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冬の三

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 ーー父は、様々な種類の商いをしている商人でした。

 家は栄えていて、私が子供の頃はそれなりに裕福な暮らしをしたものです。

 でも、そんな暮らしが続いたのも私が十二歳の頃まででした。

 父は商売を手広く広げ過ぎてしまったのか、いつの間にか多額の負債を背負ってしまったんです。

 そこから私達の暮らしぶりは一変して、裕福な暮らしをしていたのがまるで嘘のように、家は貧しくなりました。

 なんとか少しでも暮らしを良くしようと父は努力していたようですが、商売は上手くいかずにますます負債が増えてしまうばかりでした。

 そして私が十六歳の頃、ついに父はある決心をしました。

 私を裕福な家に嫁がせて、その家から資金の援助を受けて商売を立て直す。

 父は、私にそう言ったんです。

 それを聞いた私は、家の為なら受け入れようと思い、父の言葉にうなずきました。

 親が子供の結婚相手を決めるというのも、特別珍しいことでもありませんし、しょうがないことだろうと。

 そんな考えをした十六歳の私は、いきなり訪れた結婚の話しを本当はちゃんと理解していなかったのでしょうね。

 それから半年ほど経った頃、父は私の結婚相手を決めました。

 父は、自分よりも歳上の方の後妻として私を嫁がせることにしたんです。

 お前のおかげでたくさん資金の援助が受けられる、と父から笑顔で感謝されたその時に、私はようやく事の重大さを理解しました。

 お金の為に結婚する、というのがどういうことなのかを。

 若かった私には、父よりも歳上の方に嫁ぐというのはなんとも受け入れがたいことでした。

 しかし、今さら断ることなど出来るはずもありません。

 父は資金の援助を受けられると喜んでいるし、家の為なら結婚を受け入れるとすでに一度うなずいてしまったんですから。

 その後、結婚は一年後だと父に言われた私はますます絶望しました。

 私が自由でいられるのは、あと一年しか無いのかと。
 
 その日から私は、どうにかこの結婚を無かったことに出来ないかと考えるようになりました。

 まあ、良い考えが浮かぶことはもちろん無く、結婚をする日が刻一刻と近づいていくだけでしたが。

 そんな風に過ごしていたある日、一人の男性が私にこう言ったのです。

「君を愛している。
どうか、一緒に駆け落ちしてくれないか」と。

 彼は私の家で働いていて、私も何度か言葉を交わしたことのある人でした。

 ですが、そこまで親しくしていたわけではなかったので、まさかそんなことを言われるとは思いもしませんでした。

 彼は密かにずっと私に思いを寄せていたと言うのですが、私は家の為に嫁ぐと決まっていますから、当然その話しはお断りしました。

 それでも、彼は何度断っても私に駆け落ちしようと言いに来たんです。

「君がこの家の為に犠牲になるなんておかしい」

「裕福な暮らしをさせることは出来ないかも知れないけど、君が嫌がるようなことを俺はしない」

「俺が君を幸せにするから、一緒に逃げよう」

 彼の言葉を聞いているうちに、少しずつ私も家から逃げたいと思うようになっていきましたが、彼と駆け落ちしようとは思っていませんでした。

 なぜなら、私は彼に対して恋愛感情を持っていなかったからです。

 どれだけ彼に愛をささやかれても、私が彼に恋をすることはありませんでした。

 そんな私に熱心に愛を伝えに来てくれる彼に対して、だんだんと気持ちに応えられないことを申し訳なく思うようになり、

「私があなたを好きになることは、きっと無いでしょう」

 と彼に伝えました。

 それを聞いた彼は悲しそうな顔をして、その日は帰って行きました。

 ああ、これで彼は二度と私に会いに来なくなるだろう。

 私はそう思いましたが、数日後に彼は何か覚悟を決めたような、そんな強い瞳をして私のもとへ来ました。

 そして私の手を握って、

「好きになってくれなくても構わない。
俺は、君が幸せになれるならそれだけでいいんだ。
だから、俺を愛さなくてもいいから、一緒にここから逃げてくれないか?」

 と、涙を流しながら言ってくれたんです。

 彼の思いに胸を打たれた私は、そのまま彼と一緒に駆け落ちして江戸までやって来ました。

 その後、彼は白木屋で雇ってもらえることになり、未婚の男女が一緒に暮らしているのは不自然だろうと私達は結婚したんです。

 私は彼を結局愛すことが出来ませんでしたが、彼は亡くなる最後のその時まで、私のことを考えてくれていました。

 大旦那様を盗賊からかばって切られてしまった彼は、駆け落ちして江戸にやって来て頼れる人がいない私を心配して、私を白木屋で働かせて欲しいとお願いして事切れたそうです。

 その話しを大旦那様から聞いた私は、彼に心から感謝するのと同時に、大きな罪悪感を感じました。

 ここまでしてくれた彼を愛せないなんて、私はなんと薄情な人間だろう、彼を愛せたらよかったのにと。

 だから私は彼へのせめてもの償いとして、これからの人生を誰のことも愛さずに生きようと決めました。


 ……そう確かに決めたはずだったのに、私はある人に恋をしてしまったんです。

 
 
 
 
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