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第79羽 (密)帰国

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 シトシトと灰色の空から雨粒が大地に染み込んでいく。ここは南の大陸、サウザンクルス。その最北端の港町だ。

 小粒の雨のなか急ぐように走る影が一つ。キョロキョロと辺りを見渡すと目当てのものを見つけたのかそちらに足を向けた。足の先には窓から明かりのもれる店が。酒場だ。

 軽い音を響かせるドアベルを鳴らして店の中に入る。談笑していた漁師と冒険者がその音に反応して目をやれば、そこにいたのは酒場には相応しくないようなかわいらしい少女だった。ここは子供の来るような場所ではない、そう声をかけようとして思いとどまった。

 それは少女の格好を見たからだ。背には槍を背負っていて、服装は動きやすさとかわいらしさが同居したバトルドレス。腰にはポーチが着いている。恐らく冒険者だ。
 同じ席でで談笑していた冒険者に目を向けると首を振っている。下手に首を突っ込むなということだろう。
 不思議な事に少女はほとんど濡れた様子は無い。外からはパラパラと雨粒の音がしているのにだ。なにか雨具を持っている様子もない。とそこで気がついた。頭上には白い幾何学的な陣が浮かんでいるのに。それで雨を凌いでいたのだ。
 室内に入ったからかそれがフッとかき消えると今度は足下に赤の陣が生み出される。

「《赤陣:乾風かんぷう》」

 少女が何かを呟いたと思ったら足下から風が吹き上がると、ものの数秒で僅かな湿り気すらなくなった。どんな技術を使ったのかはわからないが、漁師は他の冒険者がやっているのを見たことがない。便利そうなのに使っているのを見たことがないということはできないということだ。したがってそれができる少女はなんかすごい奴ということにもなる。
 藪をつついて蛇を出す必要はないのだ。カウンターまで歩いて行き酒場のマスターに話しかける少女を横目に、漁師は「不思議な雰囲気をまとったすごそうな魔法を使う幼い冒険者の少女」という話のネタにする程度にして関わらないことに決めた。

 最近は天気も変だし願わくば平和なままで、と白蛇聖教の神に向けて心の中で祈った。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


「あの、すみません」

「…………」

 カウンターに腰掛け、酒場のマスターらしき人物に声をかけると、目の前コトリとカップが置かれた。見ればなかから湯気が漂うホットミルクだ。おいしそう。

「ありがとうございます」

 お礼を言って一口含めば蜂蜜も入っていたようで、トロリと甘くお腹のなかから温まる。

「……ほぅ」

 良いお店だ。自然と吐息が零れ表情がほころぶ。一息ついたところで今の状況を頭の中で整理しましょう。

 アモーレちゃんと約束をして中央の島国を逃げるように飛び出してしばらく。ようやく南の大陸にたどり着くことができました。

 やったのことでたどり着いた南の大陸の空は気分も落ち込むようなぐずついた曇天。今にも雨が降り出しそうな中、大きな港町に騒ぎにならないよう人目を避けて降り立った。
 先ずはここが南の大陸であるか、そして天帝が住まう森があるのかを確かめる必要があります。コンパスを逐一確認しながら飛んできたのでないとは思いますが、ここが別の大陸である可能性もありますからね。なんたって私はいつの間にか別の大陸に転移してたくらいですから。

 情報収集なら人に聞くのが一番。
 人化して情報が聞けそうな場所を探して街中を歩いているとついに雨が降り出してしまいました。《白陣:壁空へきくう》を頭上に発動して魔術の壁を傘代わりにしながら雨宿りする場所を探す。
 少し走った先に酒場を見つけて、情報収集と雨宿りができて一石二鳥とばかりに駆け込んだ。ドアをくぐって白陣を消し、《赤陣:乾風》で水気を完全に飛ばした。

 そこで酒場のマスターに話しかけた所ですね。それにしても、この人結構鍛えてますね。細身ながらもかなりの筋肉を持っていることがうかがえます。漁をする港町ならではでしょうか。それはさておき。

「聞きたいことがあるのですが……」

 そう言ってカウンターの上に金貨をおく。お値段が書かれた表の覧を見てもミルクの支払いにしてはかなりのおつりが出る額。情報料ですね。彼が情報通かどうかはわかりませんがこういうときにケチるとろくな事にはなりません。フレイさんからしばらく生活には困らないだけのお金は貰ってますし。

 私の手元をちらりと確認したマスターは無言で続きを促した。

「この南の大陸で最近天帝の姿が目撃されているらしいですが詳しい場所なんて知りませんか?」

 もちろん全部ブラフ。質問内容はお母様の場所についてですが、マスターのレスポンス次第でここが南の大陸かどうかはわかります。
 質問の仕方で違和感はもたれるかもしれませんが、ここは南の大陸ですか?なんて馬鹿正直に聞いて怪しまれるよりましです。大陸の移動は制限されているのでそんなことを聞く人は、行き先もわかっていない密航者か密入国者くらいのもの。ここが南の大陸でない反応だったらとっとと逃げて、同じような質問を北東西の全部でやるだけです。

 まあ逃げ出すような結果にはなりませんでした。反応からしてちゃんとここは目的地の南の大陸です。

「天帝の目撃情報は持っていない。だがお前の話が本当なら可能性が高いのは住処のヴィルズ大森林の近くだろう。場所はわかるか?」

「いえ」

「地図は?」

「それもないです」

「……受け取れ」

 マスターがしゃがんだ後だしてきたのはこの大陸の簡易的な地図。どうやら頂けるみたいです。おそらく私の求めた情報を持っておらず、出した金額に釣り合っていないと考えたからでしょう。

「ここが今いる場所、港町のサウザブーン。ヴィルズ大森林はここだ」

 マスターが指さしたのは南東の巨大な森。ここが私の故郷。……もうすぐ帰れる。

「近くに大きな街がある。これだ。ヴィルズ大森林に向かうなら直行するより、ここで準備を整えた方が良いだろう」

「わかりました」

 地図で見てもかなり大きな森です。巣を探索するためにも忠告通り食料なんかの物資を補給しましょうか。そうと決まれば話は早いです。カップを傾けて残ったミルクを全て飲み干す。

「ごちそうさまでした。ミルクとっても美味しかったです」

 お礼を言ってドアに向かうと「……おい」とマスターに引き止められた。

「最近大陸全体で天気が崩れているのは知っているだろう」

 いえ知らなかったです。昨日までこの大陸にいなかったので。

「約2週間前から天気が崩れ始め、ここ最近は雨ばかりだ。この港町は小雨で済んでいるが他はそうでもないらしい。特にヴィルズ大森林の近くは」

 ……なるほど。私の質問と合わせてこの天気がお母様の仕業ではと考えたわけですね。龍帝に教えてもらったお母様が荒れているという情報と、彼の情報が正しいなら。……可能性は高いですね。

 それと彼……おそらく私を心配してくれたのではないでしょうか。天帝が何かしているかも知れないから今は危ないぞと。

「ありがとうございます。また来ますね」

「……そうか」

 彼の厚意を無碍にするようですがここまで来て待つ気はありません。お母様が何かしているなら尚更です。
 ペコリとお辞儀をして、私は雨の中店を出た。
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