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春
春の四
しおりを挟む「「ご馳走さまでした」」
蕎麦を美味しく食べ終わって、会計は千太がしてくれたので店を出る。
「まいどありーっ!」
店主の元気な声を背に受けて歩き出す。
「美味しかったわ。ありがとう。
次は私がおごるわね」
白木屋の跡取りだから千太の方が当然お金を持っているけど、友達同士なのにおごられてばかりだと私が嫌だから、交代でおごり合うことにしている。
「どういたしまして。
別に気にしなくてもいいのに。
じゃあ、僕は仕事に戻るからここで」
「ええ。また会いましょ。
仕事、無理をしない程度に頑張ってね」
千太と別れて、長屋への帰り道を春風を切りながら歩いた。
話しを聞いてもらったからか、すっきりして少し冷静になれた気がした。
そのおかげで、長屋に帰ってからも母に朝の話しを問い詰めたりせず、いつも通りに過ごすことが出来た。
ーー三日後の昼四つ、私は吉原に来ていた。
私の常連客、花魁の蛍さんの髪結いをする為だ。
「楼主、おはようございます。
蛍さんの髪結いに来ました。」
「おお、朝からご苦労様。
蛍の禿(かむろ)も呼んである。
さあ、蛍のところまで案内してあげなさい」
「かしこまりました。
さあ、こちらへどうぞ」
蛍さんの禿に連れられて部屋へと進む。
禿は、先輩の遊女の身の回りの世話などをしながら色々なことを学んでいる見習いさんだ。
「失礼します。
蛍姉さん、髪結いさんをお連れしました」
「ご苦労様、どうぞ入ってくんなんし」
遊女たちは独特な言葉づかいをするが、どうやら地方の出身者の言葉のなまりを無くして、出身地を隠して優雅に見せるためらしい。
ちょっとわかりづらいけど、吉原に何回も来るうちに少しずつ私もわかるようになってきた。
「失礼します。
みなさん、おはようございます」
「「「おはようござりんす」」」
部屋に入ると蛍さん以外にも数人の女性がいた。
私の髪結いを見学しに来た禿や遊女などだ。
遊女の髪結いをする時は、髪結いを覚えたいという人がいつも何人か見に来る。
私に髪結いされる遊女たちは、髪結いの出来る人が増えたら便利だからと髪結いを見に来るのを許しているのだ。
「おはようござりんす。
お唄さん、今日もお頼み申しんす」
「蛍さん、こちらこそよろしくお願いします。
早速、準備して始めますね」
蛍さんの後ろに立ち、風呂敷からくしを取り出して髪をとかす。
「お唄さん、いつものお話を聞かせて欲しいでありんす」
「わかりました、任せて下さい。
三日前に友人と蕎麦を食べに行ったんです。
場所は、吉原から少し離れた通りの蕎麦屋でーー」
髪結いをしている間、蛍さんはよく外の話しを聞きたがる。
遊女は吉原の外には出られないから、外の様子が知りたいんだろう。
髪結いを見に来ている人たちも、いつも興味深そうに私の話しを聞いているし。
最初に外の話しを聞かせて欲しいと言われた時は、何か特別なことを言おうと試行錯誤して苦労したものだ。
でも、蛍さんが別に特別なことじゃなくてもいいと言ったので、私は自分の普段の生活の話しをすることにした。
私にとって普通のことも、外に出られない蛍さんたちにとっては特別なことだったようで、いつも私の話しを聞いている時の蛍さんたちはどこか嬉しそうだった。
「ーーそれで、蕎麦を一緒に食べに行った友人のお姉さんが昨日許嫁さんと顔合わせだったので、このあとどうだったか話しを聞きに行くんですよ!」
「まぁ、それは楽しみでありんすね。
次に来た時は、ぜひ結果を教えてくんなんし」
「もちろんです。
あっ、もうすぐ仕上げに入りますからみなさんよく見てて下さいね」
「「「わかりました」」」
仕上げの手順は大切なので、見学に来ている人たちにもしっかり覚えてもらいたい。
禿たちの髪で髪結いの練習をしたり、みんなやる気がすごくあるようなので、私も出来る限り教えてあげたいと思う。
「ーーここをこうして、
まげを横に輪にしてから中央を結んで……
はいっ、完成です!」
今仕上げた髪型は『伊達兵庫』といって、遊女以外の人はすることのない髪型だ。
蛍さんはこの髪型が一番のお気に入りのようで、基本的にこの髪型を結うことが多い。
「今日もありがとうござりんした。
相変わらずいい腕前でありんす」
「褒めていただいて嬉しいです。
蛍さんみたいにべっぴんな花魁さんだと、髪結いのやりがいもあるってものです」
花魁とは、吉原の遊女の中でもほんの一握りの選ばれた人にしか許されない地位のこと。
切れ長で涼しげな目、すーっと通った鼻筋、紅がよく映える白い肌に美しい黒髪。
蛍さんは、その地位にふさわしい本当にべっぴんな人だ。
「うふふっ。お唄さんったら、よしなんし。
わっちにお世辞なんて言っても何も出やしんせん」
「あははっ、お世辞なんかじゃありませんよ。
蛍さんは本当にべっぴんさんです」
道具の片付けをしながら蛍さんと笑い合う。
吉原の遊女さんたちの生活は、辛く厳しいことも多いと聞く。
だから私といる間くらいは、こんな風に気を抜いて笑い合うような時間があってくれたらと思う。
世間には吉原を悪く言う人もいるけど、色々な事情を抱えながらも一生懸命に生きている彼女たちのことが、私は結構好きだから。
「お唄さん、楽しい時間でありんした。
また待っていんすにえ。
お気をつけて帰ってくんなんし。」
「私こそ、今日もありがとうございました。
次に来る時は、さっき言った顔合わせの話しもしますね」
「「「ありがとうござりんした」」」
髪結い道具を持ちながら、蛍さんと他の見学に来た人たちに別れを告げて部屋を出る。
「それでは、入り口までお連れしますね」
「お願いします」
蛍さんの禿に入り口まで案内してもらい、私は吉原を後にして白木屋へと向かった。
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