上 下
68 / 104

68 さあ午後の部です

しおりを挟む
 お昼ご飯を食べ終えた私たちは、また仕事をすべく別の団地に向かいました。車内の後部座席では、ゆったりとシートにもたれた清徳さんと杉さんの姿がありました。なんだかお腹がいっぱいになって眠くなったようですね。二人とも顔がとろんとしています。

「午後はどうします?」

「そうだなあ」

 私と青木さんが午後のペアの話し合いをしようとした時です。

「午前と一緒でいいんじゃないか?」

「そうね」

 いきなり後部座席から声がしました。今までとろんとしていた清徳さんと杉さんの声です。清徳さんはおいておくとして、杉さんは清徳さんと一緒でなくていいのでしょうか? 私がいぶかしげに杉さんをミラー越しに見た時です。それに気が付いた杉さんの顔が少し赤くなりました。

「私、うまく検針できないの。だから青木さんと一緒でいいわ」

 なるほど午前中で懲りたんでしょう。たぶん午前中の検針も青木さん一人でやったんでしょうね。

「どうする?」

「じゃあ午前中と同じで」

 青木さんと私は、その方が仕事がはかどると思い午前中と同じペアになることにしました。杉さんと同じように清徳さんも多分見ているだけでしょうしね。

 団地に着くと、二手に分かれて検針を始めることにしました。清徳さんはお昼ご飯の時には脱いでいた作業服をきっちりと着こみ手には軍手をはめて、私が虫よけスプレーをするのを今か今かと待っています。午前中とは全然違いますね。ただ検針先に行くときには、彼の足取りは鉛でもついたかのように途端に歩みが鈍くなりました。

 私はそんな彼をおいて、一人先に検針を始めました。清徳さんはといえば、つかず離れずの一定の距離を保ってついてきます。もう検針する気はさらさらないようです。おかげで仕事がはかどりました。まるで一人で仕事をしているときと変わりません。後ろにいる背後霊のような彼を気にしなければですが。
 そんな一人作業を黙々としているときです。

「これなんだ?」

 後ろから声がしました。ふと後ろを振り返ると、清徳さんは指に何かをつまんでいて、それを熱心に眺めています。

「これは、何かの種だろうか。それにしても不思議な形状をしている。まるでバッグの様に上にはひだが付いている」

 私が恐る恐る近寄ると、彼はまだ熱心にそのなにかを見つめています。その物体と顔からの距離が近いですね。いったい彼はどこでそれを見つけたんでしょうか?

「どこで見つけたんですか?」

「君が検針をした後、何かかが転がり出たんだ」

 これで決定ですね。彼が持っている黒々としたつやっとした種のようなもの。ふちが付いている。

「それは早く捨てたほうがいいですよ。それは種ではありません。先ほどあなたの胸に着いた黒い物体の卵です」

 私が言うが早いか、清徳さんはひえ~といって、それをあろうことか私に投げつけるように捨ててきました。私もびっくりしてとびすさります。まさかこっちに向かって投げるとは思いもしませんでした。

「こっちに投げないで下さいよ!」

 私のかなり怒りを含んだ声に、先ほどまであせっていた清徳さんの顔が急にしょげたようになりました。

「ごめん。つい投げてしまった」

 気が付けば清徳さんは、手にはめていた軍手も放り投げています。仕方なく私は、それを拾い内側に丸めてポケットの中にいれました。そしてポケットに入っていたウエットティッシュを差し出しました。清徳さんは、再び一袋を使い切る勢いで、手を何度も拭いています。私はそれを黙って見ていました。拭いてしまったウエットティッシュを受け取りそれも軍手と一緒にポケットに入れます。

 それからは背後霊のようだった清徳さんは、鬼ごっこでもやっているかのように先ほどよりもっと遠くの位置から私の検針を眺めていました。

 やっと持ち場の検針が終わって車に戻るときです。

「今日は悪かった。少しも役に立たなかったな」

 後ろから声がしました。どうやら声の主は私の後ろをとぼとぼと歩いていた清徳さんの様です。

「初めてですし、仕方ないですよ。お疲れさまでした」

 私が後ろを振り返って、笑顔を作ってそういうと清徳さんはなぜかまぶしいものでも見たかのように目を細めました。

「検針も大変なんだなあ」

 清徳さんがしみじみといいました。

「誰かが言ってましたよね。どの仕事も働くって大変だって」

 検針に限らず、働くって大変ですよね。楽しいことばかりではないですもんね。

「それにしても君はすごいな。さっきの卵なんてよく知っていたな」

 清徳さんはしきりに感心しています。それはそうですよね。今世ではさすがに私も見たことはありません。でも前世では中学の時に部活の部室で発見したんです。その時に初めて見つけた誰かも確か清徳さんが言った同じことを言っていた気がします。
 なぜか清徳さんがきらきらした目を私に向けています。何か勘違いしていそうですね。私はそんなに昆虫の事は詳しくないですよ。
 私たちが車のところに戻ると、ちょうど時を同じくして青木さんと杉さんも戻ってきました。

「終わったな」

「終わりましたね。お疲れ様でした」

「こちらこそお疲れ様」

 青木さんが私にほっとしたように声をかけてきました。青木さんは今日一任されていましたしね。私も終わってほっとして青木さんをねぎらいました。青木さんも私をねぎらってくれます。私たちがほっとしていると、再び声がしました。

「今度は、頑張るから。また来る」

 あんなことがあったにもかかわらずまたやる気なんですか? 清徳さん! もう勘弁してください。

 清徳さんとは反対に杉さんの顔は無表情です。やっぱりそうですよね。賢明な判断です。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。ざまあ要素たっぷりの胸がすくような展開と、新たな一歩を踏み出す彼女の成長を描きます!

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...