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秋
秋の十
しおりを挟むーー私とあの人は幼馴染みで、子供の頃からずっと仲良しだったわぁ。
私、昔は結構お転婆な子で……えっ?夏から聞いたから知ってる?
あらぁ!そうだったのね、うふふふっ。
それで、お転婆だったからあんまり女の子扱いされないことも多かったんだけど、あの人だけは違ったのよぉ。
昔から、いつも私を大切にしてくれたわぁ。
『夕は可愛いから気をつけろ』って、練習で作ったかんざしまで私に渡してくれて、え?これも聞いたのぉ?
まぁ!夏とずいぶん仲良しになったのねぇ。
母さん、嬉しいわぁ。
そんな風にあの人はいつも私を気にかけて優しくしてくれるから、気がついたら好きになっちゃってたのぉ。
そう、私の初恋はあの人はだったのよぉ。
ふふふっ、こんなことを改めて言うなんて、なんだか恥ずかしいわねぇ。
でも、私とあの人は幼馴染みでしょう?
だから、私のことは恋愛対象として見てないと思って私の気持ちは伝えなかったのぉ。
だけどね、私がちょうど今の唄と同じ歳くらいの頃にあの人がこの前のかんざしを渡して、こう言ってくれたのよぉ。
「俺を、お前の最後の恋の相手にして欲しい。俺と結婚してくれ」って。
その後に何か和歌を贈ってくれたんだけど、和歌にはあんまり詳しくなかったから、意味はよくわからなかったわぁ。
でも、あの人のことがずっと好きだったから「私の初恋は秋太郎だから、最初の恋も最後の恋も相手は秋太郎よぉ」って答えたのぉ。
そうしたらあの人は、顔を赤くして私を抱き締めて「幸せにする」って言ってくれたわぁ。
「ーー私とあの人は、そうやって結婚したのよぉ。
うふふふっ、どうかしらぁ?」
「思ったより素敵だったわ」
自分の両親の馴れ初めを聞くのは少し恥ずかしかったけど、私が思っていた以上に素敵な話しだった。
「あらぁ、ありがとう。
でもねぇ、心残りなことがあるのよぉ」
「心残り?」
「唄も知ってると思うけど、あの人は少し寡黙な人だったでしょう?
そんなあの人が、私に贈ってくれた和歌の意味をちゃんと訊いておけばよかったって、後悔しているのぉ」
「え?訊かなかったの?」
「ふふふっ、結婚を申し込まれたのが嬉しすぎて、訊くのを忘れちゃったわぁ」
てっきり、その場ですぐに訊いたのかと思ったのに。
もう!しょうがないわね。
「ねぇ、その和歌がどんな和歌だったか覚えてる?」
「うーん、確か……天地の、何だったかしら?
これ以上は思い出せないわねぇ」
天地の?
天地の……あっ!そうだわ!
「もしかして、『天地の底ひのうらに吾が如く君に恋ふらむ人は実あらじ』だったんじゃない?」
「そう、それだわ!
すごいわぁ、唄!
どんな意味の和歌なのぉ?」
「『天と地の果ての奥まで探しても、私ほどあなたを愛している人は決して他にはいないでしょう』っていう意味よ」
父さん、とんでもなく情熱的な求婚をしていたのね。
「まぁ……そんな意味だったの?
あの時、ちゃんと訊いておけばよかったわぁ」
母さんは顔を真っ赤にしている。
「というか、和歌を贈られたらちゃんと返すのが一応礼儀なのよ?
母さん、返してないんでしょう?」
「そうなの?
全然知らなかったわぁ。
秋太郎に悪いことをしちゃったわねぇ」
申し訳なさそうな顔をして、母さんは父さんのお墓を見つめた。
「今からでも遅くないんじゃない?
ちょうどお墓参りに来ているんだし、返歌を贈ってあげましょうよ」
「でも私、和歌なんて本当に知らないのよ?」
困った顔で私を見て、母さんがそう言った。
「何言ってるのよ、私がいるじゃない!
いくつか教えてあげるから、好きな和歌を父さんに贈ってあげて」
「唄、ありがとう。
そうよね。かなり遅くなっちゃったけど、私もあの人に和歌を贈るわぁ!」
はりきっている母さんに、私は和歌をいくつか教えた。
「じゃあ、今教えた中から好きな和歌を選んで、父さんに贈りましょう」
「ちょっと考えさせてちょうだい」
母さんは、父さんにどの和歌を贈るかしばらく真剣に悩んでいた。
「私、決めたわぁ!
秋太郎、遅くなってごめんなさいねぇ。
『紅の初花染めの色深く思ひし心われ忘れめや』」
母さんは、父さんのお墓の前に立って和歌を贈った。
『初咲きの紅花で染めた深い色のように、あなたを深く思っていたこの心を私が忘れることなどあるでしょうか。いいえ、忘れることはありません』
最初の恋も最後の恋も父さんに捧げた母さんにふさわしい和歌だ。
母さんが和歌を父さんに贈った少し後、さぁーっと強い風が吹き抜けて、私達のもとに真っ赤な紅葉が飛んで来た。
「母さん、きっと父さんが喜んでいるんだわ!」
私は、風に吹かれて飛んで来た紅葉に思わず興奮してしまった。
「うふふっ、喜んでもらえてよかったわぁ。
秋太郎、あの約束はちゃんと守るから安心してねぇ」
母さんは、父さんのお墓を愛おしそうな瞳で見つめながらそう言った。
これから先もずっと、どれだけ母さんに言い寄る人が現れても、絶対に母さんは相手になんてしないだろう。
だって、母さんの最初の恋も最後の恋も、全部父さんのものなんだから。
「さぁ、帰りましょうねぇ。唄」
「そうね、行きましょう。
父さん、また来るわね!」
父さんに別れを告げて、私と母さんは真っ赤な紅葉を眺めながら帰った。
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