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79 言いたいことを言います
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私たちはペダルをこぎ始めました。ですが、清徳さんはここに来るまでに力を使い果たしてしまったせいか、先ほどまでの力が出ないようです。私も一生懸命こいでいますが、なかなかボートは前に進みません。
「悪かった」
隣から声がしました。どうやら清徳さんから出た声の様です。いつものように張りのある声ではなくずいぶん小さな声ですが。
「仕方ないですよ。ペダルをこぐのが楽しかったんでしょう? ボートに乗ると童心に帰りますよね」
清徳さんにしてはあまりのしなびた声に、思わず同情を覚えてしまい私は優しい言葉をかけていました。
「違うんだ。あれは...」
清徳さんが何か言いかけてやめてしまいました。やめないでくださいよ。気になります。
「違うって?」
私はボートを漕ぐのをやめて体ごと清徳さんの方を向きました。清徳さんは、はじめこそ私の視線を無視してひたすら前を向いてこいでいました。が、私がずっと見ているのを感じたのでしょう。
「君が楽しそうに話していたから、つい...」
清徳さんがぼそぼそと話し出しました。でもまた途切れてしまいます。私は清徳さんが途中まで言った言葉を反芻してみました。
えっ? えっ__?
気が付けば声に出てしまったいたのでしょうか。人間驚くと声に出してしまうって言いますからね。
「ついイラッとして離れたかったんだよ!」
清徳さんは顔を真っ赤にさせて叫ぶように言いました。これではまるで嫉妬していたみたいですね。
「そうだよ! 面白くなかったんだ!」
あらまあ、またもや声に出してしまっていたようです。いったいどうしたんでしょう、清徳さんは?
「こんなこと自分勝手だと思ってるんだ...」
今度は先ほどまでの叫び声はどこへやら、再び小声に戻ってしまいました。ぼそぼそといっています。ですが私が今いるのは彼清徳さんのすぐ隣です。どんなに小さい声でも聞こえてしまいます。
ただ清徳さんの独り言ともいえる言葉を聞いていて、なんだかむかむかとしてきました。ふつふつと怒りがわいてきます。
あんなに私を嫌っていたのに。いつも私がそばに行くたびにいやそうな顔をしていたのに。次から次へと嫌な思い出が蘇ってきました。
「ごめん。本当に悪かった」
いつの間にか私もぼそぼそと独り言を言っていたようです。その言葉を聞いた清徳さんが今度は謝り始めました。私の手に何かが当たりました。雨でも降ってきたのでしょうか。いえ違います。膝に置いていた私の手に当たったのは、自分がこぼした涙でした。
前世を思い出してから、自分の中で清徳さんとの事はなんてことないと思っていました。いや思い込もうとしていました。ですが、やっぱり私は傷ついていたんです。小さい頃からずっとそばにいた初恋であろう人に、あんなに邪険にされていたことに。清徳さんには彼女が出来て、あんなに優しい目で彼女を見つめる彼を見ては、心におった傷が深くなっていたのです。だからこそ前世を思い出して、清徳さんのことはきれいさっぱりと忘れようとしていたのに。
あの頃の私が泣いているんです。悲しい思いをしていた私が。
「今さら言わないでください」
「わかってる。本当にごめん」
私が泣いているのを清徳さんはわかったのでしょう。また謝ってきました。涙でにじんだ目で清徳さんを見れば、うなだれている清徳さんがぼんやりと映っています。
「あんなに仲が良かった彼女がいるじゃないですか。私の事はほおっておいてください」
「彼女とはもう別れている」
「えっ。なんで?」
もうこれ以上彼女の事を話題にするつもりはなかったのですが、つい言葉が口から出ていました。
「わからない。ただもう好きではなくなったんだ」
「まだ間に合いますよ。今からでも遅くありません。謝ったらどうですか? 誠心誠意謝ったらきっと許してくれますよ」
