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前編
おじさん
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まだ若い緑色の麦畑。それとまあまあ立派な屋敷。あたしがようやく地面に足を付けた場所には本当にそれしかなかった。
馬車が来た道を引き返して帰っていく。遮るものがないからずっとずっと遠くに行ってもその後ろ姿が見えている。走って追いつこうとしても今なら間に合うけど。
「せっかく来たのに。往復の交通費ぐらいは貰って帰らないとね」
とりあえずドアベルを鳴らしてみる。「ジー」と、耳の奥が痒くなるような音が鳴った。
二階建ての建物は金お持ちの家としては質素で期待外れ。だけどプロフィールを見る分には家の外観にこだわるような感じじゃない。きっと金庫にでも蓄えてるんだろう。
ガチャリとドアが開いた。
よれたシャツを来たおじさん……じゃなくてお兄さんが顔を出す。寝起きみたいにぼんやりしていて、髪の毛も頭頂部でパスタみたいに渦巻いてる。
「君は……」
「あっ、こんにちは! ジーク・アジェスティール・ベラドミン・リヴァイ様のお屋敷で合っていますか?」
にこやかに挨拶を。今日の澄み切った青空のように心がけたつもり。
一方その相手の男は土砂降りを頭から浴びてるみたいに覇気がない。
「はあ……まあ……。はい……」
「……」
「……」
「……お邪魔してもよろしいですか?」
ダメだ! 無理だ! 良いお日柄に玄関先で軽く世間話だなんて感じでもない。とっと中に入って金目のものを奪って逃げよう。あたしはそう決めて屋敷の扉をガシッと掴んで開いた。口もよく動かす。
「今日はリヴァイ様のご自宅のお掃除をさせていただきますね。まあ広い玄関ですわ! 廊下もすっごく長い! 失礼致します。あら、この絵画は素敵ですわね! 骨董品も飾っていらっしゃる! このような芸術作品がお好きなのですか? さすが作家様は感性が素晴らしいですわ! おほほほ!」
お兄さんをそっちのけでどうにかリビングまで入れた。グッジョブあたし!
とりあえず玄関の絵画は頂くとして。骨董品は当たり外れが大きいし重いからパス。リビングは……大したこと無いわね。宝物庫でも探さないと。
「あの、君はうちを掃除してくれるの……?」
遅れてやってきたお兄さん。あたしは彼に営業スマイルで振り返る。
「はぁい! 隅々までピカピカに磨き上げます!」
「そ、そうか。じゃあ早速なんだけど、うちの倉庫の片付けを手伝ってくれないかな?」
「倉庫ですか?」
ええ~! 是非是非案内して! 倉庫!! 宝物庫!! お金!! ……なんて飛び跳ねるわけにはいかないから。ここはしとやかに。たぶんメイドはしとやかさが命だから。
「かしこまりました。さっそく参りましょう」
案内された一室でこんな話をした。いや、お兄さんの方から一方的に話しかけられた。
「幼い頃に絵を描く人と出会って、その人の影響で大人になってからアート絵画を集めるようになったんだ。でも実は私にはあんまりアートを感じる力が無いのかもしれない。なんとなく買ってしまうんだけど、飾り方も分からないで倉庫に仕舞ってしまう。あんまりだよね」
絵画は埃が積もらないように布がかけられていた。その布は窓から庭へ放り出した。あとで覚えてたら片付けるね。
すると、額縁に錆ひとつ付いていない綺麗な絵画がたくさん現れる。
「これ……いくらしたんですか」
「え?」
あっ。しまった。
「どれくらい旅をされて集められたんですか? の『いくらしたんですか』です。すみません、社長にも言葉遣いがおかしいって時々叱られていて」
「ああ、そうか。びっくりした」
お兄さんはヘラっと笑う。よかった。焦った……。
「作家になってからは案外外に出掛けることが多くって、その度に絵画オークションは覗くようにしているよ」
「へえー。絵画がお好きなんですねー」
言いながらあたしは、サイズごとにまとめられそうな絵画を集めていた。
お兄さんからの返事が無いなと思ったのは随分経ってから。あたしが査定に夢中になっている間に聞きそびれたのかもしれない。
別にあえて聞き返そうとはしないけど。興味もないし。
「あの、君に仕事を頼むとなると、追加料金になるのかな?」
手を動かしていたあたしの耳に「料金」とは言ってくれば別だけど!!
