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31 押村友一視点2

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 「おい、聞いたか。お前のお嬢様が怪我をしたそうだぞ」

 私は朝会社に行くなり、第一秘書課に呼ばれて知らされた。そして第二秘書課に戻ってきたところで、ちょうど出社してきた正樹と鉢合わせした。

 「知ってる。朝会社に来る途中で聞いた」

 「どうだって。こんなところにいていいのか」

 「病院に運ばれたそうだ。何でも階段から落ちたらしい」

 「じゃあ今からお見舞いに行くのか」

 私も一緒に行くつもりで、車の手配をしなくては思った時だった。

 「行かないぞ。大した怪我じゃあないらしい」

 「行かないって。お前、いいなずけじゃないか」

 「ああ。だからこそ行かないのさ。これで解消になればちょうどいい」

 「お前、それやっちゃっていいの?」

 私は、正樹の物言いに少しあきれた。正直この会社の将来が心配になった。それでもさすがに見舞いの花ぐらいは、病院に届けるよう手配しておくかと思ったが結局送れなかった。正樹の父親である社長に、たてがみお嬢様のマネージャーであるあの朝月久美からお見舞いの品は一切不要と連絡が来たそうだ。

 「なんで正樹は、見舞に行かなかったんだ。連絡を受けてすぐ行くかと思っていたのに...」

 社長室に呼ばれた私は、頭を抱えている社長の姿を見た。それはそうだろう。相手は大企業だ。怒らせていい相手ではない。どうにかしてお嬢様の様子を聞き出そうと社長以下皆が躍起になっていたが、さすがにセキュリティーがしっかりしているだけあって、全く情報は漏れてこなかった。
 お嬢様は、この清徳グループに入社する予定だった。怪我をした日はまさしく入社式当日で、こちらもばたばたしておりびっくりしたものだ。

 「でもちょうどいいじゃないか。もうさすがに入社してこないだろう」

 正樹ひとりだけが喜んでいた。そんな時だった。いいなずけ解消の一報が入ったのは。さすがに私を含めて皆が、上柳グループの報復を恐れたが、全くそんな気配はなかった。
 ひとりのんきにしている正樹だけが、「よかったよかった!」といっていたのを社長に聞かれてしまいどやされていた。
 今までお嬢様が正樹にいちずだったから、向こうとしても何も手出ししてこなかったが、解消された今何をしてくるかわからない。それほど正樹の態度は悪かった。
 
 皆が戦々恐々としていた時だ。第二秘書課で仕事をしていると、慌てて部屋に入ってくるものがいた。
 人事部の藤森部長だった。いつも穏やかで落ち着いていると評判の藤森部長が今日はどうしたことか、顔は青ざめおたおたしている。

 「ちょ、っちょ、っちょっと、った、っ大変なんです!」

 「何がですか」
 
 「あっ、あっ、あのっ。おっ、お嬢様が今ロビーに来ているんです」

 「お嬢様が!」

 これには私もさすがに席を立ってしまった。

 「っはっ、っはいっ。ど、ど、どうしましょう」

 「では、打ち合わせ通りお嬢様には勤務先のことをお話ししていただけますか」

 「わっ、っわっ、私がですか?」

 藤森部長は死刑宣告でも受けたかのような顔をしている。

 「お願いします。たぶん話を聞いた時点で、会社をおやめになると思いますので大丈夫ですよ」

 私がきっぱりというと、藤森部長は「そうですか? ほんとですよねえ」そういって私を恨めしそうに眺めながらとぼとぼと出ていった。
 今正樹は社長について、挨拶回りに行っていて会社にいない。正樹は事前にお嬢様が入社すると聞いて、ある作戦を立てていた。本社で働かれた日には自分に付きまとって仕事にならないと、お嬢様の勤務先を勝手に系列会社にしていたのだ。それには社長も納得していたが、入社式直前になってあろうことか正樹は系列会社の支店にたてがみお嬢様を働かせようとしていた。
 
 ただお嬢様の怪我でそのことはすっかり忘れていた。いいなずけが解消になったこともあり、まさかまだ清徳グループに勤務しようとするとは誰一人として思っていなかった。あの慎重な社長でもきっと思っていなかっただろう。

 それにしてもどうして誰か止めてくれなかったんだ。あの朝月久美やたてがみお嬢様の兄なんて、正樹を敵でも見るかのようにいつも鋭い視線を向けていたじゃないか。いやがらせか。いやがらせだ。きっとそうだ。そうに違いない。さすがだ。これほど我々の心を折る作戦はない。敵ながらあっぱれだ。
 
 私が一人ぶつぶつと言っていた時だった。また藤森部長がやってきた。半分魂が抜けだしたように覇気がない。まるで幽霊のようだ。それにさっきからそう時間がたっていないのにも関わらず、なんだか体が一回り小さくなった気がする。
 
 「あのう、お嬢様が系列会社の支店に行くそうです。地図を用意しなくては...」

 そういいながらも、ふらふらしていて今にも倒れそうなので私が代わりに地図を用意した。この時になって部屋にいる皆が、私と藤森部長を凝視していた。特に藤森部長を。中には藤森部長のあまりのやつれようにぶるっと身震いするものもいた。

 「お願いします」

 私が用意した地図を渡すと、藤森部長はそれはそれはいやそうに受け取り、またとぼとぼと部屋を出て行った。

 「藤森部長、大丈夫ですかね」

 「ああ」

 私も藤森部長の健康が気になった。ロビーで倒れていないといいのだが。

 「「ちょっとロビーに行ってきます」」

 部屋にいた秘書二人が足取りも軽く飛び出していった。たぶん物見遊山で行ったのだろう。かわいそうに藤森部長の心の内も知らないでいい気なものだ。まあもし倒れていたら、あの二人が回収してくれるだろう。
 ただ私もちょっとだけ見に行きたくなったのは許してほしい。人間怖いもの見たさがあるのだ。好奇心旺盛ともいうが。
 
 
 
 
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