「そうなのか? じゃあ今から謝るよ。いくらでも。ごめん。本当にごめん」
「何言ってるんですか。私に謝ったってしょうがないじゃないですか。謝るのは彼女さんにですよ」
「私が謝りたいのは君にだ。君に謝りたいんだ」
清徳さんは私の目をじっと見つめています。どうしてこうなったのでしょう。いきなりの事に驚きすぎて、さっきまで出ていた涙が引っ込んでしまいました。
「もういいですよ。許します」
「そうなのか? 許してくれるのか。じゃあこれからもよろしく!」
これ以上謝ってもらいたくなくて、気が付けば私は清徳さんを許していました。ただ清徳さんの発言に首をかしげます。それになぜか清徳さんはすごくうれしそうです。不思議です。
「これからもよろしくって何ですか? 確かに今までの事は許しますけど、もうよろしくされなくていいです。むしろこれからは、かかわり合いたくないです」
「そんなこといわないでくれよ~」
この前の職場での事もあるので、ズバッといってやります。すると清徳さんは、今度はこれ以上ないっていうぐらいに眉を下げて、悲しそうな声を出しました。何言ってるんですか。許してあげるだけで良しとしてくださいな。
「じゃあ心を入れ替えるから、変わった僕を見てほしい。そばにいさせてほしい」
清徳さんは私に懇願してきます。清徳さんの頭の上にあるはずがないのに、なぜだか下に垂れた耳が見える気がします。おまけに垂れ下がったしっぽまで。いやあ、私の意図が全く伝わっていないようですね。
「いいですか。もういいなずけではないんです。赤の他人です。ですからこれ以上私にかかわらないでください」
そこまできっぱりといえば清徳さんも納得してくれますよね。言い切ったらなんだか気分がよくなりました。なんだかんだで気持ちに踏ん切りをつけたかったんですね。さっぱりしました。
清徳さんは、私が急に笑顔になったのを穴が開くほど見ていましたが、そのうち彼も笑顔になりました。しかもなんだか後ろから黒いものが出ている気がするのは、きっと私の目の錯覚ですよね。先ほどまでの悲しそうな顔はどこに行ったのでしょうか。彼のあまりの急激な変化に今度は私が清徳さんの顔をじっと見ます。
「じゃあ、私の顔はもう見たくないんだよね。そうか。そうか。それなら今君が働いている会社はどうするの? あそこにいると、私の顔を見ることになるよね。だってあそこはうちの系列会社だし。ね!」
ね! って何ですか? そんなに首をかしげて言ってもかわいくないですよ。ちょっと勘弁してくださいよ~。あの会社気に入ってるんですから!
「悪かった」
隣から声がしました。どうやら清徳さんから出た声の様です。いつものように張りのある声ではなくずいぶん小さな声ですが。
「仕方ないですよ。ペダルをこぐのが楽しかったんでしょう? ボートに乗ると童心に帰りますよね」
清徳さんにしてはあまりのしなびた声に、思わず同情を覚えてしまい私は優しい言葉をかけていました。
「違うんだ。あれは...」
清徳さんが何か言いかけてやめてしまいました。やめないでくださいよ。気になります。
「違うって?」
私はボートを漕ぐのをやめて体ごと清徳さんの方を向きました。清徳さんは、はじめこそ私の視線を無視してひたすら前を向いてこいでいました。が、私がずっと見ているのを感じたのでしょう。
「君が楽しそうに話していたから、つい...」
清徳さんがぼそぼそと話し出しました。でもまた途切れてしまいます。私は清徳さんが途中まで言った言葉を反芻してみました。
えっ? えっ__?
気が付けば声に出てしまったいたのでしょうか。人間驚くと声に出してしまうって言いますからね。
「ついイラッとして離れたかったんだよ!」
清徳さんは顔を真っ赤にさせて叫ぶように言いました。これではまるで嫉妬していたみたいですね。
「そうだよ! 面白くなかったんだ!」
あらまあ、またもや声に出してしまっていたようです。いったいどうしたんでしょう、清徳さんは?
