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冬
冬の六
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あの後、とりあえずお互い一旦落ち着いてうどんを食べようということになり、私と千太は何も言わずに無言でうどんを完食したのだ。
「「……」」
気まずい。
うどんを食べている間にだいぶ冷静になれたので、今はあんなに泣いてしまったのがとても恥ずかしい。
最悪の気分だわ。
謝る立場のくせに泣くってどういうことなのよ。
そりゃあ千太も驚くわよね。
「はぁぁー。あっ」
うっかり深くため息を吐いてしまった。
吸い込んだら無かったことにならない?
って、ならないわよね。
ため息を吐いたせいで、千太が不安そうにこちらを見ている。
さては、また何か勘違いしてるでしょう?
「唄、やっぱり僕はお前に何かとんでもないことをしてしまったんだね」
「えっ?」
「あんなに泣くなんて、それくらいしか考えられないじゃないか。
傷つけたことにも気づけなくて、本当にすまない」
千太が思い詰めた顔をして謝ってきた。
いやいや、千太は何もしてないわよ。
私が一方的に片思いをして悩んでいただけなんだから。
早く誤解を解かなくちゃ。
「さっきのは、なんというか……少し疲れていて感情が高ぶったような感じなのよ。
全然千太のせいじゃないから、千太が謝る必要はないわ」
ちょっと言い訳としては苦しい気がするけど、お願いだからこれで納得してちょうだい。
「……唄がそういうことにしたいなら、それでいいよ。
でも、一つだけ確かめさせて欲しいことがある」
「何?」
「僕のことを嫌いになった?」
迷子になった子供みたいな心細さを感じさせる瞳で、千太は私を見つめてそう言った。
何言ってるのよ。
好きに決まってるじゃない。
こっちはそれをずっと悩んでるんだから。
まったく、見当違いもいいところね。
「ふふっ、好きよ。
私、千太のことを嫌いになんてなってないわ」
この好きは千太が思うような、友達としての好きじゃないけどね。
胸が痛んで苦しいけど、私は強がって笑ってみせた。
どうか、私の恋心に気づかないで。
「本当に?
本当に僕を嫌いになってないんだね?」
「しつこいわね。
違うって言ってるでしょう?」
私に嫌われるのがそんなに困るの?
ただの仲の良い友達だと思ってるくせに。
卑屈な気持ちになってしまうのが嫌で、千太から目をそらした。
だから、私は気づかなかった。
「そう、嫌われたわけじゃなかったのか……。
よかった。本当によかったよ」
見たこともないほど嬉しそうな笑顔で、千太が安心していたことに。
「心配させてごめんなさいね。
これからは、もう避けたりしないから」
「ああ、ぜひそうしてくれると助かるよ!
こんなことは二度としないで欲しい」
「え、ええ。わかったわ」
勢いが凄すぎて、少したじろいでしまった。
避けられるのがそんなに嫌だなんて、千太って意外と寂しがり屋さんなのかも。
「そういえば、僕と会っていない間にまた厄介なことに首を突っ込んだりしてないだろうね?」
「やめてよ。
その言い方だと、私がいつも厄介なことに首を突っ込んでるみたいじゃない。
別に、厄介なことなんて何も……あっ」
ちょうど今日、お雪さんに幸せになる資格があるって証明して見せるって、言ったばかりだったわ。
「さては、すでに何かに首を突っ込んでいるね?
はぁー、お前のお人好しには恐れ入るよ。
ちょっと目を離しただけで、すぐにこうなる」
千太が呆れ顔をした。
「しょうがないじゃない!
お雪さんが悲しそうだったから、なんとかしてあげたいと思ったんだもの」
「ん?相手は雪なのかい?」
やだ!口が滑ったわ!
「違うの、全然お雪さんのことじゃないから!
ええっと、そう!冬だから、雪が降りそうねって言ったのよ」
焦った結果、変な言い訳しか出てこなかった。
「いや、さすがに無理があるだろう。
もう、大人しく僕に話したらいいんじゃないかな?」
「うぐっ。でも、お雪さんの許可もなく無関係な人に勝手に話すなんて出来ないわ」
だって、簡単に人に教えていいような話しじゃないもの。
「あのね、雪は白木屋の下女なんだよ。
白木屋の跡取りの僕が無関係なはずないだろう?
どちらかと言えば、唄の方が無関係だ」
うわ、強い。
千太って頭が回るから、言い合いになるとかなり手強いのよね。
「誰にも言わないって約束してくれる?」
「唄がそうして欲しいなら、もちろん」
今日は色々なことがありすぎて疲れてしまったので、千太にお雪さんのことを隠し通すほどの気力が私には残っていなかった。
お雪さん、すみません。
千太なら言いふらしたりしないと思うので、許して下さい。
「実はね、今日ーー」
私は千太を信じて、お雪さんから今日聞いたことを話した。
「ーー雪にそんな複雑な事情があったなんて、知らなかったな」
話しを聞き終わった千太は、驚いて呆然としていた。
わかるわ。
私もお雪さんから聞いた時は驚いたもの。
「それでね、お雪さんに幸せになってもいいんだって思ってもらうためにはどうすればいいのかって、考えながら歩いていたら千太に会ったのよ」
「なるほど。
勢いで言ったものの、方法は考えていなかったから困っているんだね?」
「そうよ!悪い?」
痛いところを突かれて、思わず開き直ってしまった。
「いや、お前らしくていいと思うよ。
せっかく仲直りしたんだし、僕と一緒にどうしたらいいか考えないかい?」
「あははっ、仲直りって別に喧嘩したわけじゃないでしょ。
でも、ありがとう。
千太が一緒に考えてくれたら心強いわ」
千太が一緒なら、お雪さんのこともきっとなんとか出来るような気がしてきた。
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