上 下
3 / 19

殺し屋でも一向に構いません

しおりを挟む



 私が公爵令嬢である限り、執事のルベルと結婚するのは難しいことだというのは理解しているけれど、少しでも結婚しなくていい期間が延びると思えば婚約破棄も悪くない。むしろ嬉しいわ。  
  
 だけど、お父様がそんな風に思うことは当然なくて。

 あの後、帰ってからお父様に婚約破棄になったことを報告したら、使えない役立たずだとか色々と罵り倒されて部屋に閉じ込められたのよね。

 お父様は公爵という地位でも満足しないくらいに野心の強い方だ。私とフラウド様の婚約が決まった時は誰よりも喜んでいたから、婚約破棄になったと聞いてきっとさぞかしショックを受けたんでしょう。

 だからといって、お父様に申し訳ないとは少しも思わないけれど。

 お父様は昔から身勝手で、自分の子供である私のことを都合の良い駒のようにしか思っていないような人だったから、家族として大切に思ったことは無い。お兄様も、お父様と同じような性格だから好きとはいえない。

 私にとっての家族は、亡くなってしまったお母様と弟のアンジェロだけ。  

 もちろんルベルのことも大切に思っている。いつか、ルベルと家族になりたいと思うくらいには。

 私とルベルが結婚して家族になれたら、どれだけ幸せかしら?

 温かいお風呂のお湯に浸かりながら、ずっと胸の中にし舞い込んでいた夢物語を思い浮かべた。

 そんな幸せは諦めたはずなのに。

 幼い頃から、私はお父様の言いなりになって自分の意思を押し殺して生きてきた。お父様に逆らうと叱責されたり食事を抜かれたりと、良いことなんて何も無かったから。

 気づけば私は感情を表に出すのが下手になり、まるで人形のようになってしまっていた。お母様が亡くなってからは特に。

 そんな私に転機が訪れたのは八歳の時。フラウド様と婚約が決まってご機嫌だったお父様は、私の願いを一つだけ叶えて下さるとおっしゃった。

 しかし、お母様を流行り病で亡くした私には望むことなど何一つ無かったので、願い事が見つかるまでこの件は保留するということにその場ではなった。

 そしてその後、お父様と別れた私は別荘へ移動する道中で乗っていた馬車が盗賊に襲われて、そこで運命の出会いをした。

 


 
 ーー別荘に向かう途中の山道でのこと。

 突然、馬車が止まった。

 私と侍女が何事かと外を見ると、たくさんの盗賊達が馬車を取り囲んでいた。

 すでにそんな状況だったので、逃げおおせることは当然出来ず。

 従者や一緒にいた侍女は次々と盗賊達に切られ、ついに私一人だけになってしまった。もうここで私の人生は終わりなんだと思ったその時。

 一人の少年が現れた。

 突然の乱入者に驚く私をよそに、彼は一人また一人と盗賊達を倒していき、気づけば私と彼以外そこに生きている人間は誰もいなくなっていた。

 少年の瞳は血のように赤く宝石のような美しさで、この国では珍しい真っ黒な髪の毛は夜空を思わせる。 

 ついさっきまで命の危機が迫っていたことも忘れて、私は彼に見惚れていた。

 今思うと、きっとあれは一目惚れだったんでしょうね。

「あんた、怪我は?」

 彼に話しかけられるまで、私はずっと彼を見つめ続けていた。
 
「ありません。助けて頂いてありがとうございますっ!」

 話しかけられてようやく我に返った私は、慌てて早口で応えた。

「ふーん、そう。じゃあ、俺はこれで」

 自分から聞いたのに、興味のなさそうな様子で私を見た彼は、そのままどこかへ行こうと背を向けて歩き出す。

「あのっ!待って下さい!」

「は?何?」

 引き止められるとは思っていなかったのか怪訝な顔をしつつも、彼は立ち止まってくれた。

 このままこの人と別れたくない。私は彼を引き止めようと必死だった。

「お名前を!お名前を教えて下さいませんか?」

「……ルベリウス」

「素敵なお名前ですね。私は、リヴィアンナ・アントーニアといいます」

 彼の名前を聞けたわ!

 名前を知れただけでもすごく嬉しかった。こんな気持ち、初めて。

 なんだか、久しぶりに人間らしい感情が湧いた気がする。

「アントーニアっていうと、公爵家の人間か」

「はい、その通りです。あなたさえ良ければ、ぜひ何かお礼を」

「いや、そういうのはいい」

「えっ?」

 彼は私の言葉を遮った。

「俺は気まぐれであんたを助けただけだ。礼をされるような善人じゃない」

「それでも、私はあなたに助けられました」

「はぁー、しつこい奴だな。いいか?俺はな、ただの悪人なんだよ」

 ため息を吐いた彼は、鬱陶しそうに私を睨み付ける。

「悪人?あなたが?」

 彼の言葉に驚いて、目を見開いて聞き返す。

「ああ、俺はいわゆる殺し屋ってやつだ。今まで何人も殺してきた。まあ、俺に仕事持ってきてた奴が死んじまったから、今は職無しで行くあても無いけど」

 盗賊達を一人で倒してしまったところを見ると、殺し屋というのも嘘では無いのかも知れない。
 
 でも、そんなことを聞いても私は不思議と彼を怖いとは思わなかった。

 それどころか、彼に行くあてが無いと聞いてチャンスだとすら思った。

「私、あなたが殺し屋でも構いませんよ」

「はあ!?あんた気でも狂ってんのか?」

「ふふっ、そうかも知れませんね。ルベリウス様、行くあてが無いなら私の家に来ませんか?お父様が、ちょうど願いを一つ叶えて下さるとおっしゃっていたんです。きっと、頼めばあなたを家で働かせてくれると思います」

 そうなったらとても素敵だと思うわ。毎日彼に会えるもの。

 お願いだからうなずいて。

 そう願いを込めて彼を見つめる。

「あんた、本当にどうかしてるぞ。でも、金も無くなりそうだし丁度いいかも……」

 悩み始めた彼を見て、あともう一押しだと思ったその瞬間。


 ぐぅーっ


「「!!」」

 彼のお腹から大きな音が鳴った。

「違うぞ!今のは空耳だっ!」

 ああ、きっとお腹が空いているのね。

 耳を赤くして慌てる彼は、先ほど盗賊達を倒していた姿を忘れそうになるくらい可愛らしかった。

「もちろん、食事もあなたがお腹一杯になるまでお好きなだけしてもらって結構ですよ?」

「チッ!わかったよ。あんたの話しに乗る」

 舌打ちをしながらも、彼は了承してくれた。

「決まりですね!じゃあ一緒に行きましょう、ルベリウス様」

 嬉しくて、私は彼の手を引いて歩いた。

「おい、俺はこれからあんたに仕えることになるんだろ?だったら俺に『様』はつけるな。あと、無いとは思うが俺が殺し屋だと知ってる奴がいたら厄介だ。もう俺をルベリウスとは呼ぶなよ」

「えっ!?じゃあ、何と呼べばいいんですか?」

「なんでもいい。あんたが適当に考えろ」

 自分のことなのに、本当に興味が無さそうに彼は言った。

「急にそんなことを言われても困ります。うーん、そうですね……あっ!『ルベル』なんてどうでしょう?」

 私は彼の名前の名残を残したくて、ルベリウスという名前を少しだけ変えて言ってみた。

「いいんじゃないか?じゃあ、俺は今日からルベルだ。あんたもそう呼べよ。おっと、もうあんたなんて言っちゃまずいな。リヴィアンナ様、これからよろしくお願いします」

「ええ!よろしくね、ルベル」

 これからのルベルがいる日々に、私は胸を高鳴らせながら歩いた。



 これが、私とルベルの始まり。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

幻界戦姫

忘草飛鳥
ファンタジー
 危ない植物を運ぶバイトをしていて人生を破綻させることになった私が向かったのはゲームの世界だった。自暴自棄になってお酒をがぶ飲みしたあとトラックに跳ね飛ばされたらゲームの世界の主人公になっていたのだけど、そこで私は「光の戦姫」と呼ばれ、この世界を救う救世主に選ばれていた。アークと呼ばれる古代兵器を倒す旅をすることになった私を待ち受ける運命とは? 戦闘シーンがあるので一応保険のためにR15指定は入れましたが、残酷な物語ではありません(そういう話が好きじゃないのです)。あと、表紙は使用許可を出して下さっているサイトさんからお借りしました。

処理中です...