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冬の十二

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「例えば何か罪を犯してしまったとしても、私は幸せになる資格が無くなるとは思えません。
それなのにお雪さんは、長い間ずっと一人きりで冬を過ごしています。
自分には、幸せになる資格が無いんだと思って」

「お唄ちゃん……」

 大旦那様も、私の言いたいことを理解してくれたみたいだわ。
 
 迷っているような目をし始めた。

「どうか、お雪さんに春を訪れさせていただけませんか?
そして大旦那様ご自身も、苦しむのはもう終わりになさって下さい」

 自分を庇って亡くなってしまった柊之介さんに、強い思い入れがあるのはわかる。

 でも、人を恨み続けるのはさぞかし苦しいはず。

 ……ああ、そうだわ。

 自分を苦しませることで無意識に、柊之介さんへの罪滅ぼしを大旦那様はしているつもりなのかも知れない。

「人を恨むなんて、父さんには似合わないよ。
母さんと腹が立つほどいちゃいちゃして、鼻の下を伸ばしてる方がよっぽどお似合いだ」

「んふふっ」

 全く笑うような場面ではないけど、我慢出来ずに笑ってしまった。

 私には、目の前で仲良くされるのは嫌だって言ってたくせに。

 素直に言わないだけで、本当は千太も自分の両親が好きなのよね。

「父さん、僕からも頼むよ。
柊之介さんの最後の言葉を雪に教えてやってくれ。
『梅が枝に来ゐるうぐひす春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ』」

『梅の枝に来てとまっているうぐいすが、春が来るのを待ち望んで鳴いているけれど、まだ雪が降り続いている』

 まるで、今のお雪さんを表現しているみたい。

「ははっ、参ったな。
ここまで言われたら、いつまでも意地を張っていられないじゃないか。
……千太、雪を呼んで来てくれ」

「っっ!!
わかった。呼んで来るよ!」

 大旦那様の意を決したような言葉を聞いた千太は、急いで部屋を飛び出して行った。

「ありがとうございます、大旦那様」

 頭を下げて、私はお礼をする。

「いや、礼を言うのは私の方だ。
君のおかげで、もうこんなことは終わりにしようと思えた。
私もわかっていたんだよ。
春次郎が雪に思いを寄せていることを」

「えっ!そうだったんですか?」

 まさか、大旦那様が気づいているとは思いもしなかったわ。

「柊之介のことがあって以来、従業員には目をかけけるようにしていたからね。
二人のお互いを見つめる目で、すぐに気づいたよ。
春次郎と雪は両思いなんだって」

 大旦那様の心の中には、きっと複雑な葛藤があったんだと思う。

 だって、暖簾(のれん)分けをしてもいいと思うほど春次郎さんに目をかけているんだから、柊之介さんのことが無ければ二人を祝福してあげたかったはずよ。 

「大旦那様、考え方を変えてみたらいいんじゃないですか?」

「考え方を、変える?」
 
「はい。柊之介さんに罪悪感を感じ続けるより、感謝をするというのはどうでしょう?
大旦那様とお雪さんが苦しむのを、柊之介さんが望んでいるとは思えませんし」

「はははっ!そうだね。
あいつは優しい男だった。
こんなことを望んだりするはずが無いよな。
……気づかせてくれてありがとう、お唄ちゃん」

 瞳に少し涙を浮かべて笑う大旦那様は、なんだか清々しいように見えた。
 
「父さん、雪を連れて来たよ」

「ああ、入ってくれ」

 千太がお雪さんを連れて来た。

「失礼します。
あの、ご用事というのは何でしょうか?」

 いきなり呼び出されて戸惑っている様子のお雪さんは、私もいるのを見て驚いた顔をした。

「私から、お前に話さなければいけないことがあるんだ。
実はーー」
  
 柊之介さんの最後の言葉を、大旦那様はお雪さんに伝えた。



「ーー柊之介は、お前の幸せを願っていたんだ。
ずっと隠していて、本当にすまない。
すぐに伝えるべきだったのに」

「ああ、最後まで私の幸せを願ってくれていたなんて……」

 お雪さんは、静かに涙を流した。

「私はね、柊之介に申し訳ないと思うのは今日で止めにしようと思う。
さっき、お唄ちゃんに言われて気づいたんだ。
謝罪されるより、感謝される方があいつも喜ぶはずだってね。
だから、雪も自分が幸せになることを考えて生きてくれないか?」

「こんな私が、幸せになってもいいんでしょうか?」

 ためらいながら、お雪さんは大旦那様に問いかける。

「もちろんさ。
柊之介もそれを望んでいたんだからね。
もう、春次郎と一緒になったっていいんじゃないかい?」

 優しい瞳で、大旦那様はお雪さんにそう言った。

「あっ、えっ?
ご存知だったんですか?」 

 涙で濡れた目を丸くして、お雪さんは驚いている。

「ふふっ。お前達があまりにもわかりやすいから、気づかない方が難しいくらいだったよ」

「大旦那様っ……。
ありがとうございます、ありがとうございます!」

 お雪さんは、何度も何度も大旦那様に頭を下げてお礼を言った。

「よかったな、唄」

「ええ。千太も手伝ってくれてありがとう」

 私と千太は、その様子を微笑ましく見つめた。



「ーー全て、お唄さんのおかげです。
本当にありがとうございました」

 少し経って、落ち着いたお雪さんが帰ろうとしていた私にお礼を言いに来てくれた

「うふふっ、全部解決してよかったです。
お雪さん、どうか幸せになって下さいね」

「雪、春次郎に早く伝えてあげなよ。
一緒になろうってね。
唄、それじゃあ行こうか」

「はい、ありがとうございます!
では、お二人ともお気をつけて」

 お雪さんは、とても晴れやかな笑顔で私達を送り出してくれた。



「『雪のうちに春は来にけりうぐひすの凍れる涙今や解くらむ』」

 白木屋を出てから、私を長屋に送る為について来てくれた千太にそう言った。 

『雪がまだ降っているうちに、春がやってきた。
冬の間に凍っていたうぐいすの涙も、今は解けているだろう』

 千太が詠んだ和歌に対する、私からの返歌だ。
 
「うん、雪はきっとこれから幸せになれるよ。
お前は、やっぱり凄いね。いつも人を助けてる」

「私、別に凄くなんかないわ。
千太が助けてくれるから、上手くいってるのよ。
いつもありがとう、千太」

「ははっ、そうかな?
なんだか照れくさいね」

「ふふふっ」

「あははっ」

 冬の寒さの中、私と千太は笑い合いながら歩いた。

 やっぱり、千太を好きでいるのをやめるなんて無理ね。

 私は、この思いをずっと抱えて生きるしかないんだわ。



 だから、長屋まで送ってもらって千太と別れた後、私は覚悟を決めて許嫁に文を書いた。


『お慕いしている方がいるので、あなたとは結婚出来ません』と……。
 


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