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罪を犯していても一向に構いません

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 体や髪を一通り洗い、私は入浴を終えた。

 バスローブを羽織ってから、いそいそとスキンケアをする。疲れている時はこの工程が酷く煩わしく思えて、スキンケアをしなくても許される殿方が羨ましくなってしまう。

 でも、美しさは時として武器になる。磨いておいて損は無い。

 それに、好きな人には少しでも綺麗だと思われたいじゃない?だから自分自身の為にも、面倒だとしても結局さぼるわけにはいかないわよね。これは、巡り巡って自分の為になることなんだもの。

 髪にはヘアオイルを塗り、髪の毛を乾かす為の魔道具で髪を乾かす。魔石に魔力を込めると心地よい温風が出る。これはとても一般的な魔道具で、貴族だけでなく平民の間にも広く流通している物だ。

 ただ、値段によって風量が異なるので平民達が使っている物と公爵家で使われている物は全然違うらしい。以前、侍女が話しているのを聞いたことがある。

 普段、巻いたり結ったりしている私の髪は腰元に近い長さなので、乾かすのも一苦労で少し疲れてしまう。

 本来なら、私も他の貴族の女性と同じように侍女にこういった世話はして貰えばいいんでしょうけど。私には、そう出来ない理由がある。





 私が公爵令嬢だからなのか、フラウド様の婚約者だからなのか。数年前、侍女の中に刺客が紛れていたことがあった。

 入浴しようとしていたところを後ろから襲われそうになったけれど、間一髪でどこからともなく現れたルベルが撃退してくれて難を逃れた。どうやらルベルは、私の影の中に遠隔で音を聞ける魔道具を入れていて、その魔道具で異変を察知して来てくれたらしい。

 おかげで助かったから私は良かったんだけど、その場にいた他の侍女が刺客と急に現れたルベルに驚いて、それはもう大騒ぎになってしまったのよね。

 その後、首まで真っ赤になったルベルは私の体を見ないようにうつむきながら、刺客を引きずってどこかへ消えていった。

 刺客がどうなったのか、私は知らない。たぶん生きてはいないでしょうね。





 そんなことがあってから、私は侍女の手を借りずに一人で入浴するようになった。

 刺客に襲われる可能性を減らす為だと周りからは思われているみたいだけれど、実際は違う。

 ……本当は、心配性なルベルが浴室の前に立って私の入浴が終わるまで待つようになったのが恥ずかしかったからなの。好きな人が入浴している間、ずっと浴室の前にいるなんて気になるじゃない!

 一人で入浴するようになったら、やっと浴室の前で待つのはやめてくれて安心したわ。

 出会った頃はそんなことなかったのに、ルベルったらいつの間にか私に対して過保護になったのよね。

 刺客に襲われてから、侍女を一人一人身辺調査して少しでも怪しいと思ったら呼び出して、私に何かしたら許さないって脅していたみたいだし。ルベルを見かける度に侍女が肩を震えさせて怖がるから、聞いてみたら教えてくれた。

 侍女が可哀想だからルベルに注意したら、しょんぼりした顔で私を見つめてきて、可愛いから許しちゃったわ。

 一緒に過ごすうちに、ルベルは本当に変わっていった。出会った頃と今では全然違う。

 過保護になったのはもちろん、口調まで変わってしまった。

 出会った頃は二人きりの時なら砕けた口調で話してくれることもあったのに、今は二人きりの時もずっと丁寧な口調で話している。私のこともあんたとは呼ばなくなった。

 心を許されているようで、砕けた口調で話されるのも好きだったのにね。



 ーー考え事をしている間に髪も乾かし終わった。用意されていた服に着替えてから鏡の前に立ち、銀色の髪は軽く結ってハーフアップにする。

 身なりを整えようと鏡を見れば、空色の瞳にほんの少しの不安を浮かべた私が映っていた。

 ……これからどうなるのかしら?まだ確認はしていないけれど、たぶんルベルはお父様を殺してしまったんでしょう。それに、お父様以外の人にも何かをしたような口ぶりだったわ。

 不安なことはたくさんある。だけど、それでも。

「大丈夫よ。ルベルが一緒なら、きっとなんとかなるから」

 鏡の中の私は、口もとに小さな笑みを浮かべた。

 何も、不安に思う必要なんて無いはずよ。

 頭の中から不安を振り払ったその時。


 コンッコンッ


「リヴィアンナ様、ルベルです。そろそろ身支度も終わった頃かと思い、お迎えに上がりました」

 お父様を片付け終わったのか、ルベルが扉をノックした。

「ちょうど終わったところよ。今、開けるわ」

 扉を開けた先にいたルベルは服を着替えてきたのか、さっき見た血のシミが無くなっていた。

 ふふっ、私に言われたのを気にしていたのね。可愛い。

「お部屋の方に食事を用意しておきました。昨日の夜から何も召し上がっていませんから、空腹かと思いまして」

 あら。すっかり食事のことを忘れていたわ。

 言われてみれば、確かにお腹が空いているような気がする。

「ありがとう。じゃあ、食事をしながらゆっくり話しを聞かせてね」

「はい、かしこまりました」

 私の言葉を聞いて、ルベルはうやうやしく頭を下げる。

 ここだけ見れば、普段と何も変わらない。

「行きましょう、ルベル」

「っ!」

 出会った日のように、私はルベルの手を引いて歩いた。ルベルは一瞬驚いたみたいだけれど、大人しくついて来る。

 これからどんな話しを聞かされても、私はあなたから離れるつもりはないわ。


 例え、あなたがお父様を殺す以上の何か大きな罪を犯していたとしても。私は一向に構わない。

 
 
 

 



 



 

 

 


 



 

 
 
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