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冬
冬の十
しおりを挟むーー雪の主人は、名を柊之介という男だったよ。
ある日、白木屋に突然押しかけて来て、働かせて欲しいと頼み込んできたんだ。
最初は断ろうと思ったけど、あまりにも必死に頼んでくるものだから、しょうがなく白木屋で働かせることにした。
駄目だったらすぐに辞めさせればいいと思っていたけど、柊之介はよく働くし性格も悪くなかったから、結局辞めさせることはなかったよ。
自分自身のことと、奥さんのことについてあまり話したがらないのは気になっていたけどね。
新婚だって言うから聞いてみても、柊之介は自分と奥さんが西の方の出身だということしか教えてくれなかった。
だから、きっと何かわけありなんだろうと思って私もそれ以上は聞かなかったんだ。
人間、誰でも知られたくないことの一つや二つはあるだろう?
それをわざわざ暴こうとするのは、野暮ってものだからね。
まあ、そうやって柊之介について詳しく知らないまま長く一緒に働いていたんだよ。
……あの時までは。
今から十年近く前、私は商談の為に江戸から少し遠く離れた場所まで行かなければならなかった。
移動に数日かかるほどの距離でね、何人かを引き連れて移動したんだが、その中には柊之介もいたんだ。
商談も無事に済んで、後は江戸に帰るだけという時に恐ろしいことが起きた。
夕暮れ時に山道を移動していた私達は、盗賊に襲われてしまったんだよ。
突然のことでかなり驚いたが、なんとか逃げようと私達は必死に走った。
あともう少しで逃げきれるというその時、私は盗賊に追いつかれて切られそうになってしまったんだ。
刃が迫って来て、私は死を覚悟して目を閉じたよ。
でも、私が盗賊に切られることはなかった。
どうやら、もう少しで切られるというところで柊之介が私の前に飛び出して来たみたいでね。
私を庇って柊之介は切られてしまったんだ。
それを見た周りの奴らが、とっさに持っていた荷物をいくつか盗賊に向かって投げて、私達は盗賊が怯んでいる隙に柊之介を連れて逃げおおせた。
もう追って来ないだろうというところまで走って、柊之介の怪我の具合を確認して、ようやく手当てが出来た。
とりあえず軽い手当てはしたが、傷が深くて出血量も多かったから、近くの村まで行って医者に柊之介を診てもらうことにしたんだ。
だが、柊之介を村まで運んで医者に診てもらったら、この怪我ではもう助からないだろうと言われてしまった。
傷を見た時に私達も薄々、こんなに深い傷を負ってしまったら助かるのは難しいかも知れないと思ったが、改めて医者に言われると辛かったよ。
私を庇って切られてしまったことにどうしようもなく罪悪感を感じた私は、村で宿を取って柊之介のそばに一晩中いることにしたんだ。
柊之介の為に私が出来ることと言えば、それくらいしか思いつかなくてね。
少しずつ温もりを失っていく柊之介の手を握り、私は柊之介と一晩を共に過ごした。
あの夜を忘れることは、きっと一生無いだろう。
夜も深まってきた頃。
柊之介は私に話しかけてきた。
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何を言っているんだ、と私は柊之介に怒ったよ。
自分自身を死ぬのにちょうど良い人間と言うなんて、あんまりじゃないかと。
それに、お前には奥さんがいるだろう?
彼女をどうするつもりだ?と、私は柊之介に問いかけた。
すると柊之介は、むしろ自分がいない方が彼女は幸せになれるかも知れないだなんて、おかしなことを言うんだ。
どういうことかと訊くと、柊之介はこれまでの彼の人生を私に教えてくれた。
かつて、彼は西の方で商家に奉公していて、その家の娘に恋をしたこと。
その娘が政略結婚させられるのを阻止したくて、説得の末に二人で駆け落ちして江戸までやって来たこと。
それを聞いた私は、だったらなおさら彼女を置いて行けないじゃないかと思った。
彼女はお前に恋をして全てを捨てて、一緒に駆け落ちすることを選んだんだろう?
それなのに、どうしてお前がいない方が幸せになれるっていうんだ?と、私は柊之介に言った。
私の言葉を聞いた柊之介は、それは違うと悲しそうに呟いたんだ。
一体何が違うのかと疑問に思った私の耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。
彼女は自分のことを愛しているわけではない。
私は耳を疑ったよ。
駆け落ちまでしているのに、そんなはずがないだろうとね。
そんな私に、柊之介はゆっくりと自分の行いを懺悔し始めたんだ。
父親よりも歳上の相手に、彼女が嫁がされそうになっていると知って、最初はただ純粋に愛する彼女を助けたい一心だった。
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自分を好きにならなくてもいいからと言って駆け落ちさえしてしまえば、彼女は自分を愛すことは無くても、罪悪感を感じてずっと一緒にいてくれるんじゃないか?
たとえ彼女の心は手に入らないとしても、彼女と一緒になれるなら、自分は十分幸せだ。
そして、その考えの通り本当に彼女を説得して駆け落ちをしてしまった。
実際、自分は彼女と一緒にいられて幸せだった。
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かつては彼女の幸せを願っていたのに、これじゃあ真逆じゃないか。
自分は、なんて最低で罪深いことをしたんだ。
そう思ったから、せめてもの償いとして出来る限り稼いで、彼女に少しでも良い暮らしをさせようと今日まで頑張ってきた。
懺悔を終えた柊之介は、私にこう言ったよ。
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