「はぁい! なんでもしますよ! もちろん追加料金で!」
思いの外あたしは勢いよくお兄さんの方を振り返ってた。その時、あたしの体がぶつかって、立てかけていた絵画がバタンバタンとドミノ倒しに。埃は一気に舞い上がった。あたしとお兄さんは咳払いと涙目になって部屋の外へ脱出する。
「申し訳ございません。高価な絵画を……」
お兄さんは何も言ってくれない。でもあたしの失態に怒ったんじゃなくて、むしろ呼吸困難になりながら笑ってる。だから声が出ない。
「あ、あの……」
「はぁー、ごめんごめん。君はとにかくお金が好きなんだね。よく分かったよ」
埃のかぶった頭をガシガシと掻く。その仕上げに前髪をスッとかき上げると少し爽やかな……気がした。
「絵画が欲しいなら君に全部あげる。他にも欲しいものがあれば言ってくれ。私にあげられるものがあれば手を尽くすよ」
「えっ!!」
爽やかイケメンなんてどうでもいい!!
「良いんですか!? ありがとうございます!!」
お兄さんはあたしの頭の埃も払い除けようとしてくれた。でもそれはなんか嫌だったから「そういうサービスはしていません」と拒否。お兄さんはごめんごめんと謝った。
な~んってあたしにとって良いことだらけの仕事! 掃除をして、運送業者をここへ呼んで絵画を全部貰ったら大成功! 売りさばけば大金持ち!
パンプスもハイヒールも両方買えちゃう! パフェも一年中食べれちゃう!
あ~夢が膨らむ。オデールともこれでお別れね。最っ高……。
「追加料金でも良いから頼みがひとつあるんだけど良いかな?」
「はぁい! もちろんです!」
お兄さんに窓からの光が差している。まるで富の神に見えて眩しい。埃が舞うのもキラキラを演出しているみたい。
「結婚式の準備を手伝って欲しいんだ」
お兄さんは少し照れている。足元に視線を落として、もじもじと体をちょっぴり揺らしていた。
さっきは富の神って言ったけど、ここでは愛に悩める少年みたいな可愛らしさがあたしの胸を刺した。
「ご結婚されるんですか! 是非お手伝いをさせてください!」
金の匂いがする! さっそくオデールに連絡しないとっ!
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
馬車が来た道を引き返して帰っていく。遮るものがないからずっとずっと遠くに行ってもその後ろ姿が見えている。走って追いつこうとしても今なら間に合うけど。
「せっかく来たのに。往復の交通費ぐらいは貰って帰らないとね」
とりあえずドアベルを鳴らしてみる。「ジー」と、耳の奥が痒くなるような音が鳴った。
二階建ての建物は金お持ちの家としては質素で期待外れ。だけどプロフィールを見る分には家の外観にこだわるような感じじゃない。きっと金庫にでも蓄えてるんだろう。
ガチャリとドアが開いた。
よれたシャツを来たおじさん……じゃなくてお兄さんが顔を出す。寝起きみたいにぼんやりしていて、髪の毛も頭頂部でパスタみたいに渦巻いてる。
「君は……」
「あっ、こんにちは! ジーク・アジェスティール・ベラドミン・リヴァイ様のお屋敷で合っていますか?」
にこやかに挨拶を。今日の澄み切った青空のように心がけたつもり。
一方その相手の男は土砂降りを頭から浴びてるみたいに覇気がない。
「はあ……まあ……。はい……」
「……」
「……」
「……お邪魔してもよろしいですか?」
ダメだ! 無理だ! 良いお日柄に玄関先で軽く世間話だなんて感じでもない。とっと中に入って金目のものを奪って逃げよう。あたしはそう決めて屋敷の扉をガシッと掴んで開いた。口もよく動かす。
「今日はリヴァイ様のご自宅のお掃除をさせていただきますね。まあ広い玄関ですわ! 廊下もすっごく長い! 失礼致します。あら、この絵画は素敵ですわね! 骨董品も飾っていらっしゃる! このような芸術作品がお好きなのですか? さすが作家様は感性が素晴らしいですわ! おほほほ!」
お兄さんをそっちのけでどうにかリビングまで入れた。グッジョブあたし!
