10 / 19
船旅をすることになっても一向に構いません
しおりを挟む「うーん!海って素敵ね!」
澄み渡る青空の下、潮風に銀色の髪がなびく。
「風で髪が乱れていますよ。直すのでこちらに来て下さい」
「あら、ありがとう」
大人しくルベルの方に向かうと、優しい手つきで短くなった私の髪の毛を整えてくれた。
公爵家を出る時、長過ぎる髪は旅では邪魔になると思ってルベルに頼んで切ってもらったのだ。
「髪が短くてもあなたはもちろん素敵ですが、せっかく綺麗に伸ばしていたので本当に残念です。また、いつか伸ばしてくれますか?」
結局私のお願い通りにしてくれたけれど、ルベルは最後まで私の髪を切るのを渋っていた。
今もまだ、相当私の髪に未練があるらしい。
「うふふっ、いいわ。いつかルベルの為に髪を伸ばしてあげる。約束よ」
肩にギリギリかかる長さになった私の髪を撫でている姿がなんだか可愛らしく見えてそう言うと、
「俺の為に……くすっ、ありがとうございます」
嬉しそうにとろけるような笑顔をしてお礼を言われた。
「ルベルったら、そんなに私の髪が好きなの?」
そこまで喜ばれると、なんだか自分の髪に嫉妬してしまいそう。
「髪だけじゃありませんよ」
「えっ?」
ルベルが何かを小さく呟いたような気がして聞き返そうとすると、
「姉さん!見て下さい、カモメがあんなにたくさん飛んでますよ!」
興奮した様子でアンジェロが話しかけてきた。
確かに、カモメが優雅に空を飛んでいるのが見える。
「あら、本当ね。アンジェロ、はしゃぎすぎて海に落ちては駄目よ」
「あっ、そうですね。えへへ、気をつけます」
はしゃいでいたのが急に恥ずかしくなったのか、アンジェロは少し照れ臭そうな顔をした。
死んだことになっている私達は、のんびり船旅を満喫している。
今から三日前。
ルベルの提案に乗って、私達は死んだことにすると決めた。
婚約破棄された私をお父様がその日のうちに修道院へと送り、アンジェロとルベルは私を見送る為に同じ馬車に乗り合わせた結果、私と一緒に事故に巻き込まれてしまった。というのが、ルベルの考えた私達の死因。
さらに、お父様は私とアンジェロを同時に亡くしたショックで自死したということにすれば、お父様の死の辻褄も合う。
私とアンジェロが荷造りをしている間に、ルベルが公爵家で働く全ての使用人の記憶を書き換えて私達は死んだと思い込ませ、書斎にはお父様の筆跡を真似て書いた偽の遺書を置いて来たので完璧だ。
今頃、王都ではリヴィアンナ・アントーニアとアンジェロ・アントーニアは死んだことになっているはず。
私達が港町ポルトマーレに移動してから、船に乗って西のグラーノ王国へ向かっているとも知らずにね。
「グラーノ王国に着くのは二日後だそうです。お二人とも、それまで船旅をぜひ楽しんで下さい」
「たった二日で着いてしまうのね。船に乗る機会なんてめったに無いから、なんだか少し残念だわ」
「リヴ、大丈夫ですよ。あなたは自由になったんだから、これからは好きな時にどこへでも行ける。船に乗りたいなら、またいつでも乗りましょう」
「ありがとう、ルベル!」
嬉しくて私はルベルの手を握った。
そう、今の私は公爵令嬢リヴィアンナ・アントーニアじゃない。ただのリヴだ。
アンジェロという名前はそこまで珍しくはないけれど、リヴィアンナは結構珍しい名前なので。名前から公爵令嬢だと気づかれないよう、ルベルが考えてくれた新しい私の名前がリヴ。
私の為にルベルが考えてくれた名前だから、私はこの名前がすごく好きなの。
ルベルが言うには、私もアンジェロもただの平民に見せるのは難しいらしいから、私達は裕福な商家の人間ということに今はなっている。
アンジェロにも私のことをお姉様ではなく姉さんと呼ぶように伝えた。最初は何度も私をお姉様と呼びそうになっていたけれど、もう慣れたみたいね。
