王の鈴

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断章 嵐前

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王太弟の婚約者はマティアス侯爵令嬢に決まった。
廃嫡されたエルンストの元婚約者、更にはリッカ公爵の気に入りであるマティアス侯爵の令嬢が婚約者となったことに、自身の娘こそが最有力候補だったゲディング侯爵は怒り狂い、ユーリエ公爵に泣きついた。
自派閥の発言力の低下を懸念していたユーリエ公爵は、王家に対し苦言を呈した。
順当にリデルを選ぶべきであると。
一方で公爵は、この決定が覆されないだろうことを知っていた。
かつて、王太后カテリーナがマティアス侯爵に対し、自身の王子と侯爵令嬢との婚約を内密に打診したという噂は、彼の元にも届いていた。
当時、世継ぎとなる可能性のほとんどない第4王子は取るに足りない存在で、賛成も反対も意見を持っていなかったのだが、それが今このタイミングで響くとは、大きな痛手だった。
仲睦まじい婚約者であった王太弟殿下とマティアス侯爵令嬢は、エルンスト王子を王太子とするために引き離された。
引き離されてなお互いへの思いを胸に秘め、ただひたむきに自身に科せられた役割を果たしてきた2人は、エルンストの廃嫡により機会を得た。
学術院の卒業パーティーで、これから成人する貴族の子供達の集まる場所で、新王太弟は意識を失った侯爵令嬢を抱きかかえた。いつも穏やかな佇まいを崩さない人物のいつになく必死な様子が、彼の切実をを知らしめるようだった。
王族、そして高位貴族の多くは政略である。
とは言え、思い合いながらも引き離され、遠く離れた場所で年に数度会う機会を持っても会話の1つすら出来ない状態にあってなお、彼らは細く細く絆をつないできた。
それを再び断ち切れるというのか?
あぁ、そうだ、やむを得まい。
貴族であれば当然である解ではあったが、若い2人の恋物語の噂が王都を賑わせたことが、状況を変える。
本当に、忌々しい。
ユーリエ公爵は、この噂の出所に、切れ物の宰相が関与しているに違いないと確信する。
何故?
マティアス侯爵家は本来、王家に妃を送り込みたがるような家ではない。
そのマティアス侯爵が何故、手を打ったのか。嫌味半分に回りくどく聞けば、彼は苦笑しつつ応じた。
私としては宰相府にいれたかったのですけどね。
ため息をつきつつ告げられた言葉はおそらく本心で、宰相は望んだというより受け入れたという方が近いのだろうと想像させた。
この婚約は寧ろ、侯爵家ではなく王家と王太弟自身が望んだものなのだろう。令嬢自身も望んだからこそ宰相は折れたのだろう。
無理に引き離した2人を二度引き離せというのはあまりに哀れであろうと告げた国王がこの婚約を歓迎していることは明らかだった。
マティアス侯爵令嬢が宰相も認める才媛というのは知られた話である。
王妃教育をそつなく修め、既に王妃の公務や事務の一部を引き受けるだけではなく、翻訳や通訳、資料の作成を中心に国王や宰相からの仕事も請け負っているという、17歳の令嬢とも思えない有能さに、国王は貴族間のバランスより彼女自身を王家に引き止めることを優先したことに気づく。
さらにはシェイラはよき王妃となるでしょうと笑んだ王太后が、令嬢を娘のようにかわいがっていることもまた、よく知られている。
それがなくとも侯爵令嬢は、よき王妃となる一番手堅い地位にいる。
今年成人したゲディング侯爵令嬢が今から王妃教育を開始したところで、既にマティアス侯爵令嬢が修めたものを総ざらいするだけでも最低かかると言われていた。何故既に王妃教育を終えた者がいるのに、その者を優先してはならないのかというのは、いかにも国王らしい考えである。
加えて時も味方した。
平時の王妃は多少出来が悪くても問題ない。
現王妃がよい例だし、今であれば健在である王太后が大概のことは仕切ってくれる。
が、その平時が今後も続くかは分からない。
寧ろ嵐前と言った静けささえ感じさせる今、ライドゥル国境に駐留する王太弟に対し王都と離れた場所にあって、王妃としての役目を果たす有能さが要求される。
だからこそ、ユーリエ公爵は納得いかないまでも受け入れるしかなかった。
マティアス侯爵令嬢を王太弟殿下の婚約者として受け入れましょう。
しかしながらと、狡猾な貴族である公爵は、国王に対し切り出した。


「陛下、王太弟殿下の件は引きましょう。ですが、マルグリッド王妃が離宮に下がっておられるなか、陛下の元に女人の1人もいないことはなんとも寂しいことです。王太弟殿下はシレジアで軍を率いておられ、王都におられるのはエルンスト王子だけというのはあまりに心許ないと思われませんか?」


マルグリッド王妃を廃せとまでは申しません。ですが、せめて年若い側妃様を持たれてはどうでしょう。
陛下はまだお若い。
陛下の御子が生まれれば、貴族も、民衆も、歓迎することでしょう。
その側妃に自派の娘を受け入れよ、有り体に言えばそんな言い分を最初、国王は受け流そうとした。
国王は新たな妃を欲しなかった。
しかし再三の申入れと、ユーリエ派に妥協しなければならない状況に段々と国王が不機嫌になっていくなか、王家自身の事情こそがユーリエ公爵の味方をすることになる。
やがて国王は決意する。


「お願いしてもよろしいですか、王太后様」
アーデルベルトの言葉にカテリーナはしばらく黙り込んだ。
告げられたのは慶事だ。
寧ろそうあるべき姿だというのに、喜べない自身に呆れる。
エルンストを廃嫡する円卓の際、カテリーナは父ギュンターに願った。
そしてそれはかなえられた。
が、やはりその場しのぎにしかならなかったということだろう。
エルンストを王子として復権させようとすれば、必要となる選択肢と言ってもよかった。
「王子を、軍属させると?」
「えぇ」
「前線にだすと?」
「そうです、そうでなければあれは王子としての価値を取り戻せない」
「それは分かります、ですが」


「ジークを下げるのは私が出る時です。ですが、まだそれほどに戦況は動いていない」


2人は押し黙る。
次の言葉はどちらにとっても望まない言葉だった。
カテリーナは目を閉じる。
所詮は悪あがきに過ぎなかったのだろう。
足掻くなら18の年にそうしなければならなかった。
シェイラがジークヴァルトの妃となる、その結果だけで喜ばなければならないのだろう。数ヶ月、家族のような日々を送れたことで満足しなければならないのだろう。
「承知いたしました」
「カテリーナ」
「ロロ伯爵令嬢を行儀見習いとして王太后宮に上げること、陛下の御心ままに差配いたします」
それでよろしいのでしょうと視線が問う。


行儀見習いとしてユイナ=ロロが王太后宮にあがり、王太后からの勧めにより彼女が側妃として国王の後宮に入ったのはそれから程なくしてのことである。
ロロ伯爵家は、ユーリエよりもレノに近い家柄だった。
しかしながら侯爵令嬢であるリデルを側妃するわけにはいくまいという事情が、ひとまずリッカ派の令嬢ではなければよいという妥協を為さしめたのである。
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