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春の五

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 途中で昼食を屋台で軽く済ませてから、白木屋に到着した。

 暖簾(のれん)をくぐると、今日もお雪さんが出迎えてくれた。

「こんにちは、お唄さん。
……あの、今日はお花様をよろしくお願いします。
では、お花様のお部屋にご案内しますね」

「??こんにちは、お雪さん。
今日もよろしくお願いします」

 いつもと様子が少し違うような気がするお雪さんの後に続いて、賑わう店内を通り抜けてお花さんの部屋へと向かった。

「お花様、雪です。
お唄さんをお連れしました」

「……入ってちょうだい」

 ん?いつもより声に元気がないように感じる。

 お雪さんの様子がいつもと違ったのは、お花さんが関係あるのかも。

「お唄さん、お花様をお願いします」

 お雪さんに小声で念押しされて、疑問に思いつつも部屋に入った。

「お邪魔します。こんにちは、お花さん」

 お花さんを見ると、なんだかしおれているように見えた。

「あぁ、唄。
私やってしまったの。
もう、おしまいよぉ……」

 お花さんは、元気のない声でそう言うと、泣きだしそうな顔で私を見た。

 なるほど。

 きっとお雪さんはこんなに元気をなくしたお花さんのことが心配で、いつもと様子が違ったのね。

 こんなに元気がないと心配になってしまうのもわかる。

「一体どうしたっていうんですか?
もう、おしまいだなんて。
とにかく、何があったのか教えてください」

「昨日の顔合わせ、全然上手くいかなかったの。
むしろ嫌われてしまったみたいで」

 え?お花さんが嫌われた?

 嘘でしょ!?

「嫌われただなんてそんなっ!!
お花さんは、人に簡単に嫌われるような欠点のある人じゃありません。
何かの間違いでは?」
 
「ありがとう、唄。
でもね、本当に嫌われてしまったんだと思うの。
だって、私と目すら合わせてくれなかったのよ……」

 言い終えると、お花さんは悲しそうにうつむいてしまった。

 お花さんをこんなに悲しませるなんて……。 

 顔も名前も知らないけど、相手が許せない。

「あのっ、昨日のことを詳しく教えて下さい。
相手にも何か、そう!事情があるのかも知れませんし」

「そうね。
とりあえず、昨日の話しを聞いてちょうだい。
それで、何か私に悪いところがあったら教えて」

 そう言って、お花さんは昨日の顔合わせで何があったのか話し始めた。




 ーー昨日は、私と両親であちらの家に伺ったの。

 まず、あちらのご両親にご挨拶して、それから私の許嫁、伊之助様にもご挨拶したの。

 伊之助様は大柄でたくましくて、凛々しいお顔立ちだったわ。

 ……でも、私が挨拶しても何も言って下さらなくて。

 結局、お名前も伊之助様のお父様が教えて下さったのよ。

 そうしたら伊之助様のお父様に、

「二人で庭でも散歩して来なさい」

 と言われて二人でお庭に出たの。

 お庭に出てからも伊之助様は一言も話して下さらないから、私が一方的に

「良いお天気ですね」

 とか、

「素敵な植木ですね」

 とか、当たり障りの無いことばかり言っていたわ。

 目も合わないし、相づちすら打って下さらなかったけど。

 結局、そのまま私が一方的にお話ししながらお庭を見てまわって、また家の中に入って伊之助様のご両親と少しお話ししてから帰ったわ。




「ーーどう?
何か私、相手の気分を害するようなことをしてしまったかしら?」

 話し終えたお花さんは、首を傾げながら私に問いかけた。

 私は、相手が失礼過ぎるとしか思えなかった。

 そんな状況でよく頑張った、とお花さんをむしろ褒めるべきでは?

「お花さんが何か悪いことをしたとは、話しを聞いていても特に思いませんでした。
他には、本当に何も無かったんですか?」

「うーん、他に何かあったかしら?
……あっ、そういえばお庭を歩いている時に、小さい声で何か呟いていた気がするわ」

「それは気になりますね。
何と言っていたか思い出せませんか?」

 目も合わせず、一言も喋らないなんて失礼なことをしておいて、その男はなんと言ったんだろう?

「待って、思い出して見るわ。
……そうだわっ、確か『あさぢう』がなんとかって言っていたのよ!」

 『あさぢう』?どこかで聞いたことがあるような気がするけど、なんだろう?

 あさぢう、あさぢう、あさぢう……。

 そうだ、あれだ!

「もしかして、『浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき』じゃないですか?」

「きっとそうだわ!
そうだった気がする。
でも、一体どういう意味なの?」

 そうか、お花さんは和歌は習っていなかった。

 他の習い事を詰めこんで受けていたから、寺子屋で習った百人一首が少し頭から抜け落ちているのかも。

「お花さん、これは百人一首の中の句の一つです。
しかも、恋の句」

「うそっ!?恋の句?
ということは、もしかして……」

「きっと、お花さんを好いているんですよ!
だってこの句の意味は、」


 浅茅の生えている野原の篠原の『しの』ではないが、忍んでこらえようとしてもこらえ切れない程、どうしてこんなにもあなたのことが恋しいのか。


「だろう?」

「「!!」」

「今日の朝、唄にお茶とお菓子をご馳走するって言ってたのに、お茶も飲み物も取りに来ないから、気になって様子を見に来たんだよ」

 千太に言われるまで、お茶とお菓子のことをすっかり忘れていた。

 お雪さんも、なかなかお茶とお菓子の用意の指示が来ないからずっと様子を伺っていたことだろう。申し訳ない。

 部屋の外まで話し声が聞こえていたよ、と千太が笑っている。

 話しが盛り上がりすぎて、自然と声も大きくなってしまっていたんだろう。

「話しに夢中になりすぎだよ。
雪、二人にお茶とお菓子を持って来てあげて。
それにしても、姉さんの許嫁はずいぶん情熱的だね」


 それを聞いたお花さんは、顔を真っ赤にしていた。
 

 

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