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次の行き先が決まっても一向に構いません
しおりを挟むグラーノ王国に来てから、あっという間に二週間が経った。
アンジェロはジュリア様と長年離れて暮らしていたのが嘘のように、すっかりこの家に馴染んでいる。
この家の人がみんなとても良い人ばかりだからなのかも知れない。血の繋がりの無い私ですらこの家に馴染み始めているくらいだもの。
最近はジュリア様とアンジェロが可愛いという話しでよく盛り上がるし、チェーリア嬢とも二人でお茶会をするような仲になった。今では、お互いのことをチェーリア、リヴお姉様と呼び合っている。
まるで、本当の家族になれたみたいでなんだかくすぐったい気分だわ。
公爵家で暮らしていた時とは比べ物にならないほど、ここは居心地が良い。ずっとここにいたいと時々思ってしまうくらいに。
でも、だからこそ……。
「悩み事ですか?」
窓の外に三日月が輝く夜。
夕食を終えて部屋に戻った私は、ルベルの淹れてくれたお茶を飲みながら考え事をしていた。
「ええ。この家は居心地がいいけれど、いつまでもここに居続けるわけにはいかないでしょう?」
この国に来て、もう二週間も経った。
ウベルト様の好意に甘えてこの家に滞在させてもらうのも、さすがにそろそろ心苦しくなってきて、これからのことをちゃんと考えなければいけないと思ったのだ。
「そうですね。次の行き先も決まったことですし」
それは、つい五日ほど前のこと。お庭でチェーリアとお茶会をする予定だったのに急な雨に見舞われて、急遽チェーリアの部屋でお茶会をすることになった。
初めて入ったチェーリアの部屋を不躾にならない程度に眺めながらお茶会を楽しんでいると、壁に飾られていた絵が目についた。
荘厳で清らかな空気をまとった神殿の絵。
何故かその絵が無性に気になり、『私はこの場所に行かなければならない』という不思議な感覚を覚えてぼんやりしていると、チェーリアと給仕をしていたルベルに心配されてしまった。
絵が気になっただけだと説明すると、チェーリアがその絵について詳しく教えてくれた。
チェーリアいわく、ウベルト様が数年前に知り合いの商人から譲り受けた物で、描かれているのは聖地アドラディオのアウローラ神殿だという。生まれつき視力の弱いチェーリアを気の毒に思って、少しでも神のご加護があればとその絵を贈ったらしく、厚意でいただいた物なので一応部屋に飾っているらしい。
聖地アドラディオはここから遥か北の方にある。光の神アウローラを信仰する神官やその家族が集まって暮らしている場所だ。
かつて、世界は闇の神オスクリタが生み出した混沌の闇に包まれていたが、光の神アウローラが闇の神オスクリタと結ばれたことで世界の闇は晴れたという神話がある。
この神話はどこの国にも広く言い伝えられていて、光の神アウローラは世界を闇から救ったありがたい神としてあらゆる国で崇められている。聖地アドラディオはその総本山として有名だ。
そんな聖地アドラディオの光の神の名がついた神殿ということは、非常に神聖な場所なんでしょうね。神の加護を期待するのも頷けるわ。
でも、どうしてこの場所に行かなければならないなんて思うのかしら?
気になったけれど、お茶会の最中に余所事を考えていてはせっかくの楽しいお茶会が台無しになってしまう。
今はこの時間を楽しむことに集中した方がいい、と気持ちを切り替えた私はチェーリアと別の話しで大いに盛り上がり、楽しいひとときを過ごした。
その日の夜、ルベルに昼間感じた不思議な感覚について話すと悩んだ末に、次の行き先をそこにしたらどうですか?と提案してくれたのだ。
そして、『何があったとしても必ず守るので安心して下さい』と力強く言われ、聖地アドラディオのアウローラ神殿に向かうことを決意した。
理由はどうあれ、まだ決まっていなかった次の行き先が決まったことは喜ばしい。ただ、行き先が決まったことで、ある問題と向き合わなければならなくなっただけ。
「ーーあんなにこの家に馴染んだアンジェロを連れて行くのはどうかと思うのよ」
最初はウベルト様に対してどう接するべきか悩んでいたアンジェロも、今では悩んでいたのが嘘のようにウベルト様に懐いていて、ウベルト様も自分の息子のようにアンジェロを可愛がって下さっている。
「では、この家に置いていかれるんですか?」
「……わからないわ。まだ決めかねているの。可愛い弟と離れるなんてさみしいじゃない」
空になったティーカップを見つめる。
アンジェロを連れていくか、置いていくのか。
どちらにせよ家族との別れをアンジェロに強いてしまうことになる。
「一度、ウベルト様と話し合ってみてはどうでしょう?」
そういえば、ウベルト様とはあまりちゃんと会話したことが無い。仕事で忙しそうだし、私はアンジェロと違ってジュリア様の子ではないから、どこか遠慮していたのかも。
でも、アンジェロを置いていくことになればウベルト様の協力は必要不可欠になってくる。
なるほど。確かに、ウベルト様とは話し合った方がいいわね。
「ルベル、手紙を書くからウベルト様に届けてちょうだい」
「かしこまりました」
お話しする時間を作って欲しいという旨の手紙を私が書いている間に、ルベルは手早くティーセットを片付けた。
「それじゃあ、よろしくね」
「はい。行って参ります」
書き終えた手紙をルベルに託してしばらくすると、二日後の午後に時間を作っていただけるというお返事が来た。
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