6 / 53
春
春の五
しおりを挟む途中で昼食を屋台で軽く済ませてから、白木屋に到着した。
暖簾(のれん)をくぐると、今日もお雪さんが出迎えてくれた。
「こんにちは、お唄さん。
……あの、今日はお花様をよろしくお願いします。
では、お花様のお部屋にご案内しますね」
「??こんにちは、お雪さん。
今日もよろしくお願いします」
いつもと様子が少し違うような気がするお雪さんの後に続いて、賑わう店内を通り抜けてお花さんの部屋へと向かった。
「お花様、雪です。
お唄さんをお連れしました」
「……入ってちょうだい」
ん?いつもより声に元気がないように感じる。
お雪さんの様子がいつもと違ったのは、お花さんが関係あるのかも。
「お唄さん、お花様をお願いします」
お雪さんに小声で念押しされて、疑問に思いつつも部屋に入った。
「お邪魔します。こんにちは、お花さん」
お花さんを見ると、なんだかしおれているように見えた。
「あぁ、唄。
私やってしまったの。
もう、おしまいよぉ……」
お花さんは、元気のない声でそう言うと、泣きだしそうな顔で私を見た。
なるほど。
きっとお雪さんはこんなに元気をなくしたお花さんのことが心配で、いつもと様子が違ったのね。
こんなに元気がないと心配になってしまうのもわかる。
「一体どうしたっていうんですか?
もう、おしまいだなんて。
とにかく、何があったのか教えてください」
「昨日の顔合わせ、全然上手くいかなかったの。
むしろ嫌われてしまったみたいで」
え?お花さんが嫌われた?
嘘でしょ!?
「嫌われただなんてそんなっ!!
お花さんは、人に簡単に嫌われるような欠点のある人じゃありません。
何かの間違いでは?」
「ありがとう、唄。
でもね、本当に嫌われてしまったんだと思うの。
だって、私と目すら合わせてくれなかったのよ……」
言い終えると、お花さんは悲しそうにうつむいてしまった。
お花さんをこんなに悲しませるなんて……。
顔も名前も知らないけど、相手が許せない。
「あのっ、昨日のことを詳しく教えて下さい。
相手にも何か、そう!事情があるのかも知れませんし」
「そうね。
とりあえず、昨日の話しを聞いてちょうだい。
それで、何か私に悪いところがあったら教えて」
そう言って、お花さんは昨日の顔合わせで何があったのか話し始めた。
ーー昨日は、私と両親であちらの家に伺ったの。
まず、あちらのご両親にご挨拶して、それから私の許嫁、伊之助様にもご挨拶したの。
伊之助様は大柄でたくましくて、凛々しいお顔立ちだったわ。
……でも、私が挨拶しても何も言って下さらなくて。
結局、お名前も伊之助様のお父様が教えて下さったのよ。
そうしたら伊之助様のお父様に、
「二人で庭でも散歩して来なさい」
と言われて二人でお庭に出たの。
お庭に出てからも伊之助様は一言も話して下さらないから、私が一方的に
「良いお天気ですね」
とか、
「素敵な植木ですね」
とか、当たり障りの無いことばかり言っていたわ。
目も合わないし、相づちすら打って下さらなかったけど。
結局、そのまま私が一方的にお話ししながらお庭を見てまわって、また家の中に入って伊之助様のご両親と少しお話ししてから帰ったわ。
「ーーどう?
何か私、相手の気分を害するようなことをしてしまったかしら?」
話し終えたお花さんは、首を傾げながら私に問いかけた。
私は、相手が失礼過ぎるとしか思えなかった。
そんな状況でよく頑張った、とお花さんをむしろ褒めるべきでは?
「お花さんが何か悪いことをしたとは、話しを聞いていても特に思いませんでした。
他には、本当に何も無かったんですか?」
「うーん、他に何かあったかしら?
……あっ、そういえばお庭を歩いている時に、小さい声で何か呟いていた気がするわ」
「それは気になりますね。
何と言っていたか思い出せませんか?」
目も合わせず、一言も喋らないなんて失礼なことをしておいて、その男はなんと言ったんだろう?
「待って、思い出して見るわ。
……そうだわっ、確か『あさぢう』がなんとかって言っていたのよ!」
『あさぢう』?どこかで聞いたことがあるような気がするけど、なんだろう?
あさぢう、あさぢう、あさぢう……。
そうだ、あれだ!
「もしかして、『浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき』じゃないですか?」
「きっとそうだわ!
そうだった気がする。
でも、一体どういう意味なの?」
そうか、お花さんは和歌は習っていなかった。
他の習い事を詰めこんで受けていたから、寺子屋で習った百人一首が少し頭から抜け落ちているのかも。
「お花さん、これは百人一首の中の句の一つです。
しかも、恋の句」
「うそっ!?恋の句?
ということは、もしかして……」
「きっと、お花さんを好いているんですよ!
だってこの句の意味は、」
浅茅の生えている野原の篠原の『しの』ではないが、忍んでこらえようとしてもこらえ切れない程、どうしてこんなにもあなたのことが恋しいのか。
「だろう?」
「「!!」」
「今日の朝、唄にお茶とお菓子をご馳走するって言ってたのに、お茶も飲み物も取りに来ないから、気になって様子を見に来たんだよ」
千太に言われるまで、お茶とお菓子のことをすっかり忘れていた。
お雪さんも、なかなかお茶とお菓子の用意の指示が来ないからずっと様子を伺っていたことだろう。申し訳ない。
部屋の外まで話し声が聞こえていたよ、と千太が笑っている。
話しが盛り上がりすぎて、自然と声も大きくなってしまっていたんだろう。
「話しに夢中になりすぎだよ。
雪、二人にお茶とお菓子を持って来てあげて。
それにしても、姉さんの許嫁はずいぶん情熱的だね」
それを聞いたお花さんは、顔を真っ赤にしていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる