上 下
59 / 104

59 絵画は無事でした

しおりを挟む
 夕食が終わり廊下に出た時です。先に席を立った兄が、廊下の壁にもたれていました。まるで私を待っていたかのようです。

「千代子、何か他に隠してない?」

 兄が真顔で私の目をじっと見つめてきました。やはり兄には、ばれていますね。伊達に兄妹を永くやっていません。

「お兄様に聞きたいことがあったの」

「そうか。話、長くなる?」

「たぶん...」

 きっと長くなりますよね。それに誰にも聞かれないところがいいんですけど。

「じゃあ、僕の部屋でいい?」

「はい!」

 そう思っていた私に、兄は嬉しい提案をしてくれました。
 私は、「喜んで!」という言葉を飲み込んで、私は大きくうなづきました。最近兄の部屋には行ったことがなかったんですよね。もしかしたら彼女にかかわる物なんかあったりしますかね。この千代子、目を皿のようにして探り出しますわよ。だって、お兄様は社交界で今一番人気ですからね。久子さんも言ってましたよね。お兄様ってお付き合いしている方がいるのかしらって。私は妹なのに全然知りませんよ。もし何か見つかれば次のパーティーの時に、皆さんにいい話題が出来ますしね。

 私がにやにやしながら兄の部屋に入ったからでしょうか。

「千代子が思っているものは、何もないよ。残念だったね」

「えっ~!」

 そうなの? 何にもないの? 残ね~ん! じゃない、私、口に出していましたっけ。私は思わず自分の口に手を当ててしまいました。すると兄は、にやにや笑いました。

「千代子は、わかりやすいからね」

 顔に出ていたんですね。これから気を付けなくてはいけません。私はきりっとした表情を浮かべて部屋を見渡しました。兄の部屋は、カーテンやベッドカバーなどブルーで統一されています。その中でマホガニー材で作られているテーブルや椅子が置かれています。余分なものはなくさっぱりとしてますね。居心地よさそうです。私のごちゃごちゃとした部屋とは大違いです。部屋から見えるもう一つの衣裳部屋も、この部屋と同じ色のトーンで満たされていますね。
 私がひとしきり部屋を見渡していたのをじっと見ていた兄が聞いてきました。

「もういい? それより何か話があるんじゃないの?」

 兄の言葉ではっと我に返りました。久子さんには、なにも情報がないですね。残念です。でも千代子さんや他のご令嬢には喜ばれそうですね。兄に女性の影がなくて。まあこの部屋を見る限りですが。
 そうそう、私にはそんなことより兄に聞かなくてはいけない任務がありました。
 
「お兄様、子供のころよく行っていたおじいさまお気に入りの別荘の事なんだけど...」

 その後の言葉が出ませんでした。聞くのが怖いですね。

「別荘? それが?」

「...昔おじいさまのお気に入りの絵画に、私がボールをぶつけたこと覚えてる?」

「...ああ。あれか。あったね、そんなこと」

「そうそう。それよ。私思い出したの。あれってあの後どうなったのかしら? お兄様知ってる?」

「千代子は覚えていないの? あの後、二人でおじいさまや父さんにずいぶん怒られたよね。まあおじいさまは昔から千代子に甘かったからそう怒れなかったようだけど。僕にはしっかりお説教をしたんだったな。」

「そうでしたの。ごめんなさい、お兄様。お兄様は何もしてなかったのに。飛んだとばっちりでしたわね」

「いや。もう時効だよ」

 兄はさっぱりとした口調で言いました。

「でもあの絵画は、すごい価値があるものだったでしょう? やっぱり今でもあのまま?」

「いや。あれはあの後、ちゃんと専門家の人に見てもらったよ。どの絵画も運よくボールは絵画の額縁に当たっていただけで、絵画自体には何の問題もなかったよ」

「そうでしたの! よかった~!」

 私が安堵のため息をこぼしたのを聞いた兄が、びっくりしました。

「千代子、そんなに驚いてどうしたんだい? ちゃんと見てもらった後、あの絵を二人で見たじゃないか」

「そうでしたっけ。覚えていませんでしたわ。ごめんなさい」

 兄は、その時の事を思い出そうとしていました。そして急に笑い始めました。

「そうか。あの時は、確か清徳正樹君がうちの別荘の近くに来てるって聞いたとたん、千代子は飛び出して行ってしまったんだったね」 

 そうでしたっけ? 兄の言葉を聞いてそういえばと思い出しました。そうでした。あの後一回だけあの別荘に行っていましたね。ただその時には、清徳さんに夢中だった私はろくに絵画も見ないで、清徳さんが来ているという別荘に突撃訪問をしていったんでした。なるほど。納得です。
 いやいや。そうではありません。まだ聞くことがあります。

「お兄様、いくらかかりましたの? 見ていただくだけでも、結構かかったんじゃありません?」

「ああ。確か外国からわざわざ来てもらったらしいんだよね。でもおじいさまは、もし修復が必要なら金に糸目はつけないからとお願いしたそうだよ。でも修復をしたわけじゃあないからね。それにその人からまた何点か美術品を購入していたから、その絵画をみてもらったお金は払ってないって言ってた気がするよ」 

「そうでしたの。でもよかったですわ」

 私が落ち込んだ声を出したからでしょう。兄が聞いてきました。

「ねえ、どうして今になってそんなに気になるの?」

 兄の疑問はもっともです。当時でさえまったく気にしていなかった私が、落ち込むほど気にするなんて不思議ですよね。

「今日美術館に行ったときに思い出したんです。あの絵画の事。ちょうどあの絵画の対になる作品があって」

「なるほどね。それでか。大丈夫だよ。あの作品たちは何ともなかったからね。じゃああの作品、夏休みにでも見に行ってみるかい? 久しぶりにまたあの別荘に行くのもいいね」

「はい! お兄様、行きたいです!」

 兄の言葉を聞いて私は途端に元気になりました。そうと決まれば、またあの絵画を見てみたいですね。

「じゃあ行こうか。ちょうどその頃、花火大会が開かれるんじゃなかったかな。昔はその頃、僕たちは海外に行っていたから確か見たことがなかったよね」

 そうでした。あの別荘で宿題を終えると、その後両親と海外に行っていましたよね。あの頃は子どもだったから、海外に行けるという事よりも、普段忙しい両親と一緒にいることが嬉しかった気がします。 
 
 今年は、会社に勤めていますから夏休みも少ないですしね。近場で花火を見るのもいいですね
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。ざまあ要素たっぷりの胸がすくような展開と、新たな一歩を踏み出す彼女の成長を描きます!

断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。

甘寧
恋愛
断罪の最中に前世の記憶が蘇ったベルベット。 ここは乙女ゲームの世界で自分がまさに悪役令嬢の立場で、ヒロインは王子ルートを攻略し、無事に断罪まで来た所だと分かった。ベルベットは大人しく断罪を受け入れ国外追放に。 ──……だが、追放先で攻略対象者である教皇のロジェを拾い、更にはもう一人の対象者である騎士団長のジェフリーまでがことある事にベルベットの元を訪れてくるようになる。 ゲームからは完全に外れたはずなのに、悪役令嬢と言うフラグが今だに存在している気がして仕方がないベルベットは、平穏な第二の人生の為に何とかロジェとジェフリーと関わりを持たないように逃げまくるベルベット。 しかし、その行動が裏目に出てロジェとジェフリーの執着が増していく。 そんな折、何者かがヒロインである聖女を使いベルベットの命を狙っていることが分かる。そして、このゲームには隠された裏設定がある事も分かり…… 独占欲の強い二人に振り回されるベルベットの結末はいかに? ※完全に作者の趣味です。

処理中です...