんの言葉に私たち皆が顔を見合わせました。久子さんにしてはとても珍しいことです。久子さんはいつも穏やかで、他のお嬢様方との橋渡しもやってくださったのですから。私は、久子さんのおかげで今ここにいるお嬢様方と仲良くなったといっても過言ではありません。

「清徳さん、千代子さんとはもういいなずけではないのですから、少し距離をとった方がよろしいんじゃありません?」

「距離とは?」

 清徳さんも久子さんの言葉に少しむっとしたようです。

「パーティでよくお見かけした方と、仲良くされていればいいのでは。私たちよくお見かけしましたのよ。ねえ皆さん」

 久子さんがそういいながら他のお嬢様方を見渡します。

「そうですわね」

 京香さんが久子さんに同意します。隣では花蓮さんも大きくうなづいています。その横で舞子さんが困った顔をしているのが見えました。

「まあまあ」

 久子さんの険を含んだ声に、押村さんが慌ててやってきました。「落ち着いて、落ち着いて」と久子さんをなだめ始めました。ですがどうやらそれが火に油を注ぐ形となってしまいました。
 
 花蓮さんがずいっと清徳さんの前に立ちました。

「私たち見ておりましたのよ。清徳さんが千代子さんをないがしろにしているのを。ずう~っと。今さらじゃありませんこと?」

 「そうですわ。いくら千代子さんの髪型が、あまりに奇抜だったとしてもあれはありませんでしたわ」

 京香さんも花蓮さんの横に立って清徳さんに言い放ちました。どこかで豪快にお茶を噴く音が聞こえました。京香さんの言った奇抜な髪型に反応したのですね。私は思わず音のした方を見ました。
 お兄様が慌てて口を拭いています。お兄様! 私はお兄様をにらみつけました。お兄様は、私の怒りの視線を感じて慌てて顔をそらしました。

「私も学生時代おとなしい髪型でしたの。高校の時に好きになった方に告白したんですけど、その方なんて言ったと思います? 地味すぎるからごめんといわれましたのよ」

 気が付けば京香さんは、私の事ではなく自分語りを始めていました。私の髪型発言から昔を思い出してしまったようです。京香さんの嘆きは続きます。

「私の初恋でしたのに~」

 京香さんは涙目で清徳さんに言っています。ここまで来ると、清徳さんもそしてその隣にいる押村さんもどうしていいのかわからず、何とも言えない表情を浮かべています。その京香さんの横で、花蓮さんも微妙な顔で京香さんの背中をさすっています。ここまで来たらすべて出し切った方がいいと思ったのでしょう。目の前の清徳さんや押村さんに目で謝っています。

「京香さん、スイッチが入ってしまいましたわね」

 そういって私の隣に来たのは久子さんでした。久子さんはスマホを見せてきます。そこには高校生時代の京香さんが映っていました。三つ編みに大きなメガネ姿、確かに地味な格好です。今の華やかな姿からは想像もできません。

「髪型でずいぶん雰囲気が変わるからね。今の京香さんはとってもかわいいよ。きっと京香さんの今の姿を見たら、京香さんに失言をしたやつもとっても後悔すると思うよ」

 白井さんがそういいながら、泣いている京香さんのところに行って頭をなで始めました。京香さんははじめこそ白井さんにびっくりしていましたが、次第に心が落ち着いてきたのでしょう。顔を真っ赤にさせてうつむいています。
 さすが白井さんですね。女性にモテるわけです。

「男性も雰囲気イケメンがいますもんね。髪型って大切ですわね~」

 泣き止んだ京香さんに安心したのか、隣にいた花蓮さんが舞子さんと話し始めました。私もほっとしました。

「ごめんなさいね。まさか私の発言からこんなことになるなんて。でも清徳さんが許せませんでしたの」

 久子さんもほっとしたようです。やはり意図的に先ほどの発言をしたんですね。

「実はボートの上で私も清徳さんに言ってやったんです。だからすっきりしました。でも久子さんがおっしゃってくださった事とっても嬉しかったです。ありがとうございます」

「まあ~、そうでしたの?」

 私と久子さんは笑いあいました。京香さんたちの方を見ればもう場は和んでいます。
 あれっ、ついさっきまであそこにいた清徳さんんの姿が見えません。白井さんや押村さんは、笑いながら京香さんや舞子さん、花蓮さんとしゃべっています。
 お兄様はと見ると、お兄様はいまだ椅子に座っています。先ほど吹き出した時にむせたのでしょう。まだ少しのどが絡んでいるようです。仕方ありませんね。ちょっとすっきりしました。私はお兄様から目を移して、清徳さんを探しました。リビングにいません。
 もしかしたら? 私は久子さんに断ってリビングを出ました。

 庭に続く道を抜けて湖に出ると、大きな木の下に清徳さんがいました。ひとり木の下にもたれてたたずんでいます。

 私は黙って清徳さんのところに歩いていきました。近くまで行くと清徳さんが私に気づいたのか、こちらを見ました。大きな体が何だか小さく見えます。まるでしおれた菜っ葉のようですよ。



 
 
 

 
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