とりあえず玄関の絵画は頂くとして。骨董品は当たり外れが大きいし重いからパス。リビングは……大したこと無いわね。宝物庫でも探さないと。
「あの、君はうちを掃除してくれるの……?」
遅れてやってきたお兄さん。あたしは彼に営業スマイルで振り返る。
「はぁい! 隅々までピカピカに磨き上げます!」
「そ、そうか。じゃあ早速なんだけど、うちの倉庫の片付けを手伝ってくれないかな?」
「倉庫ですか?」
ええ~! 是非是非案内して! 倉庫!! 宝物庫!! お金!! ……なんて飛び跳ねるわけにはいかないから。ここはしとやかに。たぶんメイドはしとやかさが命だから。
「かしこまりました。さっそく参りましょう」
案内された一室でこんな話をした。いや、お兄さんの方から一方的に話しかけられた。
「幼い頃に絵を描く人と出会って、その人の影響で大人になってからアート絵画を集めるようになったんだ。でも実は私にはあんまりアートを感じる力が無いのかもしれない。なんとなく買ってしまうんだけど、飾り方も分からないで倉庫に仕舞ってしまう。あんまりだよね」
絵画は埃が積もらないように布がかけられていた。その布は窓から庭へ放り出した。あとで覚えてたら片付けるね。
すると、額縁に錆ひとつ付いていない綺麗な絵画がたくさん現れる。
「これ……いくらしたんですか」
「え?」
あっ。しまった。
「どれくらい旅をされて集められたんですか? の『いくらしたんですか』です。すみません、社長にも言葉遣いがおかしいって時々叱られていて」
「ああ、そうか。びっくりした」
お兄さんはヘラっと笑う。よかった。焦った……。
「作家になってからは案外外に出掛けることが多くって、その度に絵画オークションは覗くようにしているよ」
「へえー。絵画がお好きなんですねー」
言いながらあたしは、サイズごとにまとめられそうな絵画を集めていた。
お兄さんからの返事が無いなと思ったのは随分経ってから。あたしが査定に夢中になっている間に聞きそびれたのかもしれない。
別にあえて聞き返そうとはしないけど。興味もないし。
「あの、君に仕事を頼むとなると、追加料金になるのかな?」
手を動かしていたあたしの耳に「料金」とは言ってくれば別だけど!!
「はぁい! なんでもしますよ! もちろん追加料金で!」
思いの外あたしは勢いよくお兄さんの方を振り返ってた。その時、あたしの体がぶつかって、立てかけていた絵画がバタンバタンとドミノ倒しに。埃は一気に舞い上がった。あたしとお兄さんは咳払いと涙目になって部屋の外へ脱出する。
「申し訳ございません。高価な絵画を……」
お兄さんは何も言ってくれない。でもあたしの失態に怒ったんじゃなくて、むしろ呼吸困難になりながら笑ってる。だから声が出ない。
「あ、あの……」
「はぁー、ごめんごめん。君はとにかくお金が好きなんだね。よく分かったよ」
埃のかぶった頭をガシガシと掻く。その仕上げに前髪をスッとかき上げると少し爽やかな……気がした。
「絵画が欲しいなら君に全部あげる。他にも欲しいものがあれば言ってくれ。私にあげられるものがあれば手を尽くすよ」
「えっ!!」
爽やかイケメンなんてどうでもいい!!
「良いんですか!? ありがとうございます!!」
お兄さんはあたしの頭の埃も払い除けようとしてくれた。でもそれはなんか嫌だったから「そういうサービスはしていません」と拒否。お兄さんはごめんごめんと謝った。
な~んってあたしにとって良いことだらけの仕事! 掃除をして、運送業者をここへ呼んで絵画を全部貰ったら大成功! 売りさばけば大金持ち!
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あ~夢が膨らむ。オデールともこれでお別れね。最っ高……。
「追加料金でも良いから頼みがひとつあるんだけど良いかな?」
「はぁい! もちろんです!」
お兄さんに窓からの光が差している。まるで富の神に見えて眩しい。埃が舞うのもキラキラを演出しているみたい。
「結婚式の準備を手伝って欲しいんだ」
お兄さんは少し照れている。足元に視線を落として、もじもじと体をちょっぴり揺らしていた。
さっきは富の神って言ったけど、ここでは愛に悩める少年みたいな可愛らしさがあたしの胸を刺した。
「ご結婚されるんですか! 是非お手伝いをさせてください!」
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