王の鈴

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断章 思惑

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そなたが余の後継ぎだ。
そう告げたアーデルベルトは苦虫を噛み潰したような顔でジークヴァルトを見た。その表情がややあって、微妙に歪んだのを見遣り、ジークヴァルト自身もまた、神妙な表情をしていたのだと気づく。
王子に生まれたのであれば、王になることこそ価値がある。
まさか、すべての王子がそんなことを思うわけではないだろう。
5年前、アーデルベルトもまた同じ心境だったのかもしれないなどと想像をし、奇妙な親密さを覚える。
母が違うし、兄というより寧ろ父と言われた方が馴染むような年の差である。
気づいた時には後継者争いの両軸のような立場に立たされ、リッカに近い者の中にはあのような下賤な者に王位を簒奪されたと憤りを隠せない者もいた。
次はエルンストとの後継者争いで、破れ、シレジアなどに島流しとなったと揶揄する者もいた。
さらに上の兄達の死により、ジークヴァルトは常に翻弄されてきた。
そして今になって、王位が転がり落ちて来るらしい。
望んだわけではない。
寧ろ、嫌悪していたと言ってもいい。
臣下となり、死ぬまで僻地を放浪しろと言われても構わなかった。
唯一欲した人は、貴族社会の対立の中、たやすくジークヴァルトの手から奪われた。彼はただ、無力感に晒されながら、軍人としての任務を果たすしかなかった。
それでも王になれと言われる。
王子に生まれ、祝福され、多くの恩恵を受けてきた。その期待に応じることは義務でもある。
ジークヴァルトは逃げられない。
万に一つ、エルンストの手から彼女がこぼれ落ちる。その奇跡が起こった日、ジークヴァルトを取り巻く人々は彼女に手をのばしてはならないと諭す。
「我が義弟よ、そなたには期待している」
「もったいないお言葉でございます、陛下」
アーデルベルトとジークバルトの間を空虚な声が飛び交う。
他の者が聞こえないくらいの耳打ちに、思わずジークヴァルトは顔をくしゃりと歪めた。
「俺はお前が嫌いだった」
「陛下?」
「当然だろう、お前は王太后様の子だ」
あぁと、思う。
噂を聞いたことがあった。


かつて学術院で、アーデルベルト王子とカテリーナ=カルロッタととても親しくしていたらしい。
現在のソフィアと同様、高貴な姫として政略の道具となるべく婚約者を宛てがわれていなかったカテリーナと、平民の母を持つ王位から程遠い場所にあったアーデルベルトは、何かから抗うように引き寄せられずにはいられなかったのかもしれない。
が、2人は踏み越えることはなかった。
そしてカテリーナはアーデルベルトの義理の母となった。
なんて皮肉だろう。
そのカテリーナの唯一の子であるジークヴァルトに対するアーデルベルトの感情は、複雑であってしかるべきだろう。


心底不思議そうな顔でアーデルベルトは言った。
母の身分が高くても手には入らないものなのだな、と。
自分の母の身分が低い、彼にとってはそれだけが、望みを奪うものだったのだろう。
が、実際はそうではない。
ジークヴァルトはその言葉に何も返せなかった。


翌日、ほとんど眠れないまま目覚めたジークヴァルトは、王宮ではなく、軍司令部にある自身の執務室にいた。
世継ぎとなる以上、この部屋も引き払うことになるだろうが、まるで逃避するよう軍の硬いベッドを求めたジークヴァルトは、普段よりずっと早い時間に起き出し素振りを始めた。
一振り、一振り、型を確認するように木刀を振り下ろす。
いつもであればヴィリーが相手をしてくれるところだが、王の鈴から解放されたばかりの彼もまた体調を崩し、屋敷の方に戻っている。
何も考えられなくなるほどに、打ち合いたいと思う。
しかしながら、王太弟になったジークヴァルトを気にせず相手にしてくれる者は少ない。
軍団長ならば相手にしてくれるかもしれないと思ったが、こんな時間から稽古を頼むと乗り込むわけにはいくまい。
結局彼は、足元がぐらつくまでに素振りをし、地面に倒れ込む。
少し体力が落ちているような気がする。
王都に戻っているとやはり鍛錬する時間が少ないと、仰向けになり、肩で息をしながら、ぼんやりと考える。


(母の身分が高くても手には入らないのだな)


無理なのだろうか。
王となり責任は果たす、逃げるつもりはない。
ただ。
望んではならないのだろうか。


頭の端に母の小言が聞こえるような気がしたが、きれに無視をし、ジークヴァルトは軍本部を出た。
王太弟にはあり得ない行為だが王都内の移動だ。ちょっとした荒くれ者くらいなら、1人であっても十分に相手できるだろう。
行先は、マティアス侯爵家だった。
卒業パーティーでのあのやり取りのあと、ジークヴァルトに背を支えられたシェイラは、意識を持ち堪えることができず、意識を失った。
出来ることならば屋敷まで送りたかったが、ジークヴァルトの立場がそれを許さず、フェルディナンドについてきていたイザクに引き渡すまでが精一杯だった。
昨夜、シェイラは休めているだろうか。
あの時発熱をしていた。落ち着いていればいいがと案じながら馬を走らせる。


「殿下!」
勝手知ったるマティアス邸だ。裏から庭へと回ると、素振りをしていたヴィリーが気づき、振り返る。
「もう大丈夫なのか」
「もちろんです」
寝ているのも気持ち悪くて素振りをしていましたと、笑う。
それはよかったとつられるようにジークヴァルトも笑い、シェイラはと問う。
「熱が下がらなくて、まだ休んでいます」
「熱が」
シェイラの方もヴィリーと同じとはいかないらしい。軍で鍛錬しているヴィリーとはやはり違うのだろう。
「そうか…」
次の言葉を迷うように呟くと、ヴィリーは困ったような表情を浮かべ、告げる。
「妹、シェイラを、見舞ってくださいますか」
躊躇っている口調だった。
マティアス侯爵家の子であるヴィリーもまた、ジークヴァルトの立場を案じていた。そしてシェイラの。それでも告げると、ジークヴァルトは肩を揺らす。
見舞いに。
そうしたくて来た。
けれど、実際にそうしようとすると、躊躇わずにはいられない。
「花くらい持ってくればよかったな」
ぼんやりと、自身が手ぶらできたことを言い訳に、断りかける。
けれど会いたかった。
顔を見たかった。無事を確かめたかった。
初めて出会った日から、大切に思ってきた少女なのだ。
奪われて、王都からも追い出されて、そして今、王太弟となって。
それでもやはり、変えられない。


望んでは、ならないのだろうか。
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