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船旅をすることになっても一向に構いません

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「うーん!海って素敵ね!」
 
 澄み渡る青空の下、潮風に銀色の髪がなびく。

「風で髪が乱れていますよ。直すのでこちらに来て下さい」

「あら、ありがとう」

 大人しくルベルの方に向かうと、優しい手つきで短くなった私の髪の毛を整えてくれた。

 公爵家を出る時、長過ぎる髪は旅では邪魔になると思ってルベルに頼んで切ってもらったのだ。

「髪が短くてもあなたはもちろん素敵ですが、せっかく綺麗に伸ばしていたので本当に残念です。また、いつか伸ばしてくれますか?」

 結局私のお願い通りにしてくれたけれど、ルベルは最後まで私の髪を切るのを渋っていた。

 今もまだ、相当私の髪に未練があるらしい。

「うふふっ、いいわ。いつかルベルの為に髪を伸ばしてあげる。約束よ」

 肩にギリギリかかる長さになった私の髪を撫でている姿がなんだか可愛らしく見えてそう言うと、

「俺の為に……くすっ、ありがとうございます」

 嬉しそうにとろけるような笑顔をしてお礼を言われた。

「ルベルったら、そんなに私の髪が好きなの?」

 そこまで喜ばれると、なんだか自分の髪に嫉妬してしまいそう。
 
「髪だけじゃありませんよ」   

「えっ?」

 ルベルが何かを小さく呟いたような気がして聞き返そうとすると、

「姉さん!見て下さい、カモメがあんなにたくさん飛んでますよ!」

 興奮した様子でアンジェロが話しかけてきた。

 確かに、カモメが優雅に空を飛んでいるのが見える。

「あら、本当ね。アンジェロ、はしゃぎすぎて海に落ちては駄目よ」

「あっ、そうですね。えへへ、気をつけます」

 はしゃいでいたのが急に恥ずかしくなったのか、アンジェロは少し照れ臭そうな顔をした。

 死んだことになっている私達は、のんびり船旅を満喫している。





 今から三日前。

 ルベルの提案に乗って、私達は死んだことにすると決めた。

 婚約破棄された私をお父様がその日のうちに修道院へと送り、アンジェロとルベルは私を見送る為に同じ馬車に乗り合わせた結果、私と一緒に事故に巻き込まれてしまった。というのが、ルベルの考えた私達の死因。
 
 さらに、お父様は私とアンジェロを同時に亡くしたショックで自死したということにすれば、お父様の死の辻褄も合う。

 私とアンジェロが荷造りをしている間に、ルベルが公爵家で働く全ての使用人の記憶を書き換えて私達は死んだと思い込ませ、書斎にはお父様の筆跡を真似て書いた偽の遺書を置いて来たので完璧だ。

 今頃、王都ではリヴィアンナ・アントーニアとアンジェロ・アントーニアは死んだことになっているはず。

 私達が港町ポルトマーレに移動してから、船に乗って西のグラーノ王国へ向かっているとも知らずにね。
 





「グラーノ王国に着くのは二日後だそうです。お二人とも、それまで船旅をぜひ楽しんで下さい」

「たった二日で着いてしまうのね。船に乗る機会なんてめったに無いから、なんだか少し残念だわ」

「リヴ、大丈夫ですよ。あなたは自由になったんだから、これからは好きな時にどこへでも行ける。船に乗りたいなら、またいつでも乗りましょう」

「ありがとう、ルベル!」

 嬉しくて私はルベルの手を握った。

 そう、今の私は公爵令嬢リヴィアンナ・アントーニアじゃない。ただのリヴだ。

 アンジェロという名前はそこまで珍しくはないけれど、リヴィアンナは結構珍しい名前なので。名前から公爵令嬢だと気づかれないよう、ルベルが考えてくれた新しい私の名前がリヴ。

 私の為にルベルが考えてくれた名前だから、私はこの名前がすごく好きなの。

 ルベルが言うには、私もアンジェロもただの平民に見せるのは難しいらしいから、私達は裕福な商家の人間ということに今はなっている。

 アンジェロにも私のことをお姉様ではなく姉さんと呼ぶように伝えた。最初は何度も私をお姉様と呼びそうになっていたけれど、もう慣れたみたいね。

「姉さんもルベルも、僕のわがままを聞いてくれて本当にありがとう」

「アンジェロ、家族に会いたいと思うのはわがままなんかじゃないわ。それに、旅の目的が出来てむしろ嬉しいくらいなのよ」

 実は、グラーノ王国に向かっているのは国外逃亡の為だけでは無い。

 三人で旅の行き先を話し合っていた時、ふとアンジェロが『お母さんに会いたいな』と言ったのを聞いて、それならアンジェロのお母様に会いに行こう!ということになったのだ。



 アンジェロのお母様のジュリア様は、ヴェルデ王国でかつて人気の舞台女優として名を馳せていたが、その美しさからお父様に目をつけられて愛人にされてしまった。

 しかし、アンジェロが産まれた頃にはお父様の興味も他の女性に移っていたので、ジュリア様とアンジェロは市井でしばらく平穏に暮らせていた。

 でも、その暮らしもお父様の手によって終わりを告げることになる。

 それは、アンジェロが五歳になった頃だった。公爵家の人間が突然ジュリア様のもとに押し掛けて、アンジェロは公爵家で育てると言って無理矢理連れ去ろうとしたのだ。

 ジュリア様とアンジェロはもちろん抵抗したが権力には抗えず、アンジェロは公爵家の人間となり、ジュリア様と会うことも禁じられてしまった。

 今まで忘れていたジュリア様のことをお父様が突然思い出して、住まいを調べてこっそり見に行ってアンジェロの存在を知ったという。

 そして、利用出来る手駒は多い方がいいからとアンジェロを公爵家で引き取ることに決めたらしい。

 とてもお父様らしい身勝手な考えだわ。

 ヴェルデ王国では爵位を継ぐことが出来るのは男性のみだから、きっとお兄様に何かあった時にはアンジェロに公爵家を継がせるつもりだったのね。

 こうして、アンジェロは幼くして母親から引き離されて公爵家で過ごすことになった。

 それから七年。

 アンジェロは一度もお母様に会っていない。



「ーーお母さん、僕のこと覚えてるかな……」

 緑色の瞳を不安げに揺らして、アンジェロは小さく呟く。

 ジュリア様はアンジェロと離れた数年後に結婚してグラーノ王国に移り住んだらしいので、アンジェロはもう自分のことは忘れているかも、と心配しているみたい。

「大丈夫よ。こんなに可愛い子を忘れたりするはずないわ」

 抱き締めてアンジェロの頭を撫でる。

「へへっ。姉さん、くすぐったいよ」

 なんだかじっとこちらをルベルが見つめているけれど、気にしない。可愛い弟が不安そうにしていたら励ますのは、姉として当然の務めよ。

 だけど、やっぱり。

「……しょうがないわね。ほら、ルベルもこっちに来て」

「リヴ!」

 さみしそうな顔をするルベルを結局放っておけなくなって呼ぶと、嬉しそうに近づいて来てアンジェロを抱き締めている私ごと抱き締めてきた。

「うふふっ、ルベルったらさみしがり屋さんね」

 少し高いところにあるルベルの頭を撫でてあげる。

「はい。だから、ずっとおそばに置いて下さい」

「もちろん!私達、ずっと一緒よ」

「約束ですからね」


 ルベルは抱き締める力をさらに強めた。


 

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