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恋
恋の四
しおりを挟む「あははっ、驚いたって顔をしているね。
唄は全然気づいていなかったから、それもそうか」
「嘘でしょう……本当に、千太が?」
今まで私に文を送っていたのが千太だなんて、とても信じられない。
「そうだって言ってるだろう?
普段は言えない分、文を書く時は思う存分お前への愛の言葉を書かせてもらっていたんだよ」
じゃあ、あの文の愛の言葉は全部千太から私への気持ちだったってことなの?
だとしたら、正直嬉しいんだけど。
でも、どうしてそんなことを?
「なんで、すぐに私の許嫁だってことを教えてくれなかったの?」
最初から言ってくれたらよかったのに。
「それはね……僕は唄にとって、一番の存在でありたかったからさ。
たとえ、それが友人としての一番だとしても」
千太は悲しそうに目を伏せて、私に全てを話してくれた。
ーー僕は十歳の頃から、毎年自分の誕生日を迎えて歳をとるたびに、唄の許嫁になりたいってお前のご両親にお願いしに行っていたんだ。
知らなかっただろう?
毎年断られて、やっと三年前に許可をもらって正式に唄の許嫁になれたんだ。
三年前っていうと、僕と唄が十五の時だね。
唄の許嫁になれた時は、大きな声で叫び出したいほど嬉しかった。
たとえ肩書きだけでも、お前は僕のものになって、僕もお前のものになれたんだって思うとさ。
でも、そんな風に喜んだのはほんの少しの間だけだった。
こんなの意味が無いって、本当は自分でもわかっていたからね。
だって、僕は唄にとって一番の友人であって恋愛対象ではないだろう?
自分でこんなことを言うのも悲しいけど、お前が僕に恋愛感情を持っていないことは、ちゃんと理解していた。
唄にとって一番大切な存在は、たぶん家族だ。
じゃあ、家族の次に大切な存在はなんだろう?って考えた時、もしかして友人なんじゃないかなと思った。
そして僕が唄の一番の友人なら、その一番はとてつもなく価値のある一番なんだ、ってことに気づいた。
恋愛感情で好きになってもらえなくても、唄にとっての一番を一つでも僕が独占出来る。
もう、それだけでも十分幸せなはずだったのに。
……やっぱり、僕は唄が好きだから。
結局その一番だけでは満足出来なくなって、唄の心まで欲しがるようになってしまった。
ははっ、こんなの笑えるよね?
馬鹿なんだよ、僕。
自分の立場に満足しておけばよかったのにさ。
許嫁になって数日経った頃、こっそり許嫁になったことを唄に知られたら嫌われるんじゃないかって、今度はだんだん怖くなっていった。
見損なわれて嫌われたら、唄の一番の友人ではいられなくなる。
僕が唯一持っている、唄の一番を失ってしまう。
僕にとって、それは恐ろしいことだ。
だから、唄のご両親と僕の両親の提案で唄が十八になるまでは許嫁のことは言わない、と約束していたのは幸いだった。
お前が十八になるのが近づいてきた時は、いっそ時間が止まって欲しいとすら思ったものだよ。
まあ、そんな願いが叶うはずもないから先に手を打ったんだけどね。
僕の両親と唄のお母さんに、許嫁のことは自分で言ってもいいと思った時に言うから、あと少しだけ内緒にしていて欲しいって頼んだのさ。
僕の両親は唄を早く家に迎えたいと思っていたから渋られたけど、唄のお母さんは二つ返事で聞いてくれて、僕の両親の説得までしてくれた。
きっと唄のお母さんは、僕が唄に恋愛対象として見られてないことも、僕の不安な気持ちにも気づいていたんだろうな。
ああ見えて意外と鋭いよね、あの人。
こうして、唄が十八になってからも許嫁のことは隠し通せていたんだ。
……あの人が、うっかり口を滑らせるまでは。
今思うと、うっかりじゃなくてわざとだったのかも知れないね。
僕と唄の関係があまりにも進展しないから。
まさかその結果、それがきっかけで文通することになるとは思わなかったよ。
最初は嬉しかったけど、僕がどれだけ文に愛をつづってもお前は一回も僕に愛を返してくれることは無いから、むなしくなった。
一方通行の恋なんて、ただ苦しいだけだ。
しかも、この前はいきなり僕のことを避け続けてくれたよね?
やっと元に戻ったって安心すれば、次は好きな人がいるなんて文に書いてくる。
まったく、僕をどれだけ振り回せば気が済むんだい?
唄に好きな人がいるって知った時は表現出来ないような、なんとも言いがたい気持ちになったよ。
好きな人と幸せになって欲しいって思いと、醜い嫉妬がぶつかり合って、僕の心はぐちゃぐちゃになって散々だった。
そこで、だ。
ぐちゃぐちゃになった僕はやけになって、ある決意をしたんだよ。
どうせ好きな人がいるなら、いっそこのまま素直に求婚して当たって砕けてしまおう!ってね。
断られた後は、唄の幸せを願って潔く許嫁を解消しようと思っている。
本音を言えば、嫌だけど。
愛した人の幸せを願えないような、みっともない男のままで、いつまでもいたくないからさ。
この恋に、けりをつける為にこんな物まで用意してきたんだ。
だから、少しだけ僕のやけに付き合って欲しい。
愚かな僕の求婚を聞いてくれ。
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