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恋
恋の二
しおりを挟むもう千太を避けないと決めたのに、今度は私の方が千太に避けられている。
最初は以前と同じように普通に会えていたので、避けられているとは思わなかった。
でも、少しずつ会う頻度を減らされていって、気がついたら全然会えなくなっていたのだ。
髪結いをしに白木屋へ行っても、ちょうど外出したりしていて千太には会えなかった。
あっ、これからは髪結いが出来ないから白木屋に行く機会も減るわね。
今でさえ会えてないのに、会う機会がさらに減るなんて最悪。
私、千太に嫌われちゃったのかしら?
しばらく避けていたから、愛想をつかされたとか?
だとしたら、ただの自業自得だから私が落ち込む資格は無いわね。
あーあ。何やってるのよ、私。
仕事は出来なくなったし、好きな人にも会えなくて散々。
千太のことが好きなくせに、許嫁と結婚しようとしたりしたから天罰が下ったんじゃない?
……やめよう。
悪い方に考えていったって、現実が何か変わるわけでもないんだから。
今は、後ろを向くより前を向かなきゃ!
昼食を食べたら、お客さんのところをたくさんまわるのに、こんなこと考えていたら気が滅入っちゃうもの。
考え事をしている間に、もう蕎麦屋の近くまで来ていた。
とりあえず食事をすれば、少しは元気になれるでしょう。
英気を養おうと思って、私は一番高い蕎麦を頼んで食べた。
ーーお客さんに髪結いが出来なくなったことを説明してまわっていたら、あっという間に夕方になっていた。
このままいけば、明後日あたりにはお客さん全員に説明が済みそうね。
今日はもう帰りましょう。
体力的にも精神的にも疲れたから、早く帰りたいわ。
疲れた体を引きずって長屋に帰った。
長屋に着くと、母さんが先に帰っていたようで出迎えてくれた。
「お帰りなさい、唄。
私も御触書を見たわぁ。
大変なことになったわねぇ」
こんな時でも、母さんはのほほんとしている。
いつもと変わらない母さんの様子を見たら、なんだか不思議と安心した。
「ただいま。
今日は、とにかくお客さんに髪結いが出来なくなったことを説明してまわったから疲れたわ」
「お疲れ様ぁ。
あっ、千太君から文を預かってるわよぉ」
「えっ!千太から?」
どうして文を?
私は母さんから文を受け取って読んだ。
話したいことがあるので、三日後の真昼九つに白木屋に来て欲しい、と文には書かれていた。
千太の方から会いたいだなんて、私って避けられていたんじゃなかったの?
というか、この字の筆跡をどこかで見たような気が……。
「唄、何のお手紙?」
「ええっと。よくわからないけど、三日後の真昼九つに白木屋に来て欲しいんですって」
思い出せそうだったのに、母さんに話しかけられたら吹き飛んでしまった。
うーん。どこで見たのかしら?
すごく見覚えがある気がするんだけど。
「まあ!そうなのぉ?うふふふふっ」
文の内容を聞いた母さんは、何故か意味ありげに笑みを深めている。
「ちょっと、そんなに笑ってなんなの?」
「なんでもないわぁ。
気にしないでちょうだい。うふふっ」
いや、そんなに笑われたら気になるじゃない。
なんていうか、母さんって変わってるわよね。
母さんを通して許嫁との文のやり取りをしていたんだから、許嫁から文が来なくなったことだって当然知っているはずなのに、何も言ってこないし。
普通、気になって聞いてくると思うんだけど。
だから許嫁との結婚を断ったことも、母さんが何も聞いてこないのでまだ言っていない。
気が引けて、なかなか言いづらいのだ。
でも、いつかはちゃんと報告しないといけないっていうのは、私もちゃんとわかってるわ。
……今日は疲れてるから言わないけど。
「なんで笑ってるのか教えてよ」
「秘密よぉ。ふふふっ」
後でまた聞こうと思いながら、お腹が空いていたので夕飯の準備を手伝った。
ちなみに、その後も母さんが笑っている理由は結局教えてもらえなかった。
ーー次の日。
引き続き、お客さんのところをまわり続けていると師匠に会った。
「おお、唄じゃないか!
大変なことになっちまったが、お前さんは大丈夫かい?」
「私は大丈夫ですよ。
お心遣いありがとうございます。
師匠は、今日は一体どんなご用事で?」
「知っての通り、髪結いが出来なくなっちまっただろう?
だから、弟子達の様子が気になってね。
昨日から、一人一人に会いに行ってるんだ」
「まあ!そうだったんですね。ご苦労様です」
弟子はたくさんいるから、会いに行くのも大変なはずなのに。
師匠は面倒見が良くて、優しい人だ。
「ははっ、ありがとう。
弟子の中には気落ちしてる奴や、働き口を失って困ってる奴もいてな。
励ましたり、一緒に新しい職を探してやったりしているんだよ」
「みんな、師匠のその優しさにとても助けられていると思います。
でも、師匠もお年を召しているんですから無理はなさらないで下さいね」
まだまだ寒い日が続いているので、歩き回るのは体に堪えるだろう。
「私も年齢には勝てないようで確かに節々が痛むが、可愛い弟子達が困っていると思うと居ても立っても居られなくてね。
唄も、困っていることがあれば遠慮せずに私を頼るんだよ?」
「師匠……!ありがとうございます。
どうか、お体を大切にして長生きして下さいね!」
「はははっ、心配しなくてもそう簡単に死にはしないさ。
それじゃあ、また会おう!」
強がっていても、髪結いを出来なくなるのはやっぱり悲しいと思っていたので、師匠の優しさはじんわりと心に染みた。
少し涙が出そうになって、私は泣かないように上を向いて歩いた。
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