「こんなこと自分勝手だと思ってるんだ...」
今度は先ほどまでの叫び声はどこへやら、再び小声に戻ってしまいました。ぼそぼそといっています。ですが私が今いるのは彼清徳さんのすぐ隣です。どんなに小さい声でも聞こえてしまいます。
ただ清徳さんの独り言ともいえる言葉を聞いていて、なんだかむかむかとしてきました。ふつふつと怒りがわいてきます。
あんなに私を嫌っていたのに。いつも私がそばに行くたびにいやそうな顔をしていたのに。次から次へと嫌な思い出が蘇ってきました。
「ごめん。本当に悪かった」
いつの間にか私もぼそぼそと独り言を言っていたようです。その言葉を聞いた清徳さんが今度は謝り始めました。私の手に何かが当たりました。雨でも降ってきたのでしょうか。いえ違います。膝に置いていた私の手に当たったのは、自分がこぼした涙でした。
前世を思い出してから、自分の中で清徳さんとの事はなんてことないと思っていました。いや思い込もうとしていました。ですが、やっぱり私は傷ついていたんです。小さい頃からずっとそばにいた初恋であろう人に、あんなに邪険にされていたことに。清徳さんには彼女が出来て、あんなに優しい目で彼女を見つめる彼を見ては、心におった傷が深くなっていたのです。だからこそ前世を思い出して、清徳さんのことはきれいさっぱりと忘れようとしていたのに。
あの頃の私が泣いているんです。悲しい思いをしていた私が。
「今さら言わないでください」
「わかってる。本当にごめん」
私が泣いているのを清徳さんはわかったのでしょう。また謝ってきました。涙でにじんだ目で清徳さんを見れば、うなだれている清徳さんがぼんやりと映っています。
「あんなに仲が良かった彼女がいるじゃないですか。私の事はほおっておいてください」
「彼女とはもう別れている」
「えっ。なんで?」
もうこれ以上彼女の事を話題にするつもりはなかったのですが、つい言葉が口から出ていました。
「わからない。ただもう好きではなくなったんだ」
「まだ間に合いますよ。今からでも遅くありません。謝ったらどうですか? 誠心誠意謝ったらきっと許してくれますよ」
「そうなのか? じゃあ今から謝るよ。いくらでも。ごめん。本当にごめん」
「何言ってるんですか。私に謝ったってしょうがないじゃないですか。謝るのは彼女さんにですよ」
「私が謝りたいのは君にだ。君に謝りたいんだ」
清徳さんは私の目をじっと見つめています。どうしてこうなったのでしょう。いきなりの事に驚きすぎて、さっきまで出ていた涙が引っ込んでしまいました。
「もういいですよ。許します」
「そうなのか? 許してくれるのか。じゃあこれからもよろしく!」
これ以上謝ってもらいたくなくて、気が付けば私は清徳さんを許していました。ただ清徳さんの発言に首をかしげます。それになぜか清徳さんはすごくうれしそうです。不思議です。
「これからもよろしくって何ですか? 確かに今までの事は許しますけど、もうよろしくされなくていいです。むしろこれからは、かかわり合いたくないです」
「そんなこといわないでくれよ~」
この前の職場での事もあるので、ズバッといってやります。すると清徳さんは、今度はこれ以上ないっていうぐらいに眉を下げて、悲しそうな声を出しました。何言ってるんですか。許してあげるだけで良しとしてくださいな。
「じゃあ心を入れ替えるから、変わった僕を見てほしい。そばにいさせてほしい」
清徳さんは私に懇願してきます。清徳さんの頭の上にあるはずがないのに、なぜだか下に垂れた耳が見える気がします。おまけに垂れ下がったしっぽまで。いやあ、私の意図が全く伝わっていないようですね。
「いいですか。もういいなずけではないんです。赤の他人です。ですからこれ以上私にかかわらないでください」
そこまできっぱりといえば清徳さんも納得してくれますよね。言い切ったらなんだか気分がよくなりました。なんだかんだで気持ちに踏ん切りをつけたかったんですね。さっぱりしました。
清徳さんは、私が急に笑顔になったのを穴が開くほど見ていましたが、そのうち彼も笑顔になりました。しかもなんだか後ろから黒いものが出ている気がするのは、きっと私の目の錯覚ですよね。先ほどまでの悲しそうな顔はどこに行ったのでしょうか。彼のあまりの急激な変化に今度は私が清徳さんの顔をじっと見ます。
「じゃあ、私の顔はもう見たくないんだよね。そうか。そうか。それなら今君が働いている会社はどうするの? あそこにいると、私の顔を見ることになるよね。だってあそこはうちの系列会社だし。ね!」
ね! って何ですか? そんなに首をかしげて言ってもかわいくないですよ。ちょっと勘弁してくださいよ~。あの会社気に入ってるんですから!
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