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16 とりわけは得意です

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 『居酒屋あるある』は支店から歩いて5分ほどのところにありました。お店に入ると、結構席が埋まっていました。

 予約していた私たちは、奥の個室に通されました。このお店は個室と半個室があるようです。

 「柳さんと青木さんはここね」

 近藤さんが私と青木さんの席を教えてくれました。隣どおしの席です。その前に鈴木課長、小田係長、近藤さんの順に座りました。私の前が近藤さんです。

 「じゃあまず飲み物だね。何にする?」

 鈴木課長がメニュー表を私と青木さんに渡してきました。居酒屋さんだけあっていろいろあります。一応メニューを見ますが、私は皆さんが注文しているものを注文しようかなあと思っていました。

 「柳さんはこの中で飲めるものある?」

 青木さんが私に聞いてきました。いやあ、ありますよ。ってここにあるものは普通の飲み物ばかりですよね? 私が青木さんの言いたいことを測りかねていると、青木さんは何を誤解したのか勝手に私の分まで注文してくれました。

 「じゃあ私と柳さんは、ビールをお願いします」

 「おお、そうか」

 鈴木課長は今まで自分たちで見ていたメニュー表から顔を上げました。近藤さんや小田係長にも聞いています。
 
 「私もまずはビールで」

 「私も」

 ということで最初はみなさんビールになりました。そしてお料理は、近藤さんおすすめを次々に注文していきます。

 「じゃあ、まずはかんぱ~い!」

 鈴木課長の音頭で、皆でビールジョッキを上に掲げます。皆が口を付けてから私も飲み始めました。最初のひと口目のビールのなんとうまいこと。パーティーではシャンパンやワインしか飲んだことがなかったので、ビールは久しぶりです。
 ついおいしくてごくごくと飲んでしまいました。ふと視線に気が付きました。青木さんがこちらを凝視しています。

 「ビール飲めるんだな」

 そうつぶやいた気がしました。そりゃあ飲めますとも。しかも生なのでおいしいですね。ビールを飲んで食欲が出てきたところにお料理が次々と運ばれてきました。どれもおいしそうです。ちょうど私のそばに取り皿が来たので、皆さんに渡していきます。

 「どうぞ」

 一応目の前の方々に渡してから青木さんに渡しました。青木さんは、なんだか奇妙なものを見る目つきで私を見ています。うん? 何でしょう。私の顔をじっと見てから前を向きました。
 
 私も目の前のテーブルを見ました。おいしそうな唐揚げがあります。いくつあるのでしょう。おお、ちょうど人数分ありますね。
 気づけば私は、皆の皿に唐揚げを均等に分けていました。あら、あちらには春巻きが。これも分けましょうかね。ああ楽しい。ああ楽しい。思い出しますね。昔よくやっていましたねえ。
 
 「柳さん、ありがとう。悪いね」

 「いいのよ。みんな好き勝手に食べるから。気を使わなくていいわよ」

 鈴木課長や近藤さんの声かけにはっとしました。気が付けば私は席を立って、皆の皿に料理を均等に分けてしまっています。前世では、家族が多かったので、けんかにならないように長女の私がいつも均等にみんなに料理を配っていたのです。大皿に盛られたお料理を見てつい昔の癖が出てしまいました。

 「すみません。つい癖で」

 私は、そういって慌てて自分の席に戻りました。

 「柳さん、ずいぶん手際いいね。いつもやってるの?」

 「あっ、はい。弟や妹がいたので」

 お酒のせいでしょうか。そんなに飲んでいませんでしたが。気が付けばぽろっと前世の事を言ってしまっていました。その時です。

 ごっほっ、ごっほっ、ごっほっ。
 
 横に座っている青木さんがちょうど飲んでいたビールにむせています。

 「大丈夫ですか」

 私は無意識に青木さんの背中をさすっていました。前世でも急いで食べた弟や妹がよくむせたりしたんですよね。

 「大丈夫?」

 近藤さんもむせている青木さんに気遣っています。私は急いで、席を立って水をもらいに行きました。店員さんに言って水をもらいます。席に戻って青木さんに水が入ったグラスを渡しました。

 「すみません」

 青木さんの咳はおさまっていましたが、水を飲んでのどを潤していました。すると、どこからか視線を感じました。じっと見ていたのは、目の前の三人です。三人が見ていたのは、私の動作でした。
 私がまた青木さんの背中を無意識にさすっていたのです。どうしましょう。つい弟や妹にやっていたようにやってしまっていました。
 私は、青木さんの背中から静かに手を下におろしました。視線が痛いです。

 「もうよくなったようだね。あっはっはっ」

 鈴木課長が私の真っ赤になった顔を見て、慌ててフォローしてくれました。小田係長と近藤さんもさっと視線を外してお料理を食べ始めました。目の前のお料理に集中しているふりをしてくれています。
 私が横の青木さんをちらりと見ると、青木さんもこちらをちらりと見ていて目があってしまいました。慌てて私も目の前の二人と同様にお料理に集中するふりをしました。横にいる青木さんもどうやらお料理を食べ始めたようです。目の端に映りました。

 「このお料理おいしいね」

 鈴木課長がまたもやその場を和ませようと頑張ってくれています。それからは皆でお料理を食べながら、和やかに話をしているうちにあっという間に時間が過ぎていきました。今日の歓迎会は終了です。

 
 「柳さん、家どこなの? 主人が迎えに来るからよかったら一緒に乗っていかない?」

 まだお勘定をしている鈴木課長を置いて私たちは店を出ました。近藤さんが私に気遣っていってくれました。

 「兄が迎えに来ますので大丈夫です。ありがとうございます」

 私がそういうと、一緒に聞いていた小田係長が言いました。

 「柳さんちって兄弟多いんだね。だから気配りやさんなのか」

 小田係長はひとり納得しています。

 「どうしたの? 青木君?」

 小田係長が一人後ろを向いて肩を揺らしている青木さんを見ました。

 「いえ、なんでもありません」

 少したって青木さんがこちらを向きました。なぜか神妙な顔つきをしています。

 「今日はありがとうございました」

 「ありがとうございました」

 会計を終えて店を出てきた鈴木課長や小田係長、近藤さんに青木さんと私はお礼を言いました。
 お店の前で兄を待っているという私を残して、後の四人は駅の方に帰っていきました。
 
 まさかあの後青木さんが私を気遣って戻ってきて、一緒に兄を待ってくれようとしたとは全く知りませんでした。
 
 
 

 
  
 
 


 
 
 
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