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春
春の六
しおりを挟む千太はお花さんのことを少しからかってから仕事に戻って行き、お雪さんがお茶とお菓子を持って来てくれた。
「お花様、お唄さん、どうぞ召し上がって下さい」
「ありがとう、雪」
「お雪さん、ありがとうございます」
お雪さんに二人でお礼を言う。長らく待たせてしまって申し訳ない。
「いえいえ、いいんですよ。
お花様がお元気になられたようで良かったです。
若旦那様も、先ほどはお花様をからかっていましたけど、本当はお花様が心配で様子を見に来たんだと思いますよ」
お雪さんは安心したような顔で笑ってそう言った。やっぱり、元気の無いお花さんが心配だったんだ。
千太も、お花さんのことを何だかんだ言っても家族として昔から大切にしているし。
「やだ、私ったらいつの間にかみんなに心配をかけてしまっていたのね。
ごめんなさい、ありがとう」
そう言ってお花さんは微笑んだ。
ようやく、いつも通りのお花さんに戻ったみたいだ。
「元気になってくれてよかったです。
相手はお花さんを好いているみたいですし」
「す、好いている、なんてそんな……。
でも、嫌われていたわけじゃないみたいで安心したわ。
私が気づかなかっただけで、本当はとても素敵なことを言ってくれていたのね」
お花さんは頬をほんのりと赤く染めた。
一度は嫌われたと思って落ち込んだのに、実際はその真逆で、まさか好かれていたなんて。
悲しいことにならなくて本当に良かった。お花さんには幸せになって欲しいから。
「それにしても、和歌で思いを伝えようとするなんてずいぶん風流な方ですね」
「そうね。
でも、私あまり和歌は得意じゃないから、素敵だとは思うけど普通に伝えて欲しかったわ」
確かに。お花さんの様子を見て、伝わっていないことに気づかなかったんだろうか?
どんなに思いが込められた言葉でも、相手に伝わらなければ意味が無いのに。
……そうか、もしかして、
「風流というか、ただ奥手なだけなのでは?
目も合わせず、全然喋らなかったのも恥ずかしがっていただけかも知れませんよ」
「なるほど、そう考えるとつじつまが合うわね。
……和歌を詠んだのも、直接思いを伝えるのが恥ずかしいからなのかも」
確かに。でも、そう考えるとちょっと情けないなと私は思ってしまった。
好いている気持ちも直接伝えずに、しかもその相手に勘違いをさせて、一度はあんなにも落ち込ませたんだから。
改めて考えたら腹が立ってきたわね。
「お花さん、お相手をこの家に呼びましょう。
いつまでも恥ずかしがっていられては困りますから、お花さんに慣れてもらうんです」
「この家に伊之助様を……。
良い考えだとは思うけど、来て下さるかしら?」
お花さんは少し不安そうだ。昨日のあの態度ではそう思うのも無理は無いと思う。でも、
「お花さん、お相手に文を書いて下さい。
ちょうど明日は仕事がないので、私が届けて来ます。
大丈夫、断られないように私がなんとかしますから」
「唄、私の為にそこまでしてくれるなんて……。
ありがとう。私、文を書くわ」
お花さんとお雪さんが文を書く準備を始めた。
もしも、お相手がお花さんからの誘いを断ろうとしたら私が一言もの申してやるんだ。
「そうだ、お花さん。
ぜひおすすめの和歌があってーー」
お花さんには、手紙にとある和歌を書いてもらった。
あちらが和歌を詠んだんだから、こちらも和歌を返すのだ。
「ーー書き終わりましたね。
この手紙は、明日私がちゃんと届けて来ます」
話し合いながら書いた手紙は無事に書き終わった。
「唄、お仕事が休みの日に本当にありがとう。
手紙、よろしくね」
「任せて下さい!それでは、また」
お花さんに別れを告げて部屋を出て歩いた。
「お唄さん、手紙を届けるなんて大丈夫ですか?
私が届けに行ってもいいんですよ」
「手紙を届けるくらい大丈夫ですよ。
場所もお花さんに聞きましたし。
それに、もしお花さんの誘いを断ったら相手に一言もの申してやろうと思ってるので」
「えっ!そんなことしたら危険じゃないですか!」
「何が危険なの?」
「うわっ、千太!」
いきなり千太が出てきた。驚かせないで欲しい。
いつも急に出てこないと気がすまないの?
「それで、お前は何をしようとしてるの?」
千太はじっとりした目で私を見る。
「ちょっと、そんな目で見ないでよ。
私はただ、お花さんの手紙を届けに行くだけよ」
千太はまだ疑いの目で私を見ている。しつこい。
「若旦那様、お唄さんを止めて下さい!
手紙に書いたお誘いを断ったら、お相手にもの申してやるとお唄さんがさっきおっしゃっていて」
お雪さん、嘘でしょ。千太に言わないでよ。
そんなこと千太が知ったら絶対、
「唄、お前は十八の娘で相手は二十三の歳上の男なんだよ?
そんなことをしたら危ないだろう。
もし逆上されたりしたらどうするんだ?」
「それくらいで逆上なんてしないでしょう。
お花さんに直接気持ちも伝えられない根性無しなんだから。
別に危なくなんかないわ」
ほら、やっぱりこうなった。千太は昔から心配性すぎる。
「はぁー、唄は本当にしょうがないな。
いつ行くつもりなの?」
千太が大きなため息をついた。
幸せが逃げちゃうわよ?
「明日よ。ちょうど仕事が休みだから」
「わかった。それなら僕も行く」
「はあ?どうしてよ?
これくらい一人で出来るわ」
「あのね、白木屋の人間でもない唄が手紙を届けに行ったら怪しまれるだろう?
姉さんの弟の僕が一緒に行けば、友人のお前を連れて来ていても不自然には思われない」
なるほど、心配するだけじゃなくてちゃんと考えてたのね。
「確かにその方がいいと思うけど、反対してたのに行ってもいいの?」
「どうせ止めても行くだろう?
それなら僕が一緒に行った方が安心できる」
「なによそれ。でも、ありがとう」
「どういたしまして。
明日の朝五つに、唄の長屋の近くの大きな桜の木の下で待ってるから」
「わかったわ。
お雪さん、今日もありがとうございました。
千太、また明日ね」
私は、二人と別れて白木屋を出た。
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