「姉さんもルベルも、僕のわがままを聞いてくれて本当にありがとう」
「アンジェロ、家族に会いたいと思うのはわがままなんかじゃないわ。それに、旅の目的が出来てむしろ嬉しいくらいなのよ」
実は、グラーノ王国に向かっているのは国外逃亡の為だけでは無い。
三人で旅の行き先を話し合っていた時、ふとアンジェロが『お母さんに会いたいな』と言ったのを聞いて、それならアンジェロのお母様に会いに行こう!ということになったのだ。
アンジェロのお母様のジュリア様は、ヴェルデ王国でかつて人気の舞台女優として名を馳せていたが、その美しさからお父様に目をつけられて愛人にされてしまった。
しかし、アンジェロが産まれた頃にはお父様の興味も他の女性に移っていたので、ジュリア様とアンジェロは市井でしばらく平穏に暮らせていた。
でも、その暮らしもお父様の手によって終わりを告げることになる。
それは、アンジェロが五歳になった頃だった。公爵家の人間が突然ジュリア様のもとに押し掛けて、アンジェロは公爵家で育てると言って無理矢理連れ去ろうとしたのだ。
ジュリア様とアンジェロはもちろん抵抗したが権力には抗えず、アンジェロは公爵家の人間となり、ジュリア様と会うことも禁じられてしまった。
今まで忘れていたジュリア様のことをお父様が突然思い出して、住まいを調べてこっそり見に行ってアンジェロの存在を知ったという。
そして、利用出来る手駒は多い方がいいからとアンジェロを公爵家で引き取ることに決めたらしい。
とてもお父様らしい身勝手な考えだわ。
ヴェルデ王国では爵位を継ぐことが出来るのは男性のみだから、きっとお兄様に何かあった時にはアンジェロに公爵家を継がせるつもりだったのね。
こうして、アンジェロは幼くして母親から引き離されて公爵家で過ごすことになった。
それから七年。
アンジェロは一度もお母様に会っていない。
「ーーお母さん、僕のこと覚えてるかな……」
緑色の瞳を不安げに揺らして、アンジェロは小さく呟く。
ジュリア様はアンジェロと離れた数年後に結婚してグラーノ王国に移り住んだらしいので、アンジェロはもう自分のことは忘れているかも、と心配しているみたい。
「大丈夫よ。こんなに可愛い子を忘れたりするはずないわ」
抱き締めてアンジェロの頭を撫でる。
「へへっ。姉さん、くすぐったいよ」
なんだかじっとこちらをルベルが見つめているけれど、気にしない。可愛い弟が不安そうにしていたら励ますのは、姉として当然の務めよ。
だけど、やっぱり。
「……しょうがないわね。ほら、ルベルもこっちに来て」
「リヴ!」
さみしそうな顔をするルベルを結局放っておけなくなって呼ぶと、嬉しそうに近づいて来てアンジェロを抱き締めている私ごと抱き締めてきた。
「うふふっ、ルベルったらさみしがり屋さんね」
少し高いところにあるルベルの頭を撫でてあげる。
「はい。だから、ずっとおそばに置いて下さい」
「もちろん!私達、ずっと一緒よ」
「約束ですからね」
ルベルは抱き締める力をさらに強めた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
婚約破棄された私と、仲の良い友人達のお茶会
もふっとしたクリームパン
ファンタジー
国名や主人公たちの名前も決まってないふわっとした世界観です。書きたいとこだけ書きました。一応、ざまぁものですが、厳しいざまぁではないです。誰も不幸にはなりませんのであしからず。本編は女主人公視点です。*前編+中編+後編の三話と、メモ書き+おまけ、で完結。*カクヨム様にも投稿してます。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる