女髪結い唄の恋物語

恵美須 一二三

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夏の五

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「んぅ?ここは……」

 目を覚ますと、私の住んでる長屋とは違う天井が見えた。

「唄!やっと気がついたみたいだね」

「せん、た?」

 まだ頭がぼんやりとしている。

「大丈夫かい?
お前は寝不足で倒れたんだ」

「寝不足?」

「そうだよ。
急に倒れたから驚いて医者を呼んで診てもらったら、寝不足だろうって」

 そういえば、ここ数日ずっと思い悩んで寝不足だったわ。
 
「わざわざお医者様まで呼んでもらってごめんなさいね。
後でお金を払うわ」

 起き上がろうと体を動かす。

「ついでに僕の腕も診てもらったから別に気にしないくていいよ。
ああ、まだ少し顔色が悪いから寝ていた方がいい」

「でも……」

「いいから、ちゃんと休んで」

「わかったわ。ありがとう」

 結局、千太に止められてまた横になった。

「ねぇ、唄。
どうして倒れるほど寝不足だったんだい?
もし、何か悩みがあるなら話して欲しい。
お願いだから、こんなになるまで一人で無理をしないでくれ」

 千太が、私の左手を握って心配そうに見つめてくる。

 そうよね。私だって、もし千太がこんな風になったら絶対心配するわ。

 千太の手を握り返す。

 ……千太になら、話してもいいかも知れない。

「あの、実はねーー」

 私は、この四日間思い悩んでいたことを千太に全て話した。

 蛍さんのこと、権八さんが辻斬りかも知れないことなど何もかも。

 千太は私が話し終わるまで、黙ってずっと真剣な顔をして聞いてくれた。

「ーーそうか。
お前はそんなことを一人で抱え込んでいたんだね。
……ねぇ唄、僕の考えを言ってもいいかい?」

 手を握ったまま私を見つめて、千太はそう言った。

「聞かせて」

 私の話しを聞いて、千太がどう考えるのか知りたい。

「ありがとう。
僕も、お前が考えた通りに権八さんが辻斬りなんだと思う」

「……どうして?」

「あの辻斬りはお前を知っていただろう?
きっと、その花魁の蛍さんからお前のことを聞いたことがあったんだ。
それで女髪結いの唄を知っていた」

「じゃあ、私達を切らずに逃げたのはなぜ?」

「唄を殺せば、蛍さんが悲しむと思ったんじゃないかな?
だって、蛍さんと唄は仲が良いんだろう?」

「確かに、蛍さんとは仲良くしてるわ。
そっか、やっぱり千太も権八さんが辻斬りだと思うわよね。
……ああ、私これからどうしたらいいの?」

 権八さんが辻斬りをしているなんて蛍さんが知ったら、絶対に悲しむに決まっている。

 私が出来ることは何?

 目を閉じて考えても、良い考えは一つも浮かんで来ない。

「いいかい、唄?
お前は神様じゃないんだ」

 千太が唐突に諭すように言った。

「え?急に何よ。
そんなの当たり前じゃない」

「いいや、わかってないよ。
お前はね、優しすぎるからいつもそうやって人の為に悩んでなんとかしてやろうとする」

「それの何がいけないの?」

 千太は一体何が言いたいのかしら?

「唄も僕も、ただの十八の男と女だ。
出来ることには限りがある。
お前が人の問題を全て解決してやれるほど、世の中は甘くない」

「!!」

「誰でも助けられるなんて思い上がらないで。
今日だって運良く助かっただけで、あのまま僕もお前も辻斬りに切り殺されていたかも知れない」

「でも、助かったじゃない」

「今日はね。いつも必ずそうなるとは限らない。
僕はね、お前が今日みたいに危ないことをするのはもう嫌なんだ」

「それは……」

 千太が私を心配して言ってくれているのはわかる。
 
 でも、大事な人が今日みたいに危ない状況になっていたら、私はやっぱり助けたくなると思う。

 だから、いくら千太の頼みでも約束なんて出来ない。

「唄、頼むよ。
お前に何かあったら、僕はきっと正気じゃいられない」

 千太が私の左手を両手で包み込んだ。

「心配してくれるのはわかるけど、それはちょっと言いすぎじゃない?」

 正気じゃいられない、なんておおげさだわ。

「馬鹿だね、唄。
僕がどれだけお前を思っているかわかってない。
僕は……」

 雨に濡れた子犬みたいなうるんだ瞳で千太が何かを言いかけたその時、

「千太、唄の具合はどう?
……あら?もう目を覚ましてるじゃない。
なんで教えてくれなかったのよ!」

 いきなり部屋に入って来たお花さんと目が合った。

「うわっ、姉さん。
なんでこんな時に部屋に入って来るんだ……。
あー、すぐに教えなくて悪かったね」

 千太は慌てて私の手を放して、少し不機嫌そうな顔をしてそう言った。

「もう!私も母さんも、唄が起きるのを待っていたのに。
唄、体はどう?大丈夫なの?」

 お花さんが心配そうな顔で私を見ている。

「お花さん、ありがとうございます。
もうだいぶ良くなりました。
心配させてしまってすみません」

「本当?
だったら、母さんも呼んできて良いかしら?
唄が倒れたって聞いてすごく心配しているのよ」

「え?母さんが?」

 あの大奥様が私を?

 大奥様はなんというか、少し個性的な人なのだ。

 あの方が私を心配したりするかしら?

 千太も驚いている。

「はい、大丈夫ですよ。
大奥様にもご挨拶しないと」

「わかったわ。
じゃあ、母さんを呼んで来るわね!」

 お花さんが大奥様を呼びに行こうとすると、

「もう、その必要は無いわ。
遅いので直接見に来ましたから」

 背筋を真っ直ぐ伸ばして凛とした大奥様が部屋の中に入って来た。
 



 
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