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第47羽 マジかよ
しおりを挟む「じゃあ早速買い物に行くよ」
冒険者ギルドを出てすぐ投げかけられたのはその言葉でした。
「買い物……ですか?」
「そう、あんたの槍をね。ログのを借りてばっかりなのもなんだし」
「それは願ったりなのですが私はお金持ってないですよ?流石に買って頂くのは……」
「何言ってんの。あんたコアイマを倒しただろ?あれだけでかなりの報奨金が国からでる。街一つ消せるだけの戦力があるし、Sランク以上がいないと普通倒せないような相手だからね」
「そんな、貰えませんよ。私だけの実力では倒せなかったですから」
「なら、あたいが出すかい?別に良いよ?」
私をジッと見つめてくるフレイさんの目は完全に獲物に対するそれでした。借金にかこつけて、どんな要求をしてやろうかと。
「い、いえ、報酬金からありがたく使わせて頂きます……」
「そう……」
少し残念そうに歩き出したフレイさん。もし借りていたらどうなっていたんでしょうか。ブルリと悪寒を振り払って隣に追いついた。
「ま、あんたの分はあたいが既に受け取っているから、どっちにしろあんたの分から出すけどね」
そんなぁ。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「さ、ここだよ」
たどり着いた武器屋は街の片隅にポツリと静かに佇んでいた。二人でドアをくぐればカランカランと澄んだ音が。
「いらっしゃい。……フレイか」
「なんだい。そのぞんざいな対応は。そんなんだから客が少ないんだよ」
「ほっとけ」
フレイさんを仲よさげな会話を繰り広げたのは、大量の顎髭を蓄えた小柄なお爺さんだった。彼の種族はドワーフ。鍛冶が得意で、力が強くお酒が大の好物。
この世界には人間以外の種族もしっかり存在している。それ以外にもエルフや獣人などがいるようです。北の大陸には人間に次いでドワーフが多く住んでいます。
彼がこちらに気づきました。ペコリと会釈をします。
「おい、どこから攫ってきたんだ」
「変なこと言うんじゃないよ。確かに攫いたいくらいかわいいけどね。保護しただけだよ」
「マジかよ……」
フレイさん?
本人は不穏な言葉をさらっと溢して店内の物色をしている。仕方ないのでドワーフさんに向き直った。
「始めまして、嬢ちゃん。儂はガンクだ。今日は嬢ちゃんが武器を買いに来たのか?」
「始めまして、メルと呼ばれています。その通りです、武器を見せていただきにきました」
「こりゃまた丁寧に。ふむ、木刀か短剣か?」
「いえ、槍です」
「すまんな、ここには木製の槍は置いてないんだ」
「いえ、本物の槍です」
「んん?」
どうやら、子供用の物を買いに来たと思ったらしいですね。まあ、この姿だと仕方ないですが……。
槍は長い上に重いです。普通だったらもてあますでしょう。
普通に立っていたらカウンターの上が見えないですからね。頑張って背伸びして顔を出しています。
「おい、フレイ!」
「なんだい?」
ガンクさんに呼ばれ、商品棚の後ろからひょこりと顔をのぞかせたフレイさんは不思議そうな顔をしています。
「嬢ちゃんが本物の槍が欲しいって言ってんだが?」
「ああ、それなら問題ないよ。この子、こう見えてかなり強いからね」
「マジかよ……」
いまいち信じられないらしく胡乱げな視線を向けてくるガンクさん。まあ、当然でしょうね。
「なら、ほれ。これをそこの別室で振って見せてくれ」
そう言って手渡されたのは穂先が潰された鉄の槍。これで危険がないか確認すると言うわけですね。
扉の無い部屋への入り口をくぐれば、藁で編まれた人間サイズのカカシが。これに実演すればいいわけですね。
「わかりました」
構える。先ずはゆっくり。基本の突きから、薙ぎ、叩きつけに派生。じっくり体の調子を確かめていく。
自身が思い描く最高の動きに混じったノイズを少しずつ取り除く。
基本的な型を一周する頃には邪魔な動きはほとんど無くなっていた。槍を引き戻す。
ここからは一段階ギアを上げて、その状態でもブレが出ないように――――
「凄いじゃないか。これなら問題ないな」
とそこでガンクさんに声を掛けられる。スッと頭の熱が冷めた。
危ない危ない、思わず本格的に訓練を始める所でした。藁人形も……問題ないですね。熱くなって失敗したのではと思いましたがよかったです。
別室から戻ってくるとガンクさんがフレイさんに声を掛ける。
「槍ならログが使うだろう。なんであいつがいないんだ?あいつに選ばせれば良いのに」
「メルとの買い物に邪魔だったから置いてきた」
「マジかよ……」
フレイさん?
ガンクさんの私を見る視線が段々、かわいそうな物を見る目に変わっていく。それに気づかないふりをした。
コアイマを倒してから変な風に振り切れてる気がするんですよね……。
「それで予算は?」
「ここの最高額でもいけるよ」
「マジかよ……」
思わず頭を押さえている。普段ない事が立て続けに起こって疲れているのでしょうか。なんだか申し訳無いです。
「ならとりあえずこの三つがオススメだ」
そう言って見せられてのは、金属・骨・緑の槍でした。
金属の槍は重く堅く強靱で壊れづらい。オリハルコンが混ぜ込まれた合金製。
骨の槍は軽く鋭く高い攻撃力を持つ。とある海の魔物の背骨が使われている。
緑の槍は、風を操ることのできる魔槍。純粋な威力では上二つに劣るが選択肢が増える。
三つそれぞれ手に取り、手の中で確かめる。
「さっきの部屋で試すこともできるぞ」
「いえ、決めました」
私が選んだのは金属の槍。
骨の槍の攻撃力は魅力的でしたが、少し軽すぎます。緑の槍は……私と能力が被ってるので。
やっぱり腕にズシッとくるのが良いです。壊れにくいのも好評価です。
「はいこれ」
「……本当に一括かよ、少し甘やかしすぎじゃねえか?」
「これ、この子が稼いだお金」
「マジかよ……」
ガンクさんの私を見る目がヤバい物を見る目に変わっていく。私は目をスッと逸らした。
「じゃあ、次行くよ。またねガンク」
「はい。ありがとうございました、ガンクさん」
「……おうよ」
ガンクさんはカウンターで頭痛が痛いと言った風に頭を押さえている。私達が出て行けば平穏が訪れるでしょう。ゆっくり休んで下さい。
人が消え、静かになった店内でガンクがようやく動き出す。
「なんか疲れたな……、もう店閉めるか?」
そう言って歩いて行くのは藁のカカシがある部屋。先ほどメルが使っていた藁のカカシの傷を確認して、変える必要があるかを決める為だ。
「傷一つない……」
しかしそこで目にしたのは僅かなほころびも無く新品同様の藁のカカシだった。それは間違いなくさっきの子供が使っていたカカシだった。
確かに槍の穂先は潰され、人が傷つくことが無いようになっている。だがそれでも槍は結構な重量を誇っている。そんな槍を結構な速度で振り回していた子供。それだけでも驚きだったのに、傷が一切付けられていない。あれほどの速度、回数で、あの重量の物体をぶつけられれば必ずどこかに綻びができるはずなのだ。
それが無い。つまりそれはあの子供が、槍を完璧に操っていたと言うことに他ならないのでは。
と言うかパンパンと藁に槍がぶつかっている音がしていたから寸止めでも無い。どうやったのか想像も付かない。
「マジかよ……、なんなんだあいつ」
流石のメルも備品を壊すのはよろしくないといった親切心が、ガンクに追い打ちを掛けていたとは思いもしなかった。
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