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殺し屋でも一向に構いません
しおりを挟む私が公爵令嬢である限り、執事のルベルと結婚するのは難しいことだというのは理解しているけれど、少しでも結婚しなくていい期間が延びると思えば婚約破棄も悪くない。むしろ嬉しいわ。
だけど、お父様がそんな風に思うことは当然なくて。
あの後、帰ってからお父様に婚約破棄になったことを報告したら、使えない役立たずだとか色々と罵り倒されて部屋に閉じ込められたのよね。
お父様は公爵という地位でも満足しないくらいに野心の強い方だ。私とフラウド様の婚約が決まった時は誰よりも喜んでいたから、婚約破棄になったと聞いてきっとさぞかしショックを受けたんでしょう。
だからといって、お父様に申し訳ないとは少しも思わないけれど。
お父様は昔から身勝手で、自分の子供である私のことを都合の良い駒のようにしか思っていないような人だったから、家族として大切に思ったことは無い。お兄様も、お父様と同じような性格だから好きとはいえない。
私にとっての家族は、亡くなってしまったお母様と弟のアンジェロだけ。
もちろんルベルのことも大切に思っている。いつか、ルベルと家族になりたいと思うくらいには。
私とルベルが結婚して家族になれたら、どれだけ幸せかしら?
温かいお風呂のお湯に浸かりながら、ずっと胸の中にし舞い込んでいた夢物語を思い浮かべた。
そんな幸せは諦めたはずなのに。
幼い頃から、私はお父様の言いなりになって自分の意思を押し殺して生きてきた。お父様に逆らうと叱責されたり食事を抜かれたりと、良いことなんて何も無かったから。
気づけば私は感情を表に出すのが下手になり、まるで人形のようになってしまっていた。お母様が亡くなってからは特に。
そんな私に転機が訪れたのは八歳の時。フラウド様と婚約が決まってご機嫌だったお父様は、私の願いを一つだけ叶えて下さるとおっしゃった。
しかし、お母様を流行り病で亡くした私には望むことなど何一つ無かったので、願い事が見つかるまでこの件は保留するということにその場ではなった。
そしてその後、お父様と別れた私は別荘へ移動する道中で乗っていた馬車が盗賊に襲われて、そこで運命の出会いをした。
ーー別荘に向かう途中の山道でのこと。
突然、馬車が止まった。
私と侍女が何事かと外を見ると、たくさんの盗賊達が馬車を取り囲んでいた。
すでにそんな状況だったので、逃げおおせることは当然出来ず。
従者や一緒にいた侍女は次々と盗賊達に切られ、ついに私一人だけになってしまった。もうここで私の人生は終わりなんだと思ったその時。
一人の少年が現れた。
突然の乱入者に驚く私をよそに、彼は一人また一人と盗賊達を倒していき、気づけば私と彼以外そこに生きている人間は誰もいなくなっていた。
少年の瞳は血のように赤く宝石のような美しさで、この国では珍しい真っ黒な髪の毛は夜空を思わせる。
ついさっきまで命の危機が迫っていたことも忘れて、私は彼に見惚れていた。
今思うと、きっとあれは一目惚れだったんでしょうね。
「あんた、怪我は?」
彼に話しかけられるまで、私はずっと彼を見つめ続けていた。
「ありません。助けて頂いてありがとうございますっ!」
話しかけられてようやく我に返った私は、慌てて早口で応えた。
「ふーん、そう。じゃあ、俺はこれで」
自分から聞いたのに、興味のなさそうな様子で私を見た彼は、そのままどこかへ行こうと背を向けて歩き出す。
「あのっ!待って下さい!」
「は?何?」
引き止められるとは思っていなかったのか怪訝な顔をしつつも、彼は立ち止まってくれた。
このままこの人と別れたくない。私は彼を引き止めようと必死だった。
「お名前を!お名前を教えて下さいませんか?」
「……ルベリウス」
「素敵なお名前ですね。私は、リヴィアンナ・アントーニアといいます」
彼の名前を聞けたわ!
名前を知れただけでもすごく嬉しかった。こんな気持ち、初めて。
なんだか、久しぶりに人間らしい感情が湧いた気がする。
「アントーニアっていうと、公爵家の人間か」
「はい、その通りです。あなたさえ良ければ、ぜひ何かお礼を」
「いや、そういうのはいい」
「えっ?」
彼は私の言葉を遮った。
「俺は気まぐれであんたを助けただけだ。礼をされるような善人じゃない」
「それでも、私はあなたに助けられました」
「はぁー、しつこい奴だな。いいか?俺はな、ただの悪人なんだよ」
ため息を吐いた彼は、鬱陶しそうに私を睨み付ける。
「悪人?あなたが?」
彼の言葉に驚いて、目を見開いて聞き返す。
「ああ、俺はいわゆる殺し屋ってやつだ。今まで何人も殺してきた。まあ、俺に仕事持ってきてた奴が死んじまったから、今は職無しで行くあても無いけど」
盗賊達を一人で倒してしまったところを見ると、殺し屋というのも嘘では無いのかも知れない。
でも、そんなことを聞いても私は不思議と彼を怖いとは思わなかった。
それどころか、彼に行くあてが無いと聞いてチャンスだとすら思った。
「私、あなたが殺し屋でも構いませんよ」
「はあ!?あんた気でも狂ってんのか?」
「ふふっ、そうかも知れませんね。ルベリウス様、行くあてが無いなら私の家に来ませんか?お父様が、ちょうど願いを一つ叶えて下さるとおっしゃっていたんです。きっと、頼めばあなたを家で働かせてくれると思います」
そうなったらとても素敵だと思うわ。毎日彼に会えるもの。
お願いだからうなずいて。
そう願いを込めて彼を見つめる。
「あんた、本当にどうかしてるぞ。でも、金も無くなりそうだし丁度いいかも……」
悩み始めた彼を見て、あともう一押しだと思ったその瞬間。
ぐぅーっ
「「!!」」
彼のお腹から大きな音が鳴った。
「違うぞ!今のは空耳だっ!」
ああ、きっとお腹が空いているのね。
耳を赤くして慌てる彼は、先ほど盗賊達を倒していた姿を忘れそうになるくらい可愛らしかった。
「もちろん、食事もあなたがお腹一杯になるまでお好きなだけしてもらって結構ですよ?」
「チッ!わかったよ。あんたの話しに乗る」
舌打ちをしながらも、彼は了承してくれた。
「決まりですね!じゃあ一緒に行きましょう、ルベリウス様」
嬉しくて、私は彼の手を引いて歩いた。
「おい、俺はこれからあんたに仕えることになるんだろ?だったら俺に『様』はつけるな。あと、無いとは思うが俺が殺し屋だと知ってる奴がいたら厄介だ。もう俺をルベリウスとは呼ぶなよ」
「えっ!?じゃあ、何と呼べばいいんですか?」
「なんでもいい。あんたが適当に考えろ」
自分のことなのに、本当に興味が無さそうに彼は言った。
「急にそんなことを言われても困ります。うーん、そうですね……あっ!『ルベル』なんてどうでしょう?」
私は彼の名前の名残を残したくて、ルベリウスという名前を少しだけ変えて言ってみた。
「いいんじゃないか?じゃあ、俺は今日からルベルだ。あんたもそう呼べよ。おっと、もうあんたなんて言っちゃまずいな。リヴィアンナ様、これからよろしくお願いします」
「ええ!よろしくね、ルベル」
これからのルベルがいる日々に、私は胸を高鳴らせながら歩いた。
これが、私とルベルの始